月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ プロローグ:自我に目覚めたゲームキャラ

異世界ファンタジー SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~

 空には赤く光る満月が浮かんでいる。常の月よりも遥かに大きく見える赤い月。この世界では三百年に一度起こる奇跡の瞬間とされている。
 だが彼がこの月を見るのは十五年ぶりだ。その前はそれからさらに十五年前。その前もまた十五年前。その前も。もう何度、この月を見たか彼には分からない。
 そんな彼の年齢は十歳。何故、まだ十歳の彼が十五年ごとに同じ月を見ることが出来るのか。それは彼が同じ人生を数えきれないほど繰り返しているからだ。自我が生まれるのは十歳から。そして彼は十五年後に死ぬ。そしてまた、彼の人生は十歳から始まる。これを何度も繰り返している。
 何故そのようなことになるのか、彼には分からない。分かるのは、何度繰り返しても彼の人生は同じ結果になるということ。十五年後に、誰よりも、この世界で唯一の大切な人の死とともに彼の人生は終わり、また新しい、だが同じ人生が始まるのだ。そのことに、いつからか彼は気が付いた。いつからか彼は前世の記憶を持って、新しい人生を始めるようになった。
 彼にとっては、この世の中のどんな拷問よりも辛く苦しい、時が来るまでは決して終わらない地獄の日々。今も、彼にとってはつい先ほどの、愛する人の死に対する悲しみ、彼女を死に追いやった者たちへの憎しみ、そしてそれを防げなかった虚しさが心の中で渦巻いている。何度も何度も味わった瞬間だ。
 いっそのこと気が狂ってしまえば良いと思う。そうすれば新たな人生では同じ苦しみを味わうことはない。十五年の人生とはいえ、それを数えきれないほど経験し、何百年と生きているはず。老成を通り越して、心が死んでしまえば良いと思う。心が死ねば悲しみも怒りも虚しさも感じなくなる。それ以前に人を愛することもない。そうなれば良いと思う。
 だがこの世界は残酷だ。新しい人生を始めるにあたって、彼の心は若々しさを取り戻している。記憶があり、苦しい感情も残っている。それでもそれに対して、彼の心は前世の終わりほどの反応を見せない。どういうことなのか彼自身も理解しきれていないが、若々しい精神は前世での経験から、大切な人の死から、彼を立ち直らせてしまう。前世の感情は色を失い、漆黒の影となって、心の奥底に沈んでいくのだ。
 当然、彼は抵抗した。人生を変えようとした。だがそれは出来なかった。彼は、世界がそれを必要する時、彼の意思を無視した言動を行う。言いたくないことを、言うべきではないことを勝手に口に出してしまう。やりたくないことを、やってはいけないことを勝手に行ってしまう。そして、その結果、彼の大切な人は死ぬのだ。
 彼が憎む相手には彼自身も含まれている。自分の人生を自分のものに出来ない自分を彼は恨んでいる。だが彼は彼自身を殺すことも出来ない。彼が果たすべき役割を終えるまで、世界はそれを許してくれない。
 彼の心に諦めが広がっていく。意識を持ち、さらに記憶を残すようになってからの彼の人生はこの状態から始まるのだ。
 ――月の赤みが薄れていく。奇跡の瞬間は終わりだ。もうすぐ迎えが来る。彼が迷子になったと思って、この辺りを探し回っている人たちの中の一人が、もうすぐ彼を見つける。感情が色を失い、心の奥底に沈んでいく。浮かんでくることはないが消えることもない闇が。また彼の人生が始まる。

『よっしゃあ! 間違いない! これは、ゲーム世界転生よ!』

(えっ?)

 まさかのことに彼の心に動揺が広がっていく。自分を見つける人とは明らかに違う声。そもそもこんな台詞は初めて聞いた。同じ道をなぞるだけの人生に、まさかの変化が生まれた。

「赤い月、間違いない。私の名はヒロインの名前。悪役令嬢ではない……これはまだ喜ぶのは早いわね。近頃は悪役令嬢の逆転劇のほうが多いもの」

 意味の分からない言葉。単語の意味は分かるのだが、文章は意味不明。突然、現れた彼女は何者なのか、これでは見当もつかない。

「……大丈夫。転生者は私だから。悪役令嬢も転生者だったら……これを今、心配しても意味はない。こちらの素性がばれないように、慎重に探れば良い」

(てんせいしゃ……天性、転成……あとは……)

 この単語は意味も分からない。この世界に転生という概念はない。この概念があれば、彼は自分がそうなのではないかと、とっくに思っているだろう。

「ゲームストーリーが始まるには、確かまだ四年ある。実際に行動するのは五年後……それまでに調べておくのも良いわね。転生者なら変わった行動をしている可能性が高い」

 彼には分からない。彼女はこの世界がゲーム世界だと知っている。そのゲームの正規のストーリーを知っている。自分の役回りを知っている。そして、彼の役回りも知っている。

「私はどうしようかな? 鍛えるのは当然として……最大限の成果を得るにはどうするか……」

 だが、今のところ、彼女は本来のストーリーをなぞるつもりはない。ゲームストーリーを知っている優位性を活かして最大限の成果、金、地位、名誉、そして最高の男性を手に入れるつもりなのだ。

「でも欲張りすぎるのは良くないわね。ストーリーを変えてはヒロインとして転生した利を失ってしまうもの」

 彼女はこの世界のヒロイン。自由になる金は満足出来るものか分からないが、ヒーローの妻の座を得ることにより地位と名声は約束されている。それを失うリスクを負ってまで、欲望を広げるつもりは、今は、ない。

「サマンサアンってどういう女かしら?」

(えっ……?)

 謎の女の口から出たのは彼が良く知る女性の名前。彼がこの世界で唯一、大切に思っている女性の名だ。

「嫌な女だと良いな。高飛車な女だったら堕として、ひれ伏せさせた時にすっきりするもの。まあ、あのままだと最高に嫌な女ね」

(…………)

 自分の愛する女性に対する害意、侮辱。それを聞いた彼の心に闇が広がっていく。色を失った感情が膨れ上がっていく。

「レグルスは実際には良い人だと良いな。数年間の我慢だと分かっていても、嫌な思いはしたくないものね」

 さらに彼女の口から良く知る名が出てくる。誰のものでもない。彼自身の名だ。

「両手に華とか行けるかな。そうなるとサマンサアンは婚約者の座を失ったあとに頼る人を失うのか……でも、どうせ死ぬのだから気にする必要ないわね。なんて……嫌だ、これじゃあ、私が悪役令嬢みたい」

 ゲーム世界のヒロインに転生したことが分かって浮かれている彼女は、口に出さなくて良いことまで声にしてしまう。すぐ近くに彼、レグルスがいると知らないで。

「心配させるから、もう帰ろ。今日は眠れるかな? 酒でも飲んで寝るか」

 嬉しさと、色々と考えることがあって今夜は眠れそうにない。寝酒でもしようかと彼女は考えた。この世界での彼女はまだ十歳だというのに。実際に飲むわけではない。浮かれていて今の自分ではなく、前世での自分としての感情が強まってしまっているのだ。
 軽い足取りで離れて行く彼女。彼がいることに気が付くことはなかった。

(……あんな女に……あんな女にサマンサアンは!)

 彼の大切な人を死に追いやるのは彼女。彼はそれを知ってしまった。彼女の本性を垣間見てしまった。清楚で温厚で慈悲深い、将来の王妃として文句のつけようのない性格であるはずの彼女の本性を。

(許さない……絶対に許さない! あんな女に! 彼女の人生を不幸にされてたまるか! 俺は絶対に許さない!)

 怒りの感情が、これ以上ない怒りの感情が彼の心の中で荒れ狂う。心の奥底に沈むはずだった漆黒の感情が、夜空に浮かんでいた月よりも赤い、怒りの炎となって彼の全身を駆け巡っていく。諦めの感情など燃やし尽くして。
 彼の新しい人生が始まる。これまでと同じく、ゲームストーリーに支配されている人生が。だが彼は決意した。世界に抗うことを。不可能を可能にする奇跡の瞬間を迎える為に。

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