月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第112話 見えない動き

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 「何でも屋」の仕事については、その多くをバンディーに任せるようになっている。いつまでもレグルスが仕事を仕切っているわけにはいかない。もともと「何でも屋」はバンディーたち、今はスカルたちも加えた仲間の生活を支える為のもの。レグルスは商売の立ち上げを手伝ったくらいの気持ちなので、そう遠くないうちに「何でも屋」から離れるつもりなのだ。
 それでもレグルスでなければならない、という仕事もある。ずば抜けた戦闘能力を必要とする仕事だけでなく、依頼人の相手がレグルスでなければ務まらない仕事だ。

「……仕入れ額の調整はこれで良いかな? さすがにぴったり同じ金額は無理だ」

 テーブルの上に何枚もの書類を広げて、計算を続けていたレグルス。ようやくそれに一区切りついたようだ。

「あとは途中で不足する可能性のある物資の一覧……結構、面倒だな。どこか大きな街でまとめて仕入れたほうが効率的か……小さな商家も加えたいけどな……情報が足りない」

 今、レグルスが行っているのは教会から依頼を受けた仕事。慈善活動を活発化させていた教会が、いよいよ王都外にもその活動を広げる計画があり、それに必要な物資の調達を任されたのだ。実際に物を仕入れるのではなく。出来るだけ多くの商家から公平に物資を仕入れるように調整する仕切り役だ。

「教会に聞くか……不正を行うような奴、もういないかな?」

 王都以外の街の商家のことなど、さすがにレグルスは分からない。近くにある教会から情報を仕入れてもらおうと思ったが、癒着などがあると問題だと思った。教会は教皇の名の下に、実際はロイが動いて、不正の取り締まりが進んでいる。かなり厳しく行っているようだが、それでもなくならないのが不正というものだとレグルスは思っているのだ。

「若旦那、お客様が」

「いない」

 近頃、レグルスにはやたら来客が多い。レグルスがこの酒場にいるということは、もう秘密ではなくなっている。この場所を明かすことで、他の場所を守ろうとしているのだ。
 目的のほとんどは好待遇を約束して仕官を誘うもの、それ以外にも結婚話を持ち込んでくる者もいる。最初の頃に、依頼人に対するような感覚できちんと話を聞いてしまったせいで、可能性があると思われてしまったのだ。

「それが……国王様の使いだと言っています」

「嘘だな。本当に国王の使いならブラックバーンの屋敷に行くはずだ」

 公式の使いというのは、そういうものだ。国王の使者となると格式を大事にし、迎える側にも、きちんとした対応が求められる。レグルスへの使者であっても、屋敷で最上位の人間が応対しなければならないのだ。

「屋敷に行ってもいないのは分かっている。時間もないので、まっすぐここに来た」

「……貴方は……いや、そうであっても許可なく通すか?」

 現れたのはレグルスも知った顔。花街の祭りの時に、国王の護衛役だった諜報部長だ。諜報部長という役職まではレグルスも知らないが、国王に近い人物であるのは間違いない。

「私も花街で会っています」

 レグルスの問いに答えたのはオーウェン。彼が諜報部長を酒場の中に案内してきたのだ。

「目的が俺を殺すことだったらどうする?」

「えっ?」

「たとえばの話だけど、可能性はゼロじゃない。俺が言いたいのは、もっと考えろってことだけどな」

 王国がレグルスの暗殺を試みる。十分にあり得る話だ。今はなくても将来は。過去の人生と同じ立場にレグルスがいればの話だが。

「……申し訳ございません」

「それで? 用件は暗殺ではないですよね? もし、そうなら逃げますけど?」

「陛下がお呼びだ。すぐに私と同行してもらいたい」

 諜報部長がここに来たのは、本当に国王の使いとして。ただ非公式なものだ。手続きを省いて、レグルスを呼ぶには諜報部長を使うしかなかったのだ。

「本当に陛下? それもすぐに……殺されないですよね?」

「殺されるような心当たりが?」

「……ないです」

 手を伸ばしただけで、実際に抱きしめたわけではない。手を握ったが、それも自分からではなく、寝ている間にエリザベス王女が握っていたのだ。こんな言い訳をレグルスは頭に浮かべている。

「では、すぐに向かいたい」

「……分かりました」

 気が乗らない。だからといって拒否は出来ない。自国の王に呼ばれて、それを正面から拒絶するほど、レグルスは非常識ではない。
 残っている仕事をそのままにして、王城に向かうことになった。

 

 

◆◆◆

 王国騎士団とは別件で、レグルスは中央学院を騒がせることになった。別件といっても関連はしている。そうであることが他の人たちには分からないだけで。

「どういうことかしら? レグルスは二か月も休学するそうよ?」

 第一報はキャリナローズがもたらした。彼女が最初に教室で話題にしたというだけで、知っている人は知っている事実だ。

「どういうことって……どうして私にそれを尋ねるのかな?」

 怒ったような顔で問いを向けてきたキャリナローズ。ジークフリート王子には質問の意図が分からない。怒った顔を向けられる覚えもない。

「王国の仕事だと聞いているわ。王国は二か月もレグルスを拘束して、何をするつもりかしら?」

「ちょっと待ってくれ。私には何のことだか分からない。王国の仕事って、レグルスはどんな仕事を与えられたのかな?」

 ジークフリート王子はキャリナローズの問いの答えを持っていない。彼女が言う「王国の仕事」の中身も分からない。

「どんなって……」

 ジークフリート王子の問いに口ごもるキャリナローズ。答えは持っている。ただ、それをこの場で口にしづらいのだ。アリシアのいるこの場では。だったらレグルスの話を最初からしなければ良かったのだが、今更だ。

「エリザベス王女の護衛でしょ?」

「えっ?」

 キャリナローズの代わりに問いに答えたのはクレイグ。彼も事前にこの情報を手に入れていたのだ。

「本当に知らないの? ちょっと調べただけで分かったみたいだけどね?」

 その「ちょっと」はこれまでとは訳が違う。クレイグの西方辺境伯家、ブロードハースト家もレグルスの情報を本気で集める気になった。他家も。多くの貴族がレグルスの情報集めを始めたせいで、隠せないことが多くなってしまったのだ。

「調べたってレグルスのことを? それとも……」

「王国の機密を暴いたら犯罪だよね? 調べたのはレグルスのこと……ジークは何も聞かされていないのかな?」

 クレイグには、ジークフリート王子の無知が信じられない。今の状況を理解していないはずがない。わざと惚けているのではないかと疑っている。

「姉上の護衛の話など、まったく知らない」

「そうじゃなくて……うちだけじゃないのは明らかだから正直に話すけど、ブロードハースト家はレグルスに強い関心を持っている。さすがに理由は分かるよね?」

「……騎士団との合同演習か」

 これくらいのことはジークフリート王子にも分かる。これ以外にレグルスが注目される場はなかったのだから、分かって当然だ。

「いくつかの貴族家がレグルスに接触した。その結果、反応は上々という噂が流れた」

「反応というのは?」

「レグルスには他家に仕官する気持ちがある、というもの」

「まさか……?」

 そんなことはあり得ないとジークフリート王子は思う。今度はジークフリート王子がクレイグの言っていることを疑う番だ。

「本当。少なくともそういう噂が流れた。そうなると考えちゃうよね? まあ、レグルスが僕の家臣になるなんて絶対あり得ないと思うけど、それが分からない人のほうが多いから」

「それでブロードハースト家が動いた……ホワイトロック家も。そして……」

 ジークフリート王子の視線がタイラーに向く。タイラーはこの件について、まだ何も発言していないが、他家と同じだろうと考えているのだ。

「我が家は動いていないはずだ。そういう話は一切聞いていない」

 これはタイラーが知らないだけでなく、事実。タイラーのディクソン家はレグルスの調査に乗り出していない。興味がないのではなく、その必要がないからだ。
 ディクソン家はすでにレグルスの情報を他家に比べて多く持っている。その動向についても、放っておいても、ある程度は入ってくる。依頼人に対する報告として、レグルスから伝えてくるのだ。今回も二か月は仕事を受けられないという報告を、その理由と共に、ディクソン家は受けている。これについてはタイラーは知らされていない。レグルスに依頼していること自体を隠しているからだ。

「レグルスの状況は分かった。それと姉上の護衛に何の関係があるというのかな?」

 レグルスが他家から注目されているのは分かった。だがそれでエリザベス王女の護衛を行うことに文句を言われる理由が分からない。

「ストレートに言うと、王家は他家を出し抜いて、レグルスを抱え込みに行った。それもエリザベス王女を利用するという卑怯な方法で、と思っているってこと」

 クレイグにはアリシアに対する遠慮がまったくない。彼にとってレグルスとアリシアの関係は、とっくに終わっていること。婚約解消はジークフリート王子の妃になる為の準備だと思っているのだ。

「それは……それはないと思う」

 王家がレグルス獲得に動く可能性は限りなくゼロに近いとジークフリート王子は思っている。実現するはずがないのだ。

「そうかな? つい最近、王国騎士団の騎士が面会に来ていたけど?」

「王国騎士団が?」

 この情報もジークフリート王子は知らない。知るはずがない。カートがレグルスに会ったのは私用。王国騎士団の記録には残っていない。そもそも報告の必要がないことだ。

「これも知らなかった? 学院に来ていたのに?」

 王国騎士団の将が学院に来て、ジークフリート王子に挨拶もしないなんてことがあり得るのかとクレイグのほうは思ってしまう。
 実際はある。公式な立場で行動しているわけでもないのに、ジークフリート王子に時間を取らせるわけにはいかないと、カートは気を使っただけだ。

「……私は何も聞いていない。そもそも、どうして姉上に護衛が必要になるのかな?」

「教会の慈善活動に同行するから。本当に何も知らないのだね?」

「教会……以前もあったね」

 花街での慈善活動にもエリザベス王女は参加している。今回もそれと同様の理由なのだろうとジークフリート王子は思った。ただ、二か月という期間が分からない。分からないが、これ以上、自分が何も聞かされていないことを周囲に示さないようにと思い、尋ねることは止めた。城に戻ってから調べれば良いのだ。もっと詳しいことを。
 物事が自分の知らないところで動いている。それをジークフリート王子は不安に思った。

 

 

◆◆◆

 優秀さを褒めたたえられていても、今のジークフリートは第二王子。王位継承権は兄のジュリアン王子のほうが上だ。そうでなくても、まだジュリアン王子も、正式に王太子として認定されていない。ただの王子の立場では、国政について知ることが出来る範囲は限られている。公式発表と変わらないタイミングであることがほとんどなのだ。
 今回、エリザベス王女が教会の慈善活動に同行することは公表されていない。機密扱いになっているわけではないが、知ろうという気持ちがなければ、情報は入ってこないのだ。

「……本当に良かったのか?」

 その詳細を知る立場にある国王は、すでに事が動いている今も、不満そうだ。

「教会の活動は人気取りです。勝手をさせておくわけにはまいりません」

 国王の問いに答えたのはアルデバラン王国の文官の長、キーラン宰相。彼の認識では、活発になった教会の慈善活動は人気取り。かつての影響力を取り戻そうと足掻いているということになっている。

「リズの同行はまだ良い。王都外にまで行くのはどうかとは思っているがな」

 エリザベス王女が同行することに関しては、活動範囲を広げることに不満はあるが、仕方がないことだと思っている。教会だけに良い顔をさせておくわけにはいかない。王国の民の信望は、王家に向いていなければならないのだ。

「仕方がありません。貴族どもの熱を冷ますには、熱を生み出す存在そのものを遠ざけることが一番です」

 レグルスをエリザベス王女の護衛として同行させるのは、貴族家に接触させないようにする為。レグルスが王都を離れてしまえば、貴族たちは何も出来ない。何も出来ない時間が続けば、熱も冷める。そう考えた宰相の提案だ。

「……別のことが熱くなったらどうする?」

「それは……陛下、王女殿下もいつかはどこかに嫁がなければなりません。そのいつかはそう遠くない日です」

 国王の言う「別のこと」はレグルスとの関係。二人の想いが、ずっと一緒にいることで熱を帯び、進展してしまうことを心配しているのだ。
 国王ではなく父としての想いだ。宰相としては、そこは私情を殺してもらわなければならない、という思いだ。

「そうであれば尚更ではないか?」

 レグルスとの噂を、これ以上、大きなものにしては、別の家に嫁がせる上で支障となる。国王はそう思う。レグルスを同行させたことへの否定材料を増やしたいだけだ。

「お二人の仲を疑う者は増えるかもしれません。ですが、そうなれば、さらに貴族どもの熱は冷めることになります。それに王女殿下が嫁がれることへの問題にもなりません。婚姻は家と家同士の利益で結ばれるものです」

 王家の、貴族家の結婚も、そのほとんどは政略結婚。性格や外見の相性はまったく無視とまでは言わないが、家同士が結びつくことでどのような利があるかが決め手となる。過去の恋愛遍歴など問題にはならない。だからといって自由に恋愛して良いということではないのは、少しおかしなことではあるが。

「それは……分かっている」

 国王も当然、分かっている。分かっていても文句を言いたいのだ。レグルスの同行を決定する上で、理由は何度も説明され、頭ではそうすることが良いことだと理解している、だから許したのだ。だが、それでも気持ちは納得していない。宰相が何を言っても、納得することなどない。そういうものなのだ。

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