王立中央学院から剣術対抗戦に出場できるのは二学年、三学年それぞれ二チームずつとなっている。その出場チームのメンバーを選ぶための選抜試験の結果、アリシアとジークフリート第二王子、タイラー、キャリナローズ、クレイグの五人は参加選手として選ばれた。学院側が特別な配慮をする必要もなく、実力で上位にいる五人なのだ。当然の結果だ。
その五人でAチーム、一つのチームを作ることになった。中央学院としては、絶対に地方の姉妹校に負けるわけにはいかない。二学年だけでなく三学年でも、片方のチームに強者を偏らせて、最強チームが組まれることになったのだ。
選抜されたメンバーは、予定通り、対抗戦に向けて合同訓練を行っている。アリシアたちにとっては、普段の授業とほとんど変わらない状況ではある。
「騎士養成学校の生徒たちは、どれくらいの実力なのですか?」
アリシアには騎士養成学校についての知識がない。対戦相手がどれくらいの実力なのか、気になった。
「弱くはない。俺に分かるのはこれくらいだ」
だが質問した相手、タイラーもまたアリシアと変わらない知識しかない。六歳からずっと王都で暮らしているタイラーに、いくら領地内にあるといっても、南部騎士養成学校の情報はないのだ。
「学校がどうかというより、その時にどんな学生がいるかだろうからね?」
それはクレイグも同じ。西部騎士養成学校のことなど、何も知らないに等しかった。
「噂は流れてこないのですか? どこに強い学生がいる、というような噂」
優秀な学生がいれば、その噂は王都まで届いても良いはずだとアリシアは思う。能力の高い特選騎士には、戦場の勝敗を決する力がある。ゲームの知識だが、そうであるはず。そういう人物の情報を王国が求めないはずがないとアリシアは思うのだ。
「領地では把握していると思う。優秀な学生は、あれだからな」
「あれだから?」
「辺境伯家が抱え込むってことさ。自家の騎士に出来る可能性が高ければ、その情報は広めたくない。これが、噂が王都まで届かない理由」
タイラーがぼかしたことを、ジークフリート第二王子が説明してくれた。王国にとっては、問題視しなければならない内容なのだ。
「必ずしもそれが理由の全てではない。それに地方の騎士養成学校に入学する者は、王都まで来られない理由があるからそうするのだ。我がディクソン家など、学校がある場所の辺境伯家に仕えるのは本人の希望に沿ったことだ」
そのジークフリート第二王子の説明をタイラーが否定する。他の地方貴族家に文句を言われるのであれば、まだ受け入れられるが、王家には言われたくないのだ。逆に王家は中央学院の優秀な学院生を抱え込もうとするのだから。
「そういう話ではなくて、対戦相手の話を聞きたいのです。実際に戦ってみなければ分からないということですか?」
仲良くなった、といってもそれはアリシアが望むほどではない。このような立場、意見の対立は、アリシアにとっては残念なことに、常に起きてしまう。
「建前ではそういうことになっている。王都から偵察を送り込むわけにはいかないからね?」
「建前でなければ?」
わざわざジークフリートが「建前は」なんて言うからには、そうではない事実もあるということ。
「騎士養成学校側は調べているかもしれない。王都にいる者に情報を集めさせておいて、到着してからそれを聞けば良いのだからね」
騎士養成学校側はわざわざ偵察を送り込む必要などなく、それを指示する書簡を送るだけで済む。調査されている可能性はある。あくまでも可能性であって、実際にそうしているかはジークフリートも分かっていないが。
「こちらが不利、なんて言い訳にしかならないですね? 勝つために最大限の努力をするしかない」
「そうだよ。初めて会った相手だから勝てなかったなんて、戦場では言い訳にもならないからね」
「そうね」
情報不足など関係なく、勝利しなければならない。それが出来るだけの実力を持つ五人なのだ。
「同世代に負けるつもりは一切ない。最強であることを証明するのだ」
タイラーは最初から情報など当てにしていない。相手が誰であろうと勝つ。それだけだ。
「それはどうかしら?」
だがキャリナローズは、タイラーの言葉に否定的な問いを返した。
「俺が負けると思っているのか?」
「いいえ。そういうことではないわ。私は対抗戦での勝利と最強であることの証明が同じか、疑問に思っただけよ」
「強者が参加していない可能性か……確かに、それを否定することは出来ないな」
キャリナローズの説明にタイラーは納得した。タイラーだからこその納得だ。これがクレイグ、そしてジークフリートであれば、完全に否定することはないとしても、素直に受け入れないかもしれない。彼ら二人は中央学院における選抜でも、その可能性があることなど、まったく考えていないのだから。
少し離れた場所で男子学院生と立ち合いを行っているレグルス。彼の本当の実力を疑っているタイラーだからこそ、キャリナローズが何を言いたいか分かったのだ。
「あの彼……」
二人と視線を合わせたアリシアが、呟きを漏らす。
「知っているのか?」
タイラーは、レグルスが立ち合いを行っている相手が誰だが分かっていない。オーウェンとジュードの二人ではないことを分かっているだけだ。
「一年の時は同じグループだった人。グループを変わっていたのですね?」
アリシアも顔を知っている程度だ。同じグループからいなくなっていたことに、今まで気づいていなかった。
「魔力の判定値が高いだけの彼ね。下位グループに行ったのは正解じゃない? レグルスが相手をしているっていうのは、良く分からないけど」
キャリナローズは彼の能力についても少し知っていた。アリシアの能力を調べた時に同時に知った情報だ。
「魔力ですか……ずっと一緒に鍛錬を続けられたら、きっと強くなりますね?」
「それはレグルスの指導が優れているということか?」
「鍛える方法を良く知っていますから。問題は彼がそれに付いて行けるかです」
レグルスの指導力についてもアリシアはそれなりに評価している。レグルスに教わっていたリキたちが、どれほど強くなったかは知らないままだが、まったく未経験の雇われ農家の子供たちを一から指導していた様子は見ていたのだ。
アリシアが指導力以上に評価しているのは、レグルスが自身で行っていた鍛錬の方法。それもまた無の状態から自分を鍛える為のもの。その厳しさはかなりのものだが、続けられれば間違いなく強くなるはずだと思っている。
「従士二人は付いて行けているのか?」
アリシアの話を聞いて、タイラーは初めてオーウェンとジュードを意識した。ずっとレグルスと行動を共にしている二人の実力が気になった。
「……恐らくは」
「そうか……まずは中央学院内で大会を開くべきだったのかもな?」
「一人加わったばかりで、それでもまだ一人足りないわよ?」
タイラーが求めているのはレグルスのチームとの対戦。キャリナローズにはそれが分かった。だが、レグルスはまだ五人のチームを編成出来る状態にない。キャリナローズにとってはどうでも良いことだが、そうだ。
「……アリシアが加われば五人だ。ブラックバーン家の公子であるレグルスとその従士二人がいるチーム。そこにアリシアがいてもおかしくないはずだ」
「婚約者のままなら……あっ、ごめんなさい。近頃は冗談にならないわね?」
ジト目でアリシアが睨んでいる。一応は、まだその程度の反応で済む状況ということだ。花祭りの帰りに行われた国王と北方辺境伯の話は、表に出るような具体的な話に進展していない。国王がそれを望まないのだ。
「……付いて行けないかもな」
「えっ? あら?」
レグルスと立ち合いを行っていた男子学院生、ラクランが倒れている。何があったかは分からないが、最後まで鍛錬を続けられそうにないのは間違い様子だ。
実際、そのままラクランは訓練場から運び出されていった。
◆◆◆
「不思議だ。栄養が足りなくても体は縮まらないのだな」
普段は使うことのないブラックバーン家の馬車の中で、レグルスは軽い嫌味を口にしている。相手はラクランだ。授業中に倒れたラクランを家まで送る為に、使いたくない馬車を使う羽目になったのが少し不満なのだ。
「すみません」
「しかし、何をどうしたら栄養失調っていうのになる? 昼飯、食べていないのか?」
手を抜いた状態での鍛錬で倒れるはずがない。ラクランが倒れたのは鍛錬が厳しかったからではなく、栄養失調が原因だった。それはそれでレグルスには驚きだったが。
「食べています。でも、何度もおかわりすると嫌な顔をされるので」
「足りないってこと? いや、食べ過ぎも良くないはずだけどな?」
レグルスも昔は、ラクランよりも遥かに太っていた。暴飲暴食の上、さらに運動不足であったことが原因だ。当時のレグルスは太った理由など考えることもしなかったが。
「……お昼しか食べていませんので」
「痩せる為? 運動で痩せないと体を壊すから。俺はそういうの良く知っている」
レグルスも何度目かの人生で、食事制限でのダイエットを試みている。だが贅肉よりも先に筋肉がやせ衰えてしまい、鍛錬で怪我を繰り返すことになり、間違った方法だと判断した。
「いえ……その……」
「何? 他に理由があるのか? はっきり言わないと分からない」
「……お金がなくて」
ラクランが栄養失調になったのは貧乏だから。学院の食堂で、ただで食べられる昼食以外の食事を取っていないのだ。
「ええ……飯も食えないほどなのか。お前、大変だな」
「それでも学院の費用と家賃は出してもらえていますので」
「親が無理しているってこと?」
「いえ……お金を出してくれたのは、亡くなった父が仕えていた領主様で。ただ、領主様もそれほど余裕があるわけではありませんので」
ラクランの父が仕えていた相手は小貴族。小さな領地しか与えられていない貴族とは名ばかりの貧乏小領主なのだ。そういった事情は、詳しく聞かなくてもレグルスには分かる。軍事だけでなく、そういった貴族社会についての勉強も、一応は、行っているのだ。
「それで騎士を抱えていた? お前の父親には悪いけど、そもそもそれに無理がないか?」
「治安が悪い土地で。父も、野盗退治で命を落としました」
「そういう場所を小領主に任せっきり……今はこういう話は良いか。それで住んでいる場所は? この先、馬車入れなくなるけど?」
王国批判のような話をする相手ではない。そもそもそういう話をレグルスは好まない。自分に何か出来るのであればまだしも、何も出来ない身で批判だけするのは間違いだと思っているのだ。
「ありがとうございます。ここで良いです。あとは歩いて行きます」
「すぐ近く?」
「ま、まあ」
明らかな嘘。気が小さくて、嘘も上手につけないのだ。
「……じゃあ、俺も途中まで付き合う」
「いや、あまり、治安が良い場所ではありませんので」
贅沢な場所に住めるほどの支援はされていない。支援額が決まっているので、それで衣食住をなんとかしようと思えば、まず住宅費を削ることを考える。ラクランはそうしたのだ。
「ああ、平気。この辺りはまあまあ良く知っているから」
「えっ?」
「良いから行くぞ。この馬車を使っているのを、あまり人に見られたくない」
家賃が安くて、その分、治安が良くない場所。それはレグルスが良く知る区域。マラカイたちと一緒に暮らしていた家に近い場所なのだ。レグルスにとっては歩き慣れた、治安もほとんど気にする必要のない場所だ。
「おや、アオ? 久しぶりだね?」
それをラクランもすぐに知ることになった。
「ああ、久しぶり。元気だった?」
「元気だよ。お前はどう? どこか遠くに行っていたのかい?」
「この通りを歩くのが久しぶりってだけ。最近は西側の通りを使うことが多かったから」
「何でも屋」の店舗が移動したことで使う道も変わった。以前、郊外で鍛錬していた時から使っていたこの道は、王都の中央北寄りになった店舗からだと遠回りになってしまうのだ。
「そうだったのかい。元気そうで良かったよ。また顔を見せておくれ」
「ああ、婆さんも元気で」
このようなやり取りが何度か、相手を代えて繰り返される。ここで暮らしているラクランよりも、遥かに顔見知りが多いのだ。
「……えっと」
北方辺境伯家、ブラックバーン家の公子であるレグルスが何故。これはラクランでなくても湧き上がる疑問だ。
「俺、このもっと奥のほうで住んでいるから。といっても、最近は帰らないことが増えたな」
「もっと奥……住んでいる、ですか?」
そこはラクランが借りている部屋がある区域より、さらに治安が悪いはずの場所。レグルスから説明されても、にわかには信じられない。
「もしかして行ったことない? じゃあ、飯ってどこで食べている? 王都に来てから一度も昼飯以外は食べていないってこと?」
レグルスが暮らしていた辺りには、驚くほど安く食事が出来る店がある。その店に通う金もないのだとレグルスは勝手に思って、ラクランへの同情心が強くなったのだ。
「いえ、最初の頃は夕食も食べていました。その頃に通っていたのは、もっと表通りに近いお店です。その、ぼったくりとかあると聞いていたので、安全なお店にしたくて」
「ああ、そういうことね。じゃあ、良い店教えてやろうか? ぼったくられる心配は……なくはないか。でも、俺の知り合いだと分かれば大丈夫なはずだ。万一やられたら俺が取り返してやる」
「……レグルス様の馴染みのお店ってことですか?」
それは本当に安いのか、とラクランは思ってしまう。ブラックバーン家の公子の行きつけの店。普通は超がつく高級店を思い浮かべてしまう。
「そういえば、食堂も最近は行っていないな。店変わっていないだろうな? まあ、行ってみれば分かるか。行くぞ」
「は、はい」
さらにレグルスの地元、と言える場所に踏み込むことになったラクラン。この日からそう日を経ることなく、ラクランにとっても地元になる場所だ。
より安い家賃、これ以上ないだろうというほど低価格な食堂。そしてレグルス、というよりアオの知り合いだと認識されたラクランに対する人々の親近感が、治安への不安を薄れさせた。ラクランが、暮らす場所として選ばない理由はなかった。