月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第124話 狭まる罠

異世界ファンタジー SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~

 最初にその事件についての話を聞いた時、アリシアは農場主を襲撃した雇われ農民たちのほうに共感した。虐げられていた人々が立ち上がった。自由と解放を求める戦いは、アリシアの価値観では、正義の戦いなのだ。
 だが事はそんな単純なものではない。そうであることをアリシアは、ジークフリート王子に教えられた。ただすぐには納得出来なかった。話し合いではなく暴力で問題の解決を図るのは良くないことであるのは分かった。だが話し合いで解決できないから過激な手段を選ばざるを得なかったのだという思いは残る。アリシアにとって過酷な労働条件で雇われ農民たちを働かせ、それによって得た財で贅沢をしている農場主は悪。悪の反対にいる雇われ農民たちは正義なのだ。
 そんな思いが変化したのは、今回の一件にレグルスが絡んでいる可能性を示唆されてから。事件の主犯たちとレグルスには繋がりがある。それを教えられてからだ。
 そんなはずないと思いながらもアリシアの心はその可能性を完全には否定できない。稀代の謀略家と、ゲームにおいてだが、評されるレグルスであれば、それくらいのことを行うのではないかと思ってしまう。
 世界の流れは簡単には変えられない。ゲーム世界の強制力というものを、アリシアは考えてしまうのだ。

「姉上が戻って来たよ。レグルスも一緒に王都に入ったようだ」

 一人思い悩んでいたアリシアに、席を外していたジークフリート王子が戻ってきて、エリザベス王女の帰還を告げた。

「……ずっと一緒だったのですか?」

 これはヤキモチからの問いではない。レグルスの行動を怪しんでのことだ。

「そのようだね。でも、戻ってきてすぐに郊外にいる仲間と接触したようだ。相手に心当たりはあるかな?」

「……分かりません」

 心当たりはある。だがそれをジークフリート王子に伝えることをアリシアは躊躇った。リキたちの存在を知ったジークフリート王子が、どのような行動に出るか分からないからだ。

「そう……姉上もその場に同席したようだから、そのうち分かると思う」

「えっ?」

 その場にエリザベス王女も一緒だったと聞いて驚くアリシア。エリザベス王女に聞かせられるような話をする為にリキたちに会いに行ったのではないと、アリシアは考えていたのだ。

「話の内容は現状確認だけだったと姉上は報告している。報告にあった通りだとすれば、私もそう思う。ただ一点を除いては」

 ジークフリート王子はレグルスとリキとの会話には裏があると考えている。事件の背後にはレグルスがいるという前提で、物事を考えているのだ。

「その一点というのは、どのようなことですか?」

「レグルスは、襲撃者たちの目的は自分たちが農場主に成り代わることだと言った。実際にその通りなのだろうね。そうであることを王国は知ったわけだ」

「……王女殿下を使って、要求を伝えたと考えているのですか?」

「その可能性を考えている。事件を起こした者たちの目的はこれまで不明だった。それが、レグルスが戻って来た途端に明らかになった。事件は新たな動きを見せた」

 最初の襲撃から次の襲撃までは一週間も空かなかった。だがそれから今日まで、自分たちの正当性を王都住民にアピールする以外は、襲撃者たちは不気味な沈黙を守っている。要求が分からなければ交渉は出来ない。王国は強硬策に出るかどうかを悩む以外、何も出来なかったのだ。

「……仮に、仮にそれが本当に要求だとしたら、王国はどうするのですか?」

「簡単には飲めないね」

「犯罪者の要求を受け入れるわけにはいきませんか……」

 雇い主がもっと雇われている人々を大切に扱っていたら、このような事件は起きなかった。レグルスが背後にいても、不満を持たない人たちを動かすことなど出来なかったはずだ。雇われ農民たちもレグルスも罪を犯さなくて済んだ。アリシアはこんなことを思っている。

「それもあるけど、それだけではないよ。別の理由のほうが重要だね」

「その別の理由というのは?」

「農地の多くが一人の人物に支配されることのリスク。郊外は王都にとって、最も重要な食料供給所だ。何者かに、その食料供給をコントロールされるなんてことは、絶対にあってはならない。その人物に悪意があれば、王都の民を飢えさせることも出来るわけだからね?」

 要求通り、農場主を入れ替えたとしても、それは一時的な解決に過ぎない。王都に供給される食料を押さえられていることに変わりはないのだ。次は何を要求されるか分からず、怯え続けている。そんな状況を王国が受け入れることなどあり得ない。

「それが本当の目的……」

 ようやくアリシアにも事の重大性が正しく理解出来た。今回の事件の目的は雇われている人たちの待遇改善でも、不正農場主を裁くことでもない。目的が王国の弱みを握ることだとすれば、それは正義ではない。正義の仮面を被って人を騙す卑劣な悪事だとアリシアは思った。
 一方で、レグルスがそんな真似をするのかという思いも残っている。アリシアの知るレグルスは、アオは、弱者を利用し、傷つけるような人ではないのだ。

「目的が分かっても、王国はすぐに動けないだろうね。多くが本当の目的を知らずに動かされている人々。強硬策を取れば、強く反発する可能性がある」

「……真実を明らかにすれば」

「証拠がない。今話したことはすべて推測だ。騙されている人々を動揺させることは出来るかもしれないけど、逆効果になる可能性もある。王国こそ、嘘で騙そうとしているなんて思われるのは避けるべきだと私は思う」

「そうですか……」

 では他に何が出来るのか。アリシアは考えている。だが、いくら考えても、良い方法が次々と思いつけるなんてことはない。

「……悔しいね。もっと自由に動くことが出来れば……ただ傍観していることしか出来ないなんて……王子って何なのだろうと思うよ」

 表情に口惜しさを滲ませてジークフリート王子は自分の思いを口にする。彼の言う通り、王子というだけでは国政に関わることは出来ない。ある程度の情報は知ることが出来るとしても、組織を動かす権限は与えられていないのだ。国の組織は。
 アリシアはそれ以上に何の権限もない。彼女一人の力で出来ることは限られているのだ。それが彼女の最大の弱点となっているのだ。

 

 

◆◆◆

 アリシアにやれることがあるとすれば、それはレグルスと話すこと。レグルスを説得して、これ以上問題が大きくならない内に、止めさせることだ。アリシアはそれを行おうと考えた。自分にやれることがそれしかないのであれば、アリシアに躊躇う理由はない。レグルスを止めるのは自分。アリシアはこう心に誓っているのだ。
 「何でも屋」の店舗兼酒場兼カフェに向かうアリシア。学院では誰かに聞かれる可能性がある。学院以外の場所となると、かつての自分の実家かここ、あとは花街しかない。実家には近づけないとなると、残るは二か所。どちらを選ぶとなれば、この場所になる。レグルスが花街に頻繁に通っているわけではないことはアリシアも分かっているのだ。
 どんな顔をして会えば良いのか。どう話を切り出せば良いのか。悩みながらも目的地に到着してしまったアリシア。その足は、酒場から少し離れた場所で止まった。止まっただけでなく、思わず隠れることになった。

「早かったな?」

「アオはいなかった」

 アリシアよりも先にレグルスに会いに来ていた人物がいた。その内の一人は、アリシアも顔を知る相手、リキの仲間、サムだ。

「指示はもらえないのか……」

「指示?」

「ああ、助言、助言な。指示という言葉は使うべきではないな」

 二人の会話はジークフリート王子の推測を裏付けるもの。郊外の事件にレグルスが関わっている証拠のように、アリシアには思えてしまう。

「いつ戻るかも教えてもらえなかった。どうする?」

「そうだな……必要なら指示があるはずだ。今日のところは引き上げよう」

「……分かった」

 レグルスに会うのは諦めて、帰っていく二人。その様子を建物の陰から見ていたアリシアは、その場に立ち尽くしている。聞こえてきた二人の会話の意味を考え、そして否定し、また考え、否定するを頭の中で繰り返している。
 サムはレグルスに何を聞きに来たのか。指示、助言と言い直していたが、それはどういうものなのか。やはりレグルスは関係していた。そんなはずはない。では先ほどの会話は何だったのか。この繰り返しだ。

「……アリシア」

「えっ……ジーク……どうして、ここに?」

 声を掛けてきたのは、まさかのジークフリート王子。城で別れたはずの彼がどうしてここにいるのか、アリシアは分からなかった。

「ごめん。君が心配で……何かあった? もしかして……良くない結果、だったのかな?」

「…………」

「アリシア、無理しなくて良いから。私の前では我慢しなくて良いから。私は君を……どんな時も君を支えたいと思っているから」

 今にも泣きそうなアリシアを慰めるジークフリート王子。言葉で慰めるだけではなく、腕を伸ばしてアリシアの体を引き寄せると、そのまま優しく抱きしめた。

「君の想いは知っているつもりだ。その想いが君を苦しめていることも……アリシア。今は、今だけで良いから、私を頼ってくれないか。君の側にいさせて欲しい」

「…………」

 ジークフリート王子は優しい。自分への想いが感じられる。そういう設定だから、という考えがアリシアの頭をよぎる。そうであっても、今はそうであっても良いとアリシアは思った。今は、ズルいと人に非難されることになっても、慰めてくれる人が欲しかった。ジークフリート王子の優しさに甘えたかった。
 二人の距離はすでになくなっている。さらに心の距離も縮まることになった。

 

 

◆◆◆

 レグルスが王都に戻ってきてから、停滞していた事件が一気に動き出すことになる。事件の背後にレグルスがいるからではない。レグルスがいないと目的が達成できないからだ。
 レグルスの王都帰還が予定より一か月も遅れたことで狂った計画は、これ以上の遅延が許されなくなっている。少しくらい強引であっても、結末に向かって動き出す必要があるのだ。

「第三の襲撃?」

「はい。かなり大規模な襲撃が計画されているようです」

 レグルスに命じられて、郊外の情報収集を行っていたエモンは、新たな襲撃計画を掴んできた。

「王国はそれに気が付いていると思うか?」

「気付いていると思います。私で調べられたことが王国の組織で調べられないはずがありません」

 普通に考えれば王国も郊外の情報収集にあたっている。王都に戻ったばかりのエモンよりもずっと早くから、もっと多くの人数をかけて行っているはずだ。

「アジトが突き止められた可能性は?」

 ただ情報を集めるだけではない。首謀者の居場所を突き止めようとしているはずだ。それが一番、効果的な解決策。レグルスは自分であれば、それを選ぶと考えている。

「そこは微妙です。アジト以前に、王国は首謀者が誰かを見極められているのか。分かっているから思うのかもしれませんが、上手く誤魔化そうとしていると思います。それで王国の目を誤魔化せているかは分かりませんけど」

 農民側は誰が真の主導者かを隠そうとしている。当然の警戒だ。農民たちへの指示は、首謀者が直接行っていない。指導的な立場の人はいるが、それはその集団に限っての話であって、全体の計画の中では中核ではない人間だけが表に出てきているのだ。

「今は分かっていなくても、辿って行けばいつかは分かるか……さすがに王国も我慢の限界だろうからな」

 指導的な立場にいる人物が分かればそれで十分。その人物に指示している者がいるはずだ。それを突き止め、その人物も首謀者でなければ、さらにその先を探る。そうして行けば、いつかは辿り着く。ただの農民に秘密を守りきれるはずがない。王国もそろそろ手段を選ばなくなるはずだとレグルスは考えているのだ。

「……レグルス様が関わる必要のない事件です」

 エモンはこの件は無視するべきだと考えている。レグルスが動く、結果として手を汚すことになる必要などまったくない事件だと思っている。
 リキのように本当に信用出来る仲間は、この事件に関わっていない。そうでない人間に慈悲など無用。エモンはそう考える。非情ではあるが、それだけではない。エモンにとってはレグルスのほうが、比較にならないくらい、大切だということだ。

「……張り付けてあるのだな?」

「レグルス様……」

 だがレグルスはエモンの望む選択をしてくれなかった。

「きっかけは俺だ。こんなことになるとは思わなかったも通用しない。要求が大きくなる可能性は分かっていた」

 一つの成功がさらなる要求を生み出す。より大きな要求を、もしかすると欲望と呼ぶべきものまでを叶える為に、再度の成功を求めるようになる。この可能性はレグルスの頭にあった。あったがそれを無視していた。その結果が今であるならば、自分にも責任がある。きっかけを作ってしまったのであれば、終わらせるのも自分でなくてはならない。レグルスはこんな風に思ってしまうのだ。
 もしかするとレグルスのこの考えも同じ類のものかもしれない。これまで何度も事を解決してきた。その成功が、本人が気付かないうちに、驕りを生んでいるのかもしれない。

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