月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第104話 すれ違いの関係

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 食堂の個室にその男は姿を現した。レグルスたち「何でも屋」の店舗とは異なり、表通りの一等地にある建物に入っている高級食堂だ。店を利用するのは貴族か、裕福な商人くらい。単価は高いが、利用者は多くない。全て個室なので客には分からないが、いつも空いている店だ。別にどうでも良いことだ。店主にとっても、採算など考える必要はない店なのだ。
 ぼさぼさの髪に、よれよれの服。その男はとても高級店を利用できるような客には見えない。実際にそうだ。彼は食事の為に、この店を訪れたのではない。

「来たか。座れ」

 個室には先客がいた。彼とは異なり、髪はきっちりと整えられ、高級そうな生地で作られた服を身に着けた男だ。

「結果はすでに分かっている。失敗したな?」

 先に個室にいた男は、レグルス暗殺の依頼人。ぼさぼさ髪の男が暗殺に失敗したことはすでに知っている。

「私は失敗なんてしていない。今回はただの情報収集だ。ターゲットの情報を集められたのだから大成功だね」

「くだらない言い訳は良い。大口を叩いておいて、この結果。失敗は許されないと伝えていたはずだ」

 失敗を認めない男に苛立つ依頼人。失敗という結果でなくても、もともと苛々してしまう相手なのだ。

「おいおい。だから失敗と決めつけないでもらえるかな? そもそもこの偉大なる才能を持つ私に失敗などという言葉はないのだよ」

「失敗は失敗だ!」

「君は分かっていないな。『挑戦し続けている限り、失敗ではない』という言葉を知らないのかな? 私が唯一認める私以外の天才の言葉だ。覚えておきたまえ」

 依頼人に怒鳴られても男の態度は変わらない。言い訳をしているのではなく、本気で失敗だと思っていないのではないかという思いさえ、依頼人の心に浮かぶ。だからといって怒りが薄れるわけではないが。

「依頼料を返せ」

「私の話を理解出来ないのかな? 私は続けると行っているのだよ」

「それを決めるのは依頼人である、こちら側だ」

「その場合は、依頼人側からの一方的な契約解除となるので、依頼料の返還義務はないな」

 男には受けた依頼料を返還するつもりはない。気持ちの問題だけではなく、すでにかなりの金額を使ってしまっているのだ。

「……それが通用するような契約だと思っているのか?」

 依頼は達成できない。だが依頼料は返さない。依頼人の側からすれば、それは詐欺と同じ。男に詐欺を行っている自覚があるかどうかは関係なく、そのような相手にはそれに相応しい対処を行うだけだ。

「いやいや、ちょっと待ってくれ。私は依頼を続けると言っている。成功を約束しているのだ。それでどうして依頼料を返さなくてはならない? 返す時があるとすれば、それは私が諦めた時だ」

 依頼人の思いを敏感に感じ取った男は、もう一度、依頼の継続を申し出る。一応、本人はこれで「もう一度、チャンスを下さい」と頼んでいるつもりなのだ。

「……では、もう一度だけ機会を与える。これが最後だ」

「安心するが良い。偉大なる天才魔道具士である私が「やる」と言っているのだ。成功以外の結果はない」

「だったら、さっさと準備して、その成功を一分でも早く報告に来い」

 再度の機会を与えたが、男の話を聞いていると、とても成功するとは思えない。最初の人選で、すでに失敗してしまったのだと依頼人は考えている。

「分かった。ではすぐに準備に入るので、魔道石を貰えるかな?」

「……何だと?」

「依頼で使う魔道具の材料は、そちらで用意する約束だ。準備をするから魔道石をくれ」

 魔道具を作成するには魔道石と呼ばれる材料が必要になる。魔力を貯めておく燃料タンク、もしくは充電池のような機能を持つ材料だ。これがなくては魔道具は作れない。

「すでに渡している」

「以前、貰った分は使ってしまった」

「ふざけるな。どれだけの魔道石を渡したと思っている?」

 男に渡したのは、依頼人にとっては、かなりの量。魔道石はかなり貴重で、それに見合って高額。最初に渡した分だけで、依頼したことを後悔するほどの高額経費となっているのだ。

「依頼を成功させる為には、より多くの魔道具が必要になる」

「より少ない魔道石で、高い効果を発する魔道具を作るのが、優秀な魔道具士というものだ」

 コストを最初に抑えて魔道具を作る。これが一般的に魔道具士に求められる能力。依頼人の言葉は、多くの人が納得するものだ。

「……君は私を侮辱しているのか?」

 だが男にとってはそうではない。

「いや、事実を言っているだけだ」

「…………」

 男の顔が怒りで赤黒くなる。才能を否定されることは、男にとって、これ以上ない最悪の侮辱なのだ。

「優秀な魔道具士であると認められたければ、今ある材料で依頼を成功させろ。本当に優秀であれば、出来るはずだ」

「……良いだろう。君の価値基準に対しては言いたいことは山ほどあるが、凡人の戯言として流してやる」

「さっさと行け」

 お互いに怒りに心を支配された状態になった。この状況で選べる選択肢は、喧嘩するか、すぐに離れるか。男は離れることを選んだ。席を立って、個室を出て行く男。
 荒々しく閉められた扉が大きな音を立てる。そのすぐ後に依頼人の背後にある壁が動き出した。壁にしか見えないその部分は隠し扉になっているのだ。
 奥から出てきたのはミッテシュテンゲル侯爵家のジョーディー、サマンサアンの兄だ。この食堂の影のオーナーはミッテシュテンゲル侯爵家なのだ。

「申し訳ございません。噂を鵜呑みにして、あのような男に依頼してしまいました。すぐに他を当たります」

 そして依頼人の男は、ミッテシュテンゲル侯爵家の家臣。実際の依頼者はジョーディーということだ。

「……いや、良い。彼を殺すことには、正直迷いがあった。こういう結果になったということは、今はまだそういうタイミングではないということかもしれない」

「では……?」

「止めさせる必要もない。あのような男に殺されるのであれば、その程度の存在ということでもある。勝手にやらせておけば良い」

 レグルスという存在について、ジョーディーはその価値を測りかねている。本来のレグルスは、妹のサマンサアンを愛し、支える存在。自分にとって味方であるはずなのだ。そうであることをジョーディーは知っている。

「承知しました。ただ、優れた暗殺者は必要だと思われます」

「……そうだね。あちらのほうはもっと失敗を繰り返している……計画通りに進めるか、修正すべきか……少し考える時間が必要だ。それでも手駒は揃えておいたほうが良いか」

「では探しておきます」

 ジョーディーはレグルス暗殺以外にも、いくつもの謀略の類を進めている。サマンサアンの未来を変える為に。彼の目的は、元々のレグルスのそれと同じなのだ。

(この時期に婚約破棄……跡継ぎの座も追われ……色々考えさせてくれるね、レグルス)

 自分の計画が功を奏しているのか、まったく別の要素が影響してかはジョーディーには分からないが、物事は本来の在り方から外れて行っている。それが結果として、結末にどのような影響を与えるのか。運命はどこに向かって流れているのか。ジョーディーは先が見えなくなっている。指標が失われていく状況で、自分が正しいと思うことをやるしかなくなっている。それはレグルス、そしてアリシアと同じなのだ。

 

 

◆◆◆

 周囲を鬱蒼とした森が囲んでいる。その場に立っていると、遥か遠くまで来たように感じてしまうが、ここはまだ王都郊外。内壁の門を抜けて、一時間ほど移動しただけの場所だ。ただそう思うのは、彼らの多くが王都内壁内での暮らししか知らないから。その更に外を囲む外壁は、その中全てを王都と呼ぶのは無理がある、と言われるほど広い範囲を囲っているのだ。
 この場所は南方辺境伯家、ディクソン家に持ち主を紹介してもらって借りた場所。森の中にぽっかりと空いた土地に、詰め込めば十人は泊まれる建物と畑がある。ただ畑には何も植えられていない。きちんと手入れされていないのも、リキたちの開墾作業、その後の農作業も手伝っていたレグルスには分かる。別の目的で使われているだろうことは、容易に想像がつく。

「開墾申請を出したまま、放置されている土地は結構あると聞いているからな。その中に紛れ込ませてしまえば、分からないか」

 開墾申請を出し、許可を得たまま、いつまで経っても農地への登記変更がなされない土地がかなりあることを、レグルスは知っている。そういった中に紛れさせてしまえば、別の用途で使うことが出来る。放置された土地の状況を、王国は細かく確認することなどしないのだ。
 王都の土地は王国の許可を得ないと、貴族家は所有出来ない。だがこの方法を使えば、もちろん違法だが、郊外の土地を利用できるのだ。

「何の話だよ?」

 だがそんなことにスカルはまったく興味がない。鍛錬の途中で手を止めてしまったレグルスに不満そうな目を向けている。

「こういう場所、他にもあると便利だと思って」

「そうか?」

「こういう広い場所で鍛錬するのも悪くないだろ?」

 学院生ではないスカルは、テーブルが並ぶ酒場か、道場しか鍛錬を行う場所がない。郊外に出るという手があるが、それだとスケジュールが詰まっているレグルスは、毎回付き合えない。結局、スカルはいつもの場所で鍛錬するしかなくなってしまう。

「まあな。ココも退屈じゃなさそうだし」

「それがこの場所で鍛錬する一番の利点かもな」

 ココも鍛錬に付き合っているが、たまにレグルスが遊び程度に相手をするくらいで、あとはただ見ているだけ。彼女にとっては、とても退屈な時間なのだ。
 だが、この場所ではそうではないようだ。鍛錬に加われなくても、周囲を駆け回っているだけで楽しそうにしている。

「ああ、一番はカロか」

 この場所を借りたのはカロの為でもある。酒場にずっと籠っている毎日では退屈で、鍛錬も狭い場所でしか出来ない。カロが思いっきり動き回れる場所として用意したのだ。

「猛獣使いって本当に猛獣使いなのな?」

「なんだ、その質問?」

「いや、だって、もう仲間を増やしている。動物とあんな簡単に仲良くなれるものじゃねえだろ?」

 この場所はカロにとって、自由に駆け回れるというだけでなく、仲間を増やすことが出来るという利点もある。森の中にいる猛獣を、早速仲間にしていた。

「見つけるのが一番大変みたいだけど、そこはケルが協力してあげたからな」

 カロにとっては猛獣を懐かせることは難しいことではない。それが出来る能力を彼は持っているのだ。問題は、仲間にしたいと思う猛獣を見つけること。力の強い猛獣は警戒心も強い。隠れ潜むのも、これは獣全般に言えることだが、得意だ。探すのは容易ではない。
 だが、その問題はケルが解決した。上位の魔獣であるケルにかかれば、隠れている猛獣を見つけることなど、よほどその能力に特化した猛獣でなければという条件はつくが、容易いことだ。

「あれ、本当に大丈夫なのか?」

 その仲間になった猛獣とココは鍛錬、というより、じゃれ合っている。これもココが退屈しないでいられる理由だ。

「ああ……ケルであれば大丈夫だと言い切るけどな……でも、まあ、カロにとっては、俺がケルを信頼していると同じくらいに、信頼出来る仲間なのだと思う」

 魔道具を使って強制することなく、ココは猛獣と心を通わせ、言うことを聞いてもらえる。この能力はレグルスには良く分からないものだ。かろうじて、自分とケルと同じだけの関係性を、カロは短時間で構築出来るのだと理解しているだけだ。

「俺もなんか特別な力が欲しいな」

「戦うことそのものが、お前の特別な才能だろ? さらに特別にしたければ、もっと鍛えろ」

「鍛えるよ! アオがサボるからだろ?」

「悪い悪い。じゃあ、行くぞ」

 雑談を止めて立ち合いを再開する二人。本格的な鍛錬をまだ始めたばかりのスカルだが、その戦闘力はかなりのものだ。レグルスが「戦うことそのものがスカルの才能」と言ったのは、お世辞ではない。
 変則的な動きでレグルスに攻めかかるスカル。これは鍛錬を始める前からのもの。鎌が剣に変わっただけだ。

「何をどう動いたら、こうなるかな?」

 レグルスもスカルの動きを真似ようとしているが、今ひとつ。どのタイミングでどこをどう動かせば、スカルのような動きになるのか分からないのだ。スカルに聞いても、本人が分かっていない。
 ただ同じ動きが出来ないのと、防げないは違う。スカルの変則的な動きにレグルスは、ほぼ完璧に付いて行っている。

「どうしたら、こうなる!?」

 これはスカルの問い。彼の欠点は防御だ。スカルのほうはレグルスの守りを自分のものにしたいのだが、それは今のところ、上手く行っていない。動き方が分からないのではない。レグルスの動きは舞術の型に基づいている。それはスカルも習っているものだ。
 異なるのは反応速度。スカルがこれ以上ないと思うほど全力で動いても、レグルスはそれに遅れることなく付いてくる。先回りしていることもあるほどだ。

「慣れ。慣れれば、もっと相手の動きが見えるようになるはずだ」

「ほんとかよ?」

 レグルスはそう言うが、スカルはその言葉を素直に受け取れない。レグルスを信用していないというのではない。レグルスは、自己評価が低く、他人への評価が高いことを知っているのだ。

「げえっ!!」

「はっ?」「何だ?」

 いきなり聞こえてきたおかしな声。何かあったのかと二人が声のした方に視線を向けてみれば、そこには。

「何だ、あれ?」

 空を見上げているジュードの目の前に巨大の壁が、魔法の壁がそびえ立っていた。ラクランが展開した魔法防御の壁だ。

「デカっ。制限なしで全力展開すると、あんな巨大な壁になるのか? やっぱり、とんでもないな」

 ラクランの魔力量は学院の同学年では最上位クラス。その魔力量を使うと、これほど巨大な魔法防御を展開出来る。魔力量だけでなく、防御魔法がラクランの性質に合っている、そういう才能なのだとレグルスは考えている。

「あんなのどうやって攻撃する?」

「とりあえず、ジュードの頑張りを見てみるか」

 巨大な防御の壁に呆気に取られていたジュードだが、今はその壁を全力で攻撃している。どれだけの強度のもの確かめようとしているのだとレグルスは思っている。実際にそうだ。
 何度も何度も攻撃を繰り返すジュード。だが防御壁が崩壊することはない。

「普通の攻撃では無理。時間切れを待つしかなさそうだな」

 防御壁はまったく揺らぐ気配がない。魔法を使わない通常攻撃で破壊するのは、何十人もで攻撃すればもしかすると可能かもしれないが、ジュード一人では無理そうだ。そうなるとあとは持続時間が気になる。防御魔法はどれだけ継続するのか。それによって使い方は変わると、レグルスは考えている。

「タイラーとキャリナローズさんより、タイラーとラクランのほうが面白そうだな」

 大力で連続攻撃を行う『猛撃』のタイラーと身体を硬くする『硬化』の能力を持つキャリナローズ。この二人の対決よりも、ラクランの防御魔法をタイラーがどれくらいの時間で打ち破れるか、打ち破れないかを見るほうが面白いかもしれない。こんなこともレグルスは思ってしまう。
 とにかくこの場所で鍛錬を行うのは楽しい。借りて良かったとレグルスは思った。

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