月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第107話 モテる二人?

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 南方辺境伯家、ディクソン家の屋敷は他の辺境伯家と同じで王城近くにある。王城の南側にある広大な敷地に建てられた屋敷だ。
 ディクソン家は武を尊ぶ。他の辺境伯家も王国の国境を任されるに相応しい武に優れた家であるのだが、ディクソン家は、その中でも特に強者であることに拘っている。屋敷にもその拘りが盛り込まれていて、外から眺めるだけだと屋敷というより、砦のような見えてしまう。四方の辺境伯家の屋敷は王城を守る最後の砦という位置づけなので、それ事態は間違いとはいえないが。

「壁の中にまで濠……不便だな」

 レグルスがディクソン家に来たのは、記憶にある限りでは、初めてのこと。敷地を囲む高い外壁の中にまで、濠が作られているのを見て、驚くというより呆れている。

「防衛力を高める為だ。不便になるのは仕方がない」

 タイラーは、濠があることそのものに呆れているレグルスの気持ちに気付かない。不便という言葉をそのまま受け取っている。

「ここまで攻め込まれたら……まあ、城ってそういうものか」

 王城は王都内壁内のほぼ中心にある。この場所まで攻め込まれたということは、住民たちが暮らす場所の多くが制圧されたということ。王都は落ちたも同然だとレグルスは考えた。
 ただ城を守ることは無駄とまでは思わない。王城が落ちれば、それはアルデバラン王国が落ちたということになる。奇跡の逆転を信じて最後まで死守しなければならない国の象徴なのだ。

「無駄なもので終わったほうが良い。それは俺も分かっている」

 濠を作っておいて良かった、なんて思う日は永遠に来て欲しくない。タイラーもそう思っている。強さを求めるのは領地を、国を、そこで暮らす人々を守る為。戦争を欲しているわけではないのだ。

「……まさか食事は携行食ではないだろうな?」

「お前な……フランセス殿にそのような食事をさせるわけないだろ?」

 レグルスがディクソン家を訪れているのは、フランセスとエリカも一緒にいるから。レグルスは、彼だけでなくタイラーも、命を狙われている。彼女たちを巻き込むわけにはいかないと考え、一番安全そうな場所を選んだのだ。

「その言い方だと、俺とエリカは携行食でも良いと思っているみたいだな」

「…………」

 レグルスの言葉に、少し驚いた表情で黙り込んでしまったタイラー。レグルスが言うような思いは、まったくなかったつもりのタイラー。無意識で口にしたのだとすれば、そのほうが問題だと思ったのだ。

「そこで黙るな。穏やかな会話に変える為に口にした冗談なのに、気まずくなるだろ?」

「お前がしなくて良い指摘をしてくるからだ」

 フランセスには、はっきりと振られている。だからといって、それで想いが綺麗さっぱり消えたわけではない。タイラーはそれを自覚しているので、余計にフランセスへの気持ちについて触れてほしくないのだ。

「軽い冗談なのに……キャリナローズさんも呼べば良かったかな?」

 キャリナローズであれば、こちらの思いを察して、話を合わせてくれる。会話を盛り上げてくれると思ったレグルスだったが。

「お前、最低だな」

 タイラーに「最低」と言われることになった。

「はあ? どうしてそんな言われ方をしなければならない?」

「それは……分かるだろ?」

 フランセスとキャリナローズの三角関係をタイラーは気にしている。実際は、すでにこの場はタイラーを加えての三角関係、そこにキャリナローズが入れば四角関係ということになるのだが、タイラー本人はすでに諦めているつもりなのだ。

「ああ、お前までそう思っていたのか。あのな、俺とキャリナローズさんは何でもない。噂になっているのは、キャリナローズさんが面白がって、わざと周りに誤解されるような行動をとっているせいだ」

 面白がっては嘘。この場で皆に本当の理由を教える必要性はない。

「そうなのか?」

「それ以外に何がある? ああ、もう一つある。俺が婚約破棄してすぐに新しい女性と親しくなることで得する、得はないな。損が減る人がいる」

「……アリシアか。彼女への批判を減らす為にキャリナローズと?」

「キャリナローズさんが、だ。俺が考えたことじゃない」

 またレグルスは一部だけ嘘をつく。キャリナローズが自分と親し気にする理由を、ひとつでも増やしたいのだ。

「……嘘つき」

 わざわざレグルスの耳元に口を寄せて、フランセスが呟いてきた。今の説明が嘘であることは、フランセスには分かる。レグルスが今もアリシアを大切に思っていることくらい、彼女には分かっているのだ。

「フランセスさん、近い」

「あら? キャリナローズさんとはもっと近かったと聞いているわよ。唇が触れ合うくらいの距離。それとも触れ合ったのかしら?」

 こう言いながらフランセスは、挑発するようにレグルスに顔を近づけていく。唇と唇が触れ合うかと思うほど近くに。

「ち、近いから。タイラーの顔見て。二人のことを、どうこう言うつもりはないけど、他人の心を傷つける趣味はないから」

 いちゃついているようなレグルスとフランセスを見て、タイラーは複雑な表情を見せている。目の前で自分の好きな女性が別の男とこんな真似をすれば、それは傷つく。そうレグルスは思ったのだが。

「……気にするな。俺が変な顔をしているとすれば、それは呆れているからだ。お前みたいな奴がどうしてモテるのかと思って」

 それはレグルスの勘違い。タイラーは妬いているわけでも、失恋の痛手に苦しんでいるわけでもない。

「それに俺はどう答えれば良い?」

 モテると認めるつもりはない。だが、フランセスがいる場でモテないというのも違うとレグルスは考えた。

「お前の答えなど求めていない。フランセス殿、どうしてだ? これは俺の気持ちとはまったく関係なく、ただの興味だ」

「個人的な興味だとしても答えづらいわね」

「申し訳ない。つい先日、滅多に耳にすることのない社交界の話を聞かされて。レグルスの話だったので幼馴染である俺に教えようと思ったらしいのだ」

 社交界などタイラーには無縁のもの。今はそうだというだけで、近い将来、タイラーもその場に出なければならなくなるが、それは跡継ぎとしての責任を果たす為。個人的には一生、縁のないままであって欲しい世界だ。

「もしかして、『黒衣の貴公子』の話かしら?」

「それだ。そうか。フランセス殿はすでにデビューしているのだったな」

「ええ。レグルスのおかげで人気者だわ。羨望とやっかみの視線も、意外と悪くないと知ったばかり」

 女性のほうが社交界に早めにデビューする。フランセスの年齢であれば、多くはないが学院生でない女性は、すぐに嫁いでもおかしくない。学院生であっても卒業を待って、すぐに結婚という人は少なくない。すでに嫁ぎ先を探す時期で、社交界は他家に顔を売る場なのだ。

「フランセス殿は当事者扱いか……それは、面倒くさそうだな」

「今言ったでしょ? それも悪くないって」

「もう少し、本人が分かるように説明してもらえるか?」

 自分の話であるはずなのに、レグルスにはまった内容が分からない。分かるのは、自分の知らないところで勝手に話題にされているというだけ。それは気分の良いものではない。

「私と同世代の女性たちの間で、レグルスは『黒衣の貴公子』と呼ばれて、人気だってことよ」

「えっ、何、その恥ずかしい呼び名?」

「貴方が黒い着衣しか身に着けないからでしょ? 似合っているから別に良いけど、こう思うのは私だけではないということよ」

 レグルスは公の場では黒い服を着ている。マラカイとリーリエの喪に服す意味でそうしていたのだが、それが続いているのだ。今となっては喪に服すというよりは、止めるタイミングがなかったのと、頻繁に服を買うわけではないので続いているのだが。

「……俺も黒が多いが」

 ただ黒い服を着る男性は珍しくはない。パーティーに参加する機会が少ない間は、それでも女性であればパーティーの度に新しいドレスを用意する人は多いが、男性は何着も揃える必要がない。同じ服を着ても目立たないように、無難な色を選ぶことが多いのだ。

「服の色の問題ではないから。レグルスがどうして女性から好意を寄せられるかね? それは彼がスキャンダラスだから」

「スキャンダラス?」

「色々と噂があって、なんとなく危険な男って感じがするでしょ? そういう男性を好む時期ってあるのよ。上の人たちでも社交界で人気がある男性はそういう人だわ」

 数々の女性と浮名を流す男性というのはいる。そういう噂が、その男性に対する興味を強め、興味だけで終わらず遊び相手に選ぶ女性が現れ、そしてさらに噂は大きくなる。その時はもう噂ではなく事実だが。さらにそういう男性に選ばれた自分、というのがステータスになったりするのだ。
 フランセスたちの世代はまだ、そこまで遊び慣れた女性などいないが、彼女たちは彼女たちで悪い男に憧れるみたいなところがあったりする。レグルスはそれに合致したということだ。

「……危険な男の意味が違うのではないか?」

 レグルスが危険だとすれば、それは女性ではなく男性、男性に限らず敵に立つ側にとって。こうタイラーは思う。

「私も危険というより、鈍感のくせに口説くのが上手い、実に困った男だと思っているわ」

「勝手に話題にされて、勝手に悪口を言われている」

 レグルスとしては、タイラーとフランセス二人の言い様は、なんだか納得がいかない。求めてそうなっているわけではない。どちらかというと迷惑だ。社交界に関わることはないので、実際に迷惑に感じることなどないはずだが。

「二人ともまだ見えていないですね?」

「えっ?」「何?」

 ずっと黙って話を聞いていたエリカが口を開いた。タイラーとフランセスには、彼女の言葉が示すものが分からない。

「なんであろうとレグルスの言動は常に人々の注目を集める。良くも悪くもそうなのです。光と闇が人の心を揺らすように。それが彼という存在なのです」

「人の心を揺らす……」

「良くも悪くも」

 好意も悪意もレグルスは集めてしまう。彼の言動は味方を作るが、同じくらい敵も作る。エリカが伝えたいのは、こういうこと。そう考えたタイラーとフランセスは、納得してしまう。

「光……」

 だがレグルス本人は納得していない。自分には闇はあっても光はない。人々の心を、運命を照らす力を持つのは自分ではないと思っている。
 それで良いと。自分に世の中の悪意が全て集まれば、その対極にいる人には好意だけが向けられることになる。未来がどうなるかはもう分からないが、そうなってくれれば自分の望みは叶ったも同じ。初めて自分の人生に納得して死ぬことが出来るかもしれないと、レグルスは思った。

 

 

◆◆◆

 鍛錬ばかりの毎日であるアリシアだが、息抜きの時間はある。その息抜きの時間が今は、至福の時となっている。ただし、彼女の感覚では「至福」は大げさで、「贅沢」な時間といったところだ。至福の時間にしてあげようと考え、段取りを整えているジークフリート王子にとっては残念なことに。
 贅沢な食事、最高級の飲み物、何から何まで侍女がやってくれて、これはアリシア本人はまだ恥ずかしいのだが、お風呂に入る時には体を磨き上げることまでしてくれる。王侯貴族の暮らし。アリシアは身分としては貴族であるが、このような暮らしを、これまで経験したことがない。最高の贅沢を味わっているのだ。

「ここでの暮らしはどうかな? 気に入らない点があれば遠慮しないで言って」

 この屋敷は、そして仕える使用人はジークフリート王子が用意してくれたもの。レグルスとの婚約が解消となり、ブラックバーン家が用意した屋敷に住めなくなって困っていたアリシアの為に、ジークフリート王子は全てを整えたのだ。
 これがアリシアが批判されている一番の理由だが、だからといって出て行くわけにもいかない。アリシア本人は別にどこで暮らしても良いのだが、養子先のセリシール公爵家とジークフリート王子が許さないのだ。

「気に入らない点なんて……何から何まで素晴らしすぎて……迷惑をかけてしまっているのを申し訳なく思うくらいだわ」

 本当はひとつある。外出が出来ないことだ。外に出ようとすると使用人たちが、あれこれ理由をつけて止めてくる。その制止を振り切って、強引に外出することがアリシアには出来ない。普段お世話になっている相手に強く出られないのだ。外出は学院に通うことくらい。軟禁されているような気分だった。

「そんな風に思うことなんてないよ。困っている人を助けるのは当然のこと。ましてそれがアリシアであれば、私は何でもするよ」

「……ありがとう」

 このままなんとなくジークフリート王子と結ばれることになるのか。こんなこともアリシアは考え始めている。そういう運命なのかもしれないが、アリシアの心には引っかかるものがある。そうならなければならないという義務感のようなものを感じてしまうのだ。

「そうだ。王国騎士団との合同演習なのだけど、私は参加出来なくなった」

「何かあったの」

「……私は王家の人間として父上と共に、ただ見ているだけの側に回らなければならなくなった」

 王国騎士団との合同演習には国王も出席することになっている。国王だけではない。他にも来賓として招待されている人がいる。演習に参加することになった中央学院の学院生たちが思っているよりも、遥かに重要な行事なのだ。

「陛下が……分かった。他の皆と頑張るわ」

「あまり無理しないように。訓練は良いけど、将たちとの立ち合いは。悔しいけど今の私たちでは、どうにも出来ない実力差がある。怪我をしないようにしたほうが賢明だよ」

「心配はありがたいけど、それは無理だわ。常に全力で取り組まないと。手を抜いたらア……あっという間に他の人に先を行かれてしまうわ」

 どうせ勝てないのだから怪我をしないように手を抜いて終わらせる。そんな真似をしたらレグルスにどう思われるか。そう思ったアリシアだが、そのことをジークフリート王子に伝えることは出来なかった。

「……急ぎ過ぎると転ぶこともある。足下を確かめながら、一歩一歩確実に前に進むというのも大切だよ?」

「分かっているわ。でも私は、勝てるはずがないと諦めたくない」

「……そのほうが君らしいか。分かった。頑張って。私は見ているだけしか出来ないけど、心の中で全力で応援するよ。ちなみに声を出して応援出来ないのは周りが王国騎士だらけだから。許して」

「ジークったら」

 二人の距離は、それなりに縮まってはいるのだ。ただ決定的な機会がないことと、決められた設定通りになることにアリシアが抵抗感を覚えていることが、進展が加速することを阻害しているだけ。
 その決定的な機会は確実に近づいている。ゲームシナリオに関係なく、それを求める者がいるからだ。

www.tsukinolibraly.com