月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第73話 距離が近づく必要なんてないのに

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 誕生日パーティーはタイラーに二つのことをもたらすことになった。一つはフランセスとの関係。以前よりは、タイラーの感覚だが、二人の距離は縮まった。学院で顔を合わせた時には挨拶をするように、場合によっては二言三言交すようになったというだけのことだが、なったことはタイラーにとって大きな進展だ。
 そしてもう一つがレグルスとの関係。直接の関係性はなんら変わっていない。変わるようなことは誕生パーティーでは一切なかった。レグルスはタイラーの父親との話を終えると、そのまま帰ってしまったのだ、二人の距離が縮まるはずがない。
 では変わったのは何かというと。

「タイラー殿。こうやって女性の善意を利用するというのはどうだろう?」

 フランセスを通じて、レグルスとの接点を持てたというだけのことだ。だけといっても、かなりの進展だったりするが。

「それは申し訳なく思っている。フランセス殿にはまた何かの形で礼をしようと思っている」

「……それは私を利用して、フランセスさんとデートしようということかな?」

「はっ? あっ、いや、そんなつもりはない! あるはずがない!」

 これは本当。タイラーはこうしてレグルスと話す機会を作ってくれたことに素直に感謝して、その御礼を何らかの形でしなければならないと思っていただけだ。

「意外とタイラー殿は謀がお好きなようだ」

「本当にそのようなことは考えていなかった。普通に御礼をしなければならないと考えていただけだ」

「謀を為す者が、謀を為していると白状するはずはないだろうからな」

「だから、違うと言っている。お前こそ、そうやって色々と口実を作って、はぐらかすのは止めろ」

 レグルスは明らかに話を逸らそうとしている。それはタイラーにも分かる。

「……では聞こう。用件は何かな?」

 話を逸らし続けても無駄に時間を使うだけ。フランセスが設定した場であるということもあり、レグルスは聞くだけは聞くことにした。話したくないことは話さなければ良いのだ。

「パーティーの時のことだ。父上と何を話していた?」

「それは私に聞くことか?」

「父上は何も教えてくれない。だからお前に聞いている」

 当然、タイラーは父親に何を話したのか尋ねている。だが、いつものように父親は何も教えてくれなかったのだ。

「話さないということは、知る必要がないと判断したということではないか?」

「それは父上の考えだ。それが正しいとは限らない」

「なるほど。その考えは認める。ただし、私もタイラー殿が知るべきことではないと考えている。だから話さない」

 父親の意向をそのまま受け入れないという点については、レグルスも共感出来る。だからといって会話の内容を話す気にはなれない。

「隠さなければならないことが起きたということだな?」

「いや。隠すようなことは何もない。ただタイラー殿に、御父上と同じように誤解されるのが嫌だから話さないだけだ」

「誤解?」

「詳しくは知らないが、王都で何かあったようだな。御父上はそれに私が関わっているのではないかと疑った。だがまったくの誤解だ。私には一切関りのないこと。同じ説明をタイラー殿にも行うのが面倒なので詳細は割愛させてもらう」

 辺境伯家は様々な場所に諜報の網を広げている。レグルスは南方辺境伯家のそれに引っかかった。引っかかったというだけで、詳細を知られているわけではなかったので、知らぬ存ぜぬで通したのだ。

「それを信じろと?」

「信じろとは言わない。ただ、真実なだけだ」

 まったくの嘘を表情を一切変えずに口にするレグルス。これくらいのことは平気で出来る。嘘に罪悪感を覚えるような生き方はしていない。

「……では分かっている話を。どうして沢山の人を殺した?」

 ワ組との抗争は、詳細まではタイラーは知らないが、確かにレグルスが行ったこと。関りはないと誤魔化せない事件だ。父親との話を追及しても何も知ることは出来ないと考えたタイラーは、話題を切り替えた。

「それを説明する義務は私にはない」

「義務はある。人を殺したのだ。理由は明らかにするべきだ」

「その考えには同意できない。同じ質問を、戦場を経験した騎士や兵士にしてみるが良い。返ってくる答えに真実はあるかな?」

「国の為だ」

 騎士や兵士はアルデバラン王国の為に命をかけて戦っている。タイラーにとっては明確な答えであり、真実だ。

「それは嘘だ。タイラー殿にとってアルデバラン王国は、他の何よりも優先することか? 国の為であればディクソン家が滅んでも良いと考えているか?」

「……ディクソン家は国の為に戦っている」

「それが建前であることはタイラー殿も分かっているはず。分かっていて嘘をついた。そんなタイラー殿が私を責められるだろうか?」

 ディクソン家はディクソン家の利益を優先する。アルデバラン王国の存続がその為に必要であれば、守る為に戦うだろう。だが、そうでなければ見捨てることもあるはずだ。ディクソン家だけではない。レグルスの実家、ブラックバーン家も同じだ。

「……では、お前は騎士や兵士は何のために戦うと考えているのだ?」

「その問いに正解はない。死にたくないから。戦わないと罰せられるから。名声を得たいから。褒賞の為。人それぞれなはずだ」

 守りたいものがあるから。これをレグルスは口にしなかった。自分の本心に触れる言葉を、無意識に避けたのだ。

「それは……確かにそうかもしれない」

 高い志を持って戦場で戦っている人たちが、実際にはどれほどいるか。現実はレグルスの言った通りだろうと、建前を捨てれば、タイラーも思う。ただ自分は志高くありたいという思いはある。

 

 

「……このような機会は二度とないだろうから、無回答は止めておこう。必要だから殺した。私の都合であって、殺された側には納得できる点は一切ないだろうけどな」

「そうか……では俺も、もう少し本音で聞かせてもらうことにする。いつか俺も人を殺す時が来る。その時、お前のようにいるにはどうすれば良い?」

「私のように? あまりお勧めは出来ない……ああ、そういうことか。聞き方が悪い。兄のようにならない為にはどうすれば良いかと聞くべきではないかな? 本当に不安に思っているなら」

 タイラーの兄についてレグルスは知っている。会ったこともあるはずだが、それは覚えていない。記憶を失っている十歳になるまでのことについて、自分のことだけではなく、周囲にいた人たちについても情報を集めたのだ。話を合わせる為に。
 タイラーの兄の情報も手に入れた。あえて求めたわけではなく、タイラーの情報を集める中にあった情報だ。

「……兄は人を殺した罪悪感に耐えられなかった。その件がトラウマとなり、戦うことが出来なくなった。だがお前は、お前だけではないが、平気な者もいる。そのほうが多数だ」

 戦えなくなった人間はディクソン家の跡継ぎに相応しくない。ディクソン家の恥とまでタイラーの兄は言われ、公式には籍を抜かれた。ディクソン家の人間ではなくなったのだ。
 タイラーはそんな兄に同情しながら、同じようになりたくないという思いも持っている。誰にも話せなかった思いだ。

「平気というのはどうかな? 人を殺して何も感じない人間はいるかもしれないが、それは極まれで異常な人間ではないかな?」

 ジュードはその異常な人間、とはレグルスは思っていない。ジュードは、自分と同じで心のどこかが壊れている。それは先天的なものではなく、経験によってだとレグルスは感じているのだ。

「お前はその異常な人間ではない」

「自分ではそう思っているが、実際にどうかは分からない」

「やはり、兄上が弱かったということか……」

 ほとんどが自分の兄のようにはなっていない。レグルスは平気ではいられないと言うが、兄のようにはなっていない。タイラーの兄は戦えなくなっただけでなく、別人のようになってしまっているのだ。それは兄の心が弱かったから。以前から思っていたことだが、レグルスの話を聞いて、認めなければならないとタイラーは思った。

「弱いのではなく、普通過ぎたのではないか?」

「普通?」

「どういう状況でタイラー殿の兄上が人を殺したかは知らない。ただ理由もなく、殺したくもない人を殺せば、おかしくなるほうが正しいことだと思う」

 罪の意識に苛まれる人は正しいとレグルスは思う。そうでない自分のほうがおかしいのだと。レグルスが抱いている自己否定の思いからの考えであるが、正しい考えではある。

「……そうか。お前には理由があった。罪悪感に負けていられないだけの強い思いがあったのだな?」

「そんなことは言っていない」

「強くなりたいという思いは罪悪感に勝るものだろうか?」

「他人に答えを求めることに意味はない。自分にとってそれがどれだけ大切なことか。それ次第だ」

 他人にとっては取るに足らない理由であっても、本人にとって決して譲れないものであれば、兄のようにはならないだろうとレグルスは思う。人の心の弱さだけでなく、強さもレグルスは知っている。何度も絶望を味わいながら、人生を繰り返してきた。レグルス自身の人生がそれを教えている。

「俺にとってか……」

 強くなる。はたしてこれは本当に自分の想いなのか。南方辺境伯家の人間として、という考えが影響していないか。それをタイラーは不安に思う。義務感からだけの想いではないのだが、自分でははっきり分からないのだ。

「難しく考える必要はあるかな? 死にたくなければ殺すしかない。殺したあと、自分が生きていられることに感謝出来れば、罪悪感はあっても戦い続けられる。こんなものだ」

「……そんなものか」

 実際にそうなのかは分からない。レグルスが、思い悩む自分に気を使って、わざと軽く言っている可能性をタイラーは考えた。そういうことが出来る男なのかと驚いた。

「それでもまだ不安なら……無理か」

「無理というのは何だ?」

「世の中をもっと知ったほうが良いと言おうと思ったけど、簡単ではないと思い直した」

 世の中には、自分たちよりももっと生きることに貪欲な人たちがいる。今日一日を生きていられたことに感謝出来る人がいる。それくらい厳しい状況で暮らしている人がいる。
 そういった人たちの存在を知れば、戦いの場を生き残れたというだけで喜べるようになるかもしれない。そう思ったレグルスだが、それをタイラーに求めるのは無理だと考えた。

「俺は世間知らずか?」

「王国貴族の最上位にいる家に生まれ、何不自由なく暮らしてきた自分が世間を良く知っていると?」

 そんな環境ではない。暮らしている王都でも行ったことがある場所は限られているはずだ。王都の中でも特に貧しい人たちが住む、もっとも治安の悪い場所になど行かせてもらえるはずがない。

「それはお前も……違うのか? お前、どこでどうやって暮らしている?」

 レグルスに言われたくないと思ったタイラーだが、彼がほとんど家に帰っていないという話を思い出した。レグルスがどこで、どのように暮らしているのかが気になった。

「そこまで教える義理はない。もう話し過ぎたくらいだ。御礼として今度ご馳走してもらおう。これ以上ないほど高級なレストランが良いな」

「そこまでの話ではない」

「フランセスさんも誘うのに?」

「あっ、それなら……い、いや、御礼として……考えるくらいはしても良いかと……」

 思わず了承を口にしそうになったタイラー。だがレグルスの意味ありげな笑みを見て、自分の失敗に気が付いた。

「やはりそうか。フランセスさんをパーティーに誘ったのは俺を誘い出す為の策かと思っていたけど、話していてそういうことを企むようには思えなかった。ただ誘いたかっただけだったのか。なるほどな」

「……悪いか?」

「悪くはない。俺に文句を言う資格はない。ただ、応援も出来ない。大切なのはフランセスさんの気持ちだからな」

 自分と恋愛ごっこを続けるよりは、タイラーの想いに応えたほうが良い。レグルスはこう考えているが、それはフランセスが決めることだ。そういう思いがあるからこそ、自分に口出しする権利はないとレグルスは考えている。

「……お前、最後まで責任とれるのか?」

「それに答える義務はないな。それについては俺とフランセスさんの問題。好きだからといって口出しする権利が与えられるわけじゃない。それに、人に問える立場か?」

「…………」

 タイラーも自由に結婚相手を選べる立場にない。将来の南方辺境伯の妻になる女性だ。ディクソン家にとって最良と思われる女性が、本人の意思とは関係なく、選ばれることになる。

「ここで『俺は最後まで責任とれる』くらい言えればな。少しは応援する気が生まれたのに」

「それを言えるお前は、フランセス殿を本気で好きではない」

 自分なら相手の気持ちがどうであろうと応援する気にはなれない。相手の幸せを願うのが大人という考えはあるが。そんな簡単に割り切れるものではないとタイラーは思っている。

「好きかどうかは関係ない。俺の側にはいないほうが良い。側にいても不幸になるだけだ」

「そう思うなら、突き放すのが優しさではないのか?」

「お前に何が分かる? フランセスさんだって、好きな人と結婚出来る保証なんてない。それが分かっているから、俺といるんだ」

 あまりにタイラーがしつこいので、レグルスは苛立ってきている。被っていた仮面が外れてきている。

「それは分かるが、どうして相手がお前なのだ?」

「終わりが見えているから」

「なんだって?」

「俺相手であれば結婚なんて夢見ない。俺にそんな未来はない。それが分かっていれば、一時のことと割り切れる。思い出もいずれ消えるはずだ」

 ここまでフランセスが理解しているわけではない。ただレグルスの側にずっといられるわけではないことを、なんとなく感じているだけだ。レグルスの言葉は自分の思い。フランセスの未来の為には、そうであって欲しいという思いだ。

「……お前……アリシアは……まさか彼女とのことも、そんな風に考えているのか?」

「……答える義務はない。時間を使い過ぎたようだ。私はこれで失礼するよ」

 態度を元に戻し、席を立つレグルス。その背中からは殺気とも感じるような気が放たれている。その圧力に押されて、タイラーは引き留めることが出来なかった。
 この日の出来事は、またレグルスに対するタイラーの認識を書き換えることになった。それは良いことなのか、悪いことなのか。今はまだ分からない。

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