月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第120話 愚者の末路

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 ドイル伯爵家軍は部隊を二つに分けて、進軍を開始した。数はそれぞれ千二百といったところ。最初に現れた時よりも少し数が減っているのは、エリザベス王女の手前、軍勢を引き揚げさせたという形を作る必要があったからだ。エリザベス王女一行が去ったあとはフルド族しか残っていないはずであるのに二千以上を残したのは、ドイル伯爵の慎重さから。前回、思わぬ反撃を受けたという理由があってのことだが、レグルスにとっては不都合なことだ。

「……前を狙うで良いのだな?」

 誰に向けてでもなく、問いを発するリーチ。今この場にはレグルスがいない。決断を下すのが誰か、分からないのだ。

「変更なし」

 リーチの問いに答えたのはエモン。難しい判断ではない。前衛を足止めしなければ、レグルスの作戦は成り立たなくなる。この戦いはフルド族を守るための戦いなのだ。

「……では、行くぞ」

 敵が射程圏内に入ったのを確認して、リーチが動き出す。最初の魔道具が起動。炎を噴き出したそれは、木を組み合わせて作った即席の滑走路を使って、空に飛び出していった。

「…………」

 だがそれは成功して当たり前。問題はこの先だ。敵に向かって飛んでいく魔道具を見つめている人々。その彼らの視界の先にある魔道具が、光を発した。それと同時に火のついた油が四方に広がり、地面に降り注いでいく。

「よし!」

 思わず声をあげるリーチ。魔道具はリーチが想定した通りに動作したのだ。
 さらに次、その次と空を飛んでいく魔道具。敵の慌てふためく声が聞こえてくる。突然、空から火のついた油が降って来たのだ。それは驚くだろう。油をまともに浴びて、炎に撒かれている味方も出始めている。

「今だ!」

 さらに次の手。エモンの指示を受けて、フルド族が引っ張り出してきたのは牛。牛だけでなく山羊もいる。背中に沢山の薪を背負った動物たちが、その薪に火を付けられた状態で放たれた。

「頼む……あとで詫びる。墓も立てる。だから、頼む」

 このエモンの願いが聞こえたわけではないだろう。だが動物たちは望み通りに敵に突入し、暴れまわっている。すでに前衛の陣形はズタズタだ。炎と暴れる動物たちから逃げまどっている者が大半になった。

「前衛は崩した。あとは……あの男次第だが……」

 前衛を乱したといっても、それは一時のこと。勝利を決定的にするのはレグルスの仕事だ。だがそのレグルスがどこにいるかはリーチたちも分からない。無事でいるかも分からないのだ。

「後ろが動いた」

 前衛の混乱を見て、後衛が距離を詰めてきた。混乱を収めようという意図であることは、エモンにも分かる。

「矢だ! 矢を放て!」

 前衛を落ち着かせるわけにはいかない。駐留地への侵入を許すわけにはいかないのだ。レグルスが動くまで、ドイル伯爵家軍を足止めしなければならないのだ。

「St%rm#ngr$ff, f&rt$g!」

「何?」

 意味の分からない言葉が駐留地に響き渡った。だが、言葉は分からないままでも、どういうことかはすぐに分かることになる。フルド族の男たちが武器を持って集まっている。族長を先頭に突撃をかけようとしているのだ。その数は百。戦える男が今はそれしかいないということだ。

「Br&nn&n f%r d#s L&b&n!」

「「「uuuuooooo!!」」」

 雄たけびをあげる男たち。死の恐怖を振り払おうとしているのだ。それは、後ろで見つめている人たちも同じだ。彼らが死ねば、次は自分たちの番。それを皆、分かっている。
 決死の突撃を仕掛けようと動き出すフルド族の男たち。

「……ま、待てっ!」

 その男たちをエモンが止めた。

「我らは行く! 未来の為に!」

「そうじゃない! 敵が、後方の敵が」

 敵の後衛が騒がしい。陣形に乱れも見える。何かが起きたのだとエモンは思った。その何かが何であるかと言えば。

『お前らの総大将は討ち取った! 投降しろ!」

 レグルスが動いたのだ。二千の敵の真っ只中に、ドイル伯爵家軍の総大将のものであろう首を掲げたレグルスがいる。それが居留地からも、はっきりと見えた。

「あの男は……馬鹿か? 一人討ち取っただけで敵が降伏するはずないだろ?」

 リーチはレグルスの行動が無謀に思える。総大将を討ち取ったくらいで、まだ圧倒的多数のドイル伯爵家軍が降伏するはずがないと思っている。

「……あれは敵に対する情け。あれで、意外と優しいから」

 だがエモンは、リーチとは違う考えだ。レグルスもこれで終わりだとは思っていないことを分かっている。

「情けと言っても……」

 敵の真っ只中に堂々と姿を現して、どうするというのか。まんまと総大将と呼んでいる敵の最上位人物を殺したのは大成功だが、まだ歯向かう敵は大勢いるのだ。情けをかける側にレグルスはいない。こうリーチは思っている。

「お前は自分が何者を殺そうとしたか分かっていない。生きていられることが幸運、いや、これもレグルス様の情けか。そうであることを知れ」

「何だと?」

「始まった」

 リーチが考えた通り、レグルスに多くの敵が襲い掛かっていく。指揮官が討たれたといっても、それで降伏するなどドイル伯爵が許さない。あとで処罰を受けることになる。こう考える人々は、リーチと同じで、分かっていないのだ。自分たちが何者を敵にしているかを。

「……何だ、あれは?」

 レグルスの周囲に血しぶきが舞う。血しぶきだけではない。首が、腕が宙を飛んでいる。レグルスに襲い掛かった敵は、わずかな時間で全て地面に倒れることになった。
 だが、リーチが驚いているのは、そのことではない。何十という敵の死体が転がる中に立つレグルス。その体から噴き上がる、炎のように見える、黒い影に驚いているのだ。

「……p#nd@r#」

「パ、パン、何だ? 今、何と言った?」

「パンドーラ。我らの神の名だ。あの者は神の使いだったのか」

 フルド族の族長はそのレグルスを見て、レグルスを彼らの神、パンドーラの使いだと思った。その理由は、この短い説明では、リーチにはまったく分からない。

「あれは……あの男の魔力なのか?」

 レグルスの魔力であったとしても、リーチには分からないことがある。魔道具制作の天才を自称しているリーチだが、黒い魔力など知らない。彼の知識にはないのだ。

「まだ切り札を使わないか……もう少し殺しておこうということかな?」

 エモンにはこの先の展開がある程度、読めている。レグルスが堂々と姿を現したことで、エモンは逆に安心したのだ。レグルスが勝利の確信を得た証と受け取っていた。

「まだ切り札があるのか?」

「ああ。ただ、お前には興味のない切り札だ」

 こうしてエモンたちが話をしている間にも、レグルスを討ち取ろうと動いている敵がいる。大勢で襲い掛かるのではなく、今度は少数で。魔法を使える特選騎士だ。
 だが、その特選騎士たちもレグルスの前に、次々と倒れていく。

「地方領主ふぜいが調子に乗りやがって。自分の愚かさを思い知れ」

 今のエモンは素を隠そうとしていない。盗賊上がりの地そのままになっている。それだけドイル伯爵とその家臣たちに苛ついているのだ。

「……強いな」

 特選騎士が束になってかかってもレグルスには歯が立たない。戦いが始まる前の悲壮感はなんだったのかとリーチは思ってしまう。

「言っただろ? 戦争を知らない地方領主ふぜいに雇われている騎士の実力なんて、たかが知れている」

 本当に強いのであれば、王国騎士団に進む道がある。別に事情があって貴族家に仕える特選騎士も中にはいるが、そんなことはエモンにはどうでも良いことだ。レグルスには、王国騎士団の上位クラスにも通用する力がある。それを分からせれば、それで良いのだ。

「……それで、切り札というのは?」

「ああ、多分もうすぐ――」

『まだ歯向かう奴はいるか!? このレグルス・ブラックバーンに刃を向ける奴はいるのか? いるのなら、この先はブラックバーン家が相手になる! 北方辺境伯家に敵対する者の末路を思い知らせてやる!』

 レグルスは切り札を使った。素性を証明するものは何もない。一応、身分証代わりの紋章が彫られた指輪を持っているが、それを理解する者はいない。それでも、レグルスの脅しにドイル伯爵家軍、実際には他から駆り出された者たちもいるのだが、は膝を屈した。彼らは言い訳を得たのだ。「ブラックバーン家に逆らってはドイル伯爵家はただでは済まない。だから降伏した」という言い訳を。自分の命が助かる為の言い訳を。

 

 

◆◆◆

 ドイル伯爵の屋敷に向かったエリザベス王女一行。フルド族の居留地前では、多くの血が流されているというのに、ドイル伯爵は、屋敷に戻ってすぐに食事会を開いた。彼にとっては勝利の宴。かなりご機嫌な様子だ。笑みの一つも浮かべることのないエリザベス王女一行のことなど、気にしている様子もない。

「殿下は明日にはお立ちになりますか?」

 さっさと領地を去れ。本当はこう言いたいのだが、まだドイル伯爵は演技を続けている。それを苦には思わない。苦虫を嚙み潰したような顔をしているエリザベス王女一行を見るだけで、楽しいのだ。

「……そうしたいのですけど」

「もう事は済んだでしょう? 王都を長く離れていては陛下もご心配になります。早く帰って、陛下を安心させてさしあげるべきではありませんか?」

「そうなのですけど……私一人が帰っては、父は安心するどころか不安になってしまうのです」

 エリザベス王女は、ようやく反撃の時を得た。それが許されることが分かったのだ。

「それは、どういうことですかな? 何かあるのでしたら、この私にお任せいただければ、きちんと対処いたします」

「伯爵の協力も必要ですわね。ブラックバーン家の公子が自分の領地で行方不明になったなんて、大問題ですから」

「……はい? 今なんと?」

 ドイル伯爵はレグルスの存在を認識していなかった。この場にレグルスがいないのに、何とも思わなかった時点で分かっていたことだ。

「ブラックバーン家の公子、レグルスは私の護衛として同行していました。でも、今この場に彼はいません」

「…………ど、どこかで、迷子にでもなられたのでしょうか?」

 ようやくドイル伯爵は事態を理解した。自分が重大な失敗を犯してしまったことを知った。

「フルド族の居留地に置き去りにしてしまったのかもしれません。いえ、そう考えるべきでしょう。馬車に乗っていないのですから」

「……どうして気づかなかったのです?」

 馬車に同乗していなかったということなら、その時点で気が付いていたはず。ドイル伯爵は、エリザベス王女の罠に嵌められたのだと考えた。

「慌しい出発でしたから。もう少し、ゆっくりと準備する時間があれば、このようなことにはならなかったでしょう」

「そうだとしても! 気づいた時点で伝えるべきではありませんか!?」

 最初から教えるつもりなどなかったことは明らか。エリザベス王女の白々しい言い訳に、ドイル伯爵は怒りの感情を抑えられなくなった。

「居留地に残してきたからといって慌てる必要はありません。元々、あそこで泊まる予定だったのです。それとも、伯爵には何か不都合がありましたか?」

「……ブラックバーン家の公子をおもてなしする機会を失っただけです」

「それだけのことですか。それは問題になりません。それに……ああ、レグルス! 無事だったのですね?」

「えっ?」

 エリザベス王女の視線の先。ドイル伯爵の背後に現れたレグルス。その事実にドイル伯爵は、一瞬、どう反応するべきか分からなくなった。

「……えっと……貴方がブラックバーン家の?」

 居留地にいたはずのレグルスが、ここに現れた。無事で良かったと喜べる状況ではない。自家の軍勢は、とっくに居留地を攻めていたはずなのだ。

「ええ、私はレグルス・ブラックバーンです。ドイル伯爵ですか?」

「は、はい。ご無事で何よりでした。どこかで迷子になってしまったのかと、王女殿下のお話を聞いて、心配していました」

 とりあえずは何も知らない振りをする。ドイル伯爵はそう選択した。無駄なことだ。レグルスに対して、とりあえずで済ませられるはずがない。

「お前がドイル伯爵か」

「えっ……あ、ああああああああっ!!」

 腹部に感じた痛み。それはすぐに、叫び声をあげてしまうほどの痛みに変わる。レグルスの剣が腹に深々と刺さっているのだ。それは当然のこと。
 ただ、すぐにその痛みは消える。痛みを感じることなど出来なくなる。ゆっくりと、ずり落ちるようにして床に倒れていくドイル伯爵。

「ブラックバーン家の人間に刃を向けて、無事でいられると思っているのか?」

 これはすでに死んでいるドイル伯爵ではなく、この場にいるドイル伯爵家の家臣たちに向けての言葉。レグルスの求める通り、家臣たちは剣を収めた。主を失った彼らには、ブラックバーン家に歯向かうという決断は出来ないのだ。

「レグルス、さすがにそれは横暴よ」

「……では王女殿下暗殺を企てた罪にします。証人は確保してあります」

 罪状は何でも良い。とにかくドイル伯爵は殺す。レグルスはそう決めて、ここに来たのだ。そうしておかないと事は終わらないと考えたのだ。

「まずそれを先に報告するべきです。その上で私が命令するのを待って、実行するのが正しい手順というものですよ?」

「次はそうします」

 わざとレグルスは自分に命令させなかったのだろうとエリザベス王女は考えている。心遣いは嬉しくあるが、そういう庇護は求めていない。自分だけ手を汚さないというのは嫌なのだ。

「それで……フルド族は?」

 レグルスは無事に戻って来た。だからといってフルド族が無事であるとは限らない。普通に考えれば、無事であるはずがないのだ。

「王女殿下が離れた後は、死傷者はいません」

「えっ?」

 だがレグルスからの答えは、エリザベス王女の予想を覆すものだった。当然、良い意味で。

「死傷者はいません。あえて言うなら、牛が二十頭くらいと山羊が……数は忘れましたけど、犠牲になりました」

「……そうですか……良かった」

 エリザベス王女の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。レグルスが無事に戻って来ただけでなく、フルド族からも犠牲者を出さずに済んだ。張り詰めていた心に安堵の思いが広がって、気持ちが緩んでしまったせいだ。

「ドイル伯爵家も落ち着かせなければなりません。まだやることは残っています」

「……そうですね。まだこれからです」

 ここから先はエリザベス王女の仕事だ。当主を失ったドイル伯爵家をどうするか。最終的には国王が決めることではあるが、それまでの間、どういう体制にしておくかを決めなければならない。それを命じることが出来るのは、この中では、エリザベス王女しかいないのだ。

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