月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

SRPGアルデバラン王国動乱記~改~ 第1話 全ての記憶を記録出来れば良いのに

異世界ファンタジー SRPG「アルデバラン王国動乱記」~改~

 彼の実家は名家だ。父はノルトシュッツヘル北方辺境伯。王国の東西南北の四境のうち、北の守りを任されている。他の三辺境伯家と王国中央の防衛の要であるミッテシュテンゲル侯爵家を加え、守護五家と呼ばれている王国建国以来の貴族家だ。ただし、王家にとって今も守護家と頼りにする家かとなると、それは微妙だ。王国は、度重なる他国の侵略という建国当初の苦難を乗り越え、それを防ぎきった軍事力を用いて領土拡張に転じた。侵略される側から侵略する側に変わったのだ。
 その先頭に立ったのが辺境伯家。何度も防衛戦を戦った辺境伯家の軍は、攻める側に回っても強かった。東西南北の国境は着実に広がっていった。それにより、王国の領土も増えたが最前線で戦った辺境伯家の領地も飛躍的に増えることになった。王家がその勢いに恐れを抱くほどに。
 その時にはすでに王家は単独で辺境伯家を討つことなど出来なくなっていた。そうなると、国境防衛の即応能力を高める等の目的で建国当初から辺境伯家に与えていた自治権を奪うような真似は出来なくなる。その軍事力で他国への侵略を進め、それによって辺境伯家が自治権を有する領地を広げると、益々その脅威は大きくなる。王家にとっては悪循環だ。
 その状況で、なんとか王家が辺境伯家に課することが出来たのは、人質を差し出させること。公式には人質とはされていない。辺境伯家の子弟が見聞を広めるため、また各家との関係を深めるため、という名目で王都に住まわせているのだ。
 辺境伯家もそれに逆らうような真似はしなかった。野心がない間の彼らは王家から疑われることを恐れていた。他国と戦っている時に背後から攻められるような事態は避けたかった。子供、だけに限っていないが、を王都に住まわせることでその恐れが薄れるのであれば、さらに次代、次々代を担う子供たち同士が仲良くなり、家同士の良好な関係維持に繋がるのであればと、喜んで跡継ぎ候補を含めて、家族を送り出した。
 その制度は今も変わらず続いている。変わったのは辺境伯家が渋々、家族を送り出すようになっていること。渋る程度の野心は、辺境伯家に生まれていることだ。
 彼はその制度に基づき、次期当主である父とともに四年前、その四年間は彼の記憶にはないが、王都で暮らしている。王都で、他の守護家しか並ぶもののない立派な屋敷に住んでいる。

(……まあ、結局は体づくりから始めるのは変わらないか)

 人生の結末を変える。これまでにないほど、そう強く決心した彼だが、では何から始めるかとなると、それはこれまでと同じになる。体作りからだ。十歳に戻った彼の体力は、当たり前だが、十歳のもの。前世で鍛えた結果などまったく残っていない。物語の始まりに残っているのは記憶だけなのだ。
 さらに新たな人生を始めるにあたって彼にはハンデがある。十歳の子供が、どういう生活をしてきたらここまでだらしない体になるのかと思ってしまうような、丸々と太った体。これを絞ることから始めなくてはならないのだ。

(メニューは見直すか。適度の休憩と栄養補給のタイミング。改善点はこの二つとして……)

 残っているのは記憶だけだが、それはとても重要なことだ。繰り返される人生の中で彼は様々な試みを行っている。大切な人を助けられないのは自分に力がないから。そう考えて、いかに早い時期に力を手に入れるかをひたすら考えてきた。一から考えるのだ。失敗のほうが多かったが、そこから学べたこともある。次の人生でそれを活かし、自分を高める方法を改善してきた。
 栄養補給もそのひとつ。痩せる為には食べないこと。そう考えて極端に食事を控えて、鍛錬の日々を続けていたが、それは間違いだと知った。ただでさえ貧弱な筋力がさらに衰えてしまうなど、食べないことの問題は大きい。そこは今回改めるべきだと考えている。

(勉強はどうするかな……足りないところは何だったか……? 全て思い出しておかないと)

 だが記憶は完全ではない。前世の、その前も含めて、記憶は薄れていく。人生が始まったばかりの時期は精神の回復期。正確には回復ではなく、若返った精神を傷つけないように悪感情が弱まるのだ。その中で記憶全体が薄れ、重要でないもの、鍛錬方法は彼にとっては重要なのだが、は完全に消えていってしまうのだ。

(体作りは……大丈夫だと思う。勉強だな。思い出さなければいけないのは。あとは……どうする?)

 忘れないように紙に書いておくことが重要。だが十五年の人生全てを、それよりも遥かに短い、半月にも満たない期間で全て書ききれるはずがない。すでに彼は一度それを試み、失敗している。忘れてはいけないことと、忘れて良いこと。この選別がとても大切なのだ。
 これに失敗すると、勉強などはそれを初めてから記憶に残っていると分かることもある。すでに知っていることを学ぶという無駄が発生してしまう。いざ人生を終える直前になって、まったく役に立たなかったことを勉強していたことが分かった、なんて経験もある。

(知識は消えても感情は消えない。彼女との思い出は忘れても、また俺は好きになる)

 大切な女性との思い出。それは大切なものだが、忘れてはならないものではないとすでに分かっている。出会いも、何もかも忘れてしまっていても、彼はやはりその女性を好きになる。思い出を忘れているほうが、新鮮な気持ちでその人を好きになれる。それが結果として、人生の最後の時に彼の苦しみを、より強くすることになるのだが、これについては彼は分かっていない。

(……彼女は全てを忘れているのかな? あの女は何なんだ?)

 人生の始まりで出会った女。その女はこの先の人生を知っている様子だった。自分と同じように。だったらどうして彼の大切な人は覚えていてくれないのか。二人で協力することが出来れば人生は。

(変えられなかった。彼女にとっては俺も憎むべき存在だ)

 彼も女性の死に責任がある。女性をそのような状況に追い込む原因のいくつかは彼が作っている。そうしたくなくても、そうしてしまう。

(……諦めるな。今度こそ変える。変えられないなら死を選べ。それで俺の人生は終わっても、彼女の人生は変わるかもしれない。いや、変わる)

 今度の人生では何も出来なかった自分でいるわけにはいかない。絶対にそんな結果で終わらせない。あの女が最後に笑っている姿は絶対に見たくない。自分の命を捨ててでも。改めて彼は強く心に思った。

(……逆算しよう。目的達成の時期を早めるには、いつの時点で何が必要かを考えよう)

 ひたすら自分を高めることを考えてきた。だがそれでは駄目だった。足りないものは山ほどある。それを今度の人生では身につけるという選択もある。だが彼は、考えそのものを改めることにした。ある知識を身につけて何をする、ではなく、何をする為には、その時期を早めるためには、どの知識をいつの時点で学んでおく必要があるかと考えることにした。ちょっとした違いだが、彼にとっては大きな変革だ。

(……考えろ。考えろ。俺には時間がない。焦る時間があったら考えろ)

 十五年後の結果がこの半月で、もしかすると一週間、三日の活動で決まるかもしれない。そう考えると焦りが生まれる。だが焦っている余裕がないほど、彼には時間がないのだ。無駄な呟きを続けながらも、彼の頭はフル回転を続けている。与えられた時を無駄にしないために。

 

◆◆◆

 実際には彼が思っているほど、彼の人生は同じではない。彼が持つようになった自我が、それによって残るようになった過去の暗い感情が、彼の人生に微妙な影響を与えている。少しずつの変化であるので、多くの記憶が欠落してしまう彼は、その変化に気づくことが出来ないのだ。
 本来の彼のキャラクターは陽気で社交的、という表向きの顔の裏で人を蔑み、貶め、権力を使って脅して他人を道具のように使うという陰湿な本質を持っている悪役キャラというもの。だが今の彼には表面を取り繕うようなところがなく、陰湿さだけが残っている。裏切りは元々彼の得意分野だが、その報いとして最後は誰の手助けも得られず、大切な人を守れなくなるという結末を重ねたことが、彼の心に他人への不信と嫌悪を生み、人との関わりそのものを厭うように変えたのだ。
 信用できるのは守るべき女性だけ。それがよりその女性への執着心を強め、失った時の苦しみを増大させる。彼にとっての悪循環だ。彼自身はそう思っていないが。

「家庭教師だと? この間、辞めさせたばかりではないか?」

 彼の父親も最後には彼を見殺しにする一人。さらに生まれた時から十歳までの思い出がないこともあって、彼には父親という実感はない。こうしてお願いごとをしても、こんな態度だ。人生が再スタートとなっても好きにはなれない。

「辞めさせた……そうだから新しい家庭教師が必要なのです」

 辞めさせた記憶は彼にはない。将来の彼の悪質な性格の基となる幼少期もかなり酷いものであることを、この時点では知らない。

「……そんなことを言うが、もう何人目だ? お前が求めているのはさぼらせてくれる家庭教師。そんな無駄金を使うつもりはない」

 無駄金というが、彼の実家の総資産から考えれば、家庭教師代など微々たる支出。それを知れば雇われた家庭教師は空しく感じるだろうが、辺境伯家とはそれだけの家なのだ。

「今度はきちんと教わるつもりです」

「……じゃあ、あれか? 女として? 今からそんなでは将来はどんな屑になるのだ? これ以上、我が家を辱めるな」

 この年齢の彼にこれを言う父親。つまり、前例があるということだ。これも彼には身に覚えがないこと。これについては、少し残念に思う。
 ただ、彼がその気になれば、すぐに経験出来るだろう。相手が望む望まないに関係なく。

「僕は勉強したいと言っているのです」

「そうやってお前が丁寧な言葉遣いを使う時は、大抵、裏がある。まったく……どこでそういうことを覚えてくるのか」

 普段の口調はこういうものではないことも分かった。彼にとって、このやり取りは本当に不毛だ。身に覚えのないことで父親に疎まれ、頼み事を拒否される。幼い頃から出来の悪い放蕩息子。こんな設定があることなど、彼本人には分からない。

「……分かりました。では結構です」

 そして最後には諦めることになる。今度の人生では諦めてはいけない。この思いはあるが、父親とのやり取りは彼を苛立たせる。そうしている時間がすごく無駄なものに思えてしまうのだ。
 苛立つ心を静めながら、彼は自分の部屋に向かう。家庭教師は今回もいない。そうであれば独学で行うしかない。

「……ちきしょう」

 机の上に広げたままの紙とペンを手に持ったところで、彼は呟きを漏らす。父親は自分の人生を邪魔する存在。お前がそうだから俺は早死にするんだと言ってやりたいが、まともに受け取られるはずもなく、呆れられて終わるのは分かりきっている。
 こうして彼の心にある不信感はさらに肥大することになる。それが彼に一層、人を遠ざけさせ、物事が思うように進まない原因となる。すでに彼はこれを忘れている。彼にとって重要な記憶が長く残るわけではない。その逆であることのほうが多いのだ。

「……時間を無駄にしない」

 無理やり感情を押し殺し、自分に言い聞かせる。これからのことについて考えが煮詰まってしまった時に、人生の始まりにおける気持ちを忘れないようにと書きなぐっていた言葉。それが目に入ったのだ。

「もっと大きく書いておこうか」

 書きなぐった言葉は他にもある。今こうしてその中のひとつが役に立ったとなると他の言葉もすぐに思い出せるように残しおいたほうが良いと彼は考えた。
 部屋中にそれを張ることで、「また放蕩息子が奇行を」などと使用人たちに陰口を叩かれることになるのは先の話。そうなっても彼は気にしない。人の目を気にする余裕などないのだ。

 

 

◆◆◆

 武において彼の得意はない。苦手もない。知識の豊富さで平均よりは上回るが、技術は一からの鍛錬で身につけていかなければならないので得意といえるまでにはならない。才能の問題ではなく、これも教える人がいないからだ。
 放蕩息子は文武ともに努力を放棄し、怠惰な日々を過ごしていた。これが元々の設定で、それは、彼がその気になったからといって変わらない。教わる人がいない彼はそうでない人よりも成長が遅れる。教わっている姿を見ることはないので、サボっているように周囲には思われる。彼がその気になっても周囲の見方は変わらない。

「はあ、はあ、はあ……はあ、ふう……」

 教える人がいなくても迷うことなく鍛錬を行え、着実に成長出来るもの。体力づくりはそのひとつだ。とにかく走る、走る、走る、だけでは疲労が蓄積し、それが怪我に繋がり、結果として鍛錬が充分ではなくなることを彼は経験で知っている。普通の人でもそうなのに、彼の太った体は走る時の足への負担が人一倍大きいのだ。

(さてと……行くか)

 それなりに追い込んで走り込みを行ったあとは、水泳。まずは水の中を歩くことから初め、走り込みによる疲労、筋肉の熱が冷めたところで流れに逆らって走る、そして泳ぎに移っていく。これもやり過ぎると川の流れに耐えられなくなって溺れてしまうことがあるのだが、それへの備えはもう分かっている。下流にただ綱を張っておくというだけのものだが、今のところはそれで助かっている。

(泳ぐほうが体力づくりには良さそうだけどな……季節を選ぶのが難点だ)

 全身の疲労度合いから、水の中で運動しているほうが体をいじめられているように彼は感じている。地面の上を走るよりも水の中での運動を多くしたい、水の中だけでも良いのではないかとまで思うのだが、寒い季節にそれを行うと、追い込む前に寒さで気を失ってしまう。領地に比べるとかなり南にある王都だが、寒い時はやはり寒いのだ。

(…………)

 水中運動で疲労困憊になった彼。仰向けに浮かんで、川の流れに身を任せている。あらかじめ張っておいた綱のところにたどり着いたとこで、それを伝って岸に上がる。

「……お前、何をしている?」

 岸にいたのはまさかの人物。彼がもっとも会いたくない相手。正確には、そうとしか思えない容姿の女の子だ。
 大きな石の上に腰かけて、丸パンを口に運んでいる女の子。彼が知る女性に比べれば、かなり幼い。だが「天使のよう」と表現されるくらい愛らしい見た目は、その子が、彼が知る女性と別人であるとは思わせない。

「えっと……運動したらお腹がすいて……そしたら丁度……」

「俺が用意していた食べ物があったから食べたと?」

 相手が食べているのは彼が用意していた食事。鍛錬を終えてすぐに食べられるようにと、この場所に置いておいたのだ。

「ご、ごめんなさい。君のだって知らなくて」

「俺のだと知らなくて……お前は誰のものかも分からない食べ物が置いてあったら、それを食べるのか?」

 女の子の言葉はまったく言い訳になっていない。誰の物かは関係なく、置いてあった物を食べるという非常識さが彼には許せない。

「つ、つい……ごめんなさい。今度、弁償します」

「……良い」

「えっ、良いの?」

 女の子の顔に一気に笑顔が広がる。それを見ると、彼にはさきほどの謝罪が本心からのものとは思えない。

「弁償は良いから、さっさと目の前から消えろ」

「……はい」

 背中を丸めて、すごすごと引き上げていく女の子。この情けない女の子が将来、この国の王妃になるのだと思うと、彼はやるせなくなる。この非常識な女の子が将来、彼の大切な人を陥れ、死に追いやるのだと思うと、強い怒りが湧き上がってくる。
 そんな未来を絶対に許すわけにはいかない。改めて彼は心に誓った。

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