月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第132話 新しい暮らし

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 レグルスがいなくなった王立中央学院では、それ以前と変わらず、学院生たちの熱のこもった授業が行われている。レグルスがいなくなった影響はない、ということでもない。熱意を高めている学院生の中心は、タイラーとキャリナローズ。レグルスと再会を誓った、つもりの、二人は、その日までに実力の差を埋めようと厳しい鍛錬を自らに課している。さらにクレイグも加わって、学年全体の実技授業を盛り上げているのだ。
 ただ、クレイグが授業を盛り上げているのは二人とは違う理由。卒業まで残り八か月ほど。三年生は進路を決めなければならない。クレイグたち自家を継ぐ予定の学院生たちには考える必要のないことだが、進路未定の学院生たちの動向については関係がある。優秀な学院生を自家の騎士団に勧誘しようとしているのだ。
 勧誘される側にとっても重要なこと。出来るだけ条件の良い仕官先を選びたい。その為には自分の実力を認めてもらわなければならない。授業が盛り上がっている最大の理由はこれだ。
 実力だけで比べれば王国騎士団が一番とされているが、待遇では守護家の騎士団のほうが上と言われている。戦場に出る機会は、確実に辺境伯家の騎士団が多いが、それをリスクと考えるか、出世の機会と見るかは、人それぞれだ。
 とにかくタイラーたち、辺境伯家の公子に実力を認めてもらえる機会である実技授業で頑張らない理由はない。

「困ったな」

 蚊帳の外に置かれてしまったのはジークフリート王子。彼も勧誘したいのだが、完全に出遅れてしまっている。

「私の騎士団も数を増やしたいのだけどね」

 ジークフリート王子は王国騎士団に誘おうと考えているわけではない。自分の騎士団、白金騎士団に入団してもらいたいのだ。実際には白金騎士団も王国騎士団の一部であるのだが、彼にはその意識がない。

「まずは存在を知ってもらうことから始めないといけないのかな? どう思う?」

「…………」

「アリシア?」

「えっ……あっ、はい。何ですか?」

 アリシアは上の空。ジークフリート王子の話をまったく聞いていなかった。

「どうしたの? 何か心配事かな?」

「いえ、大丈夫です」

 心配事はない。後悔の想いが、いつまで経っても心から消えないだけだ。さらに深まったとも言える。タイラーたちとジークフリート王子、そしてアリシアとの間には深い溝が出来ている。王国はレグルスに冤罪を着せて、王都から追放させた。そう思っているタイラーの怒りは、王子であるジークフリートにも向いた。直接何かを言うことはない。ただ距離を作り、話をすることもなくなっただけだ。
 その態度はアリシアに対しても同じ。アリシアの近くに、いつもジークフリート王子がいることもあるが、そうでなくても壁を感じるようになっている。

「……何度も言うけど、レグルスは間違いなく罪を犯している。念のため、もう一度確認してみたけど自白に嘘はないと言われた」

「私は、別に……」

 レグルスのことを気にしているわけではない。誰でも分かる嘘をアリシアは口にした。

「処分を決めたのはブラックバーン家だ。自家の公子を、何もないのに追放処分にすると思う?」

「あの、ジーク、私は本当に気にしていないから」

 ジークフリート王子の説明を聞いても辛くなるだけ。今はもう、レグルスの自供が真実かそうでないかは関係ないのだ。自分はレグルスを信じきれなかった。タイラーたちに出来たことが、自分には出来なかった。アリシアはこのことを悔やんでいるのだ。

「そう……じゃあ、今度、気晴らしにどこかに行こうか? 避暑なんて季節ではないけど、寒い時も悪くないよ。早朝には湖の上がキラキラしていて、とても綺麗だから」

「素敵……いつか見てみたいわ」

「……そうだね」

 いつかはいつか。具体的な約束ではない。小旅行への誘いは失敗に終わった。ジークフリート王子はそれを悟った。

「……そういえば、アンさんとはいつ?」

「いつ? 何がかな?」

「結婚はいつなのかと思って」

 レグルスは表舞台から姿を消した。そうなると、本来、レグルスと共に王国を騒がすサマンサアンはどうなるのか。レグルスのことを考えていたアリシアは、ふとそれを思った。思ったことを何も考えることなく、問いにしてしまった。

「えっと……アリシア、ちゃんと考えているから。ちゃんとするから、それまで待っていて」

「……ええ。分かった」

 何をちゃんとするのか。王子の結婚ともなると、色々と面倒なことが多いのかもしれないとアリシアは考えた。ジークフリート王子の気持ちは、まったく伝わっていなかった。
 ジークフリート王子が自分のキャラクターにはまったく似合わない、愛人から「いつになったら奥さんと別れてくれるの?」と責められた時の言い訳そのものを、口にしてしまったというのに。
 近づいたはずの二人の心と体の距離は、また少し離れてしまっていた。

 

 

◆◆◆

 ディアーンの父でありレグルスの従伯父、亡くなった祖父コンラッドの弟の息子にあたるドミニクの領地は王国北東部にある。北方辺境伯家領だと南東のはずれ。険しい山々が連なる山岳地帯だ。その山岳地帯の麓、入口にあたる場所にある街、モルクインゴンがレグルスが暮らすことになる場所だ。モルク・ブラックバーン家という通称はこの街の名からきている。
 モルクインゴンは周囲を高い壁に囲まれた軍事都市。山岳地帯に暮らす少数民族が平地に出るのを防ぐ砦という位置づけなのだ。

「……普通に街があるのか」

 山から流れてくる川にかかる橋を渡り、門をくぐって街の中に入ったレグルス。壁の外からは人の暮らしが感じられなかった。王都とは、ここまで通って来た街とも異なり、人の出入りがまったくないのだ。農作地らしきものも見えなかった。

「当たり前だ。領民が暮らしているのだぞ?」

 案内役はディアーンが務めている。気難しいレグルスの相手は自分でなければ無理だと、勝手に考えたのだ。

「王都の内壁をなくして小さくした感じだな。まさかと思うけど、農作地は壁の中だけじゃないよな?」

 街の周囲は農地になっている。王都の郊外を、小さく小さく小さく、さらに小さくした程度の農作地だ。これで領民たちの食料を全て賄えるはずがないとレグルスは思った。

「……そのまさか」

「ええっ……それって、少数民族が、なんだっけ、何族?」

「何族って……よく知っているだろ?」

 レグルスが少数民族のことを知らないはずがない。ディアーンは勝手にそう思っている。レグルスに九歳になる前の記憶がないことなど知らないのだ。

「良くは知らないけど思い出した。ゲルメニア族だ。ゲルメニア族はこの街の近くまで攻めてくるのか?」

「攻めてくる」

「……それも防げない?」

 街の近くまで攻めてきているのに、それを防げないとなれば、よほどゲルメニア族が強力であるということ。そこまで追いつめられているとは、レグルスは考えていなかった。

「夜の闇に紛れて近づいてくる。暗闇の中だと我々は圧倒的に不利なのだ」

 追いつめられているのは間違いないが、レグルスが思っているような状況ではない。夜の闇はゲルメニア族の味方。その闇に紛れて、作物を奪って行ったり、農地に火をつけられたりを繰り返されてきた。そのせいで壁の外の農地を諦めることになったのだ。

「そういう敵か……面倒な相手だな」

 夜の闇はレグルスも苦手ではない。だが、ゲルメニア族にはそれが通用しない可能性がある。自分の強みを失ったかもしれないとレグルスは考えた。

「レグルス……お前、本当に戦うつもりか?」

「えっ、戦わないで良いのか? 遊んで暮らせるのなら、俺はそれを選ぶけど?」

「そうじゃなくて……」

「冗談だ。遊びたいわけじゃないけど、そろそろ暮らす場所に案内してもらえるか?」

 レグルスはディアーンと同じ屋敷に住むわけではない。別の場所を用意してもらっている。レグルスの希望を叶えてもらえたのだ。

「……その先だ」

 その場所はすぐ先。ディアーンもほぼ毎日訪れる場所だ。

「あっ……」

 その場所では舞術の師であるレオンたちが門前まで出て待っていてくれた。先に到着していたロジャーもいる。ここは舞術の道場となっている場所なのだ。

「師匠たち、お久しぶりです。お元気でお過ごしでしたか?」

 急いで駆け寄って挨拶するレグルス。

「また会えて嬉しい。喜ぶべきではないのだろうが、ここは正直な気持ちを言わせてもらう。父と再会出来るとも思っていなかったからな。ありがとう」

 レグルスと再会出来ただけでなく、父であるロジャーともまた一緒に暮らせるようになった。もう二度と会えないと覚悟していた父と、また暮らせるようになったのだ。レグルスの不幸がもたらしてくれた幸運。申し訳ないと思いながらも、レオンは素直に感謝の言葉を伝えることにした。

「いえ、私もまたお二人に鍛えてもらえると思うと嬉しいです。ディアーンは真面目に稽古してます?」

「おい? 変なことを聞くな」

「聞かれて困るような怠け者なのか?」

「怠けてはいない。毎日稽古に来ているが、中々、師匠たちに納得してもらえる動きが出来ないだけだ」

 舞術を極める。これはレグルスとの約束だとディアーンは思っている。舞術を極め、それを後世に伝える役目をレグルスから受け継いだと考えているのだ。

「当たり前だ。先に習っている俺だって出来ていない」

「……本当か?」

「こんなことで嘘をついてどうする?」

「まあ、そうだが……」

 嘘はついていない。レグルスは師匠のロジャーを満足させていない。だがそれはロジャーがレグルスに求めるレベルが高すぎるから。技において自らを超えることをロジャーは求めているのだ。
 この事実はディアーンもすぐに分かることになる。一緒に稽古すれば、分かることだ。

「屋敷を使わせてもらって申し訳ございません。俺だけでなく、あとから何人か来ることになります」

「問題ない。ディアーンには広すぎる屋敷を用意してもらった。この場合はディアーン様というべきか? いやドレイク様が正解だな」

 道場の建物はかなり広い、レオンとレイフの二人では、まだ一度も使ってない部屋があるほどだ。モルクインゴンはゲルメニア族との戦いが激しさを増してから、見る見る暮らす人が減っていった。使わなくなった土地、建物がかなりある。そういう場所をまとめて更地にして、建てた道場なのだ。

「とりあえず、最初の居候です。彼は魔道具士なので、稽古はしません」

「魔道具士?」

 リーチの紹介に反応したのは、ロジャーたちではなくディアーンだった。

「ああ、自称天才魔道具士だ」

「天才……あっ、いや、待て。自称?」

「才能はある。ただ性格はいかれている。いや、でも、そうだな。自称は止めよう。俺はこいつの才能を認めている。天才だ」

「……いきなり恥ずかしいことを言わないでくれるか?」

 レグルスにいきなり天才だと持ち上げられて、リーチは柄にもなく照れている。誰も天才と認めてくれないから、自分で訴えていたのだ。人から天才と言われた時の対応が分からなかった。

「戦いに使う魔道具も作れるのか?」

「当然。天才魔道具士に不可能はない」

「一気に敵を殲滅するような魔道具が欲しい」

 それがあればゲルメニア族との戦いを終わらせられる。味方を失うことがなくなる。モルクインゴンは平和になり、人が戻ってくる。ディアーンの求めていたことが実現する。

「これだから凡人は。いいかね? 魔道具というのはだね」

「はい。長くなるから細かい説明は良い。そんな都合の良い物は世の中に存在しない。あれば逆に王国はどうなるか分からない。味方だけが手に入れられると決まっているわけじゃないからな」

 そんな強力な魔道具があれば、世界地図が変わる。敵がそれを持てば、アルデバラン王国は滅ぼされてしまうかもしれない。常識を超えた殺傷兵器など存在しないほうが良い。レグルスはそう思うようになっている。

「……そうだな。それでも魔道具が作れるのは助かる」

「魔道石はあるのか? かなり高い物なのだろ? 本家がくれたものか?」

 ここに来て、さらに分かった。この場所は貧しい。農地は街の中だけ。商人の出入りがない様子から他に産物があるとも思えない。貴重な魔道石を購入できるとは思えない。あるとすれば本家が与えてくれたもの。戦いが続いているのだ。支援があるのは当たり前だとレグルスは考えた。

「……潤沢にあるとは言わない。お前、本当に知らないのか?」

「何を?」

「ブラックバーン家がこんなやせこけた土地にこだわるのは、魔道石が採掘出来るという噂があるからだ。確かめられてはいない。いないが、過去にゲルメニア族から貢物としてもらった魔道石がこの街にはある。それなりの量だ」

「それ……王国は知っているのか?」

 知っているとは思えない。魔道石が採掘出来るような場所を、ブラックバーン家に独占させるはずがない。とっくに王国騎士団が出動して、ゲルメニア族を討伐するか、服従させるかする為に戦っているはずだ。

「思っている通りだ」

「お前、口軽すぎ。それ絶対に知られたら、家臣にも知らせたら駄目なやつだろ?」

「い、いや、秘密にはしている。しているのだが、つい……」

 レグルスがあまりにゲルメニア族について分かっていないのに驚いて、つい話してしまったのだ。

「……忘れてやる。本当に忘れることは出来ないけど、忘れたことにしてやる。いや、聞かなかったことにか。分かっているよな?」

「天才にそんな念押しは無用。そんなことは凡人でも理解できるはずだ」

「ということで、師匠たちもお願いします」

「我々には興味がないことだ。それに我々はここに好意で住まわせてもらっている身。恩を仇で返すような真似はせん」

 秘密だと言われれば、それは必ず守る。ロジャーたちにとって、剣術を教えられるこの場所は、弟子となってくれる人が出来たこの場所は、守らなければならない場所。混乱をもたらすようなことを行うつもりは微塵もない。

「……いつまでも立ち話はあれだから、そろそろ中に入らないか?」

「腹が減ったのか?」

「さすが。天才の理解者もまた天才だな」

「お前な……」

 天才とかそういうことではない。リーチの性格を少し理解しているだけだ。それが一番大切なことなのだ。

「口に合うか分からないが、食事なら用意している」

「父上。そんなことを言うと、タリンに怒られますよ?」

「タリン、さん?」

 レグルスの知らない名。

「ああ……私の妻だ。ほら、男所帯だと何かと大変なので、女手が必要かと思って」

 タリンはレオンの妻。この土地に来て知り合った女性と結婚したのだ。

「兄上、それこそ姉上に怒られます。一目ぼれして、頼み込んで嫁に来てもらったのに、その言い方はないでしょう?」

「ば、馬鹿! 余計なことは言わなくて良い!」

 剣術一筋であったレオンが家庭を持った。当たり前の幸せの一つの形を手に入れた。

「……戦いは大変そうだけど……良い街じゃないか」

 それがレグルスには、なんとなく嬉しかった。身近な人が普通に暮らしている。それが嬉しかった。

「ああ、だから守らなければならない。この街にこういう幸せをもっと増やさないと」

「……そうだな」

 戦いは人々から幸せな暮らしを奪う。分かっていたことだ。知識としては。そうであるのに世の中から戦いはなくならない。レグルス自身も大小様々な戦いの中に身を置いていた。多くの人を殺した。そんな自分はこの世の中に必要なのか。大量殺戮が出来る魔道具と同じ。この世界にいないほうが良いのではないか。またレグルスはこんなことを思ってしまった。

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