月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第153話 次から次へ

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 ハートランドでの任務を終えて、レグルスたちは王都へ帰還した。次の目的地は北方辺境伯家の領地、分家のモルクブラックバーン家が治めるモルクインゴンだ。そう決まったのは、暁光騎士団の任務というより、エリザベス王女のゲルメニア族に会いたいという望みを叶える為なのだが、それだけで終わらせるわけにはいかない。きちんと仕事にしようと王国での調整を進めていた。

「ゲルメニア族との和解。それはもちろん、反対しない。反対しないが、難しい問題がある」

 きわめて反抗的な少数民族と和解出来る。それは王国にとって良いことだ。国王も反対することはない。そうなのだが、それを行うには問題がある。

「ブラックバーンですね?」

「そうだ」

「ブラックバーンに、和解に反対する理由がありますか? 和解は王国とゲルメニア族の間で為されるのです」

 何が問題になるかは、エリザベス王女は国王と話す前から分かっていた。この話になった時の答えを、あらかじめ用意している。

「理屈では。それで押し切れと?」

「押し切れとは言っていません。文句を言ってきたら、「娘が勝手に和解してしまった。ただそれを無しにすることも出来ない」と返せば良いではありませんか」

「リズ……お前、奴に似てきたのではないだろうな?」

 エリザベス王女の説明は、まるでレグルスが考えたかのよう。もしくは実際にレグルスが考えたこと。こう国王は考えた。

「似て悪いことはありません。そういう面でレグルスは優秀だと思いませんか?」

「そうかもしれんが、それは強者のやり方だ」

 方便であるとブラックバーン家は受け取る。そう受け取られてもかまわないという態度に出られるのは、ブラックバーン家を恐れないでいられる強者だけだ。

「王国は強者です。もちろん、他家を刺激することは避けなければいけませんが」

 ブラックバーン家に強気に出たとしても、その強気を他家にも同じように向けると思われるのは避けなければならない。辺境伯家の全てが王家を危険視するような事態は、絶対に避けなければならないのだ。

「その方法は? 考えてあるのだろ?」

「私の嫌がらせということに」

「はっ?」

「レグルスに酷いことをしたブラックバーン家に、私が個人的な感情で嫌がらせしたということにすれば良いのです。割と他家は納得してくれると思います」

 少なくともディクソン家とホワイトロック家はそう受け取ってくれる。クレイグ家も、王家に対する敵意を強めるまでにはならないとエリザベス王女は考えている。これはレグルスと三家の公子たちとの関係性からの判断だ。

「それを奴が考えたのか?」

 この策は国王のお気に召さない。エリザベス王女がレグルスのことを好きだという前提での策なのだ。

「いえ、私が考えました。レグルスにも意見は求めましたが、苦笑いで返されただけです」

 レグルスも、お気に召さないとは違うが、全面的に賛成ではない。自ら恋愛関係であると発表するようで恥ずかしいのだ。

「陛下。今更です」

 ここで割り込んできたのは諜報部長。この場は親子の話し合いの場ではない。ゲルメニア族との和解について話し合うという公式な会議。ここまで親子の会話に誰も口出ししなかったが、諜報部長だけでなく、宰相も王国騎士団長もいる。

「今更と言うな」

「あえてそういう話にしなくても、勝手にそうなります。お二人のことは今、貴族の女性たちにとって、最大の歓心事ですから」

 諜報部が工作しなくても、貴族の女性たちが勝手にそういう噂を広めてくれると諜報部長は考えている。エリザベス王女とレグルスのことは、二人で騎士団を創設したという話が広まってからは、様々な集いの場で話題になっているのだ。

「……それについては分かった。宰相はどう思う?」

「敵対している少数民族との和解に対して、反対は出来ません。ただ本当に実現出来るのですか?」

 宰相はレグルスの母がゲルメニア族であることを知らない。国王は、国王にとっての万一の事態、二人が結婚するなんて事態になった時に備えて、秘密にしているのだ。まだ王国では、王家と少数民族の血筋との結婚は受け入れられない。こう考えてのことだ。

「ゲルメニア族は王女殿下の救出作戦に対して、レグルス殿を解放するという形で協力しました。ブラックバーン家との確執はあっても、王家に対しては一定の敬意を持っていると考えております」

 宰相の問いに答えたのは諜報部長。レグルスの血筋を隠す以上は、実際にゲルメニア族に会った諜報部長の意見で宰相を納得させるしかないのだ。

「一定では」

「そう表現したのは、ゲルメニア族が王国の民として扱われていないことに不満を持っているからです。これは逆に言えば、王国の民として認められたいという願望を持っているということ。王女殿下の訪問はそれの第一歩と受け取られるはずです」

「……なるほど」

 少数民族の現状については、当然、宰相は理解している。それは王国からの視点であるが、少数民族が差別されているという事実は否定できない。

「それにゲルメニア族の者はすでに王女殿下に仕えております。暁光騎士団の騎士として」

「……分かった」

 否定する材料はない。宰相も和解交渉を進めることには同意した。

「王国騎士団から中隊を派遣しましょう」

 王国騎士団長は護衛として王国騎士団の部隊を派遣すると言ってきた。テイラー伯爵事件のような失態は許されない。こう考えてのことだ。

「騎士団長。私もまた王国騎士団の一人であり、部隊を率いていくのです。それへの護衛というのはおかしくありませんか?」

「しかし……」

「ですが、旧テイラー伯爵領までの同行はお願いしたいですね」

「なんですと?」

 今はエリザベス王女がゲルメニア族との和解交渉の為に、モルクインゴンに行く話をしている。ここで何故、旧テイラー伯爵領が出てくるのか騎士団長には分からない。しかも旧テイラー伯爵領は事件現場なのだ。

「リズ、それはどういうことだ?」

 国王もエリザベス王女の発言に驚いている。そういう話はまったく聞いていなかったのだ。

「旧テイラー伯爵領は通り道です」

「そうかもしれないが」

「それに旧テイラー伯爵領で暮らす人々が怯えていると噂に聞いています。事件の処分は終わったと、私の口から人々に伝えるのが良いと考えました」

 テイラー伯爵は反逆者。反逆行為に対する罰は、本人が死ねばそれで終わりとはならない。一族郎党が死罪となっても仕方がなく、領民にまで常識外れの重税が課せられたなどということが過去にはある。

「……それで落ち着くか?」

 国王はエリザベス王女の意図が分かったように思えた。旧テイラー伯爵領の状況は良くない。それは国王の耳にも、当然入っているのだ。

「領民を安心させる政治が行われていれば、落ち着くのではありませんか?」

「そうではなかったら?」

「それは問題です。王国の為にも、速やかに別の方に変えるべきではありませんか?」

 死んだテイラー伯爵の後を任された者は、領民が安心できる政治を行っていない。エリザベス王女はすでにそれを知っている。

「殿下。それは越権というものではありませんか?」

 宰相も意図を理解した。理解したが、それを許すわけにはいかないとも思った。

「私がただ陛下の意思を伝達するだけの使者。何の権限も行使しません」

「そうかもしれませんが……」

 決断するのは国王だ。エリザベス王女はその決断結果を伝えるだけ。そういう形にされると、宰相も文句は言えない。ただ、貴族人事に口出ししている点は問題だ。エリザベス王女に国政に関わる権限などないのだから。

「……そこまでしなければならない状況だと?」

「私が聞いた噂では、そういうことのようです」

「……では、その噂が事実であれば、しかるべき処置をとらなければならないな」

 エリザベス王女は王国諜報部が掴んでいない情報を、先に得ている。そういうことだと国王は判断した。未来視だけでここまでの行動をとるはずがない。それ以外に情報を得る力がエリザベス王女個人にあるはずがない。レグルスが関わっているに決まっている。

「では現地で確かめてみます。私の主観では不安でしょうから、騎士団長、諜報部長、お手伝いいただけますか?」

「承知しました」「はっ」

 これにより旧テイラー伯爵領視察およびゲルメニア族との和解交渉が、暁光騎士団の次の任務となることが正式に決まった。

 

 

◆◆◆

 サマンサアンの兄、ミッテシュテンゲル侯爵家のジョーディーに仕えている家臣たちは、レグルスが表舞台に復帰したことで忙しい毎日を送ることになっている。元々、決して暇とは言えない日々を送っていた彼ら。今は激務という状態だ。
 いつかは戻ってくるのではないかとジョーディーも思っていた。だが、その復帰は予想以上に早く、劇的だった。さらにそれからの動きも目まぐるしく、情報収取がなかなか追いつかないのだ。

「もう一度整理しよう」

 ある程度、情報が出揃ったと思えるようになったところで再確認。そしてまた新しい情報が飛び込んできて、詳細確認に追われるという状態が繰り返されている。

「ゲルメニア族との戦いで死んだと思われていたのは事実のようです。巨大な魔道が発動した時、レグルス殿はその間近にいたことが確認されております」

「……だがその魔道で死ななかった。どういう魔道なのかな?」

「詳細は不明です。砦が崩壊したという事実があり、とてつもなく強力な魔道であると推測されますが、逆に本当にそんな魔道が存在するのかという疑いもあり」

 当たり前だが、情報収集にあたった家臣は魔道の発動を目の当たりにしたわけではない。人から聞いた話で、それも信じられない内容であるので、説明に迷いが出ている。

「事実として砦は崩壊している。これに間違いがないのであれば、存在するとすべきだね」

「はっ。申し訳ございません」

「本人に聞かないと分からないことかな? その後、ゲルメニア族の捕虜になっていた。そうであるのに、エリザベス王女救出作戦に陰で参加していた可能性がある。この確認は?」

 レグルスがエリザベス王女救出作戦に参加していた可能性をジョーディーも考えていた。だがゲルメニア族との戦いから、そこに至る過程が良く分からない。

「諜報部の要請によるものであるのは明らかです。ただゲルメニア族とどのような交渉を行ったかは分かっておりません。ブラックバーン家も把握していないようで、モルクインゴンに姿を現した事実も確認出来ませんでした」

「ブラックバーン家はまだ戦闘状態にあるのだったね? 王国とゲルメニア族との直接交渉か……今となっては、そうだったのだろうと考えられるね。交渉条件も分かるかな?」

 エリザベス王女がゲルメニア族との和解交渉に赴くことを、すでにジョーディーは知っている。公式な王国とゲルメニア族との交渉で、その結果が、レグルス解放の時に約束されたことではないかと考えている。
 間違いだが、情報が足りない中では、仕方のないことだ。

「ブラックバーン家は、少なくとも王都ブラックバーンはかなり動揺しているようです。王国とレグルス殿の結びつきが思っていた以上であったと考えてのことです」

「……そういう問題ではないけどね? 優秀で、かつ多くの人々から認められているレグルスを自ら手放したのが一番の問題だ」

 レグルスが離れたブラックバーン家は、この先どうなっていくのか。ジョーディーはこれも読めないでいる。ブラックバーン家の行く末を決めるはずだったレグルスがいなくなったのだ。過去の人生で知る結末から変わるのであれば、ブラックバーン家にとって幸いなのかもしれない。もしかすると、自分と同じように人生を繰り返している者がいて、レグルスを追い出したのかもしれない。こんなことも考えている。

「暁光騎士団は、黒色兵団と呼んだほうが?」

 すでに暁光騎士団は陰で黒色兵団という蔑称をつけられている。

「どちらでも。黒色兵団もきっと今と違った意味で呼ばれるようになるだろうからね?」

 そんな騎士団は知らない。過去の人生には存在しなかったはずの騎士団。それが果たす役割はどのようなものなのか。今、侮辱している者たちの中にも、その活躍を予想し、それを妬んで、黒色兵団と呼んでいる者が少なくない。いずれこの呼称から侮辱の色は消えてしまうだろうとジョーディーは考えている。

「では、暁光騎士団の団員数は、王女殿下を除いて十名になりました。ブラックバーン騎士団のオーウェン、今は元ブラックバーン騎士団のようです。それと学院生のエモンという人物が加わっております」

「オーウェンは分かるけど、エモンというのは?」

「中央学院の文系コースの学生です。ですが、ブラックバーン家に雇われて、レグルス殿の従者をしていたことが分かりました」

 ずっと陰に隠れるようにしていたエモンが表に出てきた。存在が分かれば素性も分かる。そうなっても良い状況になったということだ。

「武系ではなく文系に……実力は?」

「恐らくは、情報収集役ではないかと。学院内でそう思われる行動を取っていたことが分かっております」

「そういう人間を騎士団に……つまり、陰には別の人物が、それも一人二人ではない数がいるということかな?」

 陰で働く者、組織は別にいる。そういう存在がいることは感じていた。それが事実であったと分かっただけだ。

「ブラックバーン家に雇われる前を探っておりますが、同じように貴族家に雇われていたということまでしか分かっておりません」

「……深く探ってくれ。見えていない組織は危険だ」

 逆にそれを把握しきれれば、裏を取ることも出来る。レグルスにとっての弱点になる。こうジョーディーは考えた。

「あとハートランド子爵家ですが」

「どうだった?」

「支援は無用とのことです」

「……理由は?」

 ジョーディーはハートランド子爵家に財政支援を申し出ていた。もっと先に行うはずだったのだが、暁光騎士団に盗賊討伐を行われてしまったことで、早めることになってしまったのだ。

「王国から支援を受けられることになったようです」

「……エリザベス王女か……それとも、王女はただのきっかけか……」

 王国の財政は長く続く戦乱のせいで、余裕があるとは言えない状態になっている。貴族家への支援は最小限に抑えられており、その窮状が王国の耳に入り、さらにそれを国王が検討する気になった時くらいしか支援は行われないのだ。

「それと、すでに別の盗賊団が入り込んでおりまして……繋がりのない盗賊団です」

「潰したほうが良いね?」

 王国から支援を受け、さらに盗賊被害がなくなってはハートランド子爵家は立ち直ってしまうかもしれない。そうなっては、借金漬けにして、言いなりにさせることが出来なくなってしまう。ジョーディーの計画は失敗に終わる。

「王国全体でも上位に位置する大盗賊団です。盗賊団同士の争いでは、逆に潰されてしまう可能性があります」

「……保留」

 では諜報組織の人間を、騎士を送り込むか。この判断をジョーディーは保留した。こちらの計画を台無しにされた結果は偶然か、それとも意図したものか。これがまだ分からない。意図したものであれば、送り込んだ者たちは帰ってこない可能性が高いと考えた。

「……承知しました」

「レグルスが表舞台に出てくることはあるかな? 何かの集まりに参加するという意味」

「調べてみます」

「頼むよ」

 レグルスに会ってみたいとジョーディーは思った。レグルスは自分を陥れたのがジョーディーであることを知っている。それに対してどう思っているのか。復讐心を抱いているのであれば、この先も計画を邪魔してくる可能性は高い。邪魔するだけでなく、攻撃に出てくる可能性もある。それを見極めたいと思ったのだ。
 だがこの対面は、すぐに実現することはない。すでにレグルスは王都にいない。