月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第74話 魔法授業の時間です。

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 二学年に進級してからもレグルスは、最下位グループで実技授業を受けている。自ら望んで、そうなるように仕向けたのだ。剣術を、わずか一年で満足出来るくらいまで鍛えられるはずがない。道場に通っているからといってレグルスの、この考えは変わらない。自らの体に基礎を叩き込む。その基礎のレベルが、レグルスは他の学生たちとは違っているのだ。
 新たに加わった魔法の授業においても、もっとも評価が低いグループにレグルスは属している。基本的な考えは同じだ。ただレグルスがそう思っているだけで、オーウェンは剣術とは事情が違うと考えていた。

「家臣の為に、自らの鍛錬を犠牲にするのはいかがかと思います。今からでも遅くありません。再判定を願い出てはいかがでしょうか?」

「まだ言っている。その必要はない」

 オーウェンは魔法について、まだまだ未熟な自分とジュードの為に、レグルスは最下位グループを選んだと考えている。そうさせたことが家臣として情けないと思っていた。

「しかし、レグルス様の能力は授業で習うことを超えています」

 レグルスは無詠唱で魔力を活性化できる。制御能力も、オーウェンにとっては、あり得ないほど高い。それに比べて、最下位グループで習うことは基礎の基礎。魔力を使えるかどうか、という初心者の為の最初の一歩というような授業内容なのだ。

「俺はそうは思っていない。基礎を学んでいない俺には足りない部分があるはずだ。それを補う必要がある」

「しかし……」

 レグルスは自分たちに気を遣って、こんなことを言っているのではないか。この思いがオーウェンの心から消えない。主の成長を阻害しているとすれば、それは家臣失格だと思ってしまう。

「どうして分からないかな? たとえば詠唱。詠唱については以前も調べてみた。でも分かったことはほとんどない。何故、神に祈るのか? 祈る神はどういう基準で選ばれるのか? 疑問に思うことばかりだ」

「……それが分かると、どうなるのでしょうか?」

 少し自分の思っていた事情と違っているようにオーウェンは感じた。レグルスの拘りが、いつもの通り、良く分からなかった。

「どうなるか分からないから、調べるのだろ?」

「……なるほど」

 オーウェンには理解出来ないレグルスの知的好奇心。話がそちらのほうに移ったことで、オーウェンの罪悪感は薄れることになる。一時のことだとしても。

「神の序列と魔法の威力には関係性がある。これは調べてすぐに分かった。でもそうなる理由が思いつかない」

「……強い神に祈ることで魔法の威力もあがるという、単純なことではないのですか?」

「それくらいは思いつく。でもどうしてそうなる? 魔法は教会が作り出したものとはされていない」

 神と崇める存在と魔法に関連性があるということ事態が、レグルスには理解出来ない。魔法を作り出したのが教会であれば、そういう風に定められていてもおかしくない。だが、そうであるという証は調べても見つからなかった。

「……神が人間に与えたものとされているのでは?」

「そう。それなら少し理解できる。でもどうやって? 神々がそれぞれ自分の力を与えたのか? それは誰に?」

「それは……調べるのは無理ではありませんか?」

 そういった話は、もう神話の世界。仮に何らかの記録に残っていたとしても、それが事実かどうかなど調べることは出来ないとオーウェンは思う。実際にそうだろう。製作者はそこまで細かい設定を、世界に残してはいないのだ。

「魔道もある。魔力を込めた物に魔法言語と呼ばれている文字を刻むというのが、魔道具の作り方。その魔法言語と詠唱の関連性は? 同じことが書かれているのか? それは詠唱を詳しく知らなければ分からないことだ」

「……それを追求していると、いくら時間があっても足りないのではありませんか?」

 オーウェンの言う通り、一生の仕事。魔道士と呼ばれる人たちが長年、何世代にも渡って行っている研究だ。魔道士になるわけではないレグルスが、追究出来るものではない。

「現実にはそうだろうけどな。でも、魔法言語を普段話している言語のように完璧に理解できると、本当の魔法が使えるのじゃないかと思えて」

「本当の魔法ですか……なんとなくですけど、それは良くないことのように思えます」

「どこが? 凄いことだろ?」

「神の力を手に入れるということですよね? 自分は畏れ多く感じます」

 魔法が、神が人間に与えた力であるなら、本当の魔法は神そのものの力。それを人の身で手にして良いのかと、オーウェンは感じてしまう。
 信心深いとは言えなくても、この世界の人々には、神への畏れというものが心に刻まれているのだ。

「なるほど。そういう考え方もあるか。解き明かすのは危険な謎ということだな」

 本当に神の力と言えるほどの魔法であるとすれば、それはとても危険なものになる。何千、何万の人を一撃で殺せる魔法など、世の中に存在して良いものではないとレグルスも思った。

「それで……グループ分けの再判定は?」

 レグルスの知的好奇心に触れる話題は一区切り。オーウェンは話題を戻すことにした。この手の話を始めると、いくらでも時間を使ってしまうことを経験で知っているのだ。

「必要ない。魔法の実技授業なんて、上位とされるグループに移っても、ただの自慢大会が行われているだけだ。教わることは何もない」

「結局それですか……」

「学院に魔力を鍛えるなんて考えはないからな。仕方がない」

 上位グループに移っても学べることは少ない。どこでも使えるわけではない魔法を、特別な対魔法措置を施された学院の施設内であれば、使えるというだけのこと。それも下位グループより早く許可されるだけ。慣れという点で成長出来ても、それ以上のことはないとレグルスは考えている。
 そうであれば、初歩的なことであっても、これまで学んでいなかった基礎を勉強したほうがマシ。結局、これに尽きる。学院は初心者を一人前に成長させることは出来ても、優等生を超優等生にする場所ではないということだ。

 

 

◆◆◆

 学院に魔力を鍛えるという考えはない。レグルスが思っている通りだ。だが学院はそうであっても、生徒の側には異なる考えを持つ者がいる。アリシアがそうだ。
 アリシアは魔力を鍛える方法を、レグルスと共に編み出した方法だが、惜しむことなく人に教えている。ジークフリート第二王子に軽々しく伝えるものではないと注意されたが、それは意味がなかった。注意されたのは、すでに教えてしまった後なのだ。

「凄いわ。夏休みの間、ずっと続けてきたのですね?」

「ああ。おかげで少し感覚が変わってきた」

 アリシアに最初に教わった同級生は真面目にそれに取り組み、成果を出せた。それを知った他の同級生も真似を始めているのだ。

「コツを掴めば、あとはそれほど難しいものではないわ。まずは立つことから始めるのが良いと思います」

「それは始めている。でも、立った状態で意識を集中させるのは俺にとっては簡単ではないな」

 呼吸を整えて体内に意識を持っていき、魔力を捉える。寝る前の時間に行って出来るようになったからといって、その先も、アリシアの言うような簡単なものではない。アリシアは魔力の活性化を無詠唱で行えるようになっていた状態から始めたのだ。それが出来ない人とは違う。

「でも位置はだいたい掴めているはずです。そこに意識を向ければ、存在を掴めると思うのですけど」

「ああ、位置か。それはそうだ」

 体内に深く意識を集中させて探るまでもなく、魔力の位置は分かっている。そうであればその場所で変化を起こせば良いだけだ。アリシアに言われて、やり方の違いに同級生は気が付いた。

「あとは掴んだまま、意識を別に向けることが出来るようになるだけです。完璧に出来なくても、意味はあると私は思います」

「意識を別に向けるとは?」

「体内に意識を向けたままでは戦えませんから。敵の動きを見て、反応出来ないと」

 魔力を掴む、というのはそれを効果的に使い、戦闘力を高める為。その状態で戦えないと意味はない。

「そういうことか。でも、魔法を発動したあとも魔力を掴んだままでいる必要があるのか?」

「魔法を発動した後だと掴みきれないと思います」

「……えっ? まさか、そういうことなのか?」

 魔力の活性化と発動は別。別であるが、ある種の効果は活性化しただけで現れる。そのことに同級生はまだ気づいていなかった。体を動かすこともまだ出来ていないので、気づけなかったのだ。

「ご自分で確かめてみてください。それで分かります」

「……分かった。頑張ってみる。ありがとう」

 アリシアは、それを言葉にすることをしなかった。だが、否定もしていない。それで事実が同級生に、周囲で熱心に話を聞いていた他の同級生にも分かった。今はまだ話を聞いている人たちは、半信半疑という状況だ。彼らはまだ始めたばかり。アリシアの説明を実感できるところまで進んでいないのだ。

「……さりげなく、驚きの事実を公表するのね?」

 ざわつく周囲の中、声を掛けてきたのはキャリナローズだ。彼女もアリシアが示唆した事実に驚いている。

「鍛錬によって感覚を身につけることが出来れば、どういうことか分かりますから」

「効果は分かるのでしょうね? でも理屈まで分かるのかしら?」

「それは……頭で考えれば、きっと」

 意味もなく答えをぼやかすアリシア。秘密にしなければならないほどのことではないと考えていたのだが、キャリナローズも含めて周囲の反応は思っていたのと違っていた。失敗してしまったと思ってのことだ。

「考える時間が勿体ないから、アリシアの口で説明してもらえる?」

 当たり前だが、キャリナローズの追及は終わらない。はっきりと言葉にすることを求めてきた。

「……魔法の発動には段階があって……活性化、属性変換、発動という感じで……」

「属性変換って何?」

「魔力に属性を与えること?」

 アリシアが口にしているのは、ただの推測。元の世界で得た知識をそれらしく当て嵌めているだけであって、この世界でひとつひとつ実証したわけではないのだ。

「……なんとなく分かったわ。アリシアはそれも詠唱なしで出来るの?」

「出来ません」

「それで効果が出るの?」

 魔法を使えることと、魔法の知識があることは違う。魔力を持ち、それを詠唱によって魔法化出来るというだけで、理屈は知らないのだ。知る必要なく魔法は使えるということでもある。

「身体強化系の魔法は属性変換も発動もいらないのだと思います」

「詠唱もいらないと。どうしてこんなことが分かったのかしら?」

 異世界ファンタジーでは常識であっても、異世界で生きる人々にとってはあり得ないこと。それを見つけたアリシアは、魔法の常識を覆す大発明家とされてもおかしくない。

「それは……色々と試していて、たまたま」

 聞かれてもアリシアは答えに困ってしまう。ここで「私は異世界からの転生者です」なんて告白をする気にはならない。信じてもらえず、変人扱いされても困る。仮に信じてもらえたとしても、弊害のほうが多いように思う。隠したままゲーム世界の主人公でいたほうが良いと、以前から考えていたのだ。

「色々ね……他にも何か知っているの?」

「……いえ。特別なことはないと思います」

 この世界の未来を知っている。これも話す気はない。知られることにメリットはないと考えている。

「本当に?」

「ないと思います」

「……たとえば、魔力を隠す方法とかは?」

 キャリナローズには疑う理由がある。以前から気になっていることがあったのだ。

「知りません。試みたこともありません」

「そう……ちなみに、貴女以上にレグルスが特別な知識を持っている可能性は?」

 気になっていたのはレグルスのこと。剣術については意図して最下位グループを選んだことは知っている。だが魔法はそういうわけにはいかないはずなのだ。魔力測定を誤魔化す方法など、存在しないはずなのだ。

「……分かりません。こういった話をしたことがありませんから」

 可能性はあるとアリシアは思った。呼吸法も元はレグルスの知識。それ以外にもいくつもの仮説をレグルスから聞かされている。深いところまで話が出来ないままに終わってしまった詠唱についてレグルスは、異世界から来たアリシアが納得するような仮説を立てていた。離れ離れになった後も、レグルスであれば深く追究している可能性はあり得る。

「……あの男は、人を惑わすことにかけては天才ね。実力があるのにそれを隠しているのか、こちらの考え過ぎなのか分からないわ」

「実力がどの程度か私も分かりません。分かっているのは彼には才能があるということです」

「出来損ないと言われていたレグルスに才能……ちょっと前なら笑い飛ばすところね?」

 今はキャリナローズも笑い飛ばして終われない。共にいる時間はなくても、そうであるから尚更かもしれないが、気になってしまう。そういう何かをレグルスから感じてしまうのだ。

「努力によって花開く才能もあると思います。レグルス様のそれは間違いなく、そういうものです」

 そしてレグルスは努力の人でもある。キャリナローズたちから昔話を聞かされれば聞かされるほど、アリシアが知るレグルスとは別人であることが分かる。アリシアはまた少し、転生を疑うようになっている。その疑いを他人に話すことも出来ないが。

「どうすれば彼のことが分かるのかしらね?」

「いつか機会は来ると思います。それがいつ、どのような形でなのかは私には分かりませんけど」

 それで良いのかという思いがアリシアにはある。ゲームストーリー通りに事が動き、レグルスが王国に混乱をもたらすような状況になってから、その力を思い知るようでは駄目なのだ。それではレグルスは救われない。彼が事を為す前に、彼を止めなくてはならない。何事かを為そうという思いを、諦めさせなければならない。
 だがその方法がアリシアには思いつかない。思いつかないので、ただひたすらに強くなる為の努力を続けていることしか出来ない。自分だけでなく、防ぐ側の人たち全員がそうであって欲しいとアリシアは望んでいるのだ。

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