白金騎士団は王国騎士団の下部組織となっているが、その運営はジークフリート王子にほぼ全て任されている。これはエリザベス王女の騎士団と同じだ。先に創設された白金騎士団がそのような運営形態であったので、エリザベス王女の騎士団もそのようになったということだ。
白金騎士団には現在、二十名ほどの団員がいる。多くが従士であるが、いずれも特選騎士になる資格がある、魔力を有する者たち。その戦闘能力はかなり高い。才能だけでなく、かなり鍛えられている騎士団だ。
アリシアは、王立中央学院卒業後の進路として、その白金騎士団を選んだ。彼女に他の選択肢はない。この世界に転生した時から決まっていたことなのだ。ジークフリート王子を支え、王国に平和をもたらすことが主人公である彼女の使命なのだ。
その為にアリシアと白金騎士団の団員たちは、毎日厳しい鍛錬を続けている、のだが。
「…………」
「……シア?」
「……………………」
「アリシア?」
ジークフリート王子が呼んでいるのに、アリシアは上の空。ぼんやりとした表情で、訓練場の隅で地面に座り込んでいる。
「アリシア? どうした?」
「えっ? あっ……えっと……次は何の鍛錬でした?」
ようやく呼ばれていることに気が付いたアリシア。ただ気が付いたというだけ、まだ今の状況を把握出来ていない。鍛錬の時間は終わっているのだ。
「……何を悩んでいるのかな?」
「別に……」
「もし、姉上の騎士団についてであれば、情報を得たよ。聞きたい?」
アリシアが考えていたのはレグルスのこと。それは分かっているのに、あえてジークフリート王子はエリザベス王女の騎士団という言い方をしている。
「……聞きたいです」
「騎士団の名称は暁光騎士団に決まった」
「ぎょうこう?」
「暁の光。明け方の空の光という意味かな? 私は姉上らしくないと思ってしまうけどね」
エリザベス王女の騎士団の正式名称は暁光騎士団になった。ジークフリート王子はエリザベス王女に相応しい名称に思えていないようだが、彼女自身が考えたものだ。夜の闇を払う光。レグルスをイメージしてのことなので、らしくないと思う感覚は正しい。
「団員は姉上を入れても九人。戦力として数えられそうなのは五人ほどらしい。大きな任務を行うには数が足りないね?」
ジークフリート王子の言う戦力はレグルスとジュード、ラクラン、そしてセブとロスのゲルメニア族二名を考えている。白金騎士団の四分の一。白金騎士団はさらに増員するつもりであるので、もっと戦力に差が出るとジークフリート王子は考えている。
「五人、ですか……」
かなり前から白金騎士団入団が決まっていたアリシアは、学院で行われた求職求人セミナー、みたいなもの、に参加していない。レグルスたちを見ていないので、五人という数だけ言われても、よく分からなかった。
「……レグルス、ラクラン、ジュード。あと正体不明の男が二人。この五人」
「正体不明……」
ジークフリート王子が分からないだけで、自分は知っている誰かかもしれない。こんなことをアリシアは考えている。
「心当たりがあるのかな?」
「……いえ、分かりません」
だが考えても誰かなど分からない。実際には違うが、仮に知っている人物だったとしても、誰かまでは分かるはずがない。アリシアにはそういう情報は届かない。レグルスが生きていたことさえ、学院に現れたことで知ったのだ。
「そう……そんな人数なので、最初の任務は盗賊退治だそうだ。場所はハートランド」
「もう任務を行うのですか?」
「そうみたいだね。ああ、ハートランドはラクランの出身地だ。その関係だと思うよ」
最初の任務はラクランの故郷。この約束をエリザベス王女は守ろうとしている。それが上手く行って、はじめてラクランは正式に暁光騎士団に入団することになる。約束を守らないわけにはいかない。
「そうですか……盗賊討伐であれば、大丈夫そうですね?」
「そうだろうね。はっきり言って、レグルスとラクランの二人だけでも十分じゃないかな?」
レグルスの、ラクランの実力も、ジークフリート王子は認めている。王国騎士団の将を相手にレグルスは実力をみせつけた。嫌でも認めないわけにはいかない。
「……私たちの任務はいつ頃になりそうですか?」
レグルスは前を進んでいる。それを知って、少しアリシアも気持ちが前向きになった。落ち込んでいる場合ではないと思えるようになった。
「負けていられないよね? でもまだ未定。姉上の騎士団と違って、私たちはかなりの戦力を有しているからね。任務はもっと大きなものになるはずで、対応すべき事案を調べているところだ」
従士身分も多いとはいえ、二十人の特選騎士、特選騎士候補を抱えている白金騎士団だ。任務は盗賊よりも、はるかに強力な何かを相手にすることになる。ただ国内でそれだけの戦力を投入する任務があるか。あるとして、それは初任務として適当かを調べなければならない。ジークフリート王子は慎重だ。初めての任務で躓くわけにはいかないという事情もある。ジークフリート王子には、困った人を救うというだけでなく、多くの人たちに自分の存在を、優秀さを知ってもらうという目的もあるのだ。
「反乱勢力との戦いということですか?」
どういう敵を相手にするかについてはアリシアも知っている。アルデバラン王国の平穏を乱す勢力。反乱貴族であったり、少数民族であったり、それなりにまとまった戦力を有する敵を相手にすることになる。
「そうだね。近頃、国のあちこちでそういう存在が騒いでいるらしいから、それらを治めるのが私たちの使命になるだろうね?」
「……分かりました」
この先、レグルスはどういう存在になるのだろうかとアリシアは思った。国を乱す存在、その最大勢力がレグルス・ブラックバーンであったはずなのだ。だが、レグルスはブラックバーン家を離れ、王国騎士団の側に所属した。国を乱す存在を討伐する側に立った。
「あっ、そうか……」
レグルスは生きていた。そしてゲームストーリーとは異なる展開になっている。そうであるのに、自分はどうして落ち込んでいるのか。望む形になったのだから喜ぶべきだと、アリシアは思った。
「どうしたの?」
「いえ……少し残って、鍛錬をしていきます。近頃、怠けていましたので」
落ち込んでいる場合ではない。立ち止まっていたら、レグルスはどんどん先に行ってしまう。自分が為すべきことを全て行われてしまう。レグルスという男は、そういう存在なのだ。
追い続けなければならない。それが自分の使命。アリシアはそう思った。
「ああ……分かった。頑張って」
この後のお茶会を楽しみにしていたジークフリート王子にとっては、残念なことに。
◆◆◆
「何でも屋」は変らず営業している。店の場所も同じ。昼は「何でも屋」の店舗兼カフェ、夜は酒場という営業内容もそのままだ。ただ店主はバンディーに変わっている。王国への届け出ではそうなっているというだけだが。
その「何でも屋」の店舗の前で、アリシアは突っ立っている。もしかするとレグルスがいるかもしれない。そう思って、ここまでやってきたのだが、店に入る勇気が出ないのだ。どういう顔をしてレグルスに会えば良いのか。そんな風に思ってしまうのだ。
「……えっ……ん、ぐっ……」
いきなり背後から口を押えられ、両腕をとられたアリシア。なんとか逃れようとするが、思うようにいかない。相手はうまく力を逃がし、自らの力を強めたりで、アリシアを自由にさせてくれない。
「えっ……」
だがその拘束がいきなり緩む。逆にそれに驚いたアリシアだが。
「弱っ。なんだ、お前? 隙だらけじゃないか」
「……アオ」
アリシアを拘束していたのはレグルスだった。
「怪しい奴が外で店を見張っているというから様子を見に来てみれば……何やってる?」
「えっと……私は、その、アオに会いに」
レグルスに会いに来た。会えないかもしれないと思いながら、ここに来て、会いに行く勇気が湧かずに立ち尽くしていたら、いきなり目的の人物のほうからやってきてしまった。アリシアは動揺が治まらないでいる。
「何の用?」
「用……」
何の用かと聞かれても困る。色々とあるのだが、ひとつひとつ説明するようなことではない。ただ、会いに来ただけなのだ。
「あっ、そうだ。土下座しろ。土下座して、俺に詫びろ」
「土下座? どうして私が土下座しなくてはならないのよ?」
謝ろうとは思っていた。だが、レグルスに「土下座しろ」と言われると、素直に謝る気にはなれなくなる。
「お前、俺を憲兵に売っただろ? そのせいで俺は罪を着せられた」
「それは……でも、私は売るなんて真似は……」
その事件について謝ろうと思っていた。だが謝りたかったのは、レグルスを信じてあげられなかったこと。レグルスに言われるようなことは覚えがない。
「サムと俺との関係を告げ口しただろ?」
「……私、知らない」
「嘘つき」
「嘘じゃない。そんなことを話すはずがない。話すどころか、何も聞かれていない」
本当にアリシアには覚えがないのだ。レグルスの逮捕された後、アリシアは憲兵から聴取など受けていない。
「じゃあ、誰だ……? まあ、良いか」
アリシアが違うというのであれば違うのだろうとレグルスは考えた。こういうことで嘘をつくアリシアではない。素直に謝るはずだと信じているのだ。
では誰がサムとの関係を伝えたのか。どうしてアリシアが言ったことになったのか。それを考えたレグルスだが、すぐに止めた。容疑者はとっくに分かっているのだ。
「……生きていたのね?」
「今頃それ? 俺、死人に見えるか?」
「だって……」
もし会えたらこうしよう、こんなことを話そうと考えて来ていた。だがそれは全て、レグルスが台無しにしてしまったのだ。
「死んだとは自分でも思ったけどな。でも何故か生きていた。結果としては悪くない。おかげで色々と忘れていたことを思い出せた」
「思い出せた?」
「母親が亡くなっていたこと。俺がどうしてブラックバーン家で疎まれていたか、とか。まあ、色々」
「それって」
アリシアの知るゲームの中には、そういうことは出てこない。レグルス・ブラックバーンが何故、ああいう存在になったのか。今目の前にいるレグルスは、どうしてゲームの彼とは異なるのか。アリシアには分からないことだ。
知りたいと思った。自分の知らないレグルスを、もう一度、もっとレグルスについて知りたいと。
「……レグルス様」
だが、それは割り込んできた声に邪魔された。
「オーウェン……どうした? どこかに行くのか? いや、行ってきたのか?」
オーウェンは旅姿。大きな荷物を背負い、服は旅塵で汚れている。レグルスにはどうして、そんな格好をしているのかが分からない。
「領地に戻っていました」
「ああ、なるほど……騎士団の仕事か?」
領地に戻るのは分かる。オーウェンは、元々は領地の騎士団勤めだ。だが、そのまま元の所属に戻ることなく、王都に戻って来た。一時的な帰国であれば、王都騎士団の仕事だとレグルスは考えたのだが。
「騎士団を辞めてきました。副団長の許しは得ています」
「……じゃあ、もう一度、領地に戻って、復帰を願い出てこい」
「嫌です。私はレグルス様の下で働きます」
「それを選べば、二度とブラックバーンには戻れなくなる」
エリザベス王女の騎士団、王国騎士団所属の暁光騎士団の騎士になったということは、ブラックバーン家からの決別を意味する。レグルスにとっては「決別」なんて言葉を使うほどのことではない。ブラックバーン家であることは、とっくに捨てている。
だがオーウェンは違う。違うとレグルスは考えている。ブラックバーン騎士団にはオーウェンの居場所があり、その場所でオーウェンは輝ける。わざわざ日陰の道を歩む必要はないのだ。
「私はブラックバーン家ではなく、レグルス様に仕えたいのです」
「お前……やっぱり、脳筋だな? どう考えたら、そういう結論になる? おかしいだろ?」
「おかしくて良いではないですか。私は、貴方といるほうが充実した人生を送れると信じています。どれほど辛くても、たとえ死ぬことになっても、納得した人生になると思っています」
レグルスと過ごす日々は、充実した毎日だった。レグルスがいなくなったあとの毎日は、空虚な日々だった。それを知ってしまってはもう、オーウェンはブラックバーン家にはいられない。レグルスとの日々を取り戻そうと決めたのだ。
「……またすぐ旅に出ることになるからな。そのつもりでいろ」
「はっ!」
また一人、暁光騎士団に新たな団員が加わった。いるべき人が、いるべき場所に戻っただけ。アリシアはそう思う。これでエリザベス王女の騎士団で戦力と呼べる人は六人になった。そんなはずはないとアリシアは思う。レグルスが役に立たない人を騎士団に加えるはずがない。レグルスに付いて行こうという戦士が、たった六人のはずがない。
暁光騎士団はまだまだ強く、大きくなる。レグルスが所属する騎士団なのだから。アリシアはこう思った。