月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第119話 また一難

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 エリザベス王女が駐留地を去る様子を見送ることなく、レグルスは行動を開始している。のんびりしている時間はない。やるべきことは、まだ何をやるべきかも分かっていないが、山ほどあるはずなのだ。
 真っ先に向かったのは駐留地の奥。その先で待っている人がいることをレグルスは知っているのだ。

「ああ、いたいた」

 そこにいたのは教会一行に紛れ込んで同行してきていたエモン。そして縄で縛られた、これも聖職者の服装を着た人物だ。

「後方に逃走路はありそうか?」

 縛られている人物が何か言いたそうにしているのは無視して、レグルスはエモンに話しかける。

「崖になっていて、ざっと調べた限りは難しそうです。難しいは、フルド族の一般の人々を基準にしての話ですけど」

「子供やお年寄り、普通の女性も無理か……それはそうだな。逃げ道があるのなら、そこは塞がれているはずだ」

 ドイル伯爵は前方からしか攻めてきていない。それは後方には逃げ道がないことを示している。フルド族がドイル伯爵家に気づかれないように用意している可能性に期待したのだが、それは期待外れに終わったようだ。

「ドイル伯爵家軍が普段どれくらいかは調べてあるか?」

「詳しいところまでは調べていませんが、あれはあり得ません。多くて千。それでも無理をしていると思います」

 ドイル伯爵家の財力であれば、もっと抱えている軍勢は少ないはずだとエモンは思う。王都から離れているといっても、国境防衛を担っているわけではない。無理する必要はないのだ。

「かき集め……だとしても、どこから? 今考えても答えは出ないか。最初の五百は捨て石だと考えれば、数だけでなく質も上……手応えがないはずだ」

 レグルスの存在は知らなくても近衛騎士が同行することは知っていたはず。それに対抗するに十分な特選騎士の数が最初の五百にいなかったのは、最初から捨て石にするつもりだったのだ。

「……まずはこっちか」

 レグルスの視線が縛られている人物に向く。

「これは何の真似かな? ブラックバーン家の公子であっても、教会に対して一定の礼儀は必要だと思うがね?」

「教会にはそれなりに礼儀は尽くしているつもりだ。でも、お前は教会の人間ではない」

「言い掛かりだ。早く縄を解いてくれ。仲間の後を追わなければならない」

 レグルスの追及をかわそうとする男。だがそれは無理というものだ。男が何者であるかは明らかなのだから。

「何だろう? それは本気で言っているのか? 本気というのは、それで俺が騙されると本気で思っているのかって意味」

「何を言っているか分からんな。誰かと勘違いしているのではないか?」

「いやぁ、どう考えても勘違いじゃないな。なあ、天才魔道具士様」

 縛られているのはレグルスを暗殺しようとしているリーチ。王都からずっと後を追ってきたのだ。レグルスに、最初はエモンだが、気付かれているとは知らずに。

「……何のことだろう? その、天才魔道具士リーチ様とは誰のことだ? 私は知らんな。その人物にひげは生えているのか? きっと生えていないだろう? 伸ばしたにしても、私の計算では君に会ってからこれまでで、ここまで伸びるはずはない」

 確かに男は、かつてレグルスが会った時にはなかった髭を生やしている。かなり長く伸びた髭だ。だが、それで本当に誤魔化せると思っているのか。逆に白状しているようにしか、レグルスには思えない。「天才となんとかは紙一重」という言葉をレグルスは思い出した。

「どうかな? 私が君が思う、痛っ、痛い痛い痛いっ!」

 男の髭を無理やり引っ張るレグルス。ベリベリという、聞いているほうが痛みを感じてしまいそうな音を立てて、付け髭が剥がれていく。
 付け髭のなくなった顔は、髭があった時からだが、レグルスの知った顔だ。

「そんな……そんな馬鹿な。私が発明した付け髭が暴かれるなんて……誰も知らないはずなのに……」

 付け髭であることがバレて、呆然としているリーチ。

「……観劇って知っているか?」

「当たり前だ。天才魔道具士リーチ様に知らないものはない。他人の振りをした人々が、あらかじめ決められた通りのやり取りを行っているのを見て楽しむものだろ? 私には何が楽しいか分からないが知っている」

「……その他人の振りをする時に、付け髭を使うことがある。ずっと前から、恐らくはお前が生まれる前からだな」

 レグルスとしては、ここまで来ると道化師を演じる役者を見ている気分。リーチには分からないかもしれないが、レグルスはそれなりに楽しい。

「そんな……先駆者がいたのか……」

 さらにリーチは、付け髭が自分の発明ではないと知って、落ち込んでいる。

「付け髭程度で落ち込むな。俺が興味があるのは、お前の魔道具だ。持っている物を全部出せ」

 面白くはあるが、いつまでも時間を使っていられない。レグルスは本題に入ることにした。

「魔道具……何のことかな?」

「惚けるなら、殺してからお前の荷物を漁る……ああ、そのほうが早いか」

 こう言って、レグルスは腰に差していた剣を抜いた。

「ま、待て! 分かった! 分かったから剣をしまえ」

 その脅しに呆気なく屈するリーチ。命を賭けてまで守るものではない。リーチにとって魔道具は人生そのものだが、一つ一つの魔道具は替えが利かないものではないのだ。

「じゃあ、早く出せ。持っている全てだからな」

「……分かった。分かったが、私から魔道具を奪ってどうするつもりだ?」

 レグルスは何故、自分から魔道具を奪おうとしているのか。それがリーチには分からない。天才魔道具士を自称しているリーチであるが、その能力を認められたことはない。誰にも理解してもらえなかったのだ。

「はっ? 戦いに使うに決まっているだろ?」

「戦い……お前、まさか、あの軍勢と戦うつもりか?」

 まして、三千に届くかもしれない敵相手に使うなんてことは考えられなかった。せいぜい逃げる為に使える道具を必要としているくらいだとリーチは思っていたのだ。

「他にどの敵がいる? 良いから、さっさと出せ。時間がない」

「……私の魔道具があれば勝てるのか?」

「その方法をこれから考えるんだ。急げ。敵はきっと明るいうちに攻めてこようとするはずだ。時間がない」

「あ、ああ」

 絶望的な戦いを自分の魔道具がひっくり返す。作った本人であるリーチには、その状況が想像出来ない。本人が想像出来ないことを考えようとしているレグルスが信じられなかった。
 考えても無駄。こう思うが、それを口にすることはしない。リーチは求めているのだ。奇跡が起こることを。それを自分の魔道具が起こしてくれることを。

 

 

◆◆◆

 リーチの持っていた魔道具を手に入れたところで、急いで作戦会議。レグルスとエモン、それにフルド族の族長と戦士の一人が集まって、話し合いを始めている。
 議論は白熱には程遠い。参加している誰にも勝機など見えていないのだ。ただ一人、レグルスを除いて。

「……これは?」

「知っているだろ? 君に使った魔道具だ」

「やっぱり……これも?」

 地面に並べられた魔道具は、どれも見たことがあるものばかり。レグルスを狙って仕掛けられていた魔道具と同じものだ。

「同じ。これも、それも、あれも、みんな、同じものだ」

「数はかなりのものだけど…………千人の敵を一気に吹き飛ばすような魔道具は?」

 期待するだけ無駄。もう分かっているが、それでも聞かずにはいられない。万が一それが存在すれば、勝利の確率は一気に跳ね上がる。

「そんなものあるわけない。君は魔道具の仕組みを理解していないな? 良いか、魔道具の威力は魔道石の大きさに比例して」

「ああ、良い。それは戦いが終わった後で聞く。これは……魔力に反応して発動するのか?」

 実際にこの魔道具でレグルスは襲撃を受けている。ある距離に近づいた瞬間、絶妙なタイミングと威力で魔法が発動したのだ。

「ああ、そうだ。しかもこれらは君だけに反応する特別仕様。制御に苦労したよ。君の魔力は普通じゃないくらい検知しずらいからね。だから魔力だけでなく、君の身体的特徴を認識して、それと魔力の感度をかけ合わせて、君と判断するようにしたのだ。ああ、心配はいらない。今は起動した状態ではないからね」

「直せ」

「はっ?」

「今すぐに普通のに変えろ。俺にしか反応しなかったら役に立たないだろ?」

 魔法が発動しなければ使う意味がない。ただの置物だ。

「直せって……せっかく君専用にしたのに……」

「良いから、直せ! 全部だ!」

 直せと命じたものの、それにどれくらいの時間がかかるのか分からない。レグルスは魔道具については一旦、わきに置くことにした。

「王国共用語は?」

「問題なく使える。王国に支配されて長いからな」

 少数民族の中には、王国共通語とされている言葉を話せない人もいる。頑なに学ぼうとしない者、今更、覚えるのは無理と諦めている者。事情はそれぞれだ。
 王国中央部に暮らすフルド族は早い段階で王国に支配された民族のひとつ。生まれた時にはすでに王国の支配下にあった人しかもういないのだ。

「油はどれくらいある?」

「樽五つだ」

「それ多いのか? まあ、使えるものは全て使おう」

 少ないとしても使わないという手はない。とにかくある物をすべて使って、勝機を見出さなければならないのだ。

「なるほど。火攻めか」

「口ではなく手を動かせ」

「天才魔道具士を舐めるな。話していても作業の速さは変らない」

 実際にリーチの手はまったく止まっていない。だからといって作業が進んでいるとは限らない。さすがにレグルスも、魔道具開発にまで手を伸ばしていないのだ。

「火攻めは火攻めだ。ただ、問題はその方法と、どう使うかだな」

 敵に被害を与えられるものでなくてはならない。樽五つでどれほどの被害を与えられるかも分からない。明らかなのは、これだけで勝敗を決められるものではないということだ。

「そこは私の魔道具の出番だな。油を撒いておいて、敵が近づいたところで発火。敵は一気に火だるまだ」

「一気に火だるまに出来るほどの油が撒かれていれば、誰でも気づく」

 油が撒かれていることが分かっても、敵は近づこうとするだろう。諦めて引き返すなんて選択は敵にはないのだから。だがそれでは勝機を掴むきっかけにはならない。嫌がらせ程度の攻撃で終わっては意味がないのだ。

「……では敵が近づいたところで、油を撒いて」

「どうやって? 投げて届くほどの距離まで敵が近づくのを……投げなければ良いのか……投げるとしても、もっと近づいてから……」

 レグルスの頭にひとつの可能性が浮かんだ。その可能性を現実の作戦にする為には。

「……何人か、死んでもらう必要がある」

「私が死のう」

 レグルスの問いかけに族長は即答した。

「一人では足りない。五人、いや、もっと多くなるはずだ」

「問題ない」

 何もしなければ全員が死ぬ。犠牲を惜しんでいる場合ではないことを族長は理解している。

「天才魔道具士、人一人と一人が抱えきれるほどの油を入れた袋を飛ばすには、いくつの魔道具が必要だ? 距離は遠ければ遠いほど良い」

「私の魔道具で……なるほど、そういうことか」

 リーチにもレグルスが何を考えているか分かった。ここまでの話を聞いていれば分からないはずがない。

「一人当たり、いくつだ?」

「その問いは間違っている。人は必要ない。油と私の魔道具だけで実現出来る」

 レグルスがやりたいことは分かった。それを魔道具で実現する方法もリーチは頭の中に描けている。

「ただ燃えれば良いということじゃない」

 燃えた油を飛ばすだけでは敵にダメージを与えられない。敵が混乱するほど炎を広げなければならないのだ。それを実現するのは簡単ではないとレグルスは思っている。だから人の手でそれを行わせようと考えたのだ。敵中に飛んだその人は、確実に死ぬと分かっていても。

「分かっている。まずは飛ばす。そして引火と同時に広範囲にまき散らす。地面に火が広がってしまえば、油だけを飛ばすというのも有りだな」

「……出来るのだな? さっきから言っているが、もう時間はない」

「私を誰だと思っている? 天才魔道具士、リーチ様だぞ?」

「では任せた」

「……良いのか?」

 失敗すれば戦いは負け。ここにいる全員が死ぬことになる。責任は重大だ。だがリーチが戸惑っているのは責任の重さではない。その重要な仕事をレグルスが躊躇うことなく自分に任せたことだ。

「天才魔道具士なのだろ? それを証明してみせろ」

「……任せろ」

「一時的な混乱は起こせる……さっきよりは分かり易いか。一番、立派な恰好をしているのが一番偉い奴だ」

 敵が五百から三千に変わっても、基本的なやり方は変わらない。敵の指揮官を殺すことだ。

「偉い奴というのは一番後ろに控えているものではないのかな?」

「そうだろうな」

「どれくらいの距離を飛ぶ必要がある?」

 自分の魔道具で一気に敵司令官のところまで飛んで、奇襲をかける。レグルスはこう考えているのだとリーチは考えた。

「飛んだら目立つだろ? 気づかれないように敵の背後に回る」

「出来るのか?」

 それが出来るのであれば、無理して戦わずに逃げれば良い。これくらいのことは戦闘については素人のリーチでも分かる。

「お前の魔道具が優秀なら。気配探知を無効にする魔道具があるだろ? それをよこせ」

「それを使っても敵の目は……まさか?」

「敵の目をごまかす魔道具はすでに持っている。元はお前のだけどな。良いか。俺たちが有利なのは太陽を背にしているという点だ。雲が出ないことを祈っていろ」

 太陽は居留地の後方に沈む。これからはさらに西日が眩しく感じられる時間だ。それがどれだけ有利に働くかはレグルスにも分からない。だが使えるものは全て使う。圧倒的に不利な状況で戦うには、そうするしかないのだ。

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