月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第100話 レールから外れた主人公

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 北方辺境伯の死が王都に伝えられた。この日が来ることは北方辺境伯が最後に王都を訪れた時から分かっていた。そうでなくても、王都にいるブラックバーン家の家臣たちは、亡くなった北方辺境伯との接点が少ない。悲しみの色は薄かった。
 唯一、亡くなった北方辺境伯に若い時から仕えていて、王都の家臣たちの指導係兼お目付け役として送り込まれていた者が深い悲しみに暮れているが、それはあくまでもその家臣個人としてのこと。王都のブラックバーン家の活動に影響は与えていない。これは喪に服すことで活動が停滞するということにはならなかったという意味で、動きは逆に活発化している。あらかじめ定められていた通りに動いているということだ。
 ベラトリックスが後を継ぐことは決まっており、それに反対する動きはない。北方辺境伯の死とベラトリックスへの爵位継承の承認伺いが、速やかに王国に届けられた。王国がそれに反対する理由はない。承認されるものとして、ベラトリックスの領地への帰還の準備も進められている。王国よりも、家臣たちの忠誠をベラトリックスに向けさせることのほうに懸念があるのだ。
 特別大きな問題があるというわけではない。代替わりとはそういうものだ。領政の中心にいる者たちを王都で使えていた者たちに入れ替え、分家がおかしな行動を取らないように押さえつけ、名実共にベラトリックスのブラックバーン家にしなければならないのだ。
 その動きはアリシアにも影響を与えることになった。彼女の知らない、そうなるはずのない展開が、驚くほどの早さで動いたのだ。
 始まりは、婚約をレグルスではなく弟のライラスとのものに変えられないかという、アリシアと彼女の実家とされているセリシール公爵家にとっては、ふざけた申し出だった。アリシアが養女であることを知るブラックバーン家にしてみれば、北方辺境伯家に嫁ぐことは変わらないのだから問題ないだろう、ということなのだが、それはあまりに事情を無視し過ぎている。
 数回しか会ったことのない、好意などまったくないライラスに嫁ぐなど、アリシアにはあり得ないこと。レグルスだから、結婚まで辿り着くことはないと思っていたが、婚約者でいられたのだ。レグルスが相手でなければ、ただ両親の敵の家に嫁ぐということになる。受け入れられるはずがない。
 受け入れられないのはセリシール公爵家も同じ。ただ理由は欲だ。領地にいてもある程度の情報は耳に入っている。アリシアと共に王都で暮らしている家臣が伝えてくれる。レグルスとの婚約が破棄になれば、ジークフリート第二王子に嫁がせることが出来るかもしれない。正妃であることへの拘りなど、セリシール公爵家にはない。正妃でなくても王家の恥とならない程度の体裁を整えられるように、王国から資金が回される。そのことをセリシール公爵家は知っているのだ。まして、兄よりも優秀だと評判のジークフリート第二王子が国王になれば。こんなことまで考えてしまうと、弟のライラスに嫁がせるなんてことは受け入れられない。
 実はこの判断は考えが浅い。セリシール公爵家は婚約相手の変更は、噂になっているエリザベス王女とのことが関係していると考えた。だがこれは間違いだ。婚約相手の変更は、ブラックバーン家の跡継ぎがレグルスからライラスに変わることを暗に示している。
 ブラックバーン家はアリシアの価値を認めている。レグルスへの評価が低すぎたおかげで持ち上げられていたライラスだが、それは相対評価であって、実態は凡庸な人物。その凡庸なライラスに、優秀な血を持つアリシアを嫁がせることは次の世代のブラックバーン家の為になると考えていたのだ。それを理解させられず、セリシール公爵家に拒否された王都の家臣の交渉力は、凡庸どころか無能と評されるべきものだ。正しくは王都の、ライラス派の家臣は、だが。
 結果、アリシアとレグルスの婚約は解消。そこまででブラックバーン家とセリシール公爵家の話し合いは終わってしまった。

「それで、ジークの好意に甘えることになったと……貴女って、結構図々しいのね? それとも野心的と言うべきなの?」

 アリシアから詳しい話を聞いたキャリナローズの口から、辛口の言葉が吐き出される。

「野心的だなんて……ただ住むところがなくて……」

 アリシアが住んでいたのはブラックバーン家が用意してくれた屋敷。婚約が解消されれば、そこに住み続けることは出来なくなる。別の場所を探そうにもセリシール公爵家には金がない、というほどでは実際にはないのだが、アリシアに無断でジークフリート第二王子に使者を送ってしまったのだ。セリシール公爵家のやり様は、野心的と言えなくもない。妃にしてくれと本人に直接訴えているのと同じようなものだ。

「どんな理由であろうとジークの援助を受けて屋敷に住まわせてもらっている。もう愛人ってことね?」

「またそういう酷い言い方」

「私は代弁しているの。周りは皆、そう思っているのよ」

 アリシアが話さなくても、この手の噂は広まるのが早い。大人たちの社交場は、このようなゴシップネタで常に盛り上がっているのだ。それが各家庭で子供たちにも伝わり、学院内でも広まっていく。今もっとも盛り上がる話題となっているのだ。

「……なんとなく感じています」

 周囲の視線を近頃、感じるようになっている。以前から注目を浴びることはあったが、最近の周りの視線はこれまでとは少し違った雰囲気なのだ。

「愛人なんてまだ優しい言葉よ? レグルスを踏み台にして、王妃の座を奪い取ろうとしている悪女らしいから。貴女は」

「えっ……」

 それでは悪役令嬢だ。主人公に転生したはずの自分が、いつの間にか悪役令嬢扱いされていることに、アリシアは驚いた。
 ただ驚くのはおかしい。こうなった時期や原因は違うが、ゲームストーリーと変わらない展開なのだから。

「まあ、今の話だと本当に悪いのはブラックバーン家だけど。ブラックバーン家は一体、何を考えているのかしら?」

「エリザベス王女との婚約話が進んでいるのではないですか?」

 アリシアは当事者であるのに、持っている情報が少ない。実家であるセリシール公爵家と同じような認識しか持っていないのだ。

「……婚約破棄も仕方ないわね?」

「どうしてですか?」

「ブラックバーン家は弟のライラスを跡継ぎに決めたの。こんなことも知らないで、レグルスの婚約者だなんて、恥ずかしくて言えないでしょ?」

「そんな……」

 レグルスの求めていた通りの結果。だがブラックバーン家が認めるはずがなかった。レグルスはブラックバーン家の力を背景に、この先、様々な悪事を働くはずなのだ。

「正直、二人のことは良い関係だと認めていたのだけど、いつの間にか破綻していたのね? 気付いていなかったわ」

 アリシアが知らないということは、レグルスも伝えていないということ。跡継ぎではなくなるということは、キャリナローズの考えでは、人生を変えてしまう一大事。そのような大事を伝えられない関係に、二人はなってしまっているのだと判断した。

「…………」

 レグルスとの距離が離れたことはアリシアも感じていた。だが、改めてキャリナローズに言われると、胸が痛くなる。アリシアの心はずっと揺れたままなのだ。
 婚約破棄はいずれそうなると分かっていたこと。そうでありながら、なんとなく遠い先の出来事のように、もっと言えば他人事のように思っていたこと。それが現実になってしまった。しかも本来とは異なる形で。自分が知る未来の知識は、恐らくもう役に立たない。先が見えない未来は、これまで分かっているつもりでいたことで尚更、不安なものになった。

「弟のライラスも、レグルス以上に驚くほどの成長を遂げたということなのかしら? 良くも悪くも普通の子という感じだったけど」

 キャリナローズにとっては、アリシアとの婚約破棄以上に、レグルスを後継者から外したことが理解出来ない判断。ブラックバーン家は奇才を嫌って凡人を後継者に選んだ。そういうことなのかと勝手に思っている。

「……レグルスに話を聞いてきます」

 頭の中がぐちゃぐちゃで、何が何だか分からない。頭と気持ちを整理する為に、レグルスにもっと詳しい話を聞かなければならない。アリシアはそう思った。

「どういう立場で?」

「えっ?」

 だが、キャリナローズの問いがアリシアの足を止めることになる。

「婚約者ではなくなった貴女は、もう特別な存在ではない。レグルスが貴方だけに特別、話をすることを期待するのは、少し傲慢だと思うわ」

「……私は別に」

「私は貴女のことが好き。でも今の貴女は違うみたい。もしかすると私は、レグルスに愛されている貴女が好きだったのかしら?」

「…………」

 それはつまり、キャリナローズはレグルスのことが好きということではないか。アリシアはそう考えてしまった。女性が好きというのは自分の、キャリナローズにとっても、勘違いだったと。
 実際はそういうことではない。キャリナローズは、レグルスに向けるアリシアの素顔が好きなのだ。レグルスを蔑ろにして距離を遠ざけ、仮面を被って他人と接しているアリシアばかりを見ているのが嫌なのだ。

「……レグルスに聞いてくるわ。話してくれればだけど」

 さらに自分をこの場に置き去りにして、レグルスのところに向かうキャリナローズの背中を見て、アリシアは間違った思いを強くすることになった。キャリナローズへ疑いの目を向けるようになった。
 この展開はゲームストーリーにとらわれたアリシアの失敗。ゲームストーリー通りになって欲しくないという思いがありながら、自分にとってハッピーエンドとなるゲームストーリーに依存してしまっていた。流れるままに任せてしまったのが間違いなのだ。
 アリシア自身はまだ、これに気付いていない。

 

 

◆◆◆

「……ち、近い」

「何がどうなっているのか説明してくれるかしら?」

  レグルスが話をしてくれれば、なんて遠慮はキャリナローズにはない。問答無用にレグルスに近づき、腕を取って廊下に連れ出してしまう。睨むような顔でレグルスに説明を迫るキャリナローズだが、その表情さえ見えなければ、恋人同士が寄り添っているみたいだ。

「説明って何のことですか?」

「はい、惚けた。婚約解消と貴方のことに決めっているわよね?」

 レグルスが敬語を使ってくる時は建前で話す時。素になると言葉遣いが乱暴になる、が正確だが、こういったレグルスの切り替えは、キャリナローズには分かっている。

「説明と言われても……そうなった。以上、終わり」

「どういった経緯でそうなったかを聞いているの」

「経緯……後継者を誰にするかは前から決まっていたということだろ? 勝手な想像だけど、爺だけが違う考えだったってことじゃないか?」

 祖父の死と同時に、父親が当主となった途端に、後継者はライラスに定まった。それはつまり、祖父だけが自分を後継者にと考えていたということではないかとレグルスは考えている。

「爺なんて呼ぶの?」

「そこ? 敬語が嫌そうだから、普段の呼び方使ったのだろ?」

「そうだけど……後継者の決定が先ってこと?」

「俺が調べた限りはそう。それでライラスにべったりの奴が婚約相手の変更をセリシール家に申し出た。理由は良く分からない。あいつ見た目だけは良いから、一目ぼれでもしていたのかな?」

 キャリナローズに詳細な説明を求められても、レグルス自身も全てを把握していない。自分のいないところで進められた話で、決まったあとも何も聞いていないのだ。知っているのは、エモンに調べさせて分かった内容だけだ。

「婚約相手の変更って……そういうの有りなの?」

「知らない。無しだからセリシール家は断ったのだろ? それで婚約破棄」

「それで良いの?」

「良い。こうなることは分かっていた。分かっていたことが分かっていた通りの結果になっただけだからな」

 アリシアはジークフリート第二王子と結ばれる。ブラックバーン家の跡継ぎの座については、分かっていたというより、レグルス自身がそうしたかったこと。思っていた通りになっただけだ。

「……婚約相手はいなくなり、跡継ぎでもなくなったのよ?」

「まったく問題ない」

 なるべき形になっただけ。問題はない。形としては。

「そう……じゃあ、婿入りしない?」

「はっ?」

「ブラックバーン家である必要は、もうないわよね? だったら、ホワイトロック家に来ない?」

 まさかの誘い。これはレグルスも、まったく予想外の展開だ。キャリナローズは何故、このようなとんでもないことを言い出したのか。

「それで”出来損ない”に代わって”種無し”と言われて、肩身の狭い思いをしろと?」

「種無し?」

「知らないですか? 子供を作るには、男性のあそこから出る液体が女性の、痛っ!!」

 首元まで真っ赤に染めたキャリナローズに思いっきり脛を蹴られて、レグルスは話を続けられなくなった。

「痛いな。キャリナローズさんが先に変なことを言いだしたからだろ?」

「……なんか、大丈夫そうね?」

 もっと落ち込んでいる思っていた。アリシアとのことは勿論だが、跡継ぎから外されたことは、キャリナローズの価値観では、もっと大変なことなのだ。跡継ぎかそうでないかでは待遇が全然違う。弟のライラスが当主となった後は、さらにひどくなるはずだ。弟のライラスにとってレグルスは、自分の座を脅かす存在なのだから。
 こういった兄弟の確執は、同じ守護家出身であるキャリナローズも良く知っている。

「もしかして心配して会いに来てくれたのですか?」

「それは……貴方は、一応……友人だから……」

 先ほどとは異なる理由で、キャリナローズの頬が赤く染まる。恥ずかしそうに目を泳がせるキャリナローズ。普段は見られない仕草。そういう点でレグルスは彼女にとって特別な存在だ。友人と自分から言うことがそもそもそうなのだ。

「あっ、ツンデレだ。婿入りは無理だな。一緒にいると俺はきっとキャリナローズさんを好きになる。報われない思いを抱いたまま、夫でいるって地獄にしか思えない。ちなみにベッドは同じ?」

「……同じよ。ただし、両手両足は拘束させてもらうわ」

「それ本当に拷問だから。ああ……それだと、キャリナローズさんには悪いけど、フランセスさんの夫のほうが良いかな?」

「えっ!? 彼女も!?」

 フランセスまで自分と同じことをレグルスに告げていた。これはまったくの予想外だ。キャリナローズは自分でも常識外れのことをしていると思っていたのだ。

「そういう選択肢もあるくらいの言い方だけど。あっ、言っておくけど、実際にはないから」

「そうなの? 彼女とは、それなりの関係なのでしょ?」

 跡継ぎではなくなったレグルスであればフランセスとの結婚も可能性はある。フランセスもこう考えて、話をしたのだろうとキャリナローズは思っている。

「キャリナローズさんより二センチ近いくらい」

「何、それ?」

「唇の距離。こういうことは本来、人に話すべきではないと思うけど、キャリナローズさん、勝手にそれ以上だと決めつけているから」

 フランセスとの関係を、キャリナローズだけでなく周囲の人々も皆、実際よりも深いものだと決めつけている。ここで否定しておくのも良いかと、レグルスは思ったのだ。

「そう……そうなのね」

「どうする? 残り二センチを近づけてみる?」

「ここで?」

「そう」

 二人がいるのは学院の廊下。大勢の人がいる、というほどではないが、恋人のように寄り添う二人に、さりげなく視線を向けている人は何人かいる。

「……そして学院は新たなゴシップで盛り上がり、お互い様ということでアリシアへの悪評は薄れる?」

「さすがキャリナローズさん。頭の回転が速い」

「う~ん……今は止めておくわ。彼女は少し反省するべきよ」

「残念。キスするのに良い口実だと思ったのに」

 笑顔で視線を交す二人。これはもうまったく恋人同士にしか見えない。結果、「やはり二人は」という噂が学院に広まることになる。ただその効果はレグルスが期待したほどではない。男子学院生の、モテるレグルスへの嫉妬心が強まっただけだった。

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