月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第106話 恥ずかしくないのだろうか?

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 道場からの帰り道。レグルスは一人で夜道を歩いている。周りからはそう見えるというだけで、実際には一人ではない。エモンたち、隠密能力に優れた者たちが遠巻きにレグルスの周囲を警護している。レグルスを狙う暗殺者を捕らえる為だ。
 暗殺者の襲撃を恐れて行動を制限していては、鍛錬も仕事も思うように行えなくなってしまう。その状況を解消する為にレグルスは、わざと隙を見せて、襲撃を誘おうとしているのだ。
 はたして暗殺者は、まんまとその誘いに乗って来た。夜道を照らす真っ赤な炎がレグルスに襲い掛かって来た。

「……気配がない? まあ、誘いであることは分かるだろうからな。警戒されたか」

 炎を防ぎ、すぐに気配探知を行ってみたが周囲にそれらしい反応はない。最初に襲撃された時とは違って、相手も警戒して気配を隠すか、遠く離れた場所にいるのだろうとレグルスは考えた。
 そうであれば、広範囲に散っているエモンたちの出番。いくら気配を押さえていても、怪しい動きがあれば、高い確率で見つけられるはず。それに期待するしかない。

「……あれか? 爆発したわけではないのか」

 建物の陰に仕掛けられていた魔道具はそのまま残っていた。爆発による衝撃と炎で対象を殺傷する魔道具ではないということだ。

「建物に損傷はない……攻撃対象だけを狙えるってことか? 対象以外に被害を与えないようにしているのだとすれば、凄いな」

 魔道具の炎はレグルスだけを攻撃するもの。暗殺対象だけを狙うという方法は、ある意味、プロフェッショナルなやり方だとレグルスは思った。

「方向と威力……発動タイミングもか」

 レグルスが近づいてきたのを検知して、死んでしまうほどのダメージを与えられ、かつ、周囲には被害を与えない威力で魔法を発動させる。しかもきちんとレグルスに命中するタイミングで。ただ爆発させるだけの魔道具とは比べものにならないほど、細かな制御が必要なはずだ。

「これで俺以外には反応しないのであれば完璧だけど……そうじゃなくても優れた魔道具であることは間違いないか……」

 これだけの魔道具を作れる魔道具士が自分の命を狙っている。レグルスはそれに恐れを抱くよりも、感心した。何であろうと優れた才能に対しては、感心してしまうのだ。その魔道具士の性格を知れば、また違った思いを抱くかもしれないが。

「ふっふっふっ。さすがは私に命を狙われるだけの男。この天才魔道具士、リーチ様の価値が分かるようだ」

 こんな男だと知れば。

「そう、そうだよ。その魔道具の価値はその繊細な魔道のコントロールにある。天才リーチ様以外では不可能な超絶技法なのだ」

 リーチは、実はレグルスにかなり近い場所にいる。だからといってレグルスの声を直接聞いているわけではない。自分で制作した遠話魔道具を使っている。といっても魔道具を使って声が届く距離はかなり短いので、魔道具を使うまでもなく、相手が少し大きな声で話せば聞こえるくらいの距離にいる必要があるという半端なものだ。

「そうか。天才の技だな。天才にしか作れない魔道具だ」

「そう。その通り。レグルス・ブラックバーン。君は素晴らしいな。殺してしまうのが惜しくなる」

「大丈夫。殺されないから」

「それは愚かな考えだ。この天才リーチ様が君を狙ったからには……おや?」

 遠話魔道具にはもう一つ欠点がある。一方通行でしか音が聞こえないことだ。遠話魔道具と呼びながら、その機能は相手の声を一方的に聞くだけで、こちらの声を届かせることは出来ない。今のような会話は成り立たないはずなのだ。

「あと、今どうやって気配を消しているのかも教えてもらえると助かる。それも魔道具か?」

「……レ、レグルス・ブラックバーン! どうしてここが!?」

「どうしてって……声が聞こえたから」

 屋根の上から声が聞こえてくれば、当然怪しむ。まして声はするのに気配はないとなれば、それは普通の人ではない。暗殺者だと断定しても良いくらいだ。レグルスが実際に近づくまでそれを確信出来なかったのは、隠れている暗殺者が声を発するなんて愚かな真似をするはずがないと思ったからだ。

「なんと? この距離で私の声が聞こえただと? そんなはずはない! 私の声の大きさと距離! さらに風向きとその強さから計算すると、天才リーチ様の答えでは」

 ぼさぼさの頭を掻きむしりながら自分の考えを主張するリーチ。

「いや、計算しなくても結果は出ている。聞こえた」

「…………」

 何の意味もない主張だ。そもそも聞こえる聞こえないを議論している場合ではない。レグルスの殺気を逸らす目的があっての言動だとしたら、天才的かもしれないが。

「答えは?」

「……魔道具だ」

「気配探知を防ぐ魔道具か……魔法を検知させない魔道具って、どういう仕組みだ? 魔道具作りに関しては、本当に天才ってことか」

 レグルスが会得している気配探知には、探知した相手にも、こちらの魔法の使用を気づかせてしまうという欠点がある。だがリーチの魔道具は魔道具でありながら気配探知に引っかからない。魔道が発しているはずの魔力を探知させない仕組みがあるということだ。

「凡人には分からない。天才のみが実現出来る魔道具なのだよ」

「……あっ、分かった。魔力を吸収する魔道具か」

「な、なんだと!? どうして分かった!?」

「どうしてって……分かったから」

 手が届くほどの距離まで近づけば、レグルスは体外に広げた自分の魔力の動きを把握出来る。地道な鍛錬をずっと続けてきた成果だ。それにより、自分の魔力が魔道具に引き込まれるような感覚を得られたのだ。
 ただ、これを正直に話そうとは思わない。敵に自分の手の内を教えるほど、レグルスは愚かではない。

「……天才の発想を見抜くとは、さすがは私のターゲット。今後の戦いも楽しみになったよ」

「いや、今後はない」

 リーチとの会話は面白くもあるが、このまま逃がすつもりはない。命を狙う男を放置しておくほど、レグルスは慈悲深くはないのだ。だが。

「ちっ!」

 剣を振るうよりも、逃げることを優先しなければならない状況になった。目の前で魔道具が発火したのだ。咄嗟にその炎を避けたレグルス。すぐに反撃に移ろうと身構えたが。

「飛んだ?」

 リーチは屋根の上から飛び出して、宙に浮かんでいた。両手に真っ赤な炎を噴き出す魔道具を持って。

「人は、飛べるのか?」

 人が空を飛ぶなんてあり得ない。この世界で生きているレグルスにとって、これが常識だ。飛行機なんてものは、飛行船も、この世界には存在しないのだ。

「……そんなはずないか」

 だが宙に飛び出したリーチは、すぐに地面に向かって落下していった。人の体を飛ばし続けるほどの力は、彼が作った魔道具にはないのだ。
 バランスを保てず、頭から落ちていくリーチ。殺すまでもなく自爆した、と思ったレグルスだが、これもまた誤った判断だ。

「あれは……あれも魔道具なのか」

 地面に叩きつけられるはずだったリーチの体が、わずかだが浮き上がる。空に向かって靡く彼の髪と服が、風の存在をレグルスに教えてくれた。リーチは魔道具が起こした風によって、落下の勢いを殺したのだ。
 さらにリーチは、また炎を噴き出す魔道具を使い、その勢いを利用して、高速で移動していく。

「……あっ、逃がした。エモンたちは追いかけられているかな?」

 レグルスにとっては、まさかの魔道具の使い方。それに驚き、感心してリーチを追うのを忘れていた。物凄い勢いで離れて行くリーチ。前回、馬に乗って移動していると思った移動の速さは、魔道具によるものであることも分かった。
 レグルスの足では追いつけない。あとは周囲を囲んでいるエモンたちの網に引っかかることに期待するしかない。二度目のレグルス暗殺計画も、こうして未遂で終わることになった。

 

 

◆◆◆

「王国騎士団相手の演習? それは凄いな。頑張れ」

「頑張れ、じゃない。お前も参加するのだ」

 実技授業の時間。タイラーが話してきたのは、二週間後に行われることが決まった王国騎士団との合同演習について。タイラーはレグルスも当然、喜んで参加するものと思っていたのだが、反応は思っていたものではなかった。

「演習のことは知っている。でも、上位グループの学院生が対象ではなかったか?」

「当初はそういう話だったが、その条件は撤廃された」

 王国騎士団との合同演習となれば、それなりの実力が求められる。当初は実力上位の実技授業グループだけが参加する予定だったのだが、その条件はなくなった。だからタイラーはレグルスに話しているのだ。

「どうして?」

「どうしてって……グループ分けは、必ずしも実力を反映したものではないと分かったからだろ?」

 そうであることを示したのはレグルス。最下位グループのレグルスが、最上位グループの中でもトップクラスの実力者であるクレイグやタイラー、キャリナローズよりも強いことが明らかになったからだ。

「全員参加か……面倒だな」

「お前な。どうしてそういう感想になる? 王国騎士団との合同演習となれば、実力者との立ち合いも実現するかもしれないのだぞ?」

「実力者……例えば?」

 鍛錬はより実戦を意識したものに変わっている。タイラーとの立ち合いを受け入れた理由もそれだ。王国騎士団の実力者との立ち合いは、レグルスにも興味がある。

「例えばって……お前、王国騎士団の騎士のことを知らないのか?」

「……まだそれを知る必要はない」

 王国騎士団の誰が強いかなど、今のレグルスにとってはどうでも良いことだ。まず間違いなく、自分よりも強い騎士が何人もいる。その一人一人を気にしても仕方がないと思っているのだ。

「必要はある! お前も世界最強を目指すのであれば、越えなければならない壁について知るべきだ!」

「……俺、世界最強を目指すなんて言ったか?」

 タイラーに熱く語られる覚えは、レグルスにはない。

「誰にも負けない強さを手に入れるとは、そういうことだろ?」

「そう言われると、そうだけど……」

 ただ、やはり「世界最強」というのは違うとレグルスは思う。実質は同じであっても、「世界最強を目指している」と思われるのは、なんとなく恥ずかしく感じてしまうのだ。

「良いか。まず、現在、王国最強と評されているのは王国騎士団長だ」

「王国騎士団長が王国最強って、単純過ぎないか?」

 騎士団長ともなれば、個の力だけで評価されるわけではないはず。それよりも統率力は指導力が重視されるのではないかとレグルスは考えた。

「レグルス……お前、本当に何も知らないのだな?」

 レグルスの問いに、呆れ顔のタイラー。彼にとっては、レグルスの無知が信じられない。王国騎士団長が王国最強であることは多くが認める事実なのだ。

「そんなに凄いのか?」

「凄い。まず騎士団長は代々、優秀な騎士を輩出する家系で、名誉伯爵位を与えられている。それだけの実績をあげている家系ということだ。騎士団長の地位まで昇ったのも両手を超える人数だ」

「名誉というのは?」

「自分たちの使命は戦場で戦うことと言って、領地を拝領されるのを固辞してきた。仕方なく名誉伯爵という地位を王国が作ったのだ」

 王国騎士団の騎士の爵位は基本、士爵。貴族といっても、わずかな領地も与えられず、特別な事情がない限り、国王との謁見も許されない身分だ。命の危険がある仕事なので、その分、給金は高いというだけで、文官とほぼ変わらない待遇だ。
 だが、現王国騎士団長は名誉伯爵位を与えられている。領地を持たない以外は貴族としての待遇を与えられるくらい、代々優秀な特選騎士を生み出してきたのだ。

「……それで?」

「王国騎士団長のその中でも最強と評価されている。過去の人々と実力試しなど出来ないので、さすがに俺もその評価を絶対とは思ってないが、そう言われるだけの力があるのは間違いない」

「ちなみに得意は?」

 代々、優秀な特選騎士を輩出する家系。それは四方辺境伯家と同じだ。違いはその力を王国騎士として役立てるか、王国だけでなく自家の為にも使うかの違い。それであれば騎士団長の家系にも、守護家と同じように得意とする力があるのだとレグルスは思った。

「ない」

「はっ? そんなはずないだろ?」

「これが得意というのはない。欠点もない。あらゆる面で突出した能力を持っているのだ」

「……厄介な相手だな。なるほどな。王国最強とはそういう奴か」

 欠点を突くどころか、自分の得意領域でも上を行かれてしまう。絶対的な強さを持つ相手にどうやって勝つというのか。実際の実力はレグルスには分からないが、タイラーがそう評価するからには、それだけの強者なのだとレグルスは思った。

「それに続くのが、王国三神将」

「さんしんしょう、って三人の神様みたいな将ってことか?」

 なんだか大層な呼称。敵国向けに実力を誇張することも必要であることは分かるが、自分がそう呼ばれるのは、恥ずかしくて絶対に嫌だとレグルスは思った。

「時代時代で人数は変っていて、三ではなく四であることも、二であることもあった。当代の実力者の中から、選りすぐりの者が神将の称号を得られるのだ」

「……お前はそういうの好きそうだな?」

 タイラーはレグルスとは違って、恥ずかしい呼称とは思ってないようだ。自分のことでもないのに、誇らしげに話す様子が、それを教えてくれた。

「そういうのとは何だ? 強者に憧れを抱き、その高みを超えようと思っているだけだ」

「じゃあ、その三人はどれくらいの強さだ?」

 その憧れが好きに繋がるのだ、とはレグルスは口にしない。意味について深く追及されても困る。何にも考えずに、頭に浮かんだ感想を呟いてしまっただけなのだ。

「……王国騎士団長には劣る」

「そんなの聞かなくても分かる。そうじゃなかったら王国最強が何人もいることになるだろ?」

「実力の詳細は分からない。そうであるから演習に参加する意味があるのだ」

 強いということは分かっても、「どれくらい?」と問われると、答えに困ってしまう。タイラーに分かるのは王国騎士団内の序列だけなのだ。

「それについては確かにその通りだ」

「三神将との立ち合いは無理でも、その下の十旗将とであれば可能性はある」

「十騎将? まだそういうのいるのか?」

「十旗将まで知らないのか。王国騎士団の軍制は学んだはずだろ? 実働部隊の将たちのことだ。旗下にそれぞれ千人の騎士がいる」

 レグルスが勘違いした騎将ではなく、旗将。王国騎士団十軍の将たちだ。千人というのは騎士だけの数で、その騎士に仕える従士、そして王国兵団の兵士を加えて一軍最大一万くらいの規模になる。その各軍を束ねた軍団を率いる時の将、大将軍が三神将だ。

「ああ、あれね。王国騎士団の将軍か……確かに、滅多にある機会ではないかもしれないな」

「そうだろ? 自分が今、どのくらいの位置にいるのか知る絶好の機会だ。参加する気になったか?」

「……まあ」

 実力試しの良い機会。そうであることが分かれば、レグルスも頭から拒絶はしない。ただ、実力試しの機会が本当に得られるのであれば、だ。
 中身のなさそうな演習だと分かれば、サボれば良い。そう考えたレグルスの返事は、気のないものになった。

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