月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第105話 束の間の休息

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 郊外に確保した隠れ家でレグルスたちは合宿を行っている。合宿といっても週末を利用した一泊だけだ。全員で広々とした場所で鍛錬を行える。周囲には民家もないので魔法も、もっぱら使うのはラクランだが、使える。往復二時間の距離も、走れば鍛錬になる。かつてレグルスは、距離はもっと短いが、そうしていたのだ。一緒に鍛錬を行う面子は違っているが、昔を思い出して、なんだか楽しい。リサに会うまでの過去は思い出すのも嫌な期間、そしてリサに会い、リキも合流してからは、レグルスにとって楽しい思い出の期間なのだ。
 その頃はこうして暗くなってからまで郊外にいることはなかったが。

「何を読んでいる?」

「あっ? ああ、これか? 手紙だ」

 今は夕食を終えて、のんびりしている時間。レグルスは持ってきた、出がけに届いたばかりで封も切っていない手紙を呼んでいた。

「手紙? 誰からの手紙だ?」

 スカルは手紙に興味津々だ。受け取ったことも書いたこともなく、どういうものか良く分かっていないのだ。

「誰から……エリザベス王女?」

 手紙はエリザベス王女から送られてきたもの。その事実を告げるを少し躊躇ったレグルスだが、隠すのもおかしいと思って、正直に答えた。

「おっ? 恋文ってやつか?」

「お前、それどこで覚えた?」

「好きな人に送る手紙は、恋文って言うのだろ? 花街にいた時から知っている」

 花街では手紙を客に送ることが良くある。手紙といっても帰り際に直接、もしくは男衆の手を通して渡されるもの。スカルが言うような恋愛目的は建前。実際は営業手法として、疑似恋愛を客に体験させているだけなのだが、そこまでのことは店で働いていないスカルには分からない。

「恋文の意味だけじゃなくて、どうしてエリザベス王女からの手紙が恋文になるのかってこと」

「惚れられてんだろ? 花街の奴が教えてくれた」

「花街の……そうか。そういう話を出来る奴がいたのか」

 スカルとココの兄妹は、花街の人間とはほぼ接触していない。知り合いと呼べるような人はいないものだと、レグルスは思っていた。

「最近出来た」

「そうか。それは良かったな。恨みはあるかもしれないが、それでも花街はお前たちの生まれ故郷だ」

「お、おう」

 生まれ故郷という言葉が、スカルは何だかくすぐったい。自分に故郷というものがあることが信じられない。花街はそういう場所ではなかったはずなのだ。
 だが今は、レグルスの言う通り、思うところは色々あるが、生まれ育った場所であることに違いはないと思えた。

「でも恋文というのは間違いだからな。中身は……こういうのは見せていけないものだから見せないけど、何だかお節介な姉から貰った手紙みたいだ」

「お節介な姉……お節介なのはオバサンだろ?」

「お前、それ絶対にエリザベス王女の前で言うなよ?」

 きっとエリザベス王女は普通に怒る。こういうことで無理に感情を殺して、その場を取り繕うような真似はしないとレグルスは思う。もちろん、他に多くの目があれば、話は別だが。

「言わねえよ。綺麗な人なんだろ? ココが言っていた」

「ああ、ココは会っているか」

 ココは城でエリザベス王女に会っている。レグルスがパーティーに顔を出している間、外で待っているように伝えたのに、忍び込んできたのだ。警戒が厳重であるはずの城に。それをレグルスは思い出した。

「綺麗な人なら良いじゃねえか。結婚しろよ」

「あのな。そういう簡単なことじゃないから」

「王女様って偉いのだろ? 偉い人と結婚するのは良いことだ」

「何が良い?」

 その偉い人だから、自由に結婚出来ないのだ。それに地位であればレグルスも、王国の貴族社会に限定しても上から数えたほうが早い位置にいる。

「……なあ、王女様って王子様とどっちが偉い?」

「どっち? 王子と王女という立場で比較すると同じじゃないか? これが兄のジュリアン王子と比較ということになれば、ジュリアン王子だけどな。年上で、次期国王になる人だ」

 レグルスの知る運命では、ジュリアン王子は国王にはならない。だが、この人生ではジュリアン王子の運命も変わって欲しいとレグルスは思っている。

「下の王子は?」

「ジークフリート王子か? ジークフリート王子が今は一番下だな。王位継承権では二番目だろうけど、エリザベス王女より年下だ」

 王子王女に序列をつけるとすれば、王太子になるべきジュリアン王子以外は、明確な基準がない。王位継承権であればジークフリート王子だが、年齢ではエリザベス王女が上。レグルスの好き嫌いでいえば、明確にジークフリート王子が最低だ。

「そうか。じゃあ、結婚しろ」

「何故、”じゃあ”になる? 言っただろ? 王家の結婚は当人同士の気持ちだけでどうにかなるものじゃない。万一、エリザベス王女にその気が合っても、認められるはずがない」

「……つまり、アオは結婚したいということだな」

「どうしてそうなる?」

 そんなことは一言も口にしたつもりはない。レグルスはそう思っている。

「王女様にその気が合って、周りが良いと言えば結婚出来るのだろ? それって、アオは結婚しても良いってことだ」

「…………」

 スカルの言う通り、レグルスは自分の気持ちを理由に結婚を否定していない。それに、スカルに指摘されて初めて気が付いた。

「好きなのか?」

「……いやあ……誤魔化しても納得しないだろうから、本当のことを言うけど、正直良く分からない。以前は恋愛感情を持っていなかった。これは間違いない。ただ最近……母親に似ている気がして……」

「母親? それが恋愛じゃないことくらい、俺でも分かるぞ」

 母親への好意は恋愛とは言わない。これくらいのことは母の愛情を、母親への愛情を知らないスカルでも分かる。

「それが母親といっても実の母親じゃない。俺は俺を生んだ母親の記憶がない。愛された記憶も愛した記憶もない」

「同じだ」

「お互いにそうじゃないほうが良かっただろうけどな。ただ俺は、短い間だったけど息子のように大切してくれる人たちに出会えた。男の人は今も俺の憧れで、女の人は……やっぱり憧れか」

「その女の人と王女様が似ているってことか。憧れの女に似ている女……でもその憧れの女は母親のような人……分かんねえな」

 女性としての憧れなのか、それとも母親への憧れなのか。それによって変わってくる。レグルスの気持ちがどちらであるのか分からなければ、エリザベス王女への想いもどちらか分からない。

「だろ?」

 そしてレグルスも憧れという気持ちであるのは分かっていても、女性としてなのか、母親としてなのか分かっていない。正解は両方で、女性として、妻として、母として、自分の家族になる人はリーリエのような女性であって欲しいという気持ちだと分かれば、はっきりするのだが。

「……結婚が無理なら、姉でも良いけどな」

「結婚しても姉だろ?」

「……何の話?」

 レグルスの問いかけの意味をスカルは理解出来なかった。スカルは姉に拘っているわけではない。エリザベス王女とレグルスの関係が近いものになるのであれば、形はどうでも良いと言ったつもりなのだ。

「えっ? エリザベス王女に姉になって欲しいってことじゃないのか? 結婚しても、俺の弟であるお前にとって、エリザベス王女は義理の姉だ」

「…………」

「分からなかったか? 兄の妻は弟にとっては義理の姉。弟の妻は兄にとって義理の妹だ。年齢は関係ないからな」

「……それは……分かっている」

 それくらいのことはスカルも分かる。スカルが驚いたのはレグルスが、結婚したらエリザベス王女が自分の姉になると、考えることなく口にしたことだ。本当に自分のことを弟として考えているのだと思えたからだ。

「なんか勝手に話が進んでいるな。そういうことにはならないって話だったはずなのに。とにかくエリザベス王女は、俺のことが心配らしい。そんなに頼りないかな、俺?」

「頼りないっていうか、何をするか分からなくて危なっかしいのだろ?」

「それをスカルに言われるか……完全には否定出来ないのが悲しいところだ。ん?」

 不意に感じた背中の重み。後ろを振り返るレグルスだが、確かめなくても分かる。こういう真似をしてくるのは、ココしかいない。

「二人だけでズルい」

「ココも話に入りたいのか? それはそうだな。じゃあ、三人で話そう。何の話が良い?」

「結婚」

「……はい?」

 話題を変える良いきっかけ、そう思ったココが、まさかの結婚についての話をしたがった。ただ、レグルスが考えているようなことではない。

「ココはアオと結婚するの」

「ああ……まだ早いな。ココはもっと多くの人を知らないと。世の中には色んな人がいるからな」

「アオは一人」

「まあ、俺は俺だから……」

 拒否するのは可哀そう。だからといって実現しない約束をするのも可哀そう。こう考えて、曖昧にしようとするレグルスだが、ココはそれで話を終わらせてくれない。困ったレグルスの視線がスカルに向く。

「ココ。まずはお前がアオに相応しい女にならねえとな。結婚の話は、ココがエリザベス王女よりも大人で、綺麗な人になってからだ」

「……ココ、頑張る」

「おう、頑張れ」

 さすがは実の兄、というよりもスカルのほうが気楽にレグルスとの結婚の可能性を口にすることが出来るということだ。それが実現しなくても、責任はスカルにはない。兄といっても当事者ではないのだ。

「……夜空なんて、のんびり見上げるの久しぶりだな」

 二人が話している時に、ふと見上げた夜空。瞬く星々の美しさに、レグルスは心を奪われた。

「きれい……」

「ココもだな。スカルもか。外出て、夜空見上げるなんてこと、普段はしないからな」

 ココもスカルも、夜になれば酒場の建物の中にずっといる。食事を済ませたあとは、二階の自分たちの部屋で寝るだけ。寝る前に、レグルスに言われた読み書きの勉強は行っているが、それによって尚更、外に出る機会がなくなることになる。星々の煌めきをじっくりと眺めることなんてない。
 レグルスもそうだ。朝から晩までやることは決まっている。今日のように何もしない時間というのは、ほとんどない。先の不安を忘れて、ただ夜空を眺めているだけの時間。それがたまらなく心地良かった。

「……また来ような」

「うん!」「おう」

 

 

◆◆◆

 レグルスたちが夜空を眺めているのと同じ頃。城でエリザベス王女も夜空に視線を向けていた。当たり前だが、示し合わせてのことではない。彼女にとって夜空を見るのは、珍しいことではない。天候に関係なく、夜の闇が広がった空をぼんやりと眺めているのはエリザベス王女にとって日課のようなもの。そうしている時に、視えてくるものもあるのだ。

「ここにいたのか」

「……お兄様」

 その場にジュリアン王子が現れた。それを邪魔とはエリザベス王女は思わない。視えてくるものはあるが、常にそういう結果を得られるわけではない。何事もない日のほうが圧倒的に多いのだ。
 それでもエリザベス王女が毎日こうしているのは、予感程度に過ぎない未来視が、もっと具体的なものにならないかを期待して。繰り返すことで、より鮮明に未来を視られるようにならないかと、鍛錬をしているような気持ちなのだ。

「手紙は無事に届けられたようだ」

「ありがとうございます。お兄様」

 レグルスはスカルに王子と王女で序列はないと話したが、序列はなくても差別はある。エリザベス王女に仕えているのは城勤めの侍女と近衛騎士。いずれも城から出ることを許されない人たち。場外で活動出来る人が側にいないのだ。
 今回、レグルスに手紙を届けるのもジュリアン王子に頼むことになった。王子であるジュリアン、それにジークフリートにも、城の外に自由に出られる従者がいるのだ。

「ただ出掛ける直前になんとか捕まえられた状況だったようで、返事はもちろん、読んだ感想も聞けなかったようだ」

「そう……構いませんわ。返事が必要な内容ではありませんから」

「それは……どのような内容か、教えてもらえるのかな?」

 エリザベス王女がレグルスに、どのような内容をしたためた手紙を送ったのか。ジュリアン王子としては多いに気になるところだ。

「とりとめのない……ちゃんと食事をとっているかとか、体に気を付けているかとか……」

「リズ……それは色気がなさ過ぎではないか?」

 ジュリアン王子は、内容を聞くことを躊躇うような、熱い想いを伝えた手紙だと思っていたのだが、実際の中身はそれとは違っていた。

「どうせ、私は色気なんてありませんわ」

「いや、リズのことを言っているのではない。手紙の内容だ。こう、なんというか、もっとあっただろう? 読んだレグルスも戸惑っているのではないか?」

 手紙を受け取ったレグルスも、きっと自分が考えたような内容だと思ったはず。期待外れの内容に戸惑ったに違いないとジュリアン王子は思った。

「だって……いざ書こうと思ったら、何をどう書いて良いか分からなくなって……」

 跡継ぎのことについてはまだ書きようはある。だが婚約破棄について触れるのは、エリザベス王女も躊躇った。下手な書き方をして、自分の意図を誤解されても困ると考えてしまったのだ。

「それでも手紙を書きたかった?」

「……他にないから」

 王立中央学院を卒業したエリザベス王女が城の外に出るのは、容易ではない。まして、その目的がレグルスに会うためとなれば、国王はまず許可しない。国王にはエリザベス王女をレグルスに嫁がせるつもりなど、まったくないのだ。

「期待させるようなことは私には言えない。ただ……後悔のないような結果になれば良いな」

「……ええ」

 エリザベス王女の想いが叶う可能性は、ほぼない。応援したいという気持ちがあるジュリアン王子でも、分家の当主となって苦労することになるであろうレグルスの妻になることは、手放しで喜べない。困難な道を選ぶ必要はないと思ってしまう。父である国王が強く反対していることを理解出来るのだ。
 せめて、良い思い出に変えられるような終わり方をして欲しい。ジュリアン王子の望みはこれだ。それをエリザベス王女も分かっている。

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