月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第11話 彼女の家には込み入った事情があるようです

異世界ファンタジー SRPGアルデバラン王国動乱記~改~

 彼の過去の人生において、今のような楽しい時期はなかった。実際にはあったのかもしれないが、記憶には残っていない。
 確実に違っているのは彼女との関係。彼にとって彼女は仇敵。それを彼は出会った瞬間から意識し、婚約者である彼女と距離を置いていた。逆に接近することで、彼の大切な人、サマンサアンの婚約者である第二王子ジークフリートへの接近を防ごうと試みたこともあったが、それも最初から上手く行かなかった。彼女のほうも彼に対しては強い不信感を抱いていた。彼がどれだけ優しく、演技だが、しても心を開くことはなかったのだ。
 だがそんな二人が今は仲良くしている。彼は他人からそう言われれば「仲良くなんてしていない」と言葉では否定するだろうが、今の彼に、彼女以上に同じ時間を過ごし、飾ることをしないで話せる相手などいないのだ。かろうじてリキが彼女の立ち位置に近づいているくらいだ。
 何故そうなったのか。彼に分かるはずがない。今の状況は彼の人生の目的から外れることなのか。そうでもない。彼の目的はサマンサアンを死なせないこと。サマンサアンが幸せになること。サマンサアンが第二王子と無事に結婚することだ。彼が彼女と仲良くしていることは、サマンサアンと第二王子の婚約を守ることに繋がる。かつて試みたことが今回の人生では、今のところだが、上手く行っているということだ。
 こんな風に自分を納得させて、彼は彼女との関係を続けている。だが、それを許さない存在がこの世界にはいるのだ。

「あのね……本当に君が登録をするつもりなのかな?」

 彼が来ているのは王国の行政窓口。一般国民向けの窓口だ。

「許可申請に年齢制限はないはずだ」

「……確かにないようだ。しかし……君、今いくつ?」

「十一になった」

 彼が彼にとっての新しい人生を始めてから一年が経っている。あっという間であるようで、まだ一年しか経っていないという思いもある。複雑な感覚だ。ただ今はそれに対して想いを向けている時ではない。

「それで? 君が開墾するの?」

 彼が窓口に来たのは郊外の開拓地の開墾について届け出る為。農作地として登録する前に、ここは自分が開拓しますという申請も必要なのだ。一応は、横取りなどを防ぐ為の公正な手続きだ。

「いや、俺は申請に来ただけ。開墾は知り合いが行う」

「ああ、そういうことか。そうだとしても子供を来させなくても。近所へのお使いじゃないのだから」

 窓口の担当者は誤解している。実際に開墾を行うのは大人。こう思っているのだ。

「誰が来ても、書類が揃っていれば問題ないはずだ」

「確かにその通りだけど。保証料は持ってきたのかな?」

 開墾許可申請は申請書類を出すだけでは認められない。開墾をやりきる財力を示すという理由で、保証料が必要なのだ。これも貧しい人たちが農地保有者になれない原因。保証料は開墾を無事終えた時には返ってくる。だがそれは何年も先のこと。貧しい家にそんな余剰資金などない。

「持ってきた。ちょっと待っていろ」

 彼は革袋を取り出すと、それを窓口のカウンターの上でひっくり返した。中から出てきたのは硬貨。何十枚もの硬貨が出てきた。

「えっと……数えさせてもらうよ」

「細かいのは申し訳ない。色々なところで物を売ってきたので、細かくなった」

 今回の保証料を彼は自分の持ち物を売って工面した。さすがに親も簡単に出してくれる金額ではない。何に使うかを必ず聞かれるはずで、開墾の保証料なんて答えれば、まず間違いなく許してもらえない。北方辺境伯の孫が開墾しているなんて噂が流れることなど許すはずがない。

「……足りているね。書類は……不備なしか。君、このリキって人は何者かな?」

 開墾許可申請など、ある種の人しか申請しに来ない。役人はそれを確かめようと思った。

「開墾して農地を手に入れようとしている人。これ以上の情報は必要か?」

「生意気な子供だな。確かに申請には必要ないけどね」

 今の彼は普段着よりもかなり質素な、庶民が着るような服を身に着けている。彼女の家に行くようになり、いかにもお金持ちの家の子と分かるような恰好で歩くことをしないようにしているのだ。
 そんな恰好なので役人も、まさか彼が北方辺境伯家の人間だとは思っていない。思っていれば、こんな台詞は口に出来ない。

「許可証が発行されると聞いている」

「ああ、発行するよ。ただし、それは計測のあと。一度現地に行って、申請書に書かれている場所を確認する。場所、広さが書類通りであれば、その時に許可証が渡される」

「現地視察か……それはいつ?」

 基本、王国を信用していない彼は、役人も信用していない。何かあるのではないかと疑ってしまうのだ。

「日時については追って、届け出住所に連絡が行くことになる」

「……分かった。あとは?」

「これが申請受領証。現地視察の時に確認するから無くさないようにと伝えておくように」

 役人が差し出した紙を受け取って、内容を確認する彼。内容は申請書の写しのようなもの。それに申請書の受領日と受領サインが書かれているだけのものだ。
 その彼を見て、役人は首をかしげている。彼は文字が読めるのだとそれを見て分かり、彼も何者なのだろうと疑問に思ったのだ。だがその疑問が現時点で解消されることはない。用事が済んだ彼は役所を離れた。

 

 

◆◆◆

 役所での手続きを終えた彼は、そのまま彼女の自宅に向かった。約束があってのことではない。農地開拓を行ってみることについて、早速、彼女に知らせておこうと考えたのだ。毎日行っている鍛錬の場所がそれに関係して変わることになる予定、というのが彼女に知らせる理由だが、それはまだ先、いつからかも決まっていないこと。結局は、彼女の家に行く口実として理由しているだけだ。
 すでに歩き慣れた、というには、まだ周囲の怪しげな雰囲気に対する緊張は解けていないが、道を進み、彼女の家に辿り着く。

「今はそのような話を聞くつもりはありません」

 来訪したことを伝える彼の声は、この彼女の母の声が聞こえてきたことで、飲み込まれた。

「そちらに聞くつもりはなくても、こっちは伝えなくちゃならねえ。いつまでも甘い顔を見せていては、周囲に示しがつかねえからな」

「借金は必ずお返しします」

「それは当然だ。だが、こっちとしては、それがいつなのかをはっきりさせてもらわねえと」

「それは……」

 彼女の母親が話をしている相手は、どうやら借金取り。それも口調から質の悪そうな借金だと思われる。ただの勘だ。彼に借金取りの良い悪いなど分かるはずがないのだ。

「お前も分かっているはずだ。お前ら二人のせいで、こっちがどれだけ損したかを。その損は諦めて、借金だけで済ませてやろうというのは、親分の情けだ」

「…………」

 男に言葉に対して、彼女の母親は沈黙。事情を知らない彼には、母親の沈黙の意味はもちろん、男が何を言っているのかさえ分からない。

「情けをかけてくれた親分を裏切るなんて真似は出来ねえだろ?」

「借金はきちんとお返しします」

「だから、いつまでも待っていられねえって言ってるんだ。悪いことは言わねえ。娘を差し出すと約束しろ。それで借金はチャラだ」

 この意味は分かった。男は借金を返済する代わりに、彼女を連れて行こうとしている。何の為かも、おおよそは分かる。彼女の優れた容姿を使って金を稼ぐ為だ。
 割って入ろうかと彼は思った。だが割り込んで、どうするのか。その答えがないことに気が付いた。

「お前の娘だって、そのほうが幸せだ。お前も分かっているだろ? あの子であれば、すぐに上に行ける。何不自由のない暮らしが出来るだけの地位に昇れる」

「ええ、分かっています。不自由がないなんて嘘であることは」

 母親は娘がどのように扱われるか知っている。彼女自身がそういう立場だったのだ。

「……それは仕方ねえだろ? だが娘が不自由な思いをするとしたら、それは親のせい。お前たち夫婦の借金のせいだ」

「だから借金は必ず返します」

「もう待てねえって言ってんだ! 返すと言うなら、今すぐ耳をそろえて返しやがれ!」

 静かに話していた男が、とうとう声を荒らげた。その勢いに外で聞いている彼は少しビビったのだが。

「私が返すと言ったら返すんだよ! てめえは私がお世話になった親分さんに不義理を働くとでも思っているのかい!?」

 彼女の母親は負けないくらいの強い口調で言い返してきた。彼が持っていた母親の優しい、少し儚げな印象とは大違いだ。

「……そうは思っていねえ。だがな、こっちにも都合ってもんがある。これは親分の前では決して口に出来ねえが、一家も以前のままじゃねえんだ」

「……どういう意味だい?」

「代替わりが近い。それも、このままじゃあ、親分が望まない形での代替わりだ」

 まだ彼には少し分からない話になってきた。それはそうだ。男の世界について良く知っているはずの母親も、この段階では、何を言いたいのか分かっていないのだ。

「お前たち二人のことは、親分の座を奪おうって奴らにとっては、追及する恰好のネタだ。正直言えば、お前らのことだけじゃねえ。だがそん中のひとつであることは間違いねえんだ」

「……借金の返済を待っていることを?」

「金もねえ店のもんに身請けを許したこともだ。さっき言っただろ? お前が稼いでくれるはずだった大金を親分はどぶに捨てた。これが奴らの言い分だ」

 この男の話で、彼にも少し事情が掴めてきた。母親は男が言う親分のところで、後にこれは間違いであることは分かるが、働いていた。どういう仕事かも想像がつく。過去の人生で彼もそういう店に行ったことがある。何故か、こんな記憶は残っていた。

「娘が親分の下で働けば、追及を免れると言うの?」

「追及を免れるどころか、大きな成果だ。お前の娘は必ず結果を出してくれる。花街を大いに盛り上げてくれる最高の太夫になると俺は考えてるからな」

「……私がまた働くわ」

 母親は彼がびっくりするようなことを口に出した。娘に辛い思いをさせたくないという一心なのだが、今の彼にはまだ、過去に経験しているのに「まだ」という表現はおかしいが、その手のことに免疫がない。知っている女性が働くということを受け入れられない。

「……それに意味はねえ。全盛期のお前と、言っちゃあ悪いが、その時から十年経った子持ちのお前じゃあ、比較にならねえ。同じように稼げるはずがねえ」

「娘に私と同じ思いをさせたくないの」

「……噂は少し聞いている。だがな、夢なんて見ねえほうが良い。相手は良いところのお坊ちゃまなんだろ? しかもまだ子供だ。期待しても裏切られるだけだ」

 男が話しているのは彼のことだ。服装を改めるようになったが、それは手遅れ。彼がどこかの金持ちの息子であることはこの辺りの人々に知られている。この区画に彼のような人物が、しかも子供が来るなんてことはあることではない。ひどく目立っているのだ。

「……世の中に絶対なんてない。人には様々な可能性があるはずだ」

「なんだ?」「アオくん」

 二人の会話にとうとう割り込んだ彼。男が口にした「夢なんて見ねえほうが良い」「期待しても裏切られるだけ」という言葉は、彼には絶対に認められないこと。彼はそういう決められた運命を打ち壊す為に、今を生きているのだ。

「……ああ。噂のお坊ちゃまか」

「だったら何だ?」

「その年で火遊びなんて覚えたら、ろくな大人にならない。さっさと手を引いて、自分の世界に帰ったほうが良い」

 これを彼に告げながら、男は立ち上がる。邪魔者が現れてしまっては、もう話を続けられない。そう考えたのだ。実際にそのまま建物を出ていく男。

「……どこから聞いていました?」

「ごめんなさい。結構、前から」

「そう……恥ずかしい話を聞かれてしまいましたね。借金のことだけでなく過去の話も、ですね?」

 彼の反応を見て、自分の過去について理解しているのだと母親は判断した。数年後の彼であれば、ポーカーフェイスで誤魔化せるのだが、今はそれが出来ない。子供らしく、普通の子供に比べれば感情を制御出来ているが、反応してしまうのだ。

「私は娘に自分のような思いをさせたくありません。いえ、これは正しい言い方ではないですね? 私は自分が求める人生を手に入れた。自分の意思で好きになった人と一緒になれた。その代償が借金なのです」

 母親と彼の夫、彼女の父親との恋愛は本来であれば、決して許されないもの。父親のほうは、殺されても文句を言えない罪を犯しているのだ。だが二人は許された。母親が働いていた歓楽街の親分の、本来はあり得ない、破格の好意で許されたのだ。
 その代償が借金。母親が稼ぐはずだった金額を身請け金として、さらに父親が犯した罪への罰金が加えられた金額が、借金として課せられたのだ。

「……大金なのですか?」

「そうですね。今の私たちでは何年、いえ、何十年かけても返せるか分からない金額です。ですが……この借金は私たち夫婦で必ず返さなくてはなりません。それが義理というものです」

 下手な言い方をしては借金の肩代わりを求めているように受け取られてしまう。そうならないように母親は答えを返した。

「ぎり……?」

「多くの過ちを犯している私たちですが、そうだからこそ守らなくてはならないものがあります。その一つが義理なのです」

 彼女の両親は、特に父親は悪事に手を染めていた。そういう仕事を与えられていた。それに何の疑問も抱かなかった。だが、今となってはそれを恥じる気持ちがある。これ以上、娘に恥じるような真似をしたくないという強い想いがある。

「俺はまだ子供で、偉そうなことを言える立場ではないけど、立て替えられる金額であれば立て替えて」

「それは駄目です! それでは娘が貴方に引け目を感じてしまいます」

 彼と娘が対等な関係ではなくなってしまう。そのような状態にするわけにはいかないと母親は考えている。身分違いの二人が、それをまったく感じさせない様子で付き合っている。そんな特別な関係を壊すわけにはいかない。

「……内緒にすれば」

「私が知っています。夫も知ることになります。アオくん、貴方はそれで良いのですか? 私たちと貴方との関係が、これまでとは違うものになってしまっても、貴方はここに来て楽しいと思えますか?」

「…………」

 母親と父親には彼に対する遠慮がある。遠慮はあるのだが、彼はそれほど距離を感じていない。言葉遣いは丁寧でも、二人は駄目なものは駄目とはっきりと言ってくれる。正しいことをしているとすれば、まっすぐに褒めてくれる。当たり前のことなのだが、その当たり前のことをしてくれる大人が、彼の周りにはいない。
 今も、自分たちのことよりも、彼のことを気にしてくれている。内心はどうであれば、それを言葉にして伝えてくれる。
 だからこそ助けたいと思う。だが今の彼には母親を説得する言葉が見つからなかった。仮に肩代わりを約束出来ても、自分の力だけで果たせるかが分からなかった。

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