月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第76話 商売は順調、と言って良いのだろうか?

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 レグルスが買い取った酒場は、今は「何でも屋」の店舗になっている。といってもそれは昼間の話。日が暮れたあとは、以前と変わらず酒場として営業を行っている。
 以前と違っているのは、客が来なくて潰れるところだった酒場が、今ではそれなりに客が入るようになったこと。レグルスの酒場経営が優れている、というのとは少し違う。何もしていないわけではないが、純粋に酒場としての魅力で客が増えたわけではないのだ。

「何だろう。そういうちゃんとした格好をすると、却って目立つと思いませんでしたか?」

 すでに夜。酒場のテーブルのひとつでレグルスは客と話をしている。酒場の客ではない。酒場の客の振りをした「何でも屋」の客だ。

「普通の恰好をしてきたつもりだったのですが……客層が何だか怪しい感じではないですか?」

 一応、客も服装には気を使ってきたつもりだった。上位貴族、南方辺境伯家の使用人とは分からないように、平民の中では少し裕福な人くらいを意識して、変装してきたつもりなのだ。
 ただ、レグルスの店の客はそういう普通の人がいない。それで目立ってしまっているのだ。

「普通の酒場では落ち着けないという人が多いみたいですので」

「それは……どうしてそういう人たちが?」

 脛に傷持つ客ばかり。言われば納得の雰囲気だが、何故そういう客が集まることになったのかは分からない。

「たまたまです。たまたま店の周りで怪しい動きをしている人を見つけて、商売の邪魔なのでちょっと注意したら、お客様のお知り合いだったようで。その話が何故か広まったようです」

「……全然分からないのですが、どうして知り合いを注意したら、そういうお客が集まるのですか?」

 レグルスの話はまったく理解できない。物騒な客が集まる理由になっていない。レグルスが意識して遠回しに話をしているので、そうなってしまうのだ。

「世の中には会いたくない人がいるものです。そういうお知り合いが近づいてくるのを教えてくれるのが、ありがたいみたいです」

「……たとえば、憲兵とか?」

「嫌だなあ。そういう職業のお知り合いも中にはいるかもしれませんけど、憲兵だからという理由ではありませんよ」

 あからさまな嘘。憲兵などは、すぐに店の客に警告を発する対象だ。ただ「外に憲兵がいるな。何かあったのかな?」などと呟くだけだが。

「……そういう客を集めると良いことがあるのですか?」

「別に。商売は難しい。来る者は拒まずの気持ちでやっているだけです」

 これはまったくの嘘というわけではない。そういう客は利用されると分かると、店から離れて行くとレグルスは考えている。バンディーも同意見だったので間違いないと考えた。
 詮索などすることなく、相手の意思に任せて、情報を入手したり、犯罪にならない程度の仕事を請け負っているだけだ。
 レグルスは裏社会で生きるつもりはない。それくらいの距離感でいるべきだと考えているのだ。

「客の話はこれくらいにしておきましょう。それで、何か分かりましたか?」

 これ以上、深く話をしても時間の無駄。長居するのも居心地が悪いと考えて、ディクソン家の使用人は本題に入ることにした。

「残念ながら。すでにお伝えした通り、身元が分かるような物は身に着けておりませんでした。近頃、姿を見せなくなったという人物の話も、今のところは聞こえてきません。王都には関りのない人たちだった可能性を考え始めているところです」

「そうですか……ただ、こちらの調査結果も良いものではありません。まだ調査を打ち切ったわけではありませんが、素性は掴めておりません」

「失礼ですが、私が思い浮かぶ人物だとすれば、王都でも領地でも人は集めないと思います」

 話しているのはタイラーを襲撃しようとした犯人たちのこと。レグルスはタイラーの知らないところで、ディクソン家から依頼を受けていたのだ。

「……私もそう思います」

「確たる証拠がなければ対処は出来ないのですか?」

「それは、まあ……人を殺せない人が、あのようなことを指示するなんて誰も思いませんから」

 ディクソン家の使用人は、レグルスもだが、意識して話をぼやかしている。周囲に聞こえないように話をしているが、それでも盗聴を防げているとは限らない。知らない能力を持っている人間がいる可能性もある。
 それだけでなく、疑いをかけるのを躊躇う相手という理由もある。疑っているのはタイラーの兄、公式には失脚した元兄なのだ。

「自分の手を汚すわけではありませんから。その人には、すでにかなり厳しいことを行ったはずですが?」

 後継者の座を奪っただけでなく、ディクソン家からも除名している。戦えなくなったくらいで、そこまで厳しい措置をする必要があるのかとレグルスは思っている。

「本人は不満を持っていることを隠しているつもりですが、周囲は分かっています。これ以上、関係をこじらすのは良くありません」

「それは……幼馴染の兄ではなく、幼馴染本人と父親の話ですか?」

 タイラーの兄は後継者を外されたことに不満を持っているはず。だが依頼人の話は兄のこととは思えなかった。縁を切っておいて関係性を気にするのは、おかしな話だとレグルスは思った。

「そうです。周囲はそれを気にしていますので、対処するには納得する証拠が必要になります」

「……そういう兄弟関係ですか」

 自分のところとは違う。腹違いの弟は、自分が殺されることになれば大喜びで賛成するだろうとレグルスは思った。

「仲の良いご兄弟でした。私自身、疑いを向けていますが、信じられない気持ちが強いのです」

「そういう気持ちの人が多い中では、強引なことは出来ませんか……」

「最悪は親子対立を生む可能性も考えております」

 当主である父親が強引に物事を進めれば、それに反発する家臣も出てくるかもしれない。タイラーも同じ気持ちであると分かれば、家臣の躊躇いも薄れるだろう。現当主とタイラーか兄のどちらかを次期当主としての対立が生まれる可能性は十分にある。

「……少し違った話をさせてもらって良いですか?」

「何でしょう?」

「東の一人娘が亡くなってくれたらと考える可能性はありますか? あるとすれば何を期待してのことでしょう?」

 レグルスが尋ねたのはキャリナローズのこと。ふと思いついたことがあって、気になったのだ。

「東の一人娘……ああ……可能性はないです。それで喜ぶのは中央と隣国だけですから」

 東方辺境伯家が混乱して喜ぶのは王家と、東の国境を接している国。南方辺境伯家に利はない。辺境伯家同士は、対抗意識はあっても、対立は避けている。四辺境伯家のバランスが崩れることは、様々な問題を引き起こすというのが共通した考えなのだ。

「ですよね……実際に人を動かしているのは誰かですね? 普通に考えれば、頻繁に接触している人物。もしくは、どうしてこの人と、と思うような相手が怪しいと思います」

「実行者から手がかりが得られないとなると、その線を探るしかありませんか……すでに調査は行っているはずですが、もう一度洗い直してみます」

「それについてはお手伝い出来ませんので、お任せします」

 タイラーの兄の周辺を探ることは、王都にいるレグルスには出来ない。除名されるとすぐに領地に返されているのだ。これもまた、もう後継者ではないと周囲に示す措置だ。

「……こちらからもひとつ聞いて良いですか?」

「どうぞ」

「どうして、このようなことを?」

 ディクソン家の使用人は、依頼した相手がブラックバーン家のレグルスであることを知っている。守護家の人間であるレグルスが、このような怪しげな酒場を経営し、「何でも屋」なんて商売を行っているのが不思議だった。

「成り行きです。最初はただ、ある人の真似事をしようと思って始めたのですが、思いの外、仕事がありまして。雇っている人間もいますので、依頼は可能な限り受けようと思っていたら、今のようになりました」

「ある人とは?」

「名前を言っても分かる人はまずいない人ですが、私が尊敬している人物です。ただ私は、その人のように無欲になれなくて」

 しっかりと稼ぎを得ている。従業員を雇えるくらいに。北方辺境伯が領地から得る収入に比べれば、わずかであっても。

「そういう人がいるのですか……」

 名前を知りたいところだが、それは聞いても教えてくれないだろうと依頼人は考えている。そこまで情報を与えてもらえるほど信頼されているはずがないのだ。

「こちらも聞きたいですね。どうして私に依頼したのですか?」

「秘密は守られると聞いておりましたので。それに、この件を隠したいのはお互い様だとも考えました」

 ディクソン家は身内のゴタゴタを公には知られたくない。レグルスの側はこういった仕事をしていることを隠しておきたい。お互いに秘密を握り合っている状態だ。
 ブラックバーン家に知られる可能性については、ディクソン家は許容している。後継者争いのゴタゴタなど、守護家であれば当たり前にある。ブラックバーン家にもあることをディクソン家は知っているのだ。

「確かに。ご依頼はこれで一区切りとなりますが、ご期待通り、秘密は厳守します。ご安心ください」

 これで依頼は一区切りだ。暗殺は防いだ。黒幕の特定に至る証拠は得られていないが、これ以上、レグルスたち「何でも屋」に出来ることはない。ディクソン家内部で調査するしかないのだ。

「ありがとうございます。またお願いします、と普通の商売であれば言うところですが」

「我々に依頼するようなことはないほうが良いですね」

「はい。申し訳ございません」

 ある筋では「何でも屋」の存在は認知されてきている。守護家のひとつ、南方辺境伯家の耳に届くくらいに。
 しばらくは静かに暮らそう。教会の一件が終わった時と同じことを、またレグルスは考えているのだが、きっとそれは許されない。そういう存在に、レグルスはなっているのだ。

 

 

◆◆◆

 窓から差し込む陽光が、ステンドガラスの図柄を床に映し出している。レグルスが、記憶を失っているだけかもしれないが、始めて見る光景だ。
 それをぼんやりと眺めている様子のレグルスだが、頭の中はフル回転。様々なことが浮かんでは消え、また別のことが浮かんでくる。考えがまとまらない時に、レグルスはこういう時間を作っている。それを教会で行うのは初めてのことだが。

(……喜ぶのは王国か隣国……王家は実際にそういう事態を望むのだろうか?)

 考えるきっかけは、タイラーの暗殺未遂事件。それについての依頼人であるディクソン家の使用人との会話だ。暗殺を企んだのはタイラーの兄だとして、それは何を求めてのことなのか。南方辺境伯は後継者を暗殺した人物を、それが血の繋がりがある息子だとしても、タイラーの代わりに据えることを許すだろうか。南方辺境伯はすでに除名という厳しい処分を課しているのだ。

(狙うなら父親だよな……それでも結果は変わらないと思うけど)

 南方辺境伯の地位を狙ってのことではない。少し考えれば、その地位を得られる可能性は低いことが分かる。では怨恨か、となるが、それであれば尚更、狙うのは父親のはずだ。

(何かを得るのではなく、ただ混乱させることが目的……それでタイラーの兄は何を得る? 自家の衰退。個人ではなく、家そのものを恨んでいる可能性はある)

 その気持ちはレグルスにも分かる。前世の記憶が残っていれば、もっとはっきりと理解出来るはずだ。レグルスの場合は、ブラックバーン家だけでなく、自分と処刑されたサマンサアン以外の全てを呪っていたが。

(でも、混乱と言えるほどのものになるかな? 領地内で戦い……そこまで信望を得ている人なのだろうか?)

 タイラーの兄に従う家臣がどれほどいるのか。ディクソン家の家臣は、戦えない当主を受け入れるのか。普通に考えれば、それはない。父である南方辺境伯の圧勝で終わり。戦いにもならない可能性もある。

(ディクソン家以外の力が必要だ。支援者はディクソン家以外。そうなると……王家? なんか、しっくりこない。単純過ぎる)

 南方辺境伯家に王家が内乱を起こさせようとしている。王都と守護家の関係性を理解していれば、誰でも推測出来る。だがレグルスは、なんとなく、そういう単純な構造ではないのではないかと感じているのだ。

(……東方辺境伯家は、誰が跡継ぎになるのだろう? 東方辺境伯には弟がいたと思うけど……もっと情報入れてからくれば良かった)

 キャリナローズも、人違いではなく、命を狙われたのだとすれば、それが成功していればどのようになったのか。誰かは、はっきりと分からないが、違う後継者が立つのは間違いない。ディクソン家の血がそれで絶えるということではないのは、レグルスも分かっている。

(辺境伯家が混乱すれば国境の守りが怪しくなる。じゃあ、隣国の企み……というのもな? 一時の勝利で終わると思うけど……)

 いざ他国が攻めてくれば、内輪で争っている場合ではないとひとつにまとまることもある。王国が、他の守護家がそうさせるはずだ。一時は国境を侵すことが出来たとしても、その何倍もの領土を奪われることになるだろう。それだけの力がアルデバラン王国にはある。

(一国ではなく周辺国が共謀している可能性はあるか……タイラーの兄はそこまでするのか?)

 他国を利する行為。それを支持するアルデバラン王国の人など、まずいない。タイラーの兄がそこまで投げやりになっているのか。どのような人物か知らないレグルスには分からない。

「駄目だな。情報が足りなさすぎる」

 いくら考えても結論は出そうもない。これだと思う仮説も立てられないとレグルスは判断した。情報が足りないのだ。まだレグルスには見えていないことが多い。まだ舞台には、全ての登場人物が揃っていないのだ。

「悩み事ですかな?」

「あっ……猊下に告白するようなことではありません。一応言っておきますと、悪事でもありません」

「そういえば以前、魔法について聞くために教会を訪れておりましたね?」

 魔法の知識を得ようと教会を訪れたレグルス。応対したのは教皇だ。その時の話を、差支えのない話だと考えて、教皇は持ち出した。

「ああ……あの時も求める答えは得られませんでした」

「そのようでした……魔法は神の奇跡。教会はこう人々に伝えております。では、その奇跡を現実のものに出来る人は、どういう存在なのでしょう?」

「……人がどういう存在か、ですか?」

 教皇が問うような内容ではないとレグルスは感じた。人は神の創造物。それ以上のことを問うのは、教会の人間として許されるのかと疑問に思った。

「……多くの人は神話をおとぎ話のように考えております。もしくは別世界での出来事だと」

「……そういうところはあると思います」

 レグルス自身もそうだ。教会の、その前身となる何らかの組織が考えた作り話だと考えている。

「事実が伝えられているのだとすると、どうでしょう? 遥か昔、人の記憶が書き換えられるほど遠い遠い昔の事実が、内容を変えながら、語り継がれたものだとしたら?」

「神はこの世界に、現実に存在した? あっ、疑問形は駄目ですね?」

「いえ。今の私は教皇であることを忘れて話をしているつもりです。そういう遠慮は無用です」

 教皇として語るべき内容ではない。それが分かっていて、話しているのだ。教皇である自分を忘れて、様々なことを夢想してみる。教皇は時折、心が疲れた時に、そうして現実を忘れている。そういう話を、レグルスとしてみたいと思ったのだ。

「人は神から直接魔法を教わったということですか……」

「それだけで何千、何万かもしれない年月、伝承出来るものでしょうか? 魔力は血に宿るという言葉がありますが、これもまた真実であるとすれば? いえ、真実であることは明らかですか」

「……言葉の捉え方を変えると…………これは口にして良いのでしょうか?」

「止めておきましょうか? さすがに教会で言葉にするのは躊躇われます」

 魔力は血に宿る。魔力が神の力であるならば、その力を宿す血が何故、人の体に流れているのか。思いつく答えはひとつだ。人は神を、そう崇められている力ある存在を祖に持っているということ。
 それを言葉にするのは、さすがに二人は躊躇われた。

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