月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第103話 暗殺未遂

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 レグルスとラクランは夕飯を共にすることがよくある。ご近所なのだから、おかしなことではない。最初の頃とは違い、ラクランもレグルスに対して緊張することはなくなった。それに、何度か行っている食堂を選んだとしても、怪しげな客もいるその場所に一人で行くよりも、レグルスと一緒のほうが心強い。おまけもしてもらえる。レグルスのほうも一人よりは、ラクランと鍛錬について色々と話をしながら食事するほうが楽しい。ラクランはレグルスがそう思える、良くも悪くも、毒のない相手ということだ。

「魔力制御のほうはどうだ?」

「ようやく、少しですけど、感覚が掴めるようになりました。レ、じゃない、アオに教えてもらったおかげです」

 地元に戻ったらレグルスのことはアオと呼ぶ。そう決まっているのだが、ラクランは上手く切り替えられない。学院ではレグルス様で、家に帰ってからはアオなんて、簡単に頭を切り替えられないのだ。

「おっ、じゃあ、平気だ。ラクランは出来るようになる」

「出来るようになる、ですか?」

「ああ。内緒にしていたけど、頑張っても出来ない人もいる。ラクランにこれを言うと、自分は出来ないと決めつけてしまいそうだから黙っていた」

 出来ないと思ってしまえば、もう出来ない。魔力の制御は、まったく感じられない魔力が確かにあると信じることから始まる。疑いを覚えたら、もう無理であることを、レグルスは何人かに教えた経験で知っているのだ。

「そうだったのですか……良かったです」

「そこにあることが頭で理解出来れば、そこからは早い。動かすのも慣れだ。感じ取ったまま魔法を使うと、動くのが分かる。何度か繰り返して、その動く感覚を覚えてしまえば、自分の意思で動かせるようになる」

 ラクラン相手に話す時は「かもしれない」は禁句。「思う」も使わないようにしている。必ず出来る。時間がかかっても必ず出来るようになると思わせるのが大切だと、レグルスは考えている。

「そうだと良いのですけど」

 そういう言い方をしても、ラクランはこう返してくる。とにかく自分に自信がない。ラクランの最大の欠点だ。

「詠唱を使えば出来るということは、出来るということだ。詠唱という補助がなくても出来るようになるには、根気強く、焦ることなく続けることだな」

「アオは、ずっとそういう努力を続けてきたのですね?」

「俺? それは違う。俺は怠けていたから、その分を取り返そうと焦って頑張っただけ。追いつくには、先を行っている奴らの何倍も頑張るしかないからな」

 これはラクランをその気にさせる為ではなく、本音。先を行っていたタイラーに追いついた、とはレグルスは考えていない。授業は授業。制約の中で行われていることだ。それを外した状況で戦った時、どういう結果になるかは分からない。実力の一部しか発揮できない立ち合いの結果に驕り、努力を怠ったことで、肝心のところで負けたなどという事態はあってはならないのだ。

「タイラー様と話をするようになって分かりました。上にいる人は、そうなるだけの努力をしているということが」

「俺よりもずっと前から努力してきているからな……本人たちの前では絶対に言わないけど、それについては尊敬する。今だから、こう思えるのだけどな」

 決して相容れない相手。憎むべき相手であったはずのタイラーとキャリナローズの存在が、レグルスの中で変わってきている。努力に努力を重ねてきて、その辛さを身に染みて分かったからこそだ。自分が、記憶にはないが、サボっていた間も、ずっと彼らはこの努力をしていたのだと思うと、気持ちは変わってしまう。
 過去の人生の記憶が完全に消え、どす黒い感情が奥底に引っ込んでいる影響があり、かつ、その状況でキャリナローズとタイラーの、心に残っている印象とは異なる一面を知ったからだが。

「後悔しても今更。これが辛いです」

 ラクランも努力を怠ってきた。自分の可能性を諦め、努力しても無駄だと考えていた。そうではなく、もっと前から頑張っていればという思いが、今頑張っているからこそ、心に浮かんでくる。

「辛いと思うから、取り返す為の努力が出来る。本当に駄目なのは後悔して、そのまま諦めてしまうことだ」

「……そうですね。正直言いますと、今の自分を少し好きになってきています」

 努力を始めた自分、その自分をレグルスが認めてくれていることは、ラクランの自信になっている。

「なんだよ。でも、それは良いことだ。努力が自信になって、それが嬉しくてまた努力する。俺もそんなだったかな? 最初はほんとうにわずかな前進だったと思うけど、それでも成果を感じられた時は嬉しかったな」

「アオでもですか?」

「ああ、お前は昔の俺を知らないからな。今のお前よりも遥かに太っていた。最初は走ることも出来なかったくらいだ。実はあの時が一番苦しかったのかもしれないな」

 努力を始めたばかりの頃は、自分の無能さを思い知る毎日だった。走ることさえ満足に出来ない。こんな状態から頑張ったとしても、人生は変えられないのではないか。希望などなかった。また悲劇の人生を歩み始めなければならない自分の運命を恨み、嘆いていた。

「どうやって乗り越えたのですか?」

「どうやって? それは……負けられない奴がいたからな。絶対に勝たなければならない相手が」

 苦しみが薄れたのは、いつからか。それは明らかだ。リサと出会ってからだ。

「ライバル、ですか?」

「う~ん、どうだろう? 最初はそうだったかもしれないけど、途中から何だか頼りなく思えてきて……」

 倒すべき相手は、いつしか守るべき相手に変わっていた。そういう関係になった時点で、レグルスもアリシアも気づいていなかったが、物語は向く先を少しずつ変えて行ったのだ。

「その人は、今は?」

「……死んだ」

「ごめんなさい!」

「気にするな。もう随分前のことだ」

 リサは死んだ。そうでなくてはならない。この秘密は絶対に守らなければならない。これが今のレグルスにとっての、一番の難問なのだ。

(……跡継ぎの座を死守するべきだったか……それでも全員を黙らせることは出来ないからな)

 秘密を知っているのは花街の極一部の人と、ブラックバーン家の人間。花街の人たちについては、レグルスは心配していない。問題はブラックバーン家だ。それもライラスに近い人間。後継者争いが自分の勝利で終わり、さらにアリシアがレグルスの婚約者でなくなれば、ライラスとその取り巻きたちは秘密を利用するなんてことを考えることもしなくなる。こうであって欲しいと思っているが、絶対にそうなるという保証はないのだ。

「あの、やっぱり、怒っています?」

「はっ? ああ、違う違う。ちょっと別のことを考えていた。ラクランは卒業したら、地元の領主に仕えるつもりか?」

「え、ええ。お世話になっていますから。なんとか恩返しをしないと……」

 貧しい領主がラクランの学費、生活費を、十分とは言えないまでも負担してくれている。それは将来、自領で働いてくれることを期待してのことだ。その期待を裏切るわけにはいかない。

「そうだよな。俺はどうするかな? 身軽になったけど、どうせなら、もっと自由に生きたいけどな」

「それは、ブラックバーン家を離れるということですか?」

「そう。残っても、小さな面倒くさい領地を押し付けられるだけだろうからな。同じ苦労するなら、自分で選んだ仕事で苦労したい」

 ブラックバーン家で自分がどういう立場に追いやられるかは、レグルスにも分かっている。ディアーンの家のように、税収が低い上に、反抗勢力との争いが絶えない領地を押し付けられるに決まっている。そうでなくてもブラックバーン家の為に働く気にはなれない。ブラックバーン家は、今も心の両親の敵なのだ。

「じゃあ、僕の……は無理ですね。二人も騎士を雇えるとは思えません」

 レグルスが一緒であれば心強いと思ったラクランだが、二人も騎士を雇う余裕は領主にはないはずだ。それも、元ブラックバーン家の公子であったレグルスが満足する給料など払えるはずがない。

「ラクランが仕える領地ね。ああ、そういうのも良いな。ずっと同じ主に仕えるのではなくて、必要な時だけ雇われる騎士。需要あるのかな?」

 つまり、「何でも屋」を騎士としてやるということ。レグルスにとっては魅力的な働き方だ。需要があればの話だが。

「僕の地元のように困っている場所はあると思います」

「そうだな……ああ、でもライバル会社がいるか」

 そういった困窮している小領主を救うのがアリシアの役目。レグルスはこう考えている。実際にアリシアが何をするのかは記憶にないが、彼女の話から、そういうことを求めているのだと分かったのだ。

「ライバルですか?」

「独占を許すことはないか。良い案だ。考えてみる」

 この先、自分が表舞台に立つことがなくなり、人生が長くなるのであれば、そんな仕事をしてみるのも良いとレグルスは思った。そんな未来になれば良いと。
 だが世界はそれを許さない。レグルスは、穏やかな人生を許されるような存在ではないのだ。

 

 

◆◆◆

 食事を終えて、食堂を出たレグルスとラクラン。日が落ちた街に人影はない。街灯がないこの街で、家に明かりを灯す財力のない人々は、この時間、レグルスたちがいた食堂のように明かりがある店にいるか、帰宅して早々と寝る準備に入っているかの、いずれかだ。まれに、夜の闇に紛れて仕事をする人もいるが。
 暗い道を家に向かって歩く二人。レグルスのほうは夜道は慣れたものだ。一寸先が闇、であっても移動できるように訓練もしている。今もそう。闇に目が慣れてしまえば歩くことに困ることはないが、周囲の状況を探りながら進んでいる。いつものことだ。その時に出来る鍛錬があれば、とにかく行う。そういう習慣が出来上がっているのだ。
 ただ、人気のない夜道では、まず何かを感知することはない。これまではそうだった。

「ん? これ……ラクラン! 伏せろ!」

 検知するはずのないものを検知した。完全に認識できるのを待つことなく、レグルスはラクランに警告を発する。叫ぶだけでなく、ラクランに体当たりをして、強引に押し倒した。
 それとほぼ同時に、ラクランは熱風を感じた。

「レグルス様!」

 炸裂音と闇を払う光。さらに熱風とくれば、ラクランにも何が起きたかは想像出来た。レグルスが、自分に覆いかぶさってきた理由も。

「熱っ……けど、平気。軽い火傷くらいかな? 背中見てもらっていいか?」

「はい」

 立ち上がって、レグルスの背中に回る。焼け焦げた服。その下に見える肌は、レグルスの言う通り、火傷を負っているようだ。ただ、火傷以外の傷はない。

「火傷だけみたいです」

「間一髪ってところか……どう考えても、魔道具だな。狙いは……普通に考えれば、俺か」

「どうして、レグルス様が?」

「ああ、守護家の公子なんてそんなものだ。誰とは言えないけど、他にも狙われた奴がいるのを知っている。でも、このタイミングでか……」

 自分の死を望むのは誰か。一番怪しいのはライラスだ。後継者の座を奪っただけで満足することなく、レグルスが復帰する可能性も消しにきた。十分にあり得る話だ。

「とりあえず……ラクランはここで待て」

「レグルス様は?」

「俺? 犯人っぽい奴を捕まえに行く」

「えっ?」

 そう言うと同時に、レグルスの姿がラクランの目の前から消えた。本当に消えたわけではない。上に跳び上がり、建物の突起を見事に捉えて、屋根の上に駆けあがって行ったのだ。

「……あんなことまで出来るようになるのか」

 ラクランには出来ない技。ただ永遠に出来ないわけではない。魔力をもっと制御できるようになり、体も鍛えれば、同じことが出来る。魔力を持つということは、そういうことだ。人間離れした動きが出来るようになるから貴重な存在とされるのだ。

「あそこか?」

 屋根の上に登ったレグルスは、犯人のものであろう気配を探っている。こちらの存在はすでに知られている。気配探知の魔法を発するのを躊躇う理由はない。
 二つ先の建物の屋根。レグルスのいる場所からは陰になっている場所に気配がある。それを確かめたところでレグルスはそこに向かう、ことなく短剣を投げた。
 目的の場所の上空を通過する短剣。それと同時に真っ赤な炎が空に立ち昇った。

「はい、おとり。そうなると、こっちか!?」

 真逆の方向に、ものすごい速さで移動するレグルス。また短剣を先に放つが反応は何もない。だから誰もいない、ということではない。
 何もないように見える屋根に剣を突き立てるレグルス。その直前に、屋根が揺らいだ。その揺らいだ屋根に向かって蹴りを放つレグルス。その彼の足に、布らしきものが絡まった。

「き、貴様」

「発見」

 その布の、屋根にしか見えなかった布の陰に潜んでいた男が、姿を現した。ぼさぼさの黒髪は両目にまでかかっていて、顔は良く見えない。
 布を振り払い、男との間合いを詰めようとしたレグルス。だが、それを真っ赤な炎が邪魔をする。

「ちっ」

 舌打ちをしながら、その炎を躱す為に横に跳ぶレグルス。足先を炎がかすめたが、ダメージはない。靴を少し焦がしたくらいのはずだ。それを確かめることなく、犯人を追うレグルス、だったが。

「消えた? 逃げ足、速いな。それともまだどこかに潜んでいるのか?」

 男の姿は消えていた。

「逃げているのか……馬、かな? 無理か」

 その男らしき気配が、かなりの速さで遠ざかっている。馬に乗っているのか、それだけの速さで走れる能力があるのかは分からない。分かるのは、今からではもう追いつけないということだ。

「何者だ? これ……魔道具だよな? 布製の魔道具なんて、初めて聞いた。もらっておこう」

 屋根の上に残っていた布。どうやって使うのか、今は分からないが、柄をその場と同じように変化させる魔道具に違いない。レグルスの知らない魔道具だ。
 
「……狙われるって面倒だな。自分がその立場になって、初めて分かった」

 今までは暗殺を防ぐ側。それも常に張り付いているわけではない。常に命を狙われているという状況を考えたのは、これが初めてだった。
 いつ、どこで襲撃されるか分からない。常にそれを警戒し続けなければならない。それはかなり厳しいことだとレグルスは思った。

「……時と場所の制限さえなければ、攻める側が圧倒的に有利ってことだな。勉強になる」

 それでも、易々と殺されるわけにはいかない。自分にはまだ見届けなければならないことがある。それを確認するまでは、自分の役目は終わらない。
 アリシアがあるべき立場に、ジークフリート第二王子の妃となるまでは。彼女が得るべき幸福を掴むまでは、レグルスは死ぬつもりはない。絶対に守ると心に、心の両親に誓ったのだ。

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