月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第77話 慈善活動のお手伝いもしています

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 魔法の実技授業の時間。魔法防御が施された訓練施設のあちこちから詠唱の声が聞こえてくる。並べられた的に向かって飛ぶ火の玉。それは目標にダメージを与えることなく霧散する。的は防御魔法が込められた魔道具なのだ。
 腕に自信がある学生たちは、向かい合って攻撃魔法を打ち合っている。ただ、防御魔法の展開が間に合わなかった場合に備えて、身に着けている防具もまた魔道が施されたものだ。魔道具が施された防具は貴重ではあるが、それがあれば攻撃魔法は防げる。より攻撃力の強い高度な魔法となると別だが、通常の攻撃魔法の威力は、防御魔道で相殺できるくらいのものだということだ。
 魔法を使えない、貴重な魔道防具を与えてもらえない一般兵相手には圧倒的な力となる攻撃魔法も、特選騎士相手となるとそれほど有効な攻撃手段とはならない。結果、特選騎士同士の戦いで、いかに優勢になれるかが大事になり、騎士個人の能力が重要視されることになるのだ。
 それが分かっているから、というわけではないのだが、レグルスたちは授業中、攻撃魔法の訓練をまったく行っていない。見ている人には、剣術の実技授業と変わらない鍛錬を行っているようにしか見えない。

「……そんな熱い視線を送って。まさか、レグルスに恋でもしたの?」

 そんなレグルスたちの様子をじっと見つめていたタイラーに、キャリナローズが声をかけてきた。

「はっ? 馬鹿なことを言うな」

「恋は冗談だけど、熱心に見つめていたのは事実よね? どうしたの? 何かあったのかしら?」

 タイラーが、自分と同じかそれ以上に、レグルスのことを気にしていることをキャリナローズは知っている。だが、今のタイラーの様子は「恋している」と揶揄えるくらいの熱心さだったのだ。

「……何かはあった。ただ、何があったかは話せない。俺個人だけの問題ではないからな」

 命を狙われたことについて、タイラーは他家の人間に話すつもりはない。その件にレグルスが関わったことも、そのことをレグルス本人に尋ねるような真似はしないように父親から言われたことも。

「恋愛問題ではなさそうね?」

「ああ、それは認める。だがここまでだ。これ以上のことを話すつもりはない」

「残念。じゃあ、話は良いわ。鍛錬の相手をしてもらえるかしら?」

 レグルスとタイラーの間に何があったのかは気になるところだが、話してもらえないのであれば仕方がない。授業中、ずっと雑談してサボっているつもりもキャリナローズにはない。もともと立ち合いの相手をしてもらおうと考えて、タイラーのところに来たのだ。

「アリシアとの立ち合いは終わったのか?」

「魔法を使っての戦いに慣れた今の彼女は、もう私では相手にならないの」

「それほど?」

 アリシアの魔力が優れていることはタイラーも知っている。だが、魔力だけでキャリナローズとの技量の差を埋める、埋めるどころか遥かに超えてしまうとは考えていなかった。

「魔力量だけの問題とは思えないわ。それだけで、あんな動きは出来ないと思う」

「……なるほど。クレイグも厳しそうだ」

 今、アリシアの相手をしているのはクレイグ。だが、そのクレイグもかなり厳しそうだ。もともと速さが強みだったアリシアだが、今の動きは同じ速さを武器とするクレイグを軽く超えている。ただ速いだけではなく、どうしてその体勢からそんな動きが、と思うような変則的な動きで、クレイグは反応出来ないでいた。

「魔法に慣れたと言ったけど、剣を使うことに慣れたというのが正確だと思うわ」

「もともと、あれくらいの動きは出来たということか……」

 キャリナローズが考えた通り、もともとアリシアは魔法を使って動くことには慣れている。剣や魔法を教えてくれる人がいなくても出来ることとして、幼い頃から、ずっと続けてきていたのだ。

「あの力を目当てに婚約したのだとしても、どうやってブラックバーン家は彼女を見つけたのかしら?」

 学院に来るまでアリシアのことなど、まったく知らなかった。これだけの実力を持つ彼女が噂にならなかったことが、キャリナローズは不思議だった。

「……ジークが彼女を奪おうとしていることは、ある意味では正しいのかもしれないな」

 批判の声も多いジークフリート第二王子のアリシアに対する態度だが、ブラックバーン家が軍事力を強めることを妨害し、その力を王家の物としようとしているのだと考えれば、否定は出来ない。批判を恐れず、王家の為に行動することは正しいことだ。

「レグルスが彼女を手放そうとしていることは?」

「手放そうと……しているか……少なくとも繋ぎとめようとする意思は感じられないな」

 レグルスにはアリシアと結婚する意思はない。それは本人の言葉から感じ取れる。改めて考えると不思議なことだ。わざとブラックバーン家の為にならない行動をしている可能性は、レグルスとブラックバーン家の距離を考えれば、あり得ることだが、それだけではないようにタイラーは感じるのだ。

「彼の本音は分かりづらいけど、彼女のことを大切に思っているのは間違いないと思うわ。大切に思っているのに遠ざけるなんて……二人の間には何があるのかしら?」

「大切に思っている、か……」

 大切に思っているからこそ、一緒にいてはいけないと思う。実感が伴ってのことではないが、そういうこともあるだろうとタイラーにも思える。不可解に思えるレグルスの行動には、そういう想いが関係することもあるのかもしれないと。
 だが、ここまでだ。タイラーがこれ以上、レグルスの動機に迫ることはない。未来を知らない彼では無理な話だ。

 

 

◆◆◆

 教会は原則、治外法権ということになっているが、だからといって勝手気ままに振舞えるわけではない。聖職者であっても罪を犯せば、王国の法律で裁かれることになる。それを取り締まるのが軍務局警察部ではなく、内務局の中の警保部という組織であるということ。警保部は自治権を持つ貴族の領地に対しても捜査権を持つ、権限があるのかないのか、微妙な組織だ。
 犯罪だけでなく、それ以外の事柄についても内務局が受け持つことになる。王国に届け出なければならない事柄など、滅多にあるものではないので、専門組織はない。庶務課という特に定めのない事柄を受け付ける部署が窓口となる。
 その庶務課に滅多にない届け出が提出された。

「……教会が花街で慈善事業を行う?」

「はっ。そういった趣旨の届け出が為されました」

 教会からの届け出で、しかも花街が関わるとなると庶務課で処理できるものではない。すぐに国王に報告され、裁可を仰ぐことになった。

「教会が花街に……」

 教会は花街のような場所を認めていない。飲食は問題ない。賭博は、望ましくはないが、法律違反ではないのであれば否定は出来ない。だが女性が金で体を売るなんて商売は、決して受け入れられるものではない。
 そんな商売を行っている王都では、あくまでも公式には、雄一の場所である花街をこれまで教会は忌避してきたはずなのだ。

「具体的には医師の派遣、それと衛生活動、簡単に申し上げますと清掃作業です。この二つを、二日間に渡って行いたいとの内容になっております」

「医師と清掃作業か……それだけであれば、特に問題となる内容ではないが」

「直接的な布教活動は行わないと、これは届け出に記載されているわけではありませんが、説明がありました」

 花街で布教、花街の商売を否定するような教えを広めようとすれば、必ず反発が生まれる。窓口となった担当官も、その点について、すぐに気が付いて、教会に問い合わせを行っていた。

「その説明を信じるか……いや、そもそも教会がそのような面倒ごとを自ら求めるとは思えんな」

 教会が花街と諍いを起こしてまで、布教活動を行うとは思えない。仮にそれを行ったとしても、何かが変わるわけではない。花街で働く人たちは、そこで働く以外の選択肢がない、と国王は思っている。

「いかがいたしましょうか? 届け出が受理され次第、教会は花街との交渉に入りたいと伝えてきております」

「交渉……そもそも花街が受け入れるか分からないか。疑いを持てば、間違いなく拒否するな」

 花街が教会を受け入れる可能性は低いと国王は考えた。色々と後ろめたいところがある花街だ。教会でなくても、外部の者を受け入れることに抵抗を感じるはずだ。

「それが、仲介を頼んでいるようで、その結果、感触は悪くないとのことで正式に届け出たようです」

「仲介? そのようなことを出来る者がいるのか?」

「仲介者の詳しい情報は得ておりませんので、教会に問い合わせを行います」

「……いや、良い。話は分かった。分かったが、少し考えたい。早ければ今日中、遅くとも明日には結論を出そう」

「承知しました」

 花街と教会との間を取り持つ者などいるのか。こう思った国王だったが、一人、思いつく人物がいた。仮に間違いであったとしても、花街が関わる事柄であれば、調べようと思えばすぐに調べられる。担当官を下がらせて、その調べられる人物に話を聞いてみることにした。

「……いるか?」

 担当官が部屋を出るとすぐに国王は何者かに問いかけた。

「はっ」

 それに応えて姿を現したのは、諜報部の長だ。基本、いつ呼ばれても良いように、すぐ近く控えているのだ。長がいなくても他の誰かが。近衛騎士とは別に、諜報部も国王の護衛を行っているのだ。

「話は聞こえてきたか?」

「はっ。すでに情報も届いております」

「そうか……それで?」

 花街は、元一族である諜報部の人間を通じて、国王に情報を伝えてくる。特に今回のようなことは早い。国王に不審を抱かせないようにと、気を使っているのだ。

「仲介者は、おそらくは陛下も頭に浮かんだと思いますが、レグルス・ブラックバーン殿です」

「やはり、そうか」

「依頼は教会からですが、レグルス殿は花街の意向を優先しようとしているとのことです。布教の類は一切、行わないこと。診療行為や清掃活動は、花街の監視の下、行われること。この二点を教会に飲ませたようです」

 レグルスはあくまでも花街の側に立っている。そうであることを受け入れた上で、教会も仲介を依頼したのだ。

「……問題は起こらないか」

「いえ、調整事項は残っているようです。花街の暗部と言うべき場所への立ち入りを教会は、これはレグルス殿も求めております」

「花街の暗部とは?」

「高齢になった女性、病に侵された女性など、商売をしたくても出来なくなり、あとは死を待つだけになった者たちもおります。そういう者たちが暮らす場所です」

 華やかな表通りの裏に、そういった闇がある。商売をしていても、パン一つ買えない金額しか稼げない人たちも花街にはいる。それで借金を返すことなど出来るはずがない。そういう人たちは、死ぬまで花街で暮らすしかないのだ。

「……医療と衛生が必要な場所だな」

「はい。そうであるから、レグルス殿も教会の側に立って、交渉を続けているものと思われます」

「純粋に善意からの行動だとしても……」

 レグルスは北方辺境伯家の人間だ。彼個人の気持ちがどのようなものであれ、花街とブラックバーン家の結びつきが強くなるのは、国王としては好ましくない。
 王都のお膝元、どころか内側にブラックバーン家に味方する勢力がいるというのは、王家にとってはリスクなのだ。

「……リズを行かせるか」

「王女殿下を花街に、ですか?」

 国王の考えとはいえ、諜報部長はすぐには同意出来なかった。花街にエリザベス王女を行かせる。それはそれで問題が起きそうな気がしてしまうのだ。

「ジークを行かせては、揉め事を作り出すだけ。ジュリアンも考えたが、あいつに花街との繋がりを持たせるとな……」

 知らなくて良い遊びを知ってしまうだけ。王国の第一王子が花街の常連客なんてことになっては困るのだ。

「そうだとしても、王女殿下は……」

「レグルスが上手くやるだろう? 逆にリズは、レグルスがおかしな真似をしないように上手く抑えられそうだ……相性が良いとは認めたくないがな」

 最後の言葉は父親としてのもの。エリザベス王女とレグルスは、案外、相性が良いのではないかと思ってしまった国王だが、父親としては、そういう相手の存在を認めたくないのだ。

「……護衛は諜報部からだけでよろしいですか?」

 相性の良さを認めたくないと国王は言うが、二人の接点を増やすことには抵抗ないのかと諜報部長は不思議に思う。このような機会がなければ、二人が会うことはまずない。学院を卒業したエリザベス王女は、気軽に男性と会える立場ではなくなっている。放っておけば、二人の関係は遠ざかる一方のはずなのだ。

「そうだな。そのほうが良いだろう」

「承知しました。では人員の選定を急ぎます」

 これで教会の届け出は、承認されることに決まった。エリザベス王女が同行するという条件付きだが、それを教会が拒否する理由はない。そうなって困る人がいるとすれば、それはレグルスだけなのだ。

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