月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第16話 これは運命の出会いなのだろうか?

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 元々、忙しい彼の一日が、さらに忙しくなった。午前中の始まりはほとんど変わっていない。開墾場所まで走って行き、作業を行いながら筋力を鍛える。合間の休憩時間は魔力の制御訓練。休憩といっても体を動かしての鍛錬を行わないだけだ。それが終わると郊外を流れる川まで行き、水中での鍛錬。これは少しずつ川下に移動しながら行い、開墾場所で別れた彼女と再合流したところで昼食。ここまでの細かい内容が違うだけで流れとしては変わっていない。
 ただ昼食の後は、腹ごなしとして、子犬のケルとの遊びの時間が加わった。遊びというのは気持ちとしてそうだというだけで、ピョンピョンと軽やかに跳びはねるケルの動きに合わせて、それを避けたり、捕まえにいったりという体の動きは、彼女の父親を意識してのもの。どのような状況でも揺るがない体の芯、というものを意識して、ケルと遊んでいるのだ。
 ただそれはウォーミングアップ。そこから、また開墾作業に戻るリキと別れて、彼女の家に向かう。勉強を行う為ではない。勉強するのは彼女だけで、彼は彼女の父親に喧嘩を教わる時間だ。喧嘩であろうと戦い方を人に教えてもらえるのが彼は嬉しい。父親に時間がある時に限っての話だが、日が暮れるまでそれを続けることもある。それに付き合う父親も父親だが。

「……やっぱり、食事代は出すべきだと思う。そうじゃないと義理が立たない」

 夕食を彼女の家で食べることも増えた。彼女の家の貧しさを知っている彼としては、かなり心苦しいのだが。

「子供が義理なんて気にするんじゃねえ。子供から金を取っているなんて世間に知られたら、俺の面子が立たねえ」

 彼女の父親が食事代を出すことを許してくれない。

「メンツが立たない?」

 この家で話していると、時々分からない言葉が出てくる。それも彼は面白くて仕方がない。覚えた言葉を意識して使ってみたりしている。

「簡単に言うと、恥ずかしいってことだな」

「なるほど。でもな……」

 父親の見栄。見栄を張ることは、必ずしも悪いことではないということも彼は学んだ。生活は苦しくても卑屈になることなく、気位を高く持って、恥ずかしい真似はしないという生き方を聞いたからだ。
 だが、食費を負担させていることに関しては、やはり申し訳なく思ってしまう。

「気にしないで。お代をもらうような食事ではないわよ。アオくんが美味しそうに食べてくれるだけで私は満足なの。それに差し入れだってもらっているじゃない」

 この母親の言葉は本音だ。お世辞にも豪華とは言えない食事。それどころか、かなり粗末な食事だ。それを貴族であるはずの彼が、実に美味しそうに食べる。それが驚きで、とても嬉しいのだ。

「そうそう。それにアオに食事代を出されたら、私はどうすれば良いの?」

 彼女の昼食は彼が用意している。お互い様だと彼女は思う。

「……とりあえずは分かった」

 自分と彼女は五分五分でありたいと彼も思う。ただ昼食を用意しているのは彼ではなく、彼の家。その点について彼は負い目を感じるのだが、ここで食い下がることは止めておいた。過ぎた遠慮は場の雰囲気を悪くすることも、彼はここで学んでいるのだ。

「でもあれだな。アオは短い間にかなり強くなったな」

「そうか? そうだと良いけど」

「このまま成長していけば、俺も安心だ。安心して後を任せられる」

 なんて会話を知らない人が聞けば、親子だと思ってしまうかもしれない。

「馬鹿なこと言わないで。喧嘩屋なんて、あなた一代で十分でしょ?」

 母親も正面から、それはあり得ないことだという否定の仕方はしない。こういうやり取りを彼が楽しんでいることに、母親は気が付いている。無理に現実に戻す必要はないと考えているのだ。

「まあ、俺の跡継ぎ話は冗談だけどな。花街の花は美女と喧嘩、これは永遠に続いて欲しいな」

 時代が変わろうとしている。その変化に彼女の両親は気が付いている。その変化が良いものでないことも。

「……花街って、どうしてあんな雰囲気なのかな?」

 彼女の母親の過去を知っている彼としては、なかなか、花街について自分から話を切り出しづらかった。父親から花街の話が出たのを良い機会に、疑問に思っていたことを口にしてみた。

「異国の文化を持ち込んでいるってのは聞いたな。まあ、これは教えられなくても分かるか」

「ああいう文化の国が……想像が出来ない」

 彼の知識によればアルデバラン王国の周辺国にあのような文化はない。記憶が消えている可能性もあるので、絶対にそうだとは言えないが、女性たちが着ていた服は、かなり異質だ。近い国とは思えない。

「俺も想像できねえな。でも、俺の性には合っている」

「喧嘩が強ければそれで良いのだからな」

「力だけの馬鹿みたいに言うな……って、その通りか。でもよ、それが良いだろ? 頭の悪い俺でも皆に褒めてもらえる。居場所がある」

 喧嘩しか取り柄がない。花街ではこんな風には思わない。唯一の取り柄である喧嘩で、人々は尊敬してくれる。彼女の父親にとっては、かけがえのない場所なのだ。
 だがそのかけがえのない場所から離れることを、父親は選んだ。その理由を彼は尋ねたかったが、それは口に出来なかった。彼女の母親の過去について話すことになるのが分かっている。

「居場所か……」

 自分の居場所はどこにあるのかと彼は思ってしまう。今もっとも居心地が良いのはこの家だ。だが、ここは彼にとっての居場所と言えるようにはならない。今はそう言えても、それが続くことはない。過去の人生において彼は居場所を作れなかった。この人生においてはどうなのか。せっかくの楽しい時間に、暗い考えが影をさしてしまった――

「おや、アオ。こんな時間にお出かけかい?」

 本人がどう思おうと今の彼の居場所は彼女の家だ。近所の人の何人かは、主にお年寄りだが、確実にそう思っている。

「ああ、ちょっとお使いに」

 彼がこんな風に答えてしまうせいもある。それでも、ある日突然、息子が出来るはずがない。そうなのだが、この場所では、あるはずのないそれがあったりする。赤の他人が生きる為に肩寄せ合って暮らしている。そういう家庭がいくつもあるからだ。
 彼はそれを異常とは思わない。血の繋がりなど重要ではない。彼は、血の繋がりがあっても家族としての関係が破綻している家を知っている。彼の家がそうだ。

(……なんか、ヤバいな)

 この人生では絶対に。人生の始まりにこう固く誓ったことを彼は覚えている。実際に心はかなり熱く燃え上がっていた。そのはずだった。
 だが今、彼は「この時が永遠に続けば良いのに」と思ってしまう。彼にとって唯一無二の大切な女性に、このまま会わなければ違った人生が送れるのではないかと考えてしまう。

(マジでこの先のことを、一度整理しないと駄目かもしれない)

 過去の人生では知らない言葉、使うことのなかった言葉を覚え、それを頭の中で使ってしまう。それに気づいていない彼は、現状にどっぷり漬かってしまっている。それでもなんとか危機感は覚えている。このままでは人生の目標を見失ってしまうという恐れを抱いている。
 はたしてどちらの感情が、彼にとって正しいことなのか。世界は彼をどうしようとしているのだろうか。

 

 

◆◆◆

 この先の人生について。新しい人生が始まってから二年を超えたところで、彼はこれを考えることになった。この時期の記憶はまったくと言って良いほど残っていないので彼本人は分からないが、こんなことは初めてだ。ゲームストーリーが始まる十四歳まで、彼は孤独の中で、ただひたすら自分を鍛えるだけ。思うようにいかない現状に苛立ち、周囲との関係を隔てる壁は、確実に高く積み上がっていく。信じられるのは愛する女性、サマンサアンだけ。この思いが強まっていく。自我に目覚めたはずの彼だったが、結局は定められた結末に向けての準備を行っているようなものだった。
 それが今回の人生では変わった、と言えるかはまだ分からない。彼はまだ彼自身の、彼自身による人生を歩み始めたわけではないのだ。彼の人生はそんな簡単なものではないのだ。

「……レグルス、大丈夫か?」

 心配そうな顔で声をかけてきたのは第一王子。彼はまた王家主催のパーティーに参加している。もちろん望んでのことではない。実際にいくつかの機会では父親に無断で欠席している。だが今回はそんな真似は許されない。年に一度、王家と守護五家の関係者だけが集まるパーティーなのだ。

「大丈夫というのは?」

「いや、すっかりやつれてしまって。病んでいるのではないか?」

 久しぶりに会ったレグルスは驚くほどに痩せている。第一王子はそれに驚き、病気ではないかと心配しているのだ。

「やつれたと言われるほど、不健康ではないと思うのですが?」

 決してやつれてはいない。脂肪が落ちて痩せただけで、鍛えられた筋肉は維持されている。逞しくなったと表現するべき状態だ。

「……確かにそうだな。遠目で見るとやせ細ったように見えたので、勘違いしたようだ」

「勘違い……まあ、とにかく大丈夫。私は元気です」

 勘違いするのは第一王子くらいではないか。そう彼は思うのだが、それを突っ込むのは止めておいた。こういうことは第一王子には珍しくない。人と変わっているのだ。それが彼が共感を覚える理由でもある。

「しかし……おおっ? そうか!? そういうことか!?」

 改めて彼の姿をまじまじと見て、第一王子は何かに気が付いた。ろくなことではないのは聞かなくても分かるが、無視することも出来ない。

「……何かありましたか?」

 躊躇いを覚えるが、彼は何のことか尋ねることにした。

「妹の為だな?」

「……はっ?」

「この間、会った時に妹が痩せた男ではないと嫌だと言っていたから、痩せたのだろ?」

 前回、彼がパーティーに参加した時のこと。言われたことになっている彼は、もう覚えていない。記憶が消えたのではない。彼にとってどうでも良いことだったので、記憶すること事態がされていないのだ。

「……そんなことありましたか?」

「惚けるな。そうなると、肝心の妹は……」

 妹のエリザベス王女を探して、周囲に視線を巡らす第一王子。彼にとっては迷惑なことだ。

「挨拶の機会にお会い出来ます」

 すぐに挨拶が始まる。どうしても会いたいわけではないが、その時にエリザベス王女には会える。こうして第一王子が挨拶直前だというのに、本来いなければならない場を離れて、彼と話しているのが悪いのだ。

「あのような堅苦しい場では好きに話せない」

「そうだとしても、王子殿下はそろそろその堅苦しい場に戻らなければいけないのではありませんか?」

「おお、そうだな。では、後ほど」

 もうすぐ挨拶が始まる、のではなく、第一王子がいないから始まっているはずの挨拶が始まらないのだ。それに気づいた第一王子は慌てて、元の場所に戻っていった。

(相変わらずだな……あの人の場合はそれが良いのだけどな……)

 彼にとっては望ましい言動も、周囲の評価は違う。国王には相応しくないという声があり、第二王子が様々な機会でその高い能力を発揮することで、大勢は第二王子支持で固まっていく。第一王子は国王にはなれないのだ。

(……あれ? でも、どういう理由で最終的に決まるのだったかな?)

 いくら第二王子のほうが優秀だとしても、長幼の序を乱すのは簡単な決定ではないはず。これは彼が歴史を学んだことで知ったことだ。それがひっくり返るとすれば、よほどの問題が第一王子にあったということ。だが、それは彼の記憶にない。

(俺が何かやらかすのかな? いや、)

 個人的には好意を持っているが、彼が第一王子を支持することになるかは微妙だ。愛する人の婚約者である第二王子を国王にと考える可能性はある。

(いや、違うか。俺は第二王子を恨んでいるのだから……ん、でも恨むのは婚約者の座を追われた後のはずだから……)

 もう彼は、過去の人生において、自分がどの時点でどういう行動を取ったかが分からなくなっている。結末を変えようと思えば、どの時点のどの行動を変えれば良いのか考えることが出来なくなっている。

(紙になにか書いたかな?)

 重要な転換点と思われる機会であれば、それを紙に記しているかもしれない。これは願望だ。紙に書かれたものは何度も読み返して、それを新たな記憶している。今、分からないということは紙に残していないということだ。

(……まあ、人生そんな簡単じゃあ、つまらねえか)

 彼女の父親の言葉を頭に浮かべてみる。父親が何気なく発した言葉だが、彼はこれが気に入っている。思うようにいかない自分の人生を嘆くのではなく楽しむ、はさすがに無理でも、前向きに立ち向かえるような気持ちになれるからだ。

「……殿」

(先が見えねえ人生だから将来に希望が持てるってもんだ)

 これも父親の言葉。これに関しては、素直に心に入ってこない部分もある。彼は先が見えている人生を何度も生きている。何度絶望している。父親の言葉通りであって欲しいと願っているが、現実はそう甘くないとも思っているのだ。

「……殿、レグルス殿!」

「えっ?」

「どうしました? 随分と思い悩まれている様子でしたね?」

「……ああ、ちょっと」

 内心の動揺を表に出さないように気を付けて、彼は問いに答えた。話しかけてきたのは、彼にとって唯一無二の女性、サマンサアンなのだ。

「ご挨拶が始まっています。ご家族はとっくに並んでおられますよ」

 艶のある黒髪。切れ長の瞳が周囲に与える印象をきつめにしている。年齢は彼と同じ十二歳だが、ふと見せる仕草は子供とは思えない色気を感じさせるものだ。その色香と、綺麗なバラには棘がある、という言葉そのものの悪知恵と悪行で、彼女を苦しめ、第二王子にまで害をなそうとした悪女。
 過去の人生においてそう評価されたサマンサアンが、彼が愛する女性が目の前にいる。

「……わざわざ呼びに?」

「父に申し付けられましたので」

「でしょうね。ご迷惑をおかけしたことをお詫びします。申し訳ありません」

 この時点で自ら望んで彼に近づいていてくるはずがない。これまでほとんど接点はなかったはずだが、彼への評価はかなり悪いものであるのだ。悪評はサマンサアンだけではない。彼を高く評価する者など、この場には誰もいない。

「……いえ。では、行きましょうか?」

「はい」

 並んで歩く二人。彼は緊張から、それ以上、何も話すことなく父親と弟たちが待つ場所に向かう。その彼に並んではいるが、一歩下がった位置にいるサマンサアンの気持ちが、彼への評価が少し和らいだことになど、まったく気が付いていない。
 サマンサアンと並んで歩いている彼を見て、エリザベス王女がちょっとイラついていることにも。

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