月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第134話 未知の敵との戦い

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 ゲルメニア族との戦いの場とされたのは、モルクインゴンの街から一日の距離にある場所。街の近くまで攻め込まれているとレグルスは聞いていたが、実際には最前線となる場所は別にあった。収穫物の簒奪や焼き払いなど直接的な戦闘以外を目的とした少数での接近は防げていないということだ。
 両側を高い崖に挟まれたその場所には砦が築かれている。何度も何度も戦いが行われ、砦を囲む壁はかなり痛んでいる。補修しては戦い、また補修が終わったと思ったら戦いという状況で、完全な修復が出来ていないのだ。ゲルメニア族側がそれを許していない。

「事情は分かったけど、最初にもっと堅牢な砦を築いておけば良かったってことだろ?」

 それを聞いたレグルスの感想はこれ。もっと頑丈な石造りの砦に最初からしておけば、戦いでのダメージはもっと少なくなるはずだと考えたのだ。

「ゲルメニア族の攻撃が激しくなってから、慌てて築いた砦だ。時間をかけて堅牢なものを築く余裕はなかった」

 この砦は急造されたもの。ゲルメニア族との戦闘が激しいものになってから必要となった砦なので、時間をかけることが出来なかった。修復と同じで、ゲルメニア族がそれを許さなかったのだ。

「いやだから、もっと前方に築いておいて……まさか、それも出来なかったってこと?」

 戦闘を行いながらの建築は難しいだろうとレグルスも思う。だがそうだとしても、もっと前面に急造の砦を築いておいて、そこで攻撃を防ぎ、後方できちんとしたものを作れば良かったのにと思った。思ったが、途中でそれさえ出来なかった可能性に気が付いた。

「ゲルメニア族とは友好的な関係を築けるはずだった。だが、それは上手くいかず、こちらの予想を上回る速さと勢いで戦いが始まってしまったのだ」

「……どうして、友好関係の構築に失敗した? 上手くやれば、今のような苦労をしなくて済んだろうに」

「……そうだな」

 関係が破綻したのは友好の証としてブラックバーン家に嫁いだレグルスの母親が亡くなったから。それに怒り狂ったゲルメニア族は、ブラックバーン家に言い訳をする間も与えることなく、一気に麓近くまで攻め寄せて来、それ以後は一切の交渉を受け付けようとしていない。
 これをレグルスに説明することは、ディアーンには出来ない。

「……文句を言っても砦が頑丈になるわけではないか」

「本来の砦はもっと先にある。そこを確保出来れば、もう少し守るのは楽になるはずだ」

 今はゲルメニア族に奪われてしまっている砦が、先にある。この場所に比べれば、遥かに堅牢な、レグルスが求めているような砦のはずだ。奪われてからは一度も中に入れていないので、現在どのような状況かは分かっていないが。

「敵の大軍、かどうか分からないけど、軍勢が展開している。それを打ち破っても、次は砦攻め?」

 ここまでの説明をレグルスは受けていない。戦いには参加しなければならないが、将としての権限は与えられていないので、作戦会議に出ていないのだ。

「打ち破れればの話だ。想定よりも大軍であれば、モルクインゴンを落とされる可能性だってないわけではない。そうさせない為には、まずはここで敵の攻撃を防ぐことだ」

「友好関係が築けそうだった時に、敵の軍勢の数くらい調べておけよ」

「俺に言うな。我々だってそれについては文句を言いたい」

 一番の問題はゲルメニア族についての情報が少なすぎること。最大動員兵力がどれほどかも分かっていないのだ。その状況で戦いを一任されているディアーンたちだって文句を言いたい。

「お前の親父、本家に恨まれるようなことをしたのか?」

 そうとしか思えない。敵がどれくらい強いかも分かっていないのに、援軍を送ることなく、守る側の戦力を限定しているなんて状況は、負けさせようとしているとしかレグルスには思えないのだ。

「恨まれてなどいない。我々の武勇を買われてのことだ」

「ああ、それか」

「それ?」

 ディアーンは、本家に対して言いたいことは山ほどあるが、恨まれているとまでは思っていない。自家の武勇を高く評価された結果、難しい戦場を任されたのだと思っていた。だが、レグルスは違う考えだ。

「今の北方辺境伯はそっちの面の評価は低いからな。評価される機会がなかっただけとなっているけど、実際はどうだか」

 レグルスは父、もう元父だと思っているが、ベラトリックスの武を評価していない。評価できるような場面に遭遇していないからだが、それはレグルスがほとんど屋敷にいなかったことだけが理由ではなく。鍛錬をしていないからだと思っている。

「……まさか」

「人当たりの良さそうな仮面をかぶっているけど、実際には性格悪いからな。可能性はある。まっ、あくまでも可能性だけどな」

「性格悪いのか?」

「そう感じるだけ。滅多に会うことはなかったから、実際のところは分からない。でも、これからはっきりするだろ? もう隠す必要はなくなったはずだ」

 レグルスの祖父であるコンラッド亡き今、ベラトリックスに顔色を窺わなければならない相手はいない。領地においては最高権力者になったのだ。

「…………」

「先のことを考えている場合ではないと思うけど? まあ、余計なことを話した俺が悪いのか……」

「……レグルス、お前、本当に記憶がないのか?」

 レグルスが父親を嫌う理由。それを考えたディアーンはひとつの理由を思いついた。だがそれはレグルスに子供の頃の記憶があってこその理由だ。

「記憶……子供の頃の話か? だったら、ほとんど覚えていない。言っただろ?」

「そうだけど……」

「変な奴だな? 戦いを前にして、緊張でおかしくなっているとかか?」

 記憶の話についてはレグルスは長く話をしていたくない。ディアーンを挑発して、話を逸らそうと考えた。

「お前よりは戦場慣れしている」

「回数が全てじゃない」

「確かに、お前は平気そうだ」

 レグルスにはまったく緊張した様子がない。戦場経験はない、ディアーンはそう聞かされている、というのが信じられない落ち着きだ。

「平気というか、よく分かっていないだけだ。それに、攻めてくるのは日が沈んでからなのだろ?」

 太陽は西の空。夕日のオレンジが空を染めている、まだ。ゲルメニア族が攻めてくるのは日没後。夜の闇が広がってからのはずなのだ。

「もう少しだ」

「もう少しは、まだ少し時間があるってこと。この間にとっとと下がったらどうだ?」

 これはディアーンではなくリーチ、そして王都から同行してきた騎士と従士たちに向けた言葉。彼らも、戦いに参加する義務などないのに、砦まで付いてきたのだ。

「魔道具がきちんと機能するか確かめる必要がある」

「もう何度も試しているだろ?」

 魔道具が正常動作するのは当たり前のこと。その前提で戦場に投入しているのだ。それに、もし万が一正常動作しなかったとしても、リーチに出来ることはない。魔道具は戦場のど真ん中になるはずの場所に置かれているのだ。

「それでも製作者として、きちんと見届ける責任が私にはある」

「……じゃあ、動作したのを確認したら、すぐに街に戻れ。お前らも」

 王都から同行してきた人たちには、まったく残る理由がない。彼らはレグルスを送り届けたら、それで任務は終わり。王都に戻らなければならなかったのだ。

「我々も戦います」

「そんな命令は出ていないはずだ」

「では命令してください。共に戦えと」

 騎士として戦いから背を向けることは出来ない。騎士としての誇り、だけではなく、レグルスだけを危険な戦場に送り出すことを受け入れられなかった。二か月の旅程は、彼らにレグルスがどのような人物かを教えてくれたのだ。

「命令……じゃあ、命令だ。生きろ」

「えっ……それは?」

「こんなところで死ぬな。怪我もするな。生きろ、そして、ついでに、その天才も生かしてやってくれ」

 もう自分の人生に他人を巻き込みたくない。まして、命を失うような事態には絶対にさせたくない。レグルスはこう思っているのだ。

「……我々は」

「お前たちが命を賭ける場所はここじゃない。もっと大切な何かの為に、そうしなければならない時が来るはずだ。その時…………伏せろっ!!」

 太陽はわずかに頭を残すのみ。夜の闇が空を覆い始めた時、それは来た。来たことにレグルスは気付いた。
 太い風切り音が誰の耳にも届くようになった。続く衝撃。砦の壁が大きく揺らぎ、バランスを崩した篝火のひとつが地面に落ちて行った。

「聞いていたのと違う! 何だ、あのバカでかい飛び道具は!?」

 敵からの攻撃であるのは明らか。だがそれは予想したものとは大きく違っている。

「ブーメランはブーメランだ! だが、こんなでかいのは俺も初めて見た!」

「嘘だろ……」

 ブーメランはゲルメニア族の武器のひとつ。飛び道具で、かなり厄介な武器だと聞いていた。だが聞いていたのは人一人を倒すくらいの大きさの物。砦の壁を揺らすような巨大な物ではないはずだった。

「また来た!」

 すでに日は沈んでいるが、ブーメランが飛ぶ音で分かる。敵の第二撃が、また別の篝火を吹き飛ばした。

「……本当に戻って行った」

 ブーメランは投げた者のところに戻っていくようになっている。それによって何度も使えるとレグルスは聞いていた。聞いていたのとは大きさにかなりの違いはあるが、それは変わらないのだと飛んでいくブーメランを見て、思った。実際は、篝火に当たった時の衝撃が大きすぎて、投げた者のところに正確には戻っていないのだが、そこまではこの時点では分からないのだ。

「また来た……」

「こんなの繰り返されたら、そのうち壁が壊れるぞ」

 何度も強い衝撃を受け続けていたら、砦の壁は崩壊してしまう。そう思ってしまうような攻撃だ。第三撃も篝火を落として、戻って行った。

「計算外だ。これは……不味いな」

 このような攻撃を受けることは想定外。敵は離れた場所から、こちらを攻撃してきている。このままでは一方的に被害が出るだけだ。

「……あの辺だな。じゃあ、行ってくる」

 このままでは不味いのであれば、打開するしかない。レグルスはこう考え、その為の行動に移ろうとしている。

「レグルス? おい! どこに行くつもりだ!?」

 それに気づいて、ディアーンが止めようとするが。

「攻撃態勢を解くなよ!? 魔道具の反応を見逃すな!」

 この言葉を残して、壁の下に飛び降りてしまった。

 

 

「あの馬鹿……」

「文句を言っている暇があるなら、後を追うか、言われた通りに攻撃準備に入ったらどうかな?」

 ディアーンに忠告したのはリーチ。レグルスらしい行動であると分かっているリーチは、驚くことなく冷静でいられた。戦争の素人であっても、今何を為すべきかを理解する頭もある。

「……そうだな。落ち着け! 隊列を整えろ!」

 まずは攻撃準備。こう考えてディアーンは部下たちに指示を出す。結果として、ぎりぎりのタイミングだった。地面に炎が立ち上がったのは、そのすぐ後だ。

「放て! 放てぇえええっ!!」

 ディアーンの命令を受けて、砦から一斉に矢が放たれる。あらかじめ決められていた目標。炎をあげた魔道具が並べられているラインが目標だ。

「次! 放てぇえええっ!」

 次々と炎が立ち昇る。それは敵がそのラインに近づいた証。敵の接近を知らせる合図だ。炎に照らされる敵の数は少なくても、実際にはかなりの敵がいるはず。そうであると決めつけて、矢を一斉に放っている。それが間違いではないことは、すぐに分かることになる。

「発射」

 ディアーンとは異なる、小さな、冷静な声はリーチのもの。自分一人に聞こえれば良いだけの言葉だ。それで十分なのだ。
 魔道具が炎を噴き出しながら宙に飛んでいく。一度、強い光を放った後は、炎が地面に降り注いでいく。フルド族の居留地でドイル伯爵家軍と戦った時と同じ作戦だ。ただ今回は焼き殺すというより、照明弾としての利用。地面に広がった油が、敵の軍勢を照らしている。

「突撃っ!!」

 壁の下から聞こえてきた声はディアーンの父、ドミニクのものだ。騎馬隊が敵の軍勢に突撃をかけていく。炎が続く間だけの決死の突撃だ。

「……ブーメランとやらは止まったな」

 巨大ブーメランによる攻撃は止まっている。壁上が落ち付いたところで、初めてそれに気が付いた。

「確かに……レグルスは……」

 攻撃を止めたのは、かなり高い確率で、レグルス。だが敵中に単身で突入していったレグルスの身が、ディアーンは心配になる。

「あの男のやり方だと……ラインのさらに奥、見えている敵の背後か。そこで、騎馬隊との戦闘が始まって、さらに敵が前掛かりになるのを待っているのかもしれないな」

「まさか?」

「まさかのやり方を彼は別の戦場でやった。その時は上手く行ったが、ゲルメニア族に通用するか……ゲルメニア族というのはどの程度強い? 地方領主が雇う特選騎士とどちらが上だ?」

 ドイル伯爵が雇っていた特選騎士よりも弱いのであれば、この戦場での勝利は決まる。だが、リーチはゲルメニア族の戦闘力がどの程度か分からない。

「……悔しいが、俺は苦戦する。今は以前よりもやれるとは思っているが」

 聞かれたディアーンも、具体的な答えは持たない。リーチが比較対象にした地方領主が雇う特選騎士の実力が分からないのだ。正確に答えることなど出来るはずがない。

「では、君と彼の実力差は?」

「……かなりレグルスが上だ」

「だろうね……問題は数か。どうやら答えは出ないな。これは天才リーチ様の問題ではない」

 ゲルメニア族の戦士一人一人の戦闘力は分からない。どれだけ魔法を使える戦士がいるかも分からない。これではいくら考えても正解は出ない。無駄なことに時間を使ってしまったことをリーチは悔やんでいる。

「人をネタに楽しむな」

「レグルス!」「おや、早かったね?」

 話題にされていたレグルスが戻って来た。リーチにとっては予想外の早い帰還だ。

「ゲルメニア族の戦士って鎧着ているのな? 上半身裸とか、そういうの想像していた」

「この寒さで裸でいられるか」

「ただのイメージとして。毛皮は想像の範囲内だった。フルド族と同じ。ただ分からないのは、鎧を着ているからといって偉いわけじゃないこと。強さと偉さは違うってことか?」

 戦場に潜んで、敵の指揮官を狙い撃ちにする。これを、リーチが考えていた通り、レグルスは狙うつもりだった。だが、ターゲットとする指揮官を判別する方法が分からず、すぐに戻って来たのだ。

「ああ。偉さは分からないが、毛皮をまとっている奴のほうが強い。鎧で身を守る必要がないということだ」

「……知っていたなら教えておけよ。知らないせいで、殺す相手が分からなかった」

「必要になるとは思わなかった。それに、誰を殺してもゲルメニア族の戦意は、上がることはあっても落ちることはない。これも想像だが、族長は戦場にいないのだと思う」

 ゲルメニア族の戦士は、自らの意思で戦っている。指揮官の役目を持つ味方が殺されても、それで戦うのを止めることはない。復讐心でさらに猛り狂うことになるだけだ。

「なるほど。厄介だな。戦意を失うくらいに殺すしか勝利はないということか」

「その前に、戦意が失われるほどの犠牲がこちらに出なければな」

「……予想通りの消耗戦だな。これを爺が考えたのか……」

 お互いに相手の戦力を削り合い、継戦能力を失うほどの被害になったほうが負け。そうなるとブラックバーン家は、いつかは勝利する。確実に勝てる戦術だが、味方の犠牲を是とするもの。それを祖父であるコンラッドが選んだのは、レグルスには少し意外だった。優しいだけの人物でないことは知っているが、味方の犠牲を当然と考えるような人ではないと思っていた。

「爺が先代のことを指しているのなら、それは違う」

「……お早いお帰りで」

 割り込んできたのはドミニク。騎馬隊と共に突撃をかけたはずのドミニクが壁の上に姿を見せた。

「相手にも誤算があったようで、あっさりと引いた。それはそれで不気味だが」

「引くことも知っているのですね? 当たり前か。そうでなくて、ここまで戦いが続くはずがない」

 いくら強くても、戦術なしに、ただ我武者羅に突撃してくるような相手であれば、ドミニクたちが苦戦するはずがない。それこそ敵を消耗させる為だけの作戦を立てて、対応するはずだ。

「ゲルメニア族は戦い方を知っている。だから我々、私たちだけのことではなく。ブラックバーン家としてゲルメニア族を完全に従えることが出来なかった。出来なかったから……先代は交渉で解決しようと考えた」

 ブラックバーン家にゲルメニア族の血を入れるという思い切った手段だ。反対する者が圧倒的だった。だがコンラッドはそれを押し切って、実現させたのだ。

「でもそれは失敗した」

「そうだ。失敗し、さらに関係悪化となったことで責任を感じた先代は、ゲルメニア族が関わることについては口出ししなくなった。その結果が今なのだ」

 大きな失敗だった。ブラックバーン家ではなく、ゲルメニア族に対して、コンラッドは責任を感じた。戦いを指示することが出来なくなった。

「つまり、ドミニク様はある人物の性格の悪さを知っているわけだ」

「……否定も肯定もしない」

 否定しなければ、それは肯定だ。味方の犠牲を前提とした戦術はベラトリックスが、その意向を受けた家臣が考えたもの。レグルスとしては、この方が納得する。父に対してレグルスは、悪感情しかないのだ。
 そしてさらにレグルスは、実の父親の悪意を知ることになる。今更だが。

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