月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第58話 知らないほうが良い秘密もある

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 アリシアには、ひとつ疑問に思っていることがあった。周囲の人たちのレグルスに対する評価に対する疑問だ。皆がレグルスは北方辺境伯家の落ちこぼれだと言う。だがアリシアにしてみれば、そのように評価される理由が分からない。実技授業では、確かに、もっとも実力がないとされているグループにいるが、低評価はそれ以前からのもの。王立中央学院に入学する前から、落ちこぼれ呼ばわりされているのだ。
 何をもってその評価は決められたのか。その疑問の答えを得られることになった。

「魔力爆発、ですか?」

 レグルスが無能と評価されているのは『魔力爆発』を経験していないから。こうクレイグに教わったのだが、アリシアは『魔力爆発』がどのようなものかを知らない。

「まさか知らないの? そんなはずないよね?」

 このクレイグの言い方は、この世界の常識であることを示している。だが、アリシアは実際に知らない。ゲーム知識でも、これまで生きてきた人生の中でも、初めて聞いた言葉だった。

「……知りません。それは何ですか?」

「嘘……体内の魔力が覚醒すること。だから『魔力覚醒』とも言う。アリシアだって経験しているはずだよ?」

「…………」

 自分も経験しているはず。こう言われてもアリシアは何のことか見当もつかない。貴族であれば当たり前に経験していることを自分は知らない。そう思って、かなり焦っている。

「あれじゃないか? 物心つく前に経験したのかもしれない」

 助け舟を出してくれたのはタイラー。この言葉だけでは、まだアリシアには何のことか分からないが、知らない理由を勝手に考えてくれた。

「ああ、それはあるかも。そうだとすれば良かったね?」

「ありがとうございます?」

 何が良かったのかもアリシアには分からない。

「ご両親は何も教えてくれなかったのだな。普通に女性として生きることを望んだのだろうか?」

 またタイラーが勝手に推測してくれる。それはとてもありがたいのだが、アリシアとしては、そろそろ『魔力爆発』がどういうものかを知りたい。

「それは感じていました。体を鍛えていることが知られると、ひどく怒られましたから」

 さらにアリシアは、作り話で知識がないことを取り繕う。

「そうか……『魔力爆発』というのは体内で育っていた魔力が覚醒する時のこと。普通は六、七歳で起きる。体が発光したら合図で、数秒後に魔力が体外に放出される」

「そんな経験をしているのですか」

「魔力が強いとガラスをまとめて割るくらいの衝撃を発するからね。それで爆発って呼ばれる。逆に魔力が弱いと発光するだけで終わったりする。成長に時間がかかるせいか、年齢もあとになる」

 その『魔力爆発』がどの程度であったかで、おおよその魔力の強弱が分かることになる。子供の優秀さがその結果で評価されるのだ。

「……レグルス様も、私のように物心つく前に経験したのではないですか?」

「それはまずないよ。辺境伯家では『魔力爆発』があれば公表される。あくまで自家内でだけど、情報は他家にも届くからね。まして幼い頃に起きたなんて、自慢できること。隠すはずがないよ」

 通常、六、七歳で起きるその現象が、それより前に起きるというのは、それだけ魔力が強いということ。それを隠すはずがないとクレイグは考えている。
 正しい考えだ。後継者が優秀であることを隠すことなど普通はない。

「そうですか……」

 誰もが経験する『魔力爆発』が起きなかったレグルスは、やはり落ちこぼれ、とはアリシアは考えない。そうは思えない。

「あまり時期が早過ぎると、身心の成長が足りなくて、命を失うこともある。アリシアは無事で良かったね?」

「……そうだったのですね。覚えていないので、喜びが湧きませんけど」

 実際にはどうだったのか、アリシアは気になっている。物心つく前に起きていて、それを覚えていないのか。経験していないのか。それを確かめることは出来ない。事実を知る両親はもういないのだ。

「レグルスは今はどうなのだ? アリシアは何か知っているか?」

「どう、というのは、『魔力爆発』を経験しているのかということですか?」

「それもそうだが、それよりも今の実力がどうかという話だ」

 レグルスの実力は、実際のところ、どの程度なのか。タイラーはこの機会にアリシアに聞いてみることにした。

「……本当の実力は私も知りません。ただ……実技授業のグループ分けは、あえて今のグループを選んだとは聞いています」

「わざと最下位グループにいるということか?」

「はい。剣術の基礎を身につけるのに、最適と思える教官を選んだみたいです」

 この手の話を、アリシアは隠そうとは思わない。隠すことを思いつきもしない。

「……剣術の基礎か」

 これをどう評価するべきか。基礎から学ばなければならないほど未熟と考えるのが普通。実際にそうだ。レグルスは自分の剣術は素人同然と考えて、今のグループを選んだのだ。

「二年にあがったらどうするつもりなのかな?」

 クレイグはタイラーほど、レグルスのことは気にしていない。だが、だからといってまったく無視する気もない。自分には見えない何かにタイラーが気づいている可能性を無視するような真似はしない。

「同じだと思います。彼が、一年学んだくらいで満足するとは思えません」

 基礎を身につけると決めたら、徹底的にそれを行う。それはもう基礎ではないというところまで到達したとしても、さらに奥を追及する。レグルスの鍛え方はそういうものだとアリシアは理解しているのだ。

「レグルスってそんな真面目かな?」

「真面目というか、異常です」

「異常って……確かに普通とは言えないけどね?」

 アリシアのレグルス評を、クレイグは理解出来ない。「異常」という言葉に、どういう考えが込められているのかが分からない。

「……アリシア。君はレグルスと戦って勝てるか?」

 タイラーはもっと分かり易い答えを求めた。

「……勝ちたい、とは思います」

「そうか……」

 アリシアから返ってきたのは曖昧な答え。だがタイラーは、今はそれで満足した。アリシアは「勝てる」とは断言しなかった。断言出来ない何かがレグルスにはある。それは分かった。
 それが何か確かめる機会は必ずある、とは言えないが、それでも見えてくるものがあるはずだ。レグルスが、アリシアの言う異常さで鍛錬を続けていれば。

 

 

◆◆◆

 夕暮れ時。一台の馬車がレグルスたちの何でも屋の建物の前に止まった。珍しくもない、街中で走っている乗合馬車だ。ただ馬車そのものがそうだというだけで、この場所に止まるのは普通ではない。何でも屋の前は、乗合馬車の乗車場ではないのだ。
 馬車を降りてきたのは依頼人の男。花街での宴席を用意するように依頼してきた男だ。その彼に続いて、二人の男性が降りてくる。一人は騎士、といっても商人の護衛等を請け負う一時雇いの自称騎士の恰好をした男。もう一人は、頭巾を被っているので、おそらくは男性と言うのが正しい人物。その人物こそ本当の依頼人であることが、顔を隠していることから分かる。

「お待ちしておりました。中にお入りください」

 それでもバンディーはこれまで交渉していた男に話しかける。本当の依頼人との接触は最低限にと、レグルスに言われているのだ。

「……分かりました」

 このまま、すぐに出発するものだと男は思っていたのだが、段取りは全て何でも屋に任せている。素直にしたがって、店の中に入った。

「いらっしゃいませ。奥にお入りください」

 レグルスは店の中で依頼人の到着を待っていた。そのレグルスを、頭巾を被った男は、じっと見つめている。

「……何か?」

「……いえ」

 レグルスの問いに一言だけ返して、頭巾の男は黙り込む。

「こちらです」

 レグルスもそれ以上は頭巾の男に触れることはしない。背中を向けて、奥に歩き始めた。そのあとに依頼人と頭巾の男、そして雇われ騎士が続こうとしたのだが。

「お客様はここで」

「なんだと?」

 バンディーが雇われ騎士を止めた。

「花街へはお一人、もしくはご依頼人とお二人でと聞いております」

「私は護衛だ」

「花街に護衛は無用です。武器を持って入ることは出来ませんから」

 約束の人数に雇われ騎士は入っていない。それを理由にバンディーは同行を拒否しようとした。

「雇われたからには職務を全うする責任がある」

「では、お帰りにまた護衛を」

「貴様にそれを決める権限などない!」

 声を荒らげる雇われ騎士。そうなって初めて依頼人の男が話に入ってきた。

「花街の手前まで同行を。中に入らなければ、予定は狂いませんよね?」

 依頼人の意向は花街の入口までは護衛を頼むというもの。これを言われたらバンディーも受け入れる他ない。雇われ騎士の前から一歩退いて、前を空けた。
 苛立ちが消えないまま、荒々しい足音を立てて前に進む雇われ騎士。その時にはもうレグルスは、裏口の扉を開けていた。

「お乗りください」

「……こんなものを?」

 裏口のすぐ前には馬車が止まっていた。乗合馬車とは少し形が違うが、どこにでもあるような馬車だ。

「どうぞ」

「分かりました」

 レグルスに促されて依頼人が馬車に乗り込む。それに続いて頭巾の男。最後に雇われ騎士が乗り込んだ。レグルスは御者席。そこにはすでにオーウェンが座っている。レグルスは座るだけで、実際に馬車を御するのは経験のあるオーウェンに任せるのだ。
 動き出す馬車。

「……道が違うのではないですか?」

 向かう方向が違う。これに気が付いたのは雇われ騎士だった。

「……聞いてみます」

 依頼人はそれを聞いて、すぐに確認に動く。馬車の前のほうにある小さな窓。そこを開けると御者席だ。馬車にはそれがあるのを依頼人は知っていた。
 扉を開けるとすぐにレグルスが顔を覗かせた。

「方向が違いませんか?」

「はい。もう一台、馬車を乗り継ぎます」

「もう一台?」

「素性は絶対に知られないようにというご要望でしたので」

 馬車を乗り換えるのは本当の依頼人、頭巾の男の素性を隠す為。追跡を警戒してのことだ。

「……分かりました」

 まさかそこまで配慮するとは依頼人は考えていなかった。それをありがたく思う気持ちと同時に、何故そこまで、という疑問も湧く。だからといって、何もすることはない。もう事は動き出しているのだ。
 しばらく馬車に揺られていた一行。やがて次の乗り換え場所に到着した。

「これは?」

 今度の馬車はこれまでとは豪華さが違う。こんな目立つ馬車で良いのかと依頼人は思ったのだが。

「今回、同席させて頂く方の馬車です。これで目的地の前まで行きます」

「ああ、そういうことですか」

 今回は、ある花街の上客が開く宴席に同席させてもらうことになっている。その形であれば花街のしきたりを破ることなく、依頼を実現出来る。事前に説明を受けていたことだ。

「ここからは私も馬車の中に座らせてもらいます。護衛の方は申し訳ありませんが、御者台の方へ」

「それでは護衛にならない」

「それは、ご厚意で同席を許された方を疑っているということですか? さすがにそれはいかがでしょう?」

「……いや、そういうことではない。分かった。私は御者席に」

 依頼人、というより頭巾の男の視線を受けて、雇われ騎士は引き下がった。

「では、どうぞ」

 馬車の扉を開けて、中にいざなうレグルス。また依頼人が先、それに頭巾の男が続くという順番だ。二人が座席に座ったところで、レグルスもすぐに馬車に乗り込む。

「今回、同席を許してくれたナラさん。ナラさんはナラさんで、それ以上の詮索は無用です。花街でもナラさんというだけで通っています」

 レグルスが同乗したのは、こういった事前説明を行う必要もあってのこと。花街に入る前に取り決めておくことが、いくつかあるのだ。

「承知しました。本日はお世話になります。貴方様のご厚意には感謝してもしきれません」

「私は別に。アオの頼みとあらば、断るわけにはいきませんので」

「アオ様、ですか?」

「おや、ご存じない? この男の名です。お前は自己紹介もしていないのか?」

 ナラさんはすでにナラさん。といっても花街にいるかどうかは関係なく、レグルスとの関係はこんな風になっている。ナラさんにとっては、アオが通常なのだ。

「名乗る必要はないので。では改めまして、アオと申します。お客様は、どう名乗られますか?」

「どう名乗るとは?」

「花街では外界の肩書や身分、そして名も関係ありません。呼ばれたい名を名乗ることが出来ます。お客様にとって実に都合の良いことです」

 素性を隠したい、などとあえて希望しなくても、花街では客が外の世界で何者であるかなど気にしない。それを改めてレグルスは説明した。
 説明しても客が気にしなくなるとは思っていない。それでも言っておこうと思ったのだ。

「そうですか……」

「ご希望があればどうぞ」

「希望と言われましても……」

 依頼人は思いつかない。頭巾の男に視線を向けるが、相手も何も言おうとしない。

「では、バウム殿とクーヘン殿でいかがですか? 意味はありません。一夜限りの名となりそうですので、凝った名にする必要もないと考えました」

「……分かりました。では、私はクーヘンを名乗ります」

「ではそれで。あとは……花街を楽しんでください。どのような事情があろうと、花街はお客様が楽しむ為の場所です」

 何故、頭巾の男が桜太夫に会いたがっているのかは分からない。それを調べることは出来ていない。可能性は思いついても、今回はそれを追及しようとはレグルスは思わなかった。
 頭巾の男はレグルスを知っている。店で会った時の、さりげなく気にして見ていた、反応がそれを示していた。それとエモンに尾行させて突き止めた依頼人の暮らしている場所、教会を結びつけると何が導き出せるのか。
 レグルス・ブラックバーンである自分の顔を、しっかりと認識している教会の上位者。これ以上は知るべきではないと、レグルスは考えた。

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