月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第57話 意外な事実が明らかになった

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 週末、いつもは行かない道場にレグルスは出掛けた。平日にフランセスとエリカと三人で美術館に行く為に、さぼった一日分を補填する為だ。これが出来ると思っているから、レグルスはフランセスと平日遊びに行くことを受け入れたのだ。
 平日と同じ、三時間ほどの中身の濃い稽古を終えると、いつものようの「何でも屋」で仕事。といっても、いつも仕事があるわけではなく、今日は店番をしているだけ。午前中の稽古の疲れを引きずっている今は、ありがたい状況だ。
 ただ、何もしていないわけではない。体を動かせない時は魔力の鍛錬。今のレグルスには、周囲の静寂さなど必要ない。どのような状況でも呼吸を整え、意識を内に込めることが出来る。元々はエモンに学んだ泥棒の技、気配を消している状態だ。
 体の活動を最小限に抑え、その状況で魔力を、浸透させる意識で全身に広げていく。鍛錬の副次効果として疲れた体も少し回復する。これが分かっているので、勉強ではなく、魔力の鍛錬を選んだのだ。
 浸透と集約を何度か繰り返したあとは、次の鍛錬。このところ毎晩試みているが、中々上手く行かない鍛錬だ。
 体内に浸透させた魔力を、漏れ出すように体外に広げる。気配を消したまま、魔力もその活動を周囲に広げる以外は、最小限のものにして。

「…………失敗」

 だが、今回も失敗。上手く行かなかった。

「どこまで広がった?」

 問いかけたのはエモンに向かって。この鍛錬はエモンと一緒に行っている。二人で習得しようとしているだけでなく、そもそも一人では出来ない鍛錬なのだ。

「一メートルくらいでしょうか?」

「そんなものか……上手く行かないな」

「そもそも上手く行くのでしょうか? 気配探知に引っかからないで、魔力を広げるなんて」

 レグルスが試みているのは新たな気配探知の技を作り出すこと。すでにエモンの技は魔法の一種であることがレグルスたちは分かっている。気配探知をお互いに行うと、本来の位置とは別の場所を認識してしまうことがある。その原因を調べて分かったことだ。気配探知は魔力も検知すること。そして気配探知は魔力を放っていることも。

「一メートルは出来ている。それを十倍にすることが当面の目標だ」

 十倍なんて数値は不可能に近い、とはレグルスは考えない。すでに出来ていることを、もっと出来るようになるだけ。こう考えるようにしている。

「その範囲で意味がありますか?」

 十メートル先であれば視認出来る。その程度の気配探知に意味があるのかとエモンは思ってしまうが。

「こちらは気配を消した状態。十メートル先であれば奇襲出来る」

「……確かにそうですけど」

 今の気配探知は魔力を放つ。それを感じ取れる相手だと、自分の存在も気づかれてしまう。それでは意味がないとレグルスは考えたのだ。自分の存在を知られないまま、相手の存在を察知出来る技であるべきだと考え、それを習得しようとしている。

「把握する力が足りないんだよな。だから広げているうちに魔力を感じづらくなって、無意識のうちに活性化してしまう」

「体内だと、何がというわけではありませんけど、触れている状態ですから。その違いは大きいです」

「逆に一メートルに近づかれても気づかれない……は無理だよな。想像出来ない」

 目の前にいるのに相手からは見えない。これが理想だが、それは気配ではなく存在そのものを消すようなもの。実現出来ると思えない。それが出来る自分がイメージ出来ない。それでは無理だとレグルスは思う。

「壁の向こうであれば一メートルでも活用は出来ます」

「魔力って壁超えられるのか?」

「試したことはないですね。出来なそう」

「ああ、駄目だ。上手く行かないと悲観的な考えばかり浮かんでしまう。ここは壁も超えられると考えないと」

 これはアリシアに言われたこと。魔法はイメージが大切。自分が信じられないことを具現化出来るはずがない。常識にとらわれない自由な発想が必要なのだと教わったのだ。

「諦めないで続けるしかないですね。最初は数十センチだったのです。それが一メートルまで伸びたわけですから、成長はしています」

「最初にそれ言えよ。お前が『上手く行くのか』なんて言い出すから後ろ向きの会話になったのだろ?」

「そうでした。すみません」

 反省はするものの、またいつか同じような展開になる。これは、エモンが悪いというより、レグルスが特別なのだ。常識にとらわれない自由な発想、なんてことを言葉で伝えられても、簡単に実践出来るものではない。泥棒のエモンのほうが常識人だということだ。

「……若旦那。よろしいですか?」

「ああ、平気です。何か?」

 扉の向こうからバンディーが話しかけてきた。まず間違いなく仕事の話であるので、レグルスは鍛錬を中断することにした。

「先日の、花街での仕切りを依頼してきたお客様がいらっしゃいました」

「分かった」

 正体を知られることなく、顔も見せることなく、花街で宴会を行いたい。こんな不思議な依頼をしてきた客。今日はその客が再来店する日。呼びたい女性についての調査結果を報告する日だ。
 調査結果は、客が与えた情報が確かなものであれば、出ている。レグルスたちにとっては、ちょっと驚きの結果だった。

「いらっしゃいませ。重ねてのご来店ありがとうございます」

 店に出ると途端に商人の顔に変わるレグルス。若すぎるという点を除けば、商家の人間であることを疑う人はいないだろうと思えるほどの、変わり身だ。

「いえ。それで、結果のほうは?」

 客はすぐに報告を求めてきた。

「該当する女性は見つけました。幸いというか、一人です」

「そうですか! では、次の段取りに進めるのですね?」

 調査結果が良いものであったことを喜ぶ客。最初の難問をクリア出来たのだ。喜ぶのは当然といえる。

「進めることは出来ます。ただ、上手く出来る保証はありません」

「それは分かっています。まずは花街との交渉ということですね?」

「いえ、申し訳ございません。私の話し方が悪かったです。交渉が成功する可能性が低いことが分かったという意味です」

「……どういうことですか?」

 最初の関門をクリア出来たと喜んだばかりなのに、次の関門は試みる前から超えられないと言う。客としては納得出来ない。

「条件に合う女性は、花街の太夫。太夫がどのような立場かご存じですか?」

「いえ、知りません」

「ではご説明いたします。花街で働く女性たちの頂点に立つ女性。もっとも高貴な女性で、お客様を選ぶ権利を持っております。その太夫が、お客様が求める条件を受け入れるとは思えません」

 そもそも初顔の客が呼べる相手ではない。仮に求めに応じて茶屋を訪れることがあっても、初回であれば顔見せ程度。宴席の場など作れない。

「その交渉をこちらにお願いしたいのです」

「花街には花街のしきたりがございます。それを破らせるような交渉は我々には出来ません」

 レグルスは花街の慣習を無視するような真似はしたくない。交渉を行うことはそれと同じ。出来ることなら受けたい依頼であったが、諦めることにしたのだ。

「……こちらには花街に顔が利く人がいると聞いてきました」

「……何かの間違いではありませんか?」

 その情報はどこからもたらされた情報なのか。それが分からない間は迂闊なことは言えない。

「特別な宴会を開いた人がいると、花街を知る人に聞きました。その人がこの店にいるということも調べています」

「……やはり、間違いです。恐らくその人は……もう亡くなられています」

 レグルスに心当たりがある特別な宴会は、ナラズモ侯爵の汚名挽回の為に開いた会。そうであれば、それは亡くなったマラカイとリーリエによって段取りされたものだ。

「そんな……」

「残念ですが、今回はご縁がなかったということで」

「……お願いです! そうだとしてもこちらは花街と縁があるのでしょう!? どうにか場を作ってもらえますか!? どうしても! どうしても会わせたいのです!」

 テーブルにつくくらいに深く頭を下げて、懇願してくる客。この反応はレグルスの予想外だった。ここまで必死に頼む理由を、レグルスは知らないのだ。

「そのようにお願いされても無理なものは無理ですので。花街のしきたりは破るわけにはまいりません」

「でしたら、せめて一目だけでも! わずかな時間でもかまいません! その女性の姿を!」

「そこまで……?」

 依頼人の目的は女性の姿を見ること。宴会はその為の口実に過ぎないことをレグルスは知った。それに何の意味があるのかまでは分からない。だが、目の前の客の様子から、特別な事情であることは分かる。相手は、商人にこんな態度を向ける立場ではないはずなのだ。

「お願いです! 一生のお願いです! なんとか一目だけでも……どうか……」

「……そういう条件でよろしければ、交渉はお引き受けいたします」

「あっ……ありがとう……ありがとうございます!」

 レグルスは依頼を引き受けることにした。そもそも太夫の姿を一目見るだけであれば、交渉する必要などない。来客がある日を、太夫道中が行われる日を調べて、花街に行けば良いのだ。それで姿を見ることは出来る。
 そうであるのにレグルスが交渉すると告げたの、相手を騙そうとしているのでない。良く知る太夫を、桜太夫を何らかの事情から一目見たいという相手。その相手ではなく、桜太夫に対して、盗み見のような段取りをするのは悪い。そう思ったからだ。

 

 

◆◆◆

 休みの日もアリシアはジークフリートと会うようになっている。ジークフリートだけではない。タイラー、クレイグ、そしてキャリナローズを加えて五人で行動することが増えているのだ。それだけ頻繁にジークフリートが遊びに誘っている、ということではない。他の三人からも誘われることが増えたせいだ。
 アリシアとしても他の三人からの誘いは、ありがたい。特にタイラーとクレイグからの誘いは、そのほとんどが遊びではなく、鍛錬に繋がるもの。自分を成長させてくれる機会を与えてくれるものなのだ。
 今日もタイラーの、南方辺境伯家の屋敷にお邪魔して、剣の稽古。南方辺境伯家の騎士から剣を教えてもらえている。最初は王家や他の守護家の人間に剣を教えることに躊躇いを見せていた騎士たちだが、何度か機会を作っていく中で、そういう意識は消えたようで、熱心に指導を行ってくれるようになった。こうアリシアは思っているのだが。

「……つまり、彼らの目的はアリシアってこと?」

「ああ。下心ではない、いや、これも下心か。彼らは天才の師になりたいようだ」

 騎士たちが指導に熱心になったのはアリシアの存在があるから。彼女の外見ではなく、才能に騎士たちは惹かれているという事実を、タイラーはクレイグに説明した。
 他家の人間に熱心に指導する騎士たちを、クレイグも疑問に思っていたのだ。

「天才に師匠って必要かな?」

「こう言っては彼らに悪いが、押し売りのようなものだろ? 指導者だったという事実を作りたいのだ」

「そんなので南方辺境伯家は……大丈夫か。別に騎士たちが弱いわけじゃない」

 南方辺境伯家の騎士たちの指導にはクレイグも満足している。自家の騎士たちに優るとも劣らない精強さだと判断している。

「……なんとかならないか、なんて冗談を言う者もいる」

「それ、どういう冗談? なんとかならないか、だけじゃあ、中身がまったく分からないよ」

「……妻に出来ないかということだ。彼女の血がディクソン家に入れば、将来は安泰だなどと言って」

 才能は遺伝する。特に魔力は血が全て。こういう考えを持つこの世界の人々からすれば、それも武の世界にいる彼らにしてみれば、アリシアの才能はとても貴重なものと思える。タイラーは冗談にしているが「自家にその才能を受け継ぐことが出来れば」と思うのは当然だ。

「……それで試みようとしているわけ?」

 だからタイラーは頻繁にアリシアを誘うのか、と考えたクレイグだが。

「違う! 俺にはそんなつもりは一切ない!」

「そんなムキにならなくても……彼女はレグルスの婚約者だからね。彼に悪いか」

「それも違う! あの男はアリシアという婚約者がいながら……いながら…………どうしようもない男だ」

「……えっ? あっ、もしかして、あっち? そういうこと?」

 アリシアに対する想いの強い否定。レグルスへの非難。そして尻つぼみな言葉は何を言いたかったのかを考えた時、クレイグはひとつの可能性を思いついた。これまで一度も考えたことがなかった可能性だ。

「……余計なことを聞くな」

「あのさ、さらに余計なことを言わせてもらうけど、そいうことならアリシアを誘わないほうが良くないかな?」

「……どうして、そういう話になる?」

 余計なこと、とはタイラーは言わない。クレイグが何を考えているのか気になるのだ。

「誘わなければ、アリシアはレグルスと会うことになるよね? でも彼女はここにいる。邪魔者のいないところでレグルスのやつが何をしているか……」

 これは忠告というより、タイラーを揶揄っているのだ。強くなることしか考えていないと思っていたタイラーに、実は好きな女の子がいただなんて話は、いじらないではいられない。

「それはない。今日レグルスには別件があって、フランセスとは……あっ……」

「はい、正解。やっぱり、彼女か……たしかにアリシアとは違うタイプの美人だね」

 つい好きな女の子の名を明かしてしまったタイラー。顔を真っ赤にしているタイラーを見て、クレイグは笑うのを堪えるのに必死だ。そうは見えないが。

「……とにかく、二人は今日会っていない」

「それ誰から聞いたの? まあ、良いけどさ。しかし、そうなるとレグルスは、ジークとタイラー二人と女性を奪い合っているのか……何角画関係かな?」

「だから」

「冗談……真面目な話をするけど、ブラックバーン家は彼女の才能を知っていたのかな? レグルスがあんなだから彼女を相手に選んだ可能性はあるよね?」

 レグルスは、クレイグの認識では、劣等生。守護家の跡継ぎには、個人の武が全てではないとクレイグも分かっているが、相応しくない人物だと思っている。
 ブラックバーン家が、レグルスの無能を補う相手として、アリシアを選んだ可能性を考えた。間違っているが。

「クレイグ……レグルスは本当に弱いと思うか?」

「違うと?」

「実力の程は俺も知らない。だが、授業の様子を見る限り、かなり熱心に鍛錬を行っている。それに……いや、これはただの憶測だな」

 アリシアがレグルスと話す時、多くの場合その内容が実技授業の反省や、剣術や魔力についての相談ばかりであることをタイラーは、フランセスに愚痴っぽく聞かされて、知っている。アリシアは何故、自分たちでは満足せず、レグルスにも相談するのか。それがタイラーは気になっている。

「もうすぐ年度末試験。それで分かるんじゃない?」

「……そうだな」

 納得の言葉を口にしたものの、タイラーは内心ではクレイグの問いを否定している。もしアリシアが武において、レグルスを自分と対等の存在だと認めているのだとすれば、そもそも今のグループにいるはずがない。では自分の思い違いか、ともタイラーは思えない。
 レグルスは強い。離れた場所から眺めているだけで、そう感じる。それを感じられるだけの実力が、タイラーにはあるのだ。

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