月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第111話 変わっていくのは周りのほう

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 王国騎士団施設は王城のすぐ横にある。すぐ横といっても王城の敷地に接しているというだけで、王城そのものとの間は外濠、防壁、内濠によって隔てられている。王国騎士団であっても信用ならない、と現国王は思っていないが、過去の王は、王国騎士団が反旗を翻しても、易々と城を占領出来るような備えにはしなかったのだ。王国騎士団が謀反を起こした場合は、城内にいる近衛騎士団が時間を稼ぎ、四方辺境伯家の救援を待つという考え方なのは、少し皮肉だ。もっとも謀反を恐れている相手が、王国騎士団相手の備えであるのだから。

「戻りました」

 その王国騎士団施設の中の一室。王国騎士団長の執務室にカートは姿を現した。レグルスに会った結果の報告を行う為だ。

「ああ……」

 カートがレグルスに会ったのは私用。騎士団長は許可を出しているが、カートの発言に対する責任はない。騎士団業務を離れて外出することへの許可を出しただけという形になっているので、報告を求める理由がない。

「結論から申し上げますと勧誘は失敗いたしました」

「そうだろうな」

「ただ可能性は残りました」

「なんだと?」

 レグルスを王国騎士団に入団させたいというカートの考えは理解出来た。敵ではなく味方であれば、危険人物と見る必要性は薄まる。だが、現実には不可能だと王国騎士団長は考えていた。跡継ぎであろうとなかろうとレグルスはブラックバーン家の人間だ。王国騎士団の騎士になるはずがない。

「諾否を保留した上、可能性は低いと彼は申しました」

「可能性は低い、か……確かにゼロではないな。だが、それをそのまま受け取るのはどうかと思うが?」

「短い会話でしたが、彼は誠実な人物だと思えました。可能性が無であれば、はっきりとそれを伝えてくると思います」

 変に期待を持たせるような真似は、却って不誠実。レグルスはそう考える人間だとカートは考えた。

「誠実? それは他の評価とはかなり異なるものだな?」

 王国騎士団長が知るレグルス評は、誠実とはほど遠いもの。悪党とはいえ、無力な庶民を虐殺した。守護家の公子に相応しくない無能、については一部誤った情報だとすでに分かっているが、そんな情報ばかりだ。

「自分に対して、最初から敬語で話をしてきました。自分には敬語は無用とも申されました。傲岸不遜な人物というのは誤った情報ではないかと思います。もちろん、演技である可能性は否定しません。ただ、それを行う必要がありますでしょうか?」

「……ないだろうな」

 お互いに第一印象は最悪だったはずだ。王国騎士団側はそう思われるような振る舞いを、わざとしていた。それに対して、レグルスも礼儀のれの字もない態度だった。
 今更、取り繕う必要があるかと考えれば、その可能性は少ないと王国騎士団長も思う。

「ただ可能性が低いのは事実であります。本人がその気になってくれても、ブラックバーン家が許すとは思えません」

「入団の話は別にして、ブラックバーン家は彼を邪魔に思っている可能性が少し話された。力があり過ぎる当主を戴くのは危険という理由だ」

「なるほど……あり得るかもしれません。しかし、そう思っているのであれば尚更、騎士団入団を認めるでしょうか? ただ、これについては自分も答えを持ちません」

 そもそも後継者の座から外す意味が分からない。国王が疑問に思ったことを、カートも同じように不思議に思っているのだ。

「ブラックバーン家との関係はかなり良くないと聞いている。だからこそか……ふむ。分かった」

 王国騎士団の人間となれば、容赦なくブラックバーン家と戦うかもしれない。関係が悪ければ悪いほど、ブラックバーン家は仮想敵となる王国騎士団への入団など許さないだろうと王国騎士団長は思った。
 初めから期待していなかったこと。特に残念に思うことはない。

「レグルス殿のほうから私と団長だけにという前提で話がありました」

「なんだろう?」

「レグルス殿は何者かに命を狙われているとのことです」

「……それで?」

 そういうこともあるだろうと騎士団長は思う。ブラックバーン家がレグルスの力を恐れ、後継者から外すだけでなく、その恨みを自家に向けられないようにと考えるのは、十分にあり得ることだ。

「他の守護家でも色々あると。その多くは自家内での争いであるが、そうではないと考える可能性もある。王国が裏で糸を引いている可能性です」

「……何か根拠があっての話か?」

 王国騎士団長はその事実を知らない。王国騎士団も戦いを有利に進める為に偽情報の流布など策略の類を行うことはあるが、暗殺などは別だ。仮に暗殺を企むとしてもそれは戦場での話だ。

「いえ。先日の合同演習がそう思わせるきっかけになった可能性があると申されておりました。敵味方を見極めてから行動すべきだったとも」

「なるほど……だが、そうしてしまったのは彼だ。彼がいなければ、敵対心を消し去れた。敵はいなくなった」

「……王国は戦いを選ぶのですか?」

「それは私にも分からない。我々は、陛下のご命令に従うだけだ」

 辺境伯家との戦いを行うかどうかは王国が、最終的には国王が決めること。王国騎士団はその決断に従うだけだ。王国騎士団長はそう考えている。代々、そうだったように軍人に徹しているのだ。

「分かりました。報告は以上となります」

「……カート、お前はどう思った? 彼は強かったか?」

「それを自分に尋ねますか? 自分は彼に負けました」

 態度は演技であっても戦闘はカート本来の実力を発揮してのもの。手を抜く必要性などなかった。勝たなければならない戦いだった。

「ああ、聞き方が悪かったな。彼は全力で戦っていたと思うか?」

「手を抜いていたということですか? そのような真似は……いえ、手を抜くとは違いますが、可能性はあります」

 戦闘で手を抜くような真似をレグルスはしないだろう、と思ったカードだが、ある可能性を思いついた。

「どういうことだ?」

「学院で授業の様子を少し見ていました。立ち合いを行っていて、相手はディクソン家の公子です」

 時間がそれほどない状況でも、カートは授業をしばらく見学していた。レグルスや他の学院生たちが普段どのような鍛錬を行っているか、興味があったからだ。実際にカートが見たのは、普段通りではなく、演習後のかなり気合いの入った鍛錬となったが。

「タイラー・ディクソンか。それで?」

「授業での彼の戦い方は、極めてコントロールされたものであるように見えました。バランスが取れた動きで、さらにその動きを一つ一つ確かめながら行っている様子が見られました」

「良いやり方だ。豊かな魔力量に頼って……彼は劣等生ということになっているのか。いや、実際はどういうことだ? コントロール……そういう戦いだったということか?」

 豊かな魔力量に頼った力技。才能を持って生まれた者にありがちなやり方。それは騎士団長、というより王国騎士団では、まったく評価されないやり方だ。レグルスの考えは騎士団のそれに合っている。
 ただレグルスが実際にどうなのかが騎士団長には分からない。出来損ないと評価されるくらいの魔力量なのか、実際はそうでないのか。一対一で戦って、それを見極められていないことに騎士団長は気が付いた。

「彼にとっての全力はミスを最小限にして戦うことだと考えれば、まだ奥はあるはずです。それを解放したからといって、強くなるとは限りませんが」

「そうだな……」

「ただ、根拠はありませんが、強くなると自分は考えております。彼は最初、一人で戦おうとしておりました。ただ戦うだけでなく、一人で自分を追いつめるつもりだったのだと考えます」

 レグルスはアリシアと共に、カートと戦った。だがそれは最初からそのつもりだったのではなく、アリシアが戦う気満々であったから。そうでなければ一人で戦うはずだった。一人で、勝てないまでも互角に戦うつもりだったのだと、カートは考えている。

「苛立っているようでいて、実は冷静だった……あくまでも演習として戦ったということかもしれんな」

「はい。その可能性はあります」

 その時点のベストな戦い方で、どこまで通用するか。こんな思いがレグルスにあった可能性を騎士団長は、カートも考えた。あくまでも演習、訓練であって命を奪い合う実戦ではない。そう考えて、自分の実力を試した可能性。本気であっても全力ではないという表現が正しいかは微妙だが、限界を超えるような戦い方をしていなかったのは間違いない。

「今ではなく将来を見ているのだとすれば……騎士団向きだな」

「はい。まさかが起これば良いと思っております」

 常に実力上位でいることに拘ることなく、その時、今の自分に必要な鍛錬を行う。将来、より上にいる為に。これが騎士団における考え方。それを徹底できずに焦る騎士も少なくないが、そうであるべきだとされている。レグルスの考え方と同じだ。
 カートはやはりレグルスに入団して欲しいと考えた。騎士団長もレグルスが割と騎士向きであることは認めた。だが、やはり可能性はないと考えている。貴族家は簡単には家を離れられない。そういう存在であることを王国騎士団長は知っているのだ。

 

 

◆◆◆

 レグルスの周囲が少し騒がしい。それだけ王国騎士団との合同演習での印象が強かったということだ。レグルスを敵視する者たちも、そうであるからこそ無視出来ない。カートは少し違うが、接触を図ったり、様子を探ろうという動きがあるのだ。
 そんな中、状況をまったく理解していない者も中にはいる。周囲が呆れてしまうような立場の者の中に。

「これからは、これまで以上に皆さんとの関係を深めたいと思っています。同じ守護家の後継者として」

 三年になったタイラーたちの教室にやってきて、勝手に語り出したのはブラックバーン家のラサラス。レグルスの腹違いの弟だ。
 彼は今年入学。入学して早速、挨拶にやってきたのだ。

「……ああ。よろしく」

 ジークフリート王子もこのラサラスの行動には戸惑っている。守護家の公子と良好な関係を保つことは良いことだ。だが、それはブラックバーン家との間に限った話ではない。他家とも同様だ。だが、その他家が。

「関係はこれまで通りで十分よ。わざわざ挨拶に来てくれて、ご苦労だったわね。ありがとう。もう自分の教室に戻って良いわ」

 あからさまに嫌な顔をしている。これではライラスとの距離を縮めれば、その分、キャリナローズとの距離は遠ざかることになるかもしれない。必要以上に近づく必要はないが、必要以上に遠ざかることも避けなければならないのだ。

「ああ、まだ用件は残っています。兄にも皆さんによろしく言ってもらおうと思いまして」

「無理ね」

 ライラスの考えは読める。この場にレグルスを呼びつけて、自分の方が立場が上であることを周囲に示そうというのだ。だが、そんなことが出来るはずがない。自分にすぐ分かることがレグルスに分からないはずがないとキャリナローズは思っている。

「……今、呼びに行かせています」

「まあ、可哀そうに」

 命令された家臣が可哀そう。これはキャリナローズの本心だ。言葉や態度を間違えれば、痛い目に遭うのが分かりきっている。
 そして案の定。

「レ、レグルス様! これはライラス様のご命令で!」

「はっ!? 知るか! 命令を受けたのはお前で、俺じゃない!」

 二つ先の教室から騒がしい声が聞こえてきた。正確には二つ先の教室の前の廊下からだ。ライラスに命じられた家臣たちは、とっくにレグルスの教室から叩き出されている。

「ライラス様に逆らうのですか!?」

「逆らう! お前も困るだろ!? だったら、ライラスを呼んで来い! 俺がきちんと話をつけてやる! 二度とこんなことを思いつかないようにな!」

 レグルスにライラスの命令に従うつもりは、微塵もない。頼まれたのであれば、まだ可能性はあったが、命じられた家臣は失敗したのだ。レグルスを恐れ、ライラスの威光に頼ろうとしてしまった。ライラスに威光なんてものを、レグルスは、まったく感じていないというのに。

「呼んでいるわよ?」

「えっ?」

「レグルスが呼んでいるみたいよ。家臣が可哀そうだから、早く行ってあげたら? 時間が経てば経つほど、家臣が悲惨な目に遭うことになるわ」

 ライラスにレグルスのところに行くように勧めるキャリナローズ。当たり前だが、家臣たちへの親切心ではない。同情心でもない。ライラスを脅しているのだ。

「悲惨な目……」

「乱暴なところは昔から変わらないわよね? 幼い頃より強くなった分、性質が悪いか。今ではもう、私たちも止められないもの」

「…………」

 明らかに動揺しているライラス。それが彼の無知を証明している。キャリナローズにとっては、彼女だけでなく、この場にいる全員にとって信じられない醜態だ。
 これがライラス個人の問題ではないのであれば、跡継ぎ交代の件も納得だと思える。

「行かないの? ああ、レグルスの方から来るか。来る理由は聞いていたのとは違うと思うけど」

「……行ってきます」

 慌てて席を立って、教室を出て行くライラス。レグルスのところに行くつもりがないのは明らか。彼は逃げたのだ。

「……ブラックバーン家の跡継ぎがあれ?」

 じっと黙って、口を利く気にもならなくてだが、いたクレイグが、ライラスがいなくなったことで口を開いた。

「まあ、あれだ。我々がしっかりしていれば良いのではないか?」

 タイラーが一応はフォローに入る。ライラスの無能さを否定することなく。

「タイラーはまだ良いよ。北が不安定になって困るのは僕とキャリナローズ。しわ寄せは東西に来るの」

 北方辺境伯家が守る北の国境が不安定になれば、それを補うために東西辺境伯家が動かなければならなくなる。これまで守ってきた国境の範囲はそのままで。軍事負担が増えることになるのだ。
  
「中央から派遣してもらえば良いのではないか?」

「王国騎士団が動いてくれる?」

 皆の視線がジークフリート王子に向く。

「……出来るだけのことはする」

 だが、ジークフリート王子が言えるのはこれだけだ。今の彼に王国騎士団を動かす権限はない。権限があっても、約束は出来ない。

「……レグルスは本当にブラックバーンから離れるかもしれないわね?」

 ライラスが当主となったブラックバーン家にレグルスが仕えるとは思えない。今はまだ今日のように反抗的な態度をとれるが、当主となった後はそうはいかない。反逆者として裁かれる可能性だってあるのだ。

「それ、あまり口にしないほうが良いと思うよ」

「どうして?」

「自家に引き込もうと考える奴らが出てくるかもしれない。レグルスの性格を知らない奴ほど、そう考える。苛々しているレグルスが目に浮かぶね」

「……確かに、そうね」

 キャリナローズはそう考えた一人だ。考えた理由が特別だったこともあり、幸いにもレグルスを苛つかせることはなかったが。
 クレイグの言う通り、この先、レグルスの力を自家の物にしようと考える人が出てくる可能性はある。それが今、目の前にいる仲間たちである可能性も否定は出来ないのだ。
 レグルスの周囲は騒がしくなる。それはまだこれからの話だ。

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