月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第130話 天才魔道具士の選択

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 王都を出てからの旅程は、「鉄格子は恰好だけ」という付き人の言葉通り、自由なものになった。ずっと馬車の中にこもっている必要もない。同行している騎士の馬を借りて乗ることも許される。体力づくりの為に走るのも自由。さらに時間があれば、騎士のほうから立ち合いを求めてきたりする。正直、鍛錬相手としてはかなり物足りない腕前だが、体が鈍らない程度の運動は出来ている。レグルスにとっては想定外の快適な旅だ。
 そうなるのには、一応理由はあった。同行している騎士や従士、付き人は皆、レグルスに同情的な考えを持つ者ばかり。そういう人が選ばれていた。ブラックバーン家は好意からこういう人選を行ったのではない。ライラスとその取り巻きたちが、目障りな家臣を追い出しただけだ。
 ただ理由が何であろうとレグルスにとっては良いこと。まったく無駄な二か月を過ごすことにはなりそうもない。

「どうしてそこで動きが止まるかな?」

「駄目ですか?」

「駄目に決まっている。これが実戦なら死んでいるから」

 そして同行してきた騎士や従士にとっては、もっとありがたい状況になった。レグルスから直接指導を受けられるのだ。そんなことは王都ではあり得ない。
 レグルスの武勇についての評判は、いくらライラスとその取り巻きたちが情報操作をしようとしても隠しきれない。ブラックバーン家を除く王国貴族社会全体でかなり評判になったのだ。家臣たちの耳に入らないはずがない。

「どうしても動きに迷いが出てしまって」

「それは頭で考えているから。体で反応しないと」

「無意識に動けるようになるということですか?」

 そんなことが出来るなんて、さすがはレグルス様。なんてこの従士は思っているが、それは間違いだ。レグルスは特別なことを言っているわけではない。この従士はそれが分からない実力で、そんな実力でとどまってしまうような教え方をされてきたということだ。

「無意識は制御出来ていないということ。それじゃあ、駄目だ。たとえば……ほら」

「えっ!?」

 いきなり目の前に剣先を突き付けられた従士は、ひどく驚いている。驚いて、思わず目をつむってしまった。

「はい。目をつむった。今のは無意識の反応。敵の剣が迫ってきているのに、目をつむっていて避けられるか?」

「無理です」

「だろ? 戦いの中では自分の動きをコントロールしなければならない。その時、その時、より最適な動きを選ばなければならない。もちろん、無意識の反応によって助かることもある。でもそれは経験によって得られた正しい反応だったということだ」

 簡単に言うと、この従士は鍛錬が足りていなさ過ぎる。もっと基礎訓練を重ねることから始めなければならないということだ。そしてそういう基礎訓練に関しては、レグルスがもっとも得意とするところ。レグルス本人に得手不得手の意識などないが、実際にそうなのだ。

「まずは動きを速くすること。地味に思うかもしれないけど、素振りからだな。とにかく速く、少しでも速く。今日よりも明日のほうが速く振れるようなる為に、素振りを続ける」

「……ひたすら素振りですか」

「じゃあ、もうひとつ。一回素振りしてみろ。頭上からまっすぐ振り下ろすだけ」

「……分かりました」

 何の意味があるのか分からないが、レグルスに言われたからにはやるしかない。従士は少しレグルスと距離を取ると、剣を頭上に構え、まっすぐに振り下ろした。

「あっ……」

 素振りをしたのは従士だけではない。レグルスも同時に行っていた。しっかりと見ている必要もなく分かるほどの、従士とはまったく異なる次元の速さで。

「これだけ速さが違う。これだけの差があれば、向かい合った瞬間に勝負は決まる。頭から真っ二つにされて終わりだ。まずはこの差を埋めなければならない。分かった?」

「分かりました」

 ただ剣を振るというだけで、驚くほどの差がある。これが分かれば、素振りは退屈なんて思っていられない。

「退屈に思うのは考えないでやるから。ただ我武者羅に振っていたら、それは体力作り。どう体を動かせば速く振れるかを考え、色々試していれば退屈に思うことはない。少なくとも俺はそうだ。半日続けていても飽きない」

 そういう他人が地味に思うような鍛錬を、レグルスは苦にしない。最大効果を得る為にはどうすれば良いかを考えるのが楽しいのだ。

「分かりました。やってみます」

 レグルスがそれを行っているというのであれば、従士もより一層、やる気になる。強くなったという実績があるのだ。

 

 

「レグルス様」

「ん?」

 別の同行者が声をかけてきた。鍛錬の邪魔をしてくるのは珍しいと思ったレグルスだが、すぐにその理由が分かった。声を掛けてきた騎士自身が用があるわけではなかったのだ。

「やあ、君。元気そうで何よりだね?」

 騎士が声を掛けてきたのはレグルスに会いたいという人物が尋ねてきたから。

「お前も元気そうで残念だ」

 レグルスは別に会いたくない人物。自称天才魔道具士のリーチだった。

「相変わらず面白いことを言うな。そういうところは割と好きだ」

「好かれたくて言ったわけじゃない。ただちゃんと剣を返しに来たことについては褒めてやる。褒めてやるから早くよこせ」

 フルド族から貰った剣を、レグルスは預かったつもりだが、リーチに貸していた。どうしても研究したいとリーチがしつこく頼むので、貸すことにしたのだ。
 リーチはその剣を返しに来た。レグルスはそう思っている。

「結論から言うと、今、分かっているのは、フルド族の族長が言った通り、君以外の魔力は受け入れないということだ。私が知る魔道具の製造方法では魔力を注入出来ないというのが正しいかもしれない」

「他の方法を試そうと思わなかったのか?」

 リーチは研究を諦めたのだとレグルスは判断した。レグルスにとっては意外な結果だ。リーチは疑問に思ったことをそのままにしておけない。自分と似た部分があると感じたから、レグルスは大切な剣を貸す気になったのだ。

「もちろん試す」

「……剣を返したら試せないだろ?」

「この先は君の側で実験を続けるつもりだ」

「嫌だ」

 リーチはただ会うだけでなく、レグルスに同行するつもりだ。レグルスにとって、まったくありがたくない提案だった。

「冷たいな。君と私の仲ではないか」

「お前、勘違いをしているだろ? 俺は領地を貰ったわけじゃない。家臣のように働きに行くんだ。お前を養う余裕なんてない」

 リーチが同行を申し出てきたのは生活に困っているからだとレグルスは考えている。暗殺依頼を失敗したリーチは稼ぎを得られていない。まず間違いなく依頼主であろうミッテシュテンゲル侯爵家を裏切っては、働き口など簡単に見つからない。元々魔道具士を雇える、雇う必要のある貴族家など限られているのだ。

「……私一人を養うくらいは」

「ない」

「いやいや、君は色々と変わったことをしていたはずだ。その蓄えがあるだろ?」

「それは店の金だ。全部、王都に置いてきた」

 「何でも屋」で稼いだ金は、ほぼ全てを残してきた。レグルスがいなくなっても店は続く。それで暮らしている従業員たちがいるのだ。廃業なんてことには出来ない。初めからするつもりもない。今回のことがなくても「何でも屋」から離れなければならない日が来ることは、レグルスの心の中では、決まっていたのだ。

「君は馬鹿なのか?」

「それは否定しない」

「……まあ良い。生活費はなんとかして稼ごう」

「はっ? まだ付いてくるつもりなのか?」

 リーチの目論見は外れた。そうであれば、自分に付いてくる必要はないはずだ。レグルスはそう思った。初めからレグルスは考え違いをしている。リーチの目的は養ってもらうことではないのだ。

「私は研究対象としての君に興味があるのだ」

「俺の魔力?」

「いや、君自身だ」

 リーチは。レグルスの持つ魔力に興味があるのは事実だが、それだけが側にいたい理由ではない。レグルス自身に興味があるのだ。興味という言い方はリーチ独特の表現だ。普通の人が分かるように言うと、レグルスに仕えたいのだ。

「……違いが分からない」

「君なら分かるだろ? 魔力は君を構成するごく一部の要素であって、君ではない。たとえ魔力がなくても、君は君だ。では君が君である為に必要な要素は何かとなるが、これは難しい問いだな。君の首を斬った場合、頭が君なのか、体が君なのか。どちらも君なのか、どちらも君ではないのか。何をもって人は個性を確立するのかという問題に」

「長い! もう少し簡潔に、俺だけでなく、誰が聞いても分かるように話せ」

「……凡人でも分かるように言うと……私の研究を生かしてくれるのは君しかいない。私は君に会う為に生まれてきたのだと思っている」

「……はい?」

 まさかの熱烈な想い。言葉としてそうであるということで、どう解釈するべきかレグルスは分からないでいる。自分に会うために生まれてきたなんて言葉が、リーチの口から出るなんて、実際に聞いた今でも信じられないのだ。

「君だけが私の才能を認めてくれた。私の研究を理解してくれた。そんな奴は他に誰もいない」

「俺はそんな……」

 リーチが言うほど高く評価しているつもりはない。才能があるのは認めている。だが、自分がリーチにとって特別な存在とは思えないのだ。

「君は一度見ただけで私の魔道具の素晴らしさを理解した。愚かな凡人どもとは違った」

「いやいや。誰でも分かることだ」

「では君に問う。私が作る魔道具の最大の特徴は何だと思う?」

「……繊細な制御」

 リーチの魔道具は細かく魔力を制御している。使用量、変換した時の効果、範囲。これは実はレグルスが続けている魔法の鍛錬と似ている。必要な量だけ魔力を取り出し、移動させ、変換させる。何度も何度も何万回、何十万回と続けてきた鍛錬と似ているのだ。

「その目的は?」

「目的? それは……魔道石にダメージを与えないこと?」

「…………」

 大きく目を見開いてレグルスを見つめているリーチ。

「……当たり?」

「正解だ。どうして分かった?」

「ああ、お前に会ってから魔道具への興味が生まれて。少し調べてみたら魔道石は消耗品であることが分かった。特に殺傷能力を持つ魔道具は、一度使えばそれで終わり。でもお前は使い終わった魔道具を回収していた。自分の魔道を知られない為かとも思ったけど」

 フルド族の居留地での戦いの後のことだ。リーチは使用した魔道具を全て回収していた。自分の研究を盗まれない為だとその時は思ったのだが、リーチは壊すことなくそれを、かなり重いそれを居留地を離れる時も持って行った。それに疑問を思って、レグルスは少し調べ、考えていたのだ。

「そうだ。私の魔道具は再利用が出来る。ただし完璧ではない。この天才リーチ様をもってしても魔道石の損耗を完全に押さえることは、まだ出来ない」

「まだ、であって完璧を目指している」

「当然だ。凄いことだと私は思っていない。当たり前に研究されるべきことだ。だが、私以外の誰もそれをしようとしない。魔道石は貴重だと言いながら! その貴重な魔道石を守ろうとしない! 魔道石は、我々魔道具士の命であるのに!」

「お前……」

 気持ちの高ぶりがリーチの声を大きくしている。それだけ強い想いをリーチは心に秘めていたのだとレグルスは理解した。

「ただ威力を高めるだけ! 誰でも作れる単純な魔道を! そんなものは研究ではない! ただの作業だ! 私の努力を誰も認めてくれない!」

 リーチにしか作れない複雑な魔道具を、雇い主は認めてくれない。誰でも、低コストで作れる魔道具を求めた。それはリーチの信念に反するもの。リーチの研究は認められなかった。

「認めないだけではない! 邪魔をした! 凡人どもには私の輝く才能が妬ましいのだ! それは分かる! 分かるが……魔道具士は作った魔道具で評価されるべきだろ!?」

 中にはリーチの才能を認めてくれる者もいた。だが他の魔道具士にとってリーチは目障りな存在なのだ。自分たちの出来ない研究が出来るリーチがいると自分たちの評価が下がってしまう。そう考えて、研究の邪魔をしてくる者は少なくなかった。
 研究の邪魔だけではない。雇い主にあることないこと吹き込み、リーチを貶めた。リーチは研究の場を奪われた。

「君だけだ。君は一発で私の魔道具の素晴らしさを理解してくれた。理解してくれただけではない。私の魔道具を最大限に活用してくれた。なにより、私の魔道具を……君は信じてくれた」

 フルド族を守る戦いでレグルスは、リーチが作った魔道具で身を隠し、二千を超える軍勢の進路に潜んでいた。レグルスには大軍を恐れる必要のない強さがある。それは後で分かったが、それでもリーチは嬉しかった。自分の魔道具を信じ、それに命を賭けてくれたレグルスに出会えた奇跡を、信じてもいない神に、感謝した。

「私には君しかいないのだ」

 レグルスに付いて行く。リーチにはそれ以外の選択はない。

「……生活費は自分で稼げ」

「それは?」

「魔道石も買ってやれないからな。ああ、ディアーンのところは持っているか。ずっと戦場になっているからあるかもな。聞くだけはしてやる」

 こんな話を聞かされてはレグルスも拒絶は出来ない。別に何をするわけでもない。ただ居場所を作ってあげるだけだ。

「それは君が向かうところの話かな?」

「ああ、そうだ」

「そうか……それは楽しみだ」

 その居場所こそが、リーチが求めているもの。自分を理解してくれる人の為に、思う存分、好きな研究を行うことがリーチの望みなのだ。
 自分自身と魔道石さえあれば研究は出来る。残る居場所も、リーチは得ることが出来た。

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