月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第15話 憧れの気持ちを初めて知ったかもしれない

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 花街は王都内壁内の北東区にある。正確には、内壁の北東部から外にせり出している曲輪のような場所。実際にかつては軍事目的で作られた出曲輪だった。だが外壁が作られ、王都が攻められる事態が遠い過去のものとなったことで、軍事目的としていることが無駄となり、一般に解放されたのだ。
 どういう経緯で、そこが花街になったのかを知る者は極めて限られている。今生きている中では、国王と花街の親分二人だけだ。国王も親分も代替わりをする時に、それを伝えられることになっている。ただ、しきたりとして守られているだけで、今はそれほど厳しく機密扱いする必要はない。
 花街の初代親分はアルデバラン王国の人ではない。遥か東の国から流れ着いてきた一族の当主で、その一族が持っていた特殊技能をアルデバラン王国に伝えることと引き換えに、今は花街となっている出曲輪を与えられたのだ。これだけであれば隠すことではない。この事実が秘密とされたのは、その一族が、生きていく為とはいえ、自分たちの技を悪用していたから。盗賊稼業から情報売買まで。アルデバラン王国にとっての敵国を利するようなことも行っていた。
 いくら彼らの技を自国の物にする為とはいえ、犯罪者に、敵対者に王都の土地を渡して良いのか。こんな議論が巻き起こるのを、その当時の国王は避けた。王都から離れた場所に土地を与えることで、その技が貴族家に流れるのを避けたかった。王都の土地を与えるのは破格の待遇、というだけでなく監視しやすいという面もあったのだ。
 という設定となっている。こんな設定でなければ花街の様子を説明出来ない。その場所は同じ王都か、を超えて、ここはアルデバラン王国なのかと思うくらいに異質なのだ。
 花街を囲む深く広い濠は、かつてここが王都防衛の軍事施設だった頃からのもの。ただかつて濠にかけられていた橋は全て跡形もなく壊されている。その上で濠は王都内側にまで広げられ、そこに新たな橋が造られている。花街への出入りは、その唯一の橋を使うしかない。監視しやすいようにそうされたのだ。今はそれが、花街から抜け出たい女性たちを苦しめている、なんてことは当時の国王は想像もしていなかっただろう。
 女性たちが働く建物の壁や柱のほとんどは赤く塗られ、花街全体を華やかに見せている。それとは違う黒い建物は食事処。普通に飲食を楽しみ店だ。少し趣味が悪く感じられる金色に、さすがに建物全体ではなく扉だけを、塗られた場所は賭博場。これは花街の特権だ。王都では花街以外で賭博場を開くことは許されない。唯一、合法で賭博が出来る場所とされている。行われている博打の中身まで合法とは限らないが。

「……これって、江戸時代の吉原じゃないの? こんなシーンあったかしら? なんか……某アニメの影響受けてない?」

 その花街の様子を見て、呟きを漏らす彼女。彼女の頭に浮かんだのは吉原遊郭。実際には吉原遊郭は江戸時代だけのものではなく、遊郭は吉原だけにあったわけではないが、彼女の知識ではそうなのだ。

「何か言ったか?」

「ううん。なんか、華やかな場所だなって思って」

「ああ……こんなところなのだな」

 華やかなのは街の色どりだけではない。街のあちこちから流れてくる音楽。心を湧きたてるような音楽もあれば、心を落ち着かせるような静かな音楽もある。
 そして何より、女性たちの艶やかな装いが花街を彩っている。他の場所では絶対に見ることのない独特な、不思議な形の装い。こう思うのは彼だけであって、彼女は「なんで、着物?」と心の中で思っている。

「ねえ、父さん。こんな場所で喧嘩するの?」

「客がいる場所ではやらねえよ。奥のほうに広場がある。そこだ」

 二人が花街に来たのは、父親の喧嘩を見学する為。一応は職場見学ということだ。

「広場って、喧嘩する用?」

「馬鹿、そんなわけねえだろ? 華やかな街並みの裏には人の暮らしがある。この場所では、どんだけだ? とにかく沢山働いている。そいつらが暮らす場所が必要だろ?」

 花街で働いている人たちは、女性に限らず、この場所で暮らしている。花街が出来たばかりの頃は、監視しなくてはならないのは男たちのほう。花街の外で暮らすことは許されなかった。それが今も慣習として続いているのだ。

「そっか……」

 彼女の両親もかつてこの場所で暮らしていた。だが、彼女はこの事実を知らないのだ。

「あちゃ~。予定になかったはずなのにな」

 耳に届いたのはこれまで聞こえていた音楽とは違う音。シャンシャンと鳴る鈴の音だ。それを聞いた彼女の父親は苦い顔で呟いている。何が始まるのか知っているのだ。

「あれって……」

 彼女も、鈴の音ではなく近づいてくる人たちを見て、何が始まったのか分かった。前世のテレビでしか見たことのない光景。どう見ても花魁道中だ。この世界では太夫道中という。そのままではなんとなく嫌だったので、作者がそう変えたのだ。

「さて……」

 彼女の父親の視線が同行している母親に向く。かつてこの花街最高の太夫と呼ばれた彼女の母親が、それを見てどう思うのか、気になったのだ。
 その父親の視線に、母親は笑みで応える。母親は華やかな暮らしではなく、父親との貧しくとも普通の暮らしを選んだのだ。今更、太夫道中を見ても、何とも思わない、は嘘だが、嫌な思いはない。
 ゆっくりと近づいてくる行列。先頭を歩くのは、彼女と同い年くらいの女の子二人。その後ろに一際豪華な着物を来た太夫が続く。その後ろに並ぶのは先頭の女の子より、少し年のいった十四、五歳くらいの女の子たち。太夫の両側には男も並んでいる。この二人はお揃いの洋服の上に、これもまた揃いの羽織をまとっている。店の制服のようなものだが、両親とは違って、初めて見る二人にはその辺りは良く分からない。
 周囲から「桜太夫だ」という声が聞こえてきた。それを聞いた彼女は「日本語かよ? って、私は何語を話しているの?」と、これは声に出すことなく、心の中で思った。
 行列はいよいよ彼らのすぐ目の前まで来た。まだ若いと言って良い年齢の美しい太夫。その足取りがわずかにふらついたように見えた。それは、彼女は「あんな底の高い靴を履いていればそうなるでしょう」と思ったが、そういうものではない。

「……緊張させちまったかな? また評判落とさなきゃ良いけどな」

「どういう意味?」

 父親の呟きの意味が彼女には分からない。

「この花街で働く女には位があってな。今、前を通ったのは桜太夫といって最高位の一人だ。太夫は最高の女じゃないといけねえ。貴族よりも、なんて言うんだ?」

「高い教養と美しい所作を身につけていなければいけない。それが花街で働く人たちの誇りなの。その期待を裏切ってはならないの」

 説明に戸惑ってしまった父親に代わって、母親が太夫の在り方を説明した。かつて自分が求められていたことを話したのだ。

「それって、ちょっとふらついただけで問題になるようなことなの?」

「歩いている時にふらつくのは、美しい所作とは言えないでしょ?」

「そっか……厳しいね? でも、そういう人を太夫にしてしまったのも悪くない?」

 一切の隙を見せてはならない。そんな生き方は大変だろうと彼女は思った。だが、彼女もそれを求められることになるのだ。完璧な王妃として、太夫よりも、多くの人々の期待を背負うことになるのだ。

「桜太夫は、あれでな……かつて花街にいた最高の太夫に可愛がられていて、それで周囲の期待も高くなって……その期待に押しつぶされないように、ちょっと気が張っちまいすぎているのだな」

 彼女の問いに答えたのは父親。たどたどしいのは、その「かつて花街にいた最高の太夫」は母親のことだからだ。

「それって、その太夫のコネでってこと?」

「いいえ、違うわ。そんなに花街は甘くない。彼女は可愛がられていたから太夫になったのではないわ。太夫になれる資質があったから可愛がられていたのよ。それを間違えてはいけない」

 今度は母親が答えてきた。娘の問いに対する答えというよりは、周りに聞かせる為のもの。彼女の母親が何者かに気づき始めた人たちに向けた言葉だ。自分のコネで太夫になったなどと言われては、桜太夫が可哀そう。実際にそういうことではないので、誤解されるわけにはいかなかった。

「彼女にもし問題があるのだとすれば、それは彼女だけの問題ではなく、一流の太夫に育てられていない周りの人たちも悪いの。店の人だけじゃなくてお客もそう。太夫を相手にしようなんてお客であれば、花街を彩る責任をきっちりと自覚してもらいたいものね」

 彼女の母親の言葉を聞いて、何人かの人が下を向いた。店の主人であろうと客であろうと、気に入らないことがあれば文句を言うのが太夫。太夫であった時を思わせる彼女の言葉を聞いて、叱られたと思って、自分を恥じたのだ。

「……お母さん?」

「花街は店の者と客が一緒になって盛り上げていくものだ。そして俺の仕事は喧嘩で盛り上げること。さて、急がねえと遅刻しそうだ」

 何故、母親は花街にこんなに詳しいのか。彼女がこんな疑問を抱いたところで、父親は話を打ち切り、先を急ぐように告げた。まだ彼女には過去のことを伝えるつもりはない。過去を恥じている部分もある。花街を含めた裏社会について深く語るのは、まだ早すぎると思っているのだ。

「じゃあ、行こうかね」

 彼女の母親はこう言いながら持っていた布包みの中から、上着を取り出す。さきほどの行列の中にいた男たちが着ていたのと同じような羽織。
 背中を向けたまま腕を後ろに伸ばす父親。母親は袖に腕を通して、羽織を着せてあげた。

「あれは……?」

 父親が来た羽織に書かれている文字。彼はその意味が分からなかった。

「胆勇無双(たんゆうむそう)、かな? なんだか分からないけど、強いって意味よ」

「いい加減な答え……しかし……」

 並んで先を歩く彼女の両親。正直、不釣り合いな夫婦だと彼は思っていたが、こうして見るとすごく様になっている。歩く所作まで美しい母親。肩で風切り、ひらひらと羽織をなびかせて歩く父親もとても恰好が良いと彼は思った。これが二人が借金を背負ってでも手に入れたかった姿。そうなのだと彼は思った。

 

 

◆◆◆

 午前中の鍛錬時間のおよそ半分は開墾作業に充てられている。これはリキにとってのこと。彼の場合はそれを始める前に、一時間以上、走り込みを行っている。開墾場所に辿り着くまでにそれくらい走ることになるのだ。本来はリキも彼と合流する前に走り込みを行う予定だったのだが、それは一時的に変更されている。ある程度、目途がつくまでは開墾作業に集中することになったのだ。
 とはいっても、開墾作業も鍛錬の一環。楽が出来ているわけではない。違う苦しさが増しているだけだ。

「……あの、アオ様?」

 いつもであれば、作業の辛さに音を上げて動きを止めてしまうリキを叱咤する彼が、今日は上の空の様子。サボっているのではなく、頭の中で別の鍛錬を考えていることは、彼のなんだか分からない動きを見れば分かるのだが、こんなことは滅多にない、少なくともリキはこれまで一度も見たことがなかった。

「アオ様!?」

「えっ……あっ、何?」

「どうかしたのですか? なんだか、その、集中していないような」

 彼に向って、サボっているとは言いづらい。リキは言葉を選んで、何をしているのかを尋ねた。

「ああ、悪い。ちょっと昨日のことが頭に離れなくて」

「昨日……確か、リサの親父の仕事を見に行ったのですね? それですか?」

「そう。おいつの父親、とんでもなく強かった。何というのかな、俺なんかが見ても隙がないって感じ。こう、どんな体勢からでも攻撃出来る」

 体を左右にひねるようにしながら、拳を突き出す彼。先ほどから行っていた小さな動きは、彼女の父親の動きを真似ていたのだとリキはそれを見て分かった。

「実際にやってみると、まあまあ理解できる。こう、上体を傾けて、拳を上に突き上げてみろ。脇腹がしまって力が入るだろ?」

「……ああ、そうですね」

「これは分かりやすい例。あいつの父親はもっと酷い体勢からでも自由に動けていて、どこを意識すれば、あんな風に動けるのかをずっと考えている」

 腹に力を入れるというのは彼女の父親からも言われている。だがそれだけでは見た動き全ては出来ないのだ。

「意識ですか……」

 リキはそもそも動かす部位を細かく意識したことなどない。考えたこともない。こうしたいと思えば、体はその通りに動くものだと考えている。

「逆に意識して力を抜いてみれば分かる。動くことは出来ても、攻撃の威力が違う」

 彼もこれまではそれほど意識してこなかった。だが意識して力を入れる、逆に抜くを行うと殴る蹴るの威力は違ってくる。当たり前のことを、当たり前で終わらせずに、考えるきっかけになった。

「あっ、じゃあ、動くたびにどこに力を入れれば良いのか、確かめてみれば」

「それをさっきからやっている。足なんて、内側だけ外側だけという風に意識して力を入れられるか? 時間をかければ出来る。でも咄嗟に区別なんて出来ない」

 普段、無意識に使っている筋肉。それを意識して使う。簡単なようで簡単ではないと彼は気が付いた。無意識で行っていることを意識的に行うことで、より力を入れられるようになれば、どうなるかを考えた。

「……本当ですね。触れば分かりやすいですけど……それでも感覚が鈍い場所もあります」

「そう。そういうところを鍛えられれば、また体の動きは変わるのか? そもそも鍛えられるのか? これも考えた」

「それで答えは分かったのですか?」

 彼のこういう頭の動きにリキはついていけない。自分が特別劣っているのではなく、彼が特別で、その特別な彼に付いていけるのは彼女くらいだろうと思っている。

「鍛えることが出来るから、あいつの父親はあんな動きが出来るのだと考えた。まあ、あの父親は天才だから、鍛えたというより、生まれた時から出来ていたのかもしれない」

「それじゃあ、駄目じゃないですか」

「天才も凡人も同じ人だ。人が出来る動きは、凡人であろうと同じ人である以上、鍛えれば出来るはずだ」

 努力が全て報われるなんてことを彼は考えていない。そんな楽観的な考えを持てるような経験をしていない。だが、結果は思うようにいかなくてもその過程では努力は役に立つ。身につけたものは自分を助けてくれる。こう考えないと、彼は生きていられないのだ。結末までの過程が無意味なものであれば、新たな人生は空虚なものになってしまう。何事も為すことなく、その日が来るのをただ待つだけの人生を彼は受け入れることなど出来ない。彼の自我がそれを許さない。

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