月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第36話 変わったもの、変わらないもの

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 ブラックバーン家を訪問してから一週間が過ぎているが、アリシアの心の動揺は未だに収まらない。アオがレグルス・ブラックバーンであった事実を受け止めきれないでいるのだ。
 レグルス・ブラックバーンは世の中を乱す悪。王国に平和をもたらす側であるアリシアと対立する敵だ。そんなはずはないという想いがアリシアの心にずっと浮かんでいる。アオは多くの人を救う存在。自分と同じ側に立っているはずだと。だが、彼がレグルス・ブラックバーンであり、この世界がアリシアの知るゲーム世界であるなら、彼女の願いは叶わない。レグルス・ブラックバーンは倒すべき敵なのだ。
 とにかく会って、きちんと話をしたい。アリシアはこう思っているが、それも実現出来ないでいる。使いを送って訪問を打診しても、「都合が悪い」という答えが返ってくるばかり。レグルスは自分を避けている。これは明らかだ。
 何故、避けられるのか。この理由には、ひとつだけ心当たりがある。家族を捨てて貴族になった自分を軽蔑している。これだ。
 彼は今も、自分の家族と多くの時間を過ごしているのか。この疑問の答えも得られていない。ただ、さすがにブラックバーン家の使用人も何度も訪問を断られることになる彼女に少し同情したようで、彼が元々屋敷に寄り付かないことは教えてくれた。思うように連絡が取れないのだという内部事情を教えてくれた。彼女が王都で暮らしていた時から、変わらない状況だ。
 今も同じ生活を続けているのだとすれば、彼女は彼がいつどこにいるか分かる。会いに行ける。自由行動が許されるのであれば。だが、そうではないのだ。
 彼女が王都で生まれ育ったことを使用人たちは知らない。だが、セリシール公爵家令嬢として、危険な場所や相応しくない場所に行くことは許してもらえない。単独行動も禁止。その点については、公爵からきつく言われているのだ。実家のある区域は、その危険で相応しくない場所だ。訪問することは難しい。
 では、彼に会うための残る方法はひとつしかない。アリシアはそのひとつを実行に移した。
 馬車の窓から見える景色は、懐かしさを感じさせてくれる。王都で暮らしていた時、何度も走った場所だ。アリシアは王都に戻ってきた時に通った道を、逆に向かっていた。

「この辺りで一度降りたいわ」

「承知しました」

 口実は郊外散策。ずっと屋敷にこもっていては不健康なので、自然を感じられる場所を散策したいと言う理由で、アリシアは郊外にやってきた。これについては事はスムーズに進んだ。お付きの侍女も、気晴らしが必要だと考えていたのだ。
 問題はここからだ。

「……風が気持ち良いわ。少し歩きます」

 目的の場所までは、まだ少し距離がある。アリシアにとってはすぐ近くであるが、貴族令嬢の散歩、となると距離もそこに至る道も相応しくないものだ。
 だが、ここまで来たのだ。アリシアは、後で叱られるのを覚悟で、強行するつもりだ。

「……お嬢様?」

「遅いわよ? ちゃんと付いてきて」

 口ではこう言っているが、アリシアはお付きの人たちを振り切るつもりで、かなり速足で歩いている。なんとか付いてきていた使用人たちも、それが十分、二十分と続くと、どんどん引き離されていってしまう。アリシアの望む通りの状況だ。
 目的地はもう間もなくのはず。そう考えたアリシアの目に映ったのは、流れる風を受けて、波のようにうねる黄金色の穂だった。

「これって……?」

 アリシアの知らない風景がそこにあった。何もなかった、ただの荒れ地だったはずの場所に豊かな実りが広がっていた。

「…………」

 呆然とその風景を見つめているアリシアの目から、涙が一筋零れる。大切な仲間の夢が叶った喜びが心に広がっていた。

「良し! 少し休憩しよう!」

「はい!」「おお!」

 農地で働いている人の声。アリシアの聞き覚えのある声だ。

「……リサ? もしかして、リサか!?」

 相手も、リキも立っている彼女に気が付いた。服装はまったく違っていても、彼女の顔を見間違えるはずがない。

「……リキ……良かったね?」

「ああ……なんとか、ここまで来られた。まだまだだけど」

「まだまだって……凄いよ。こんな立派な農地を持って」

 人を雇えるくらいの農作地をリキは手に入れた。収穫のことなどアリシアには分からないが、広大と思える農作地の所有者にリキはなれたのだ。夢を叶えられたのは凄いことだとアリシアは思う。

「……アオのおかげだ。沢山助けてもらった」

「……その、アオは? いる?」

 彼の名が出たところで、アリシアはこの場所にいるのかを尋ねた。リキに会えたことは本当に嬉しいが、ここに来た目的は彼に会い、話をすることなのだ。

「いない。ここでの開墾作業はひと段落した。今はもう、鍛錬の途中で、たまに顔を見せるくらいだ」

「そう……」

 目的の彼はいなかった。それが分かって落ち込むアリシア。

「……アオは……アオは今も変わらず、アオのままだ」

「……もしかして知っているの? 私たちの婚約のこと」

 あえてそんなことを言うリキは、自分の不安を知っているのだとアリシアは感じた。

「ああ、本人から聞いた。そのうちリサが顔を見せるかもしれないとも聞いていた。今は、アリシア様か」

「やめてよ。あっ、煩い人たちが追いついてきたら、アリシアになるけどね」

「こうして会えたのは嬉しいけど、無理してここに来るのはもう止めておいたほうが良い。今のリサは、アリシア様でいなければならないのだろ?」

 リキは、彼に教えられて、細かい事情を知っている。彼女の素性を知っているリキには教えておいたほうが良いと彼は考え、伝えることにしたのだ。

「そうだけど……こうしないと皆に会えないから」

「……それでも、今の自分の立場は考えないと」

 彼女と頻繁に会うべきではない。彼女の為にも、自分たちの為にも。これはレグルスから言われたことだ。彼女の過去は絶対に隠さなければならない。それが公になっては、彼女の両親は何の為に殺されたのか。レグルスはこう考えている。リキたちが彼女の両親と同じ目に遭ってはいけない。レグルスはこれを恐れている。

「……もしかして、リキも私を軽蔑してる?」

 だがレグルスの想いはアリシアには伝わらない。伝わるはずがない。彼女はまだ両親の死を知らないのだ。

「軽蔑? 軽蔑って、何の話?」

「……私が家族を捨てて、貴族になったこと」

 リキも自分を避けている。何も知らない彼女はこう受け取ってしまった。

「そんなの、まったく考えていなかった。『俺も』って言うってことは、もしかして、アオがそう考えていると思ってる?」

「……思ってる」

「それはない! 絶対にない! リサ、アオは今も君のことを大切に想っている。この世界の誰よりも大切にしているから」

 すべては彼女の為。リキは彼の行動をこう理解している。彼女と距離を取ろうとしていることも、リキはこれには納得出来ないでいるが、彼女を守る為だと。

「でも……アオは会ってくれない。どうして?」

「それは……ごめん。俺からは何も言えない。リサとアオ、二人のことだから」

「……ねえ、リキ。本当にアオはアオのままだよね?」

 アリシアの不安はレグルスが会ってくれないということだけではない。彼がレグルス・ブラックバーンであったこと。人を助ける側でなく、陥れる側の人間であったことも彼女の不安を掻き立てているのだ。

「もちろん。ここだって、今はこんなだけど最初の時は大変だったんだ。収穫直前に火を付けられて」

「ええっ!?」

「作物は全部だめになった。でもアオが、もう二度と同じような真似をさせないようにしてくれた。アオはずっと俺たちを守ってくれている。出会った時からずっと変わらずに」

 新参の、しかも労働者を、他とは比べものにならない高賃金で雇おうというリキに対しての嫌がらせ。それを知ったレグルスは、それを行った相手を探し出し、ブラックバーン家という看板を思いっきり使って脅し、二度と手出しをしないと誓わせた。
 ブラックバーン家、北方辺境伯家がバックにいると知って、リキたちに手出し出来る者などいない。相手にも背後で支援している者がいたとしても、それは同じだ。

「そっか……」

 アオはアオのまま。それを知ったアリシアの心に安堵が広がる。これで不安が完全に消えるわけではないとしても、今この瞬間、良かったと思える。無理してリキに会いに来て、良かったと思う。

「……アリシア様」

「えっ……あっ……」

 リキに「アリシア様」と呼ばれて戸惑った彼女だが、すぐにその理由が分かった。追いついてきた使用人の声が教えてくれた。

「信じるべき人を信じてください。何があっても、何を知っても」

「……分かりました。助言に感謝しますわ」

 リキの言葉で、やはり彼の態度には何か事情があることが分かった。安堵していた心に、また不安が紛れ込んでくる。それでもここに来る前に比べれば、リキと話をする前に比べれば、心を覆っていた黒い影は薄れている。
 アオはアオ。ゲーム上の設定がどのようなものであろうと、アオがアオであることに変わりはない。アリシアは、こう思えるようになった。

 

 

◆◆◆

 結局、アリシアがレグルスとまた会うことが出来たのは、ブラックバーン家の屋敷を訪れた日から半月近くも経ってからのこと。王立中央学院に入学する直前になってからだった。しかも、レグルスが会うことを了承した結果、実現したものではない。強制する力が働いたおかげだ。
 理由がどのようなものであっても、アリシアとしてはレグルスに会えるのはありがたい。その場を段取ってくれた人に感謝したのだが。

「そう。貴女がアリシア・セリシール」

 その人の冷たい視線を浴びて、感謝の気持ちは一気に消えることになった。

「……王女殿下。お目にかかれて光栄です。アリシア・セリシールと申します」

「知っているわ」

 この場を整えたのはエリザベス王女。レグルスが婚約し、さらにその相手が王都にいると知って、二人を呼び出したのだ。幼馴染として、内々に婚約を祝う為の会という名目で。

「……本日はお招きいただきありがとうございます」

「御礼は無用。どうしても貴女に会いたかったの。レグルスの婚約者である貴女に」

「……はい」

 明らかな悪意。嫉妬され、嫌がらせを受けるのは王立中央学院に入学してから、しかも第二王子と親しくしているからという理由であるはずなのに。こんな思いがアリシアの心に浮かぶ。まだ心に余裕があるということだ。

「セリシール公爵家に貴女のような娘がいたのですね?」

「……はい」

 答えを躊躇ってしまう問い。だが肯定以外を返すわけにはいかない。

「……くやしいけど、容姿は合格にしてあげるわ」

「合格、ですか?」

「レグルスの婚約者として及第点という意味よ。あくまでも容姿だけね」

 アリシアの容姿については文句のつけようがない。エリザベス王女はそれを認めた。嫉妬しながらも、本人はその気持ちを認めていないので、公平にアリシアを見られているのだ。

「……ありがとうございます」

「容姿だけだから。他は合格ではないわ」

「……あの……大変失礼なことをお聞きしますが、王女殿下はレグルス様のことを?」

「なっ、何を言っているの? 私がレグルスのことを好きになるはずないわ。そんなのあり得ないもの。幼馴染として貴女を評価しているの」

 「好きなのですか?」まではアリシアは口にしていない。それでこの答えだ。エリザベス王女の気持ちがアリシアには良く分かった。はっきりと確認できたというだけで、会った瞬間から感じていたことではあるが。

「幼馴染ですか……王女殿下は私が知らないレグルス様をご存じなのですね?」

「ええ。私は貴女が知らないレグルスを知っているわ。彼はとてもやんちゃで、周囲を困らせてばかりだったけど、とても優しかったわ」

 とても優しかった、は嘘だ。たった一度、猛犬に襲われそうになったエリザベス王女を助けただけ。だが、エリザベス王女の記憶ではそういうことになっている。婚約者のアリシア相手であるので、少し話を盛ろうとしているということもある。

「そうでしたか。やはり、昔から優しい人だったのですね」

 だがアリシアにとっては、レグルスが優しいというのは紛れもない事実。エリザベス王女の話を真実として受け入れてしまう。

「……他の人にはどうだったかは分からない。でも私には優しかったわ」

 アリシアの言葉はレグルスに優しくされていることを示している。勘違いが入っているが、エリザベス王女はそう感じて、対抗心を燃やしてしまう。

「王女殿下だけですか……それは少し妬けてしまいます。レグルス様にとって王女殿下は、もしかすると初恋の女性なのかもしれませんね?」

 さらにアリシアはエリザベス王女の話に納得してしまう。レグルスの優しさは誰にも向けられるものではないことを彼女は知っている。エリザベス王女は彼にとって特別な一人であったのだろうと考えた。

「…………」

 自分がレグルスの初恋相手であった可能性。それを考えたエリザベス王女の心に喜びが広がっている。

「王女殿下。今も想いを向けているというのは、婚約者として認めるわけには参りません」

 だがアリシアはエリザベス王女の沈黙を不満と、間違って、受け取った。過去の人と言われて怒っていると勘違いして、フォローの言葉を続けた。

「そ、そうね。それは問題ね。貴女が可哀そうだわ」

「はい。私が寂しすぎます。せめて、昔の思い出を共有させていただけませんか? 私が知らないレグルス様を王女殿下に教えていただきたいのですが」

 出会う前のレグルスについてアリシアは何も知らない。色々と問題があったことは、レグルスの話から感じていたが、エリザベス王女のように良い思い出として語る人もいる。アリシアはそういうレグルスの過去を、素直に知りたいと思った。

「……良いわ。貴女の知らないレグルスを教えてあげるわ」

「ありがとうございます」

 結局、このまま二人はずっと話し続けることになる。成り行きをハラハラしながら見ていた人たちにとっては、意外な展開だ。

「……なんとも見事な女性だな?」

 第一王子のジュリアンもその一人。といってもあとはレグルス本人と、それぞれの使用人たちしかいないが。

「あれは見事と言うのですか? 鈍感なだけのように思いますけど」

「ほう」

「……何ですか?」

 意味ありげな笑みを浮かべて自分を見るジュリアン王子に、レグルスはしかめっ面を向ける。ろくでもないことを考えていると思っているのだ。

「いや、そういうことを言える相手なのだな、と思って」

 ジュリアン王子はレグルスとは長い付き合い。年月だけでなく、割と本音でレグルスが話す相手だ。彼が新しい人生を始めた後も。
 レグルスが興味のない相手に対しては、本当に何も言わないことをジュリアン王子は知っている。軽い悪口を言うということは、レグルスにとって特別な相手だということを、自然と分かっているのだ。

「一応は婚約者ですから」

「良い相手だ」

「相手にとってはそうではありません。俺の婚約者であることを、すぐに後悔することになります」

「レグルス……」

 ジュリアン王子は、レグルスが犯した罪を知っている。王都の悪党と揉め事を起こして多くを殺したという表面的なものだが、ブラックバーン家が握りつぶせなかった情報を知ることが出来る立場にあったのだ。

「こうしてお祝いの場を設けてもらったのに申し訳ありませんが、ハッピーエンドは期待しないでください。王女殿下にも、あとでこうお伝えください」

「……何か事情があったのであれば」

「どんな事情があろうと大勢を殺したという事実に変わりはありません。王子殿下も、私とは距離を取るべきだと思います」

 自分と親しくしていては、悪い噂を立てられる可能性がある。ジュリアン王子は、今はまだ本格的になっていないとしても、政争の当事者なのだ。

「……人との付き合いをどうするかは私が決めることだ」

「相手が望んでいないのに?」

「……私はこの国の王子だ。臣下であれば、文句を言うな」

「そういうことではないのですが……」

 これを言ってくれるジュリアン王子は、やはり信頼できる人物だとレグルスは思う。だからこそ、距離を取らなければならない。自分の運命に、不幸な運命に巻き込んではならないとレグルスは考えているのだ。
 大切に思う人たちだからこそ、離れることを彼は選ぼうとしていた。相手が望んでいないのに。

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