月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第93話 誰が敵で誰が味方か

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 教室の隅のほうで男子学生二人が話をしている。聞き耳を立てるまでもなく、聞こえてくる会話。話している二人に内緒話をしているつもりはない。周りが興味を引く内容でもない、男子学院生の中にはそうでない者も何人かいるかもしれないが、と考えているのだ。だが、それは間違い。間違っても別に二人が困るわけではないので、どうでも良いことだ。

「この間、花街に行ってきた」

「花街って、あの花街のことかい?」

「そう、あの花街。といってもあれだからな。遊びは遊びでも、家族で祭りを楽しんだだけだ」

 二人が始めたのは花祭りについての会話。片方が家族で花祭りに行っていたのだ。

「家族で祭り? それは、あの花街ではない花街ってこと?」

 花街は家族で行けるような場所ではない。花街で祭りが行われるなんて話も、聞かされている側の男子学院生は知らないのだ。

「いや、あの花街。特別に祭りが開催されたらしい。父上がせっかくなので見物がてら、皆で行ってみないかと言い出して、行くことになった」

「……君の父親は勇気があるね?」

 家族というからには息子である男子学院生だけでなく、母親も一緒。女性遊びの場に妻を連れて行く友人の父親は勇気がある人だと思った。

「勇気があるのではなくて、安心させる為じゃないかな? 別の楽しみ方があるということを、自分はそういう楽しみの為に花街に通っているのだと教えたかったみたいだ」

「それは……言い訳だね?」

「私もそう思ったけど、母上たちは結構、楽しんでいた。この食事を楽しめるなら、また来たいと言って、父上を困らせていたな」

 母親は嫌味のつもりで、それを言った可能性もある。だが、そこまで男子学院生は深く考えていないのだ。

「そんなに美味しいのかい?」

「庶民向けにされていたけど、味は確かに美味しかった。母上が食事目当てでまた来たいという気持ちは分かる」

 男子学院生も花街の食事の美味しさに驚いたのだ。だから、母親の言葉をそのまま受け取ったということもある。

「そんなにか……私も行きたかったな。次はいつなのだろう?」

「どうだろう? 今回は北方辺境伯家が主催者となって、ほとんどの費用を負担したからこそ、開催出来たらしいからな」

「北方辺境伯家が主催? どうして、そんなことになったのかな?」

 花街の祭りに北方辺境伯家が関わっていると聞いて、驚いている男子学院生。これには話題が花街だと知って聞き耳を立てていたアリシアも驚きだ。男子学院生の話を聞いて祭りに行けなかったことを悔やんでいたが、主催が北方辺境伯家となると少し話が違ってくる。自分の耳にその話が届かなかったことを疑問に思ってしまう。

「さあ、その辺りの事情は良く分からない。本人に聞けば分かるかもしれないけど?」

「聞けるわけないよね?」

「北方辺境伯本人ではなくて、レグルス様。当日、花街で見かけた。普段とは雰囲気がかなり違っていたけど、間違いないと思う。向こうもこちらに気付いた様子で、軽く手をあげてくれたからな」

 男子学院生はレグルスを見かけていた。厳つい護衛たちがすぐ側にいれば、どうしても目立ってしまう。レグルスの場合は、そうでなくても目立つだろうが。

「……そこまで興味はない」

「それ、話しかけるのを怖がっているだけだろ? あれで案外、話をすると普通だから。普通という表現はおかしいか。気さくな人だから」

「君、話をしたことがあるの?」

 レグルスは他の学院生に恐れられている。特に貴族家の学院生はその傾向が強い。入学前の事件が主な原因で、その状況は二年生になっても、それほど変わっていないのだ。

「あるから言っている」

「どういうきっかけで話をすることになるのかな?」

 レグルスのことは恐れている。だが、北方辺境伯の公子であるレグルスと繋がりを持ちたいという考えもあるのだ。

「私の父上は花街だけでなく芸術にも夢中だから。それを知っていて、絵を学ぶのに良い画家を知らないか尋ねられたのが、きっかけ」

「レグルス様が絵を?」

 これもまた男子学院生にとっては意外な一面。ただこれは早とちりだ。レグルスに絵を学ぶ時間の余裕はない。

「いや、あの平民の女の子だ。彼女の師になれるような画家はいないかってことのようだった」

「ああ……それをわざわざ君に? 北方辺境伯家だって伝手はあるだろうに」

「自家を動かすと大事になりかねないということらしい。打診が届いた時点で、大喜びになる相手がいる。嫌がっている相手も、北方辺境伯家の依頼となれば断れないだろ?」

 エリカへの支援はあくまでも個人として出来る範囲。そうレグルスは決めている。北方辺境伯家が後ろ盾についた、なんて思われるのはエリカの為にならないと考えているのだ。

「……そういう気を使える人なのか……あっ、いや、当然そういう人だね」

「多分、お前のことも、お前の家のことも知っている。そういう人なのだと俺は思った。話したいなら自分から話しかけてみろ」

「私のことを…………考えてみる」

 北方辺境伯家、ブラックバーン家から見れば、取るに足らない家。そのブラックバーン家の公子であるレグルスにとって自分は眼中にもない存在。そうであると思っていた。大貴族なんてそんなものだと。
 友人の言葉を百パーセント信じきることは、すぐには出来ない。だが、機会があればという思いは心に湧いた。そう思うことが出来た。

「良かったわね? 特別な存在であることに変わりはないみたいよ?」

「どういう意味ですか?」

 男子学院生二人の会話から、どうしてこういう話になるのか。アリシアはキャリナローズの思考が理解出来ない。

「レグルスに気を使ってもらえない唯一の存在」

「……キャリナローズさん、近頃、意地悪ですね?」

「事実を述べただけよ。誘ってもらえなかったのでしょ?」

 アリシアは花街の祭りに行けていない。言葉で聞かなくても、彼女の落ち込みようでキャリナローズには、それが分かった。

「そうですけど……花街ですし……」

 花街に婚約者を連れて行くというのはどうなのか。レグルスとアリシアにはまったく当て嵌まらない一般論なのだが、それを誘ってもらえない理由であるかのようにアリシアは話す。素直に認めるのが嫌だったのだ。
 キャリナローズがレグルスとの関係を深めてから、というのはアリシアの誤解だが、二人の関係は少しギクシャクしていた。

「彼のお父様は奥様を連れて行ったみたいだけどね」

 花祭りについて話していた男子学生の家は、家族で出かけている。アリシアの言い訳は通用しない。

「……やっぱり、意地悪ですね」

「実際のところは本人に聞くのが一番でしょうけど。聞いてみれば?」

「あっ……」

 教室の入口にレグルスの姿があった。キャリナローズにそれを教えられて、視線を向けたアリシアに軽く手を挙げて挨拶してきたレグルス。それを見たアリシアは、キャリナローズに言われた通り、話を聞いてみようと席を立つ。
 だが、そのアリシアよりも先にレグルスに近づく女子学院生がいた。サマンサアンだ。教室の入口で二言三言、言葉を交した二人は、そのままどこかに行ってしまった。

「…………」

 それを呆然と見送るアリシア。

「……あ、あれね。彼、相変わらず、あれな感じね」

 その姿を見てフォロー、になっているとは思えないが、の言葉を口したキャリナローズも無視。立ち尽くしたまま動かなくなっている。
 いつの間にか自分との距離が離れ、サマンサアンとの距離が近づいている。その事実にアリシアはひどく動揺している。それが意味することを考え、この先に待つ王国の混乱を、そして、レグルスの死を思って、平常心ではいられなくなったのだ。

 

 

◆◆◆

 レグルスとサマンサアンの関係は深まっていない。二人で話をする機会は増えているが、それだけ。お互いに相手の腹を探っているような状況だ。
 サマンサアンのほうから近づいてきたのは、絶対に何らかの目的があるから。だがその目的が中々はっきりしない。話の内容は中身のない世間話とジークフリート第二王子についての愚痴めいた話ばかりで、サマンサアンのほうから何もそれらしい話を切り出してこないのだ。
 今日もそんな感じで二人の時間は終わる。そう思った矢先だった。

「やあ、久しぶりだね? いつ以来かな?」

 二人の会話に割り込んできた人物が現れた。

「えっと……いつでしょう?」

 その人物が何者かレグルスには分からない。相手の言葉から昔馴染みであることは分かる。だが、まったく記憶にないのだ。分かるのは、記憶がないことから、十歳になる前に会ったことがある人ということ。何の役にも立たない。

「確か、アンの九歳の誕生日ではなかったかな?」

「ああ、そんな前になりますか。お久しぶりです。ジョーディー殿」

 小さな賭け。見た目から予想する年齢とサマンサアンを愛称で呼ぶことからレグルスは。その人物をサマンサアンの兄だと考えた。

「……アンから少し話は聞いていたけど、本当に雰囲気変わったね?」

 結果は正解。ただ相手のほうは戸惑っている。

「久しぶりに会った人は、ほぼ全員がそう言います。一応、大人になったということだと受け取っているのですけど」

 レグルスにとっては慣れた反応だ。答えも用意してある。

「確かに九歳のままでいるはずがないか。それだけの年月が経っているということだね?」

「それで今日は?」

 何故、サマンサアンの兄がここに来たのか。彼女からはその予定は聞いていなかった。

「この後、ちょっと二人で出かける用事があってね。迎えに来たのだけど、少し早く着き過ぎたみたいだ」

「そうでしたか……座ります?」

 ジョーディーの話をそのまま受け取るレグルスではない。次の予定があるのであれば、それを伝えるのが普通。だが、サマンサアンはそれもレグルスに言っていないのだ。

「ああ……折角だから少し話そうか」

 レグルスの問いに、少し考える間を空けて、答えたジョーディー。空いている、サマンサアンの隣の席に座った。

「学院生活はどうかな?」

「入学する前に思っていたよりは、かなり良い感じです。少しずつですけど、鍛えられている実感が得られています」

「そう……周囲の人たちとは上手くやっている?」

 ジョーディーの話もありがちな世間話。レグルスが、ある意味では、期待していたものとは違っている。

「その”周囲の人”が同じクラスの人たちを指しているのであれば、普通です」

「そうか。アンとはクラスが違ったのだったね? でもその言い方で少し分かった。幼馴染たちとは相変わらずかな?」

「……仲が良いと言える関係ではないです。だからといって喧嘩するわけでもない。そんな距離が私としては良い感じです」

 これは本音。用がない限り、他の守護家の公子たちとは接する機会はない。あえて言えば、キャリナローズは用もないのに近づいてくる時があるが、それも面倒と思うほどではない。一定の距離を保てていることはレグルスにとって良いことだ。

「……ジークフリート王子とは?」

「話をすることは、ほとんどないです。意味なく突っかかってくることはありますけど、顔を会わせなければ良いだけですので」

「そういう気持ちだと、こちらは困ってしまうのだけどね?」

「何がですか?」

 話はどうやらジークフリート第二王子について。恐らくはサマンサアンとジークフリート第二王子との関係についてだとレグルスは考えた。可能性としては一番高い話題だ。

「君と君の婚約者が絡んで面倒なことになっている。さらに、これは大きな声では言えないけど、エリザベス王女まで。兄として、ミッテシュテンゲル侯爵家の公子としても望ましくない状況だ」

「ああ、その話ですか。正直、私にそれを言われても困ります。私は当事者かもしれませんが、何の決定権も持っていません」

「それは分かっているよ。ただ、こうして会ってしまうと言わずにはいられなくてね。今の状況を解消する良い方法はないかな?」

 サマンサアンの兄として、ミッテシュテンゲル侯爵家の政略として考えても、現状を問題視するのは当然のこと。レグルスもジョーディーの気持ちは理解出来なくはない。ただ、あくまでも理解出来るのは気持ちだけだ。

「良い方法ですか……間違いないのは、私の婚約者を亡き者にしようという策は悪手だということです」

「それは人の道に外れた行いだ。私にも悪手であることは分かるよ」

 レグルスの言葉に、特に動揺した様子もなく、答えるジョーディー。それが却ってレグルスには怪しく感じられる。最初から疑ってかかっているからそう思ってしまう可能性は、レグルス自身も認識している。結局、どういう反応であっても疑う気持ちは消えないのだ。

「そもそも、サマンサアンさんの前でこの言葉を口にするのは躊躇いますが、婚約解消の可能性はあるのですか? 何の理由もなく、そんな決定は出来ないはずです」

 はたしてこういう話の方向で良いのか。口に出しながらもレグルスは悩んでいる。アリシアに危害を加えようとする行為は止めたい。だが、それが万一、上手く行った時、ジークフリート第二王子の結婚相手は誰になるのか。レグルスが自分で言った通り、サマンサアンに、もしくはミッテシュテンゲル侯爵家に何の問題もない状況で、婚約破棄など出来るはずがないのだ。

「君の言う通りなのだけど……そうだね。少し私は焦り過ぎているのかもしれないね?」

「いえ、サマンサアンさんを心配する気持ちは分かります。もし、この先、あり得ない問題が起こるとすれば、その時は私も出来るだけ、皆にとって良い結果になるような何かが出来ればと思っています。出来ることがあるかは分かりませんが」

「……今はその気持ちだけで十分だよ。ありがとう」

「いえ。御礼を言われるようなことは、まだ何もしていませんから」

 これでレグルスとジョーディーの会話は終わりとなった。これが二人の、記憶を失っているレグルスにとってはだが、初めての出会い。この先、陰に陽に敵として向き合う二人の出会いは、特別なことは何もないままに終わることになった。

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