月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第30話 三対百の戦いの行方

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 ワ組の組長の耳に届いた報告は、化け物と子供に襲われ、五人のうち四人が殺されたというもの。あり得ない事態に、組長であるベージルは激怒した。返り討ちにされたことに怒ったのではない。子供はまだ、喧嘩での彼の実力は分かっているので受け入れられるが、化け物はない。そんなふざけた報告をしてきたことに激怒したのだ。
 だが四人が帰ってこないのは事実。どのような状況であったにしろ襲撃は失敗したのだ。次の手を打たなければならない。五人で子供を襲って、返り討ちにされたなどいう事実はすぐに打ち消さなければ、自分がなめられてしまう。そんなことは許されないのだ。
 その為には、まずターゲットの捜索。家がもぬけの殻であることは、近所の者を半ば脅して、調べさせた。彼はどこかに逃げたのだ。どこにいるか調べ、今度は万全の体制で襲わなければならない。失敗を重ねることなど許されない、はずだったのだが。

「手打ち……どこの組と?」

 ワ組のベージルは、争いを手打ちにしたいと組長の会合で申し出た。負けを認めるも同じで屈辱なのだが、背に腹は代えられないというところだ。

「ハ組だろうよ」

「何の話だ? うちの組はお前のところとの抗争など起こしていない」

 ハ組の組長であるニールには身に覚えのないこと。ハ組のやり方には大いに憤っているが、だからといって組同士の抗争など起こそうとは思わない。花街内部で、本気で命の取り合いをするなど、掟に反することだ。

「……とぼけるな。手打ちの条件については譲る気はある。要求を言え」

「だから、うちは何もしていない」

「とぼけるなと言っている! 協力者がいるのは間違いねえんだ!」

 反撃に出るはずが、ワ組はどんどん味方を削られている。行方を捜索している者たちが逆に不意打ちをくらったり、隠しアジトを奇襲されたりと言い様にやられているのだ。
 花街の中に情報を漏らす者がいる。そうでなければ、このような醜態を晒すことになるはずがないとベージルは考えているのだ。

「言い掛かりだ。うちは協力なんてしていない。そもそも協力というのは誰に対しての話だ?」

「…………」

「黙られては何も分からない」

「……お前のところが雇っている助っ人のガキだ」

 正直、これは自分の口から言いたくなかった。話さなければならないのは分かっていたが、どうして彼と争うことになったかについては、出来れば、追及されたくないのだ。

「アオ? お前のところはアオと争っているのか?」

「ガキは隠れ蓑だ。実際はどこかの組が背後にいる。それがお前のところじゃねえのか?」

 彼単独で抗争を仕掛けてきたなんて事実はいらない。仕掛けてきたのは敵のほう。どこかの組が、勢力争いとして抗争を仕掛けてきた。これがベージルにとって都合の良い形だ。

「まったく心当たりがない。しかし……その話は本当なのか? いや、本当なのかというより、アオとどんな争いをしているのだ?」

 喧嘩であれば、いつ行われているかは花街の組長であれば皆知っている。だが、近頃はアオが参加した喧嘩はないはずなのだ。ベージルの言う争いというのが、どのようなことを言っているのか、ニールには分からない。

「…………」

「黙っていては分からない」

「……もう良い。組が関わっていないのであれば、この場で話すことじゃない。ガキとの揉め事くらい、こっちでケリをつける」

 これ以上の話はすべきではないとベージルは考えた。本当に組が関わっていないのだとすれば、これ以上、恥をかく必要はない。だが、では一体、自分たちはどこの組織と戦っているのかという不安が湧き上がる。見えない敵と戦う恐怖が、じんわりと心に広がった。

「話は以上だ。無駄な時間を取らせて悪かったな」

 話を打ち切って、会合の場からも離れようとするベージル。

「おい!?」

 なんだか分からないまま、話を終わらせられるのは納得がいかない。そう思って引き留めようと声をあげたニールだが、ベージルはそれを無視。立ち止まることなく、部屋を出て行ってしまう。

「……親分、どういうことですか?」

 ベージル本人がいなくなってしまっては、他に事情を知っていそうなのは親分しかいない。

「……聞いた通りだ。ワ組とアオという坊が争っている」

「どうして、そのようなことになったのです?」

「それは……」

「親分!?」

 口ごもる親分に向かって大声をあげるニール。非礼であるが、気持ちを抑えきれない。アオのことは知っている。まだ子供なのに亡くなったマラカイの代わりを努めてもらっていて、勝利を与えてもらえた恩もある。事情を知らないままではいられない。

「……証拠はない。証拠はないが……復讐だと思われる」

「復讐?」

「マラカイ一家を殺されたことに対する復讐だ」

「……そんな」

 ニールが知らなかった事実。マラカイとその家族をワ組が殺した。そんなことは決して許して良いことではない。マラカイには世話になったが、それ以上に、リーリエは元は自分のところで努めていた太夫。幼い頃からずっとその成長を見続けてきた存在なのだ。

「人殺しの罪を問えるような儂らか?」

 罪のない人を殺した。それは犯罪だ。だが、その犯罪を花街の悪党たちは、これまで数えきれないくらいに行っている。人殺しの罪を裁く資格などないと親分は考えている。

「しかし……殺されたのは……」

 それはニールにも分かる。頭では分かるが、感情がそれを受け入れさせない。

「ハ組の。儂が優先すべきは花街の結束。個人の感情で混乱を招くわけにはいかないのだ」

「……だからアオを見殺しにすると?」

 理屈で話す親分の言葉は、ニールには届かない。親分が冷静に話せば、それと真逆にニールの感情は高ぶってしまう。

「……それが正しい表現であるかは微妙だな。追い込まれているのはワ組のほうだ。だからこそ、恥をかくのを承知で、手打ちなんて話をしてきたのだ」

「我らが手助けしなくてもアオが勝つと、親分はお考えですか?」

「それはまだ分からん。分からんが……そうだな。少し状況を確認するか」

 こう言うと親分は軽く左手を挙げて、さらにそれを真横に伸ばす。

「……よろしいのですか?」

 聞こえてきた声は部屋の隅。親分が座っている席の右斜め後ろに、いつの間にか男が跪いていた。

「かまわない。分かったことを教えてくれ」

「承知しました。抗争がワ組に不利な状況であることはすでにお伝えした通りです。新たに分かったのは抗争相手の戦力となります」

 男は花街の情報係。親分の指示を受けて、情報を集める係だ。たかが任侠一家の情報係、などと侮れる者たちではない。その諜報技術を自国の物にしたくて、過去のアルデバラン国王は一族に花街とそこでの特権を渡したのだ。

「聞こう」

「抗争相手の人数は、確認出来ているだけですが、三人です」

「なんだって……?」

 情報係の報告に驚く親分。ワ組が訴えた通り、彼らの背後には何らかの組織がいると考えていたのだ。花街の組織ではないことは、もう調べがついている。そうであれば外の組織。ワ組の持つ利権を奪おうと考える組織が、彼の復讐という口実を利用している可能性を考えていた。

「主力はアオという子供。詳しい素性は突き止められていませんが、おそらくは貴族、もしくは元貴族の出だと思います」

 彼の素性もまだ調べ切れていない。行動を起こしてからの彼は一切、ブラックバーン家と接触していない。自分が何をしているのかを知られて、止めらることのないように隠れているのだ。

「……そう考える理由は?」

「魔法を使います。少し変わったところがあるようですが、間違いはないと思います」

「魔法……ワ組はそれにやられているということか」

 魔法の力は絶対的だ。実際は装備などで防げることはかなりあるのだが、そういう知識がない人にとっては、とてつもない脅威に思えるのだ。

「それもありますが、それだけではありません。三人のうち一人は、我らと同じ技を使います」

「……忍びの技か?」

「そうとしか思えません。若いですが、かなりの手練れです。恐らくはハグレではないかと」

「そうだろうな」

 花街の情報係が彼に協力しているはずはない。今はアルデバラン王国に仕えている者たちも同じだろう。可能性があるとすれば、彼らの言葉で「ハグレ」。何らか理由で一族から離れた者たちのことだ。

「その彼がワ組の情報を収集し、アオがそれを基に戦術を考え、実行する。少し大げさですが、そういうやり方です」

 彼らがワ組を圧倒しているのは、その情報収集能力にある。情報の量とその収集の速さで敵を上回り、常に先手を取っているのだ。

「戦術……」

「若いのに狡猾です。たとえば、アジトを奇襲しても全員は殺しません。一人二人は逃がして、その後を追い、逃げ込んだ先を監視して、さらに別のアジトも探り出す。こんな手段も使っています」

「……そうか」

 たった三人。だがそのうちの一人は圧倒的な戦闘能力を持ち、もう一人は優れた情報収集能力がある。その力で、花街で最大勢力を誇るワ組を追いつめている。ここまでの状況とは親分も考えていなかった。

「このまま放置しておくと、ワ組の被害は増えるばかりです。どうされますか?」

 このままだと、見殺しにされるのはワ組のほうになる。それで良いのかと情報係は親分に問いかけた。花街の組組織を外部の人間が攻撃している。状況としてはこういう形だ。本来であれば、親分はワ組の為に動かなければならないのだ。

「…………外で行われている抗争だ」

 だが親分は花街の外での出来事という口実で、ワ組の支援に動くことを許可しなかった。

「では花街の中に持ち込まれた場合はどうされますか?」

「……当然、ワ組を支援する」

「親分!」

 親分の答えにニールが非難の声をあげた。ニールの基準では、非はワ組にある。花街がそのワ組の支援を行うというのは納得がいかない。

「花街が花街の者を守るのは当然のこと。さっきも言ったが、個人の感情に流されて、義務を放棄するわけにはいかない」

「……それが義理に外れたことだとしてもですか?」

「花街で生きる我らは家族。家族を守ることが花街の義理だ」

 今のワ組がどのようなものであったとしても、一族として支え合ってきた歴史がある。組は、それぞれ別の家であるが、一族としてアルデバラン王国まで共に流れ着き、花街が出来てからもずっと一緒に頑張ってきた家族のような存在だ。親分の立場としては、見捨てるわけにはいかない。
 それはニールにも分かっている。分かっているので親分にここまで言われると、それ以上、文句を言えなくなってしまう。花街としての意思はこれで決まりだ。

 

 

◆◆◆

 夜の闇が王都を包み込んでいる。表通りから外れれば街灯魔道具もなく、建物から漏れてくる明かりがわずかに道を照らしているだけ。もうこの辺りは人が行き交うことのない時間だ。
 その暗闇の中に、彼は溶け込んでいる。細々とした息。体の活動さえ弱めて、気配を消している。そんな状態で、すでに一時間この場所にいるのだ。その彼の気配が闇から浮かび上がったのは、エモンが近づいてきたから。彼はエモンの到着を待ち続けていたのだ。

「もうすぐ来ます。数は五人です」

「……そうか」

 もうすぐターゲットがやってくる。エモンはそれを知らせに来たのだ。

「一人、怪しい奴がいます。お気をつけて」

「……分かった」

 立ち上がって、奇襲するのに最適な場所に移動しようとする彼。

「アオ様!」

「声が大きい。それに様はいらないと言っただろ? さっきから使っている敬語も」

 今の彼はレグルス・ブラックバーンではなく、アオという一人の人間として行動している。エモンと、ジュードとも上下関係はないつもりだ。上限関係があるとすればそれは年齢で、彼が一番下になる。

「……アオ、大丈夫か?」

「気を付けるのは一人だろ? まあ、なんとかなる」

「そうじゃなくて……」

 エモンが心配しているのは彼の心。復讐を始めてから彼の雰囲気は暗く、口数も少なくなっている。以前は感じた気さくな雰囲気が消え去っているのだ。

「……復讐なんて狂気をまとわないと出来ないだろ?」

 それは彼自身も分かっている。復讐を成し遂げる為に彼は大勢を殺す。三桁に届く人を殺さなければならない。普通の精神ではいられない。

「……気を付けて。来た」

「分かっている」

 近づいてきた人の気配。会話していては奇襲にならない。二人は話を切り上げた。今回については、奇襲は通用しないと分かっているが。
 数はエモンが報告した通り、五人。道いっぱいに広がって歩いてくる。怪しい奴というのはすぐに分かった。歩き方が明らかに他と違う。そういうことを彼は見抜けるようになっていた。
 考える間はわずか。すぐに彼はその男に向かって、闇の中から飛び出していった。金属音が夜道に響く。相手の剣が彼の剣を防いだ音だ。

「闇討ちとは卑怯な」

「闇討ちがあると分かっているのに、分かっていない振りをして相手を不意打ちしようとするのは卑怯ではないのか?」

「……ふざけた子供だ。容赦はしない。歯向かったことを後悔するが良い」

 剣を中段に構える男。花街の無頼の戦い方ではない。そうであることは、この構えで分かる。彼には、構えを見なくても分かっているが。

「後悔……どうして俺が後悔する? 後悔するのはお前のほうだろ?」

「子供に不覚をとる私ではない。本物の剣というものを見せてやろう」

「そういう意味じゃない。お前、自分が誰に剣を向けているか分かっているのか?」

 こう言って彼は懐にしまっていた灯りを点ける。

「……ま、まさか……そ、そん、な……あっ……」

 結局、男は後悔することはなかった。その時間を許してもらえなかった。灯りが照らした知った顔。相手が、自分が仕えているブラックバーン家の公子、レグルスであると分かって動揺しているところに、胸に剣を突き立てられて、すぐに絶命してしまった。
 そうなると、ブラックバーン家の騎士頼みだった残りの男たちは右往左往するばかり。そうしている間に次々と彼とジュードに討たれていった――

「……ごめん。逃がした」

 立っている者が彼とジュード以外、誰もいなくなったところにエモンが姿を現した。

「ブラックバーン家の諜者か……さすが、というべきかな?」

 ブラックバーン家は騎士を送り込むだけでなく、戦いの様子を見張る諜者まで張り付けていた。万一、失敗しても情報を得る為だ。その存在に気づかなければ、後をつけられていた可能性もある。こういった手筈は、さすがはブラックバーン家だと、彼も素直に感心した。

「知られたと思う」

「だろうな……決着を急がなくてはならないか……」

 ブラックバーン家が本格介入してくれば、さすがに彼らも手が出せなくなる。ワ組と戦っているのが彼だと分かっても、そうであるから尚更、これ以上戦いを続けさせない為に、本格介入に踏みきる可能性があると彼は考えた。
 決着を急がなくてはならない。絶対に殺さなければならない男は、まだ生きているのだから。

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