月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第46話 戦いはすでに始まっている

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 ティファニー王女が行っている鍛錬は、周りで見ている者たちにとっては、実に退屈なもの。ただただ同じ動きを繰り返しているだけのように見える。実際に細かい動きは異なっているが、そう見えても仕方がないものだ。ただし、見る側ではなく、実際にそれを行う側にとってみれば、退屈なんて思いは決して心に湧いてこない辛い動きばかり。サーベラスが口にした「嘔吐するまで」は冗談でも脅しでもなく、事実なのだとティファニー王女は思い知った。実際には嘔吐するまで自分を追い込めることなく、その手前で動くことが出来なくなっているが。

「反応速度、瞬発力は合格にはほど遠いけど、まだマシなほう。一番の問題はやはり持久力か」

 鍛錬の様子を見て、相手が足りないところを確かめる。それに基づき、次の鍛錬方法を考える。守護兵士養成所でのやり方と同じだ。相手がティファニー王女とクリフォードの二人だけという違いはあるにしても。

「走り込みを行うにしても、ここだとな……」

 特別士官学校の敷地は城のすぐ隣。敷地そのものには傾斜があるのだが、訓練場は運動しやすいようにならされ、平らになっている。守護兵士養成所で山を登っていたのに比べれば負荷は低い。それがサーベラスは不満だった。

「重しは……筋力もまだまだだからな。怪我すると困るから駄目か……」

「なんだか……ごめんなさい」

 サーベラスの独り言、のはず、を聞いていると自分がすごく駄目な人であるようにティファニー王女は感じてしまう。

「別に謝る必要はありません。私にも足りないところは沢山あります。それを認識して、改善出来るように鍛えることが重要なのです」

 ティファニー王女を否定する気持ちはサーベラスにはない。初めから完璧な人などいない。完璧になれる人もいないと思っている。出来るだけ理想に近づけるように、努力を続けるしかないと。

「……やっぱり、ただ走るだけとかは止めておきます」

 ひとつひとつ確実に身につけていく。本当はそういう方法をとりたいのだが、ティファニー王女には時間がない。実戦的な鍛錬を選び、時間を長くとるなどして基礎体力作りにも繋がるようにしようとサーベラスは考えた。

「まずはクリフォードと立ち合いを」

 その次は自分と。ティファニー王女には休む間を与えることなく立ち合いを行ってもらうことにした。基礎体力についてはクリフォードもある程度は鍛えられているので、負荷を与える側に回すことにしたのだ。

「立ち合いであれば私のお相手をお願いできますか?」

 再開しようとした鍛錬を邪魔する声。何者かサーベラスは分かっていないが、今この状況で、こんなことを言ってくる相手は限られているはずだ。

「だそうだ。クリフォード、相手をしてやれ」

「私は王女殿下に立ち合いを申し込んだのだ!」

 そんなことはサーベラスも分かっている。分かっていて、わざとクリフォードに相手をさせようと考えたのだ。

「いきなり王女殿下と戦おうなんて、少し無礼ではありませんか? そんなことを申し出る資格があるのは、貴方の主だけだと私は思います」

 立ち合いを申し込んできた相手はシミオンの部下。こう決めつけて、サーベラスはこれを告げた。

「シミオン様は、今日はお相手出来ない」

 結果は考えていた通り。相手はシミオンの部下だと、はっきりと分かった。

「では礼儀に従って、まずは部下同士での立ち合いを」

「……そうだとしても、守護兵士見習い風情を相手に出来るか」

 クリフォードでは力不足。せめてサーベラスを相手に、とシミオンの部下は思ったのだが。

「ではお引き取りを。今この場にいる王女殿下の部下は、貴方が言う守護兵士見習い風情だけですので」

 サーベラスがそれを受け入れるはずがない。相手が発した言葉の誤りをとらえて、立ち合いそのものを拒否した。

「……分かった。まずはその男の相手をしてやる」

 「はい。分かりました」と引き下がる訳にはいかない。相手はシミオンの命令で、ティファニー王女陣営の力量を探る為に立ち合いを申し込んだのだ。役目を果たすことなく、シミオンのところには戻れない。

「クリフォード。そういうことだ」

「本当に俺で良いのか?」

 クリフォードには勝利する自信がない。相手は守護騎士になる力を持つ相手だ。守護兵士見習いであった自分が敵う相手ではないと思っている。

「お前が立ち会うことに意味がある。戦って、意味を見つけてこい」

「意味?」

「深く考え過ぎ。良い経験にしてこいと言っているだけだ」

「ああ、分かった」

 相手が力試しの立ち合いだと考えているのであれば死ぬことはなく、敗北から学べることもある。仮に相手が殺そうと考えていたとしても、クリフォードに怪我さえさせるつもりはサーベラスにはないが。
 それぞれ鍛錬用の剣を持って向かい合う二人。先手を取ったのは相手のほうだ。時間をかけるつもりはなく、一撃で勝負を決するつもりで振られた剣。それをクリフォードは防いでみせた。

「何?」

 それに驚く相手だが、さすがにそれはなめ過ぎだ。この程度の、雑で単調な攻撃を防げないようなクリフォードではない。彼は養成所において、もっとも真面目にサーベラスの課した鍛錬をこなしていた一人なのだから。
 初撃を防がれたことで気合を入れ直した相手。また先手をとってクリフォードに攻めかかる。

(慎重過ぎ。守って勝つタイプじゃないだろ?)

 相手が先手を取ったというより、クリフォードが先手を譲っている。守護騎士見習い相手ということで慎重になりすぎているのだとサーベラスは見ている。実際にそうだ。
 それでもクリフォードは相手の猛攻を防ぎ続けている。

(……あいつ、才能あるのかもな)

 そのことにサーベラスは感心した。

(そうなの?)

(守りは苦手なほうだったはずだ。それが短期間でここまで出来るようになっている)

 養成所の時、クリフォードは攻め続けて勝ち切るという戦い方をしていた。それはそういう戦い方が向いている、というだけでなく、守りが苦手だという自覚があってのことでもある。サーベラスにはそれが分かっていた。
 だが今、目の前で戦っているクリフォードの守りは思っていたよりも、ずっと固い。それだけ成長したということだ。

(才能もあるかもしれないけど……サーベラスの攻撃を知っているからじゃない?)

 ルーは才能ではなく、サーベラスとの対戦経験のおかげではないかと考えた。サーベラスのそれに比べれば、今相手している男の攻撃は、どれも単調と言えるものだとルーは思う。

(……将軍とも戦っているからな。自分よりも強い相手との対戦は、やっぱり良いよな)

 養成所でサーベラスは、ずっと物足りなく感じていた。唯一満足出来たのは、当時は教官だったガスパー将軍を相手にする時。今はその時よりも本気のガスパー将軍と立ち会えている。サーベラスにとってはありがたいことだ。

(ただ……分かりきっていることだけど、持久戦にしたら勝ち目はないな)

(そうだね。だからクリフォードは攻めに回らないと)

 クリフォードは相手の攻撃を防いでいる。防いでいるが、徐々に綻びが見えてきた。ただの剣の打ち合いだけであれば、もっと長く戦えるのだが、そこに霊力が加わるとそういうわけにはいかない。相手の霊力が込められた攻撃を防ぎきれなくなってきたのだ。

(まあ、見ているだけの俺でも意味はあった。悪い戦いじゃない)

 つまり、クリフォードはもう限界ということ。相手もそれに気が付いて、攻勢を強めてきた。剣を合わせるタイミングがわずかに遅れたクリフォード。霊力防御を展開して防ぐべきところなのだが。
 ガラスが割れたような音が響いたと思った次の瞬間。クリフォードは相手の剣を体に受けて、吹き飛んだ。

 

 

「……自分で跳んで勢いを殺したのは良し。でも、もう限界だな」

「……ああ」

 限界に達したことを素直に認めたクリフォード。養成所にいた時のように意地を張ることはしない。そんなことをする理由はもうないのだ。

「終わりか? では次はお前だ」

 相手は続けてサーベラスとの立ち合いを望んできた。クリフォードの実力を確かめただけではシミオンが満足しないことが分かっているのだ。

「……連戦になりますけど?」

「問題ない」

「結構、苦戦していたと思いますけど?」

「問題ないと言っている!」

 実際に思わぬ苦戦を強いられた。それは本人も分かっているが、ここで引くわけにはいかないのだ。眼中になかったクリフォードに苦戦して引き上げたとなっては、自分の評価が地に落ちる。一族内での立場が悪くなってしまう。

「……そうですか。では、後悔しないで下さいね?」

「なめるな」

「そんな愚かな真似はしません」

 戦いに臨んで、敵を侮る。そんな真似をサーベラスは行わない。そういう愚かな行為で命を失くした人を何人も知っている。味方だけでなく敵も。相手を油断させて殺すなんてやり方は、何度も行ってきた。若い、見た目はさらに若く見えるサーベラスにとっては有効な手段だったのだ。
 向かい合う二人。今回も先手を取ったのはシミオンの部下のほうだった。ただ、クリフォードとの対戦の時と異なるのは、それが最初の一撃だけだったこと。

「くっ」

 対戦相手は最初の一撃を躱されただけでなく、サーベラスを見失ってしまう。それでも気配だけを頼りに剣を振るう。だがサーベラスの攻撃は逆方向から来た。
 咄嗟に全面に展開していた霊力防御がそれを防ぐ。だが、サーベラスの攻撃はそれで止まらない。剣を合わせることも出来ずに相手は攻撃を受け続けることになった。

(……どうして反応出来るの?)

(はあ? そんな疑問は良いから、次の攻撃場所!)

(そ、そうだね)

 霊力防御が薄く感じられる場所をサーベラスに伝えるルー。サーベラスはその通りに攻撃をしている。一秒にも満たない時間で、ルーの指示通りに動いているのだ。それがルーには驚きだった。だが今は、サーベラスの言う通り、驚いている暇はない。

「な、なんなのだ!? なんだお前は!?」

 サーベラスの攻撃に驚いているのは対戦相手も同じ。サーベラスに関しては、守護兵士見習い風情と侮れないことは知っていた。だが、実際に対戦してみて、その実力は予想以上。侮るつもりはなかったが勝つつもりではいた。だが今はその自信を完全に失っている。

「驚いている暇はないと思うけど?」

 動きが止まった相手に向けて振るわれた剣。ガラスがはじけるような音が耳に響いた。

「そ、そんな、馬鹿な」

 技術では勝てなくても霊力の比較では、間違いなく自分のほうが上。一方的に攻撃を受け続けていても、その差によって最後まで守り切れるはずだった。だが、霊力防御はサーベラスの攻撃によって粉砕されてしまった。
 あり得ない結果に呆然と立ち尽くす対戦相手。だがこれもまた未熟。サーベラスは攻撃の手を止めたわけではないのだ。地を這うような姿勢から振るわれた剣。それは対戦相手の膝を粉砕する、はずだった。
 サーベラスのいた場所に土煙が舞い上がる。

「……立ち合い中に横から攻撃するって卑怯ではないですか?」

 土煙が舞い上がったのはシミオンの部下、バクスターの攻撃によるもの。明らかにサーベラスを狙った攻撃だ。

「授業中に、わざと相手に大怪我を負わせようと企むのは卑怯ではないのかな?」

 バクスターがサーベラスを攻撃したのは仲間が大怪我を負わされるのを防ぐため。サーベラスも、いざとなったらやろうとしていたことだ。

「証拠もなしに、そんな真似をすることが許されるなら、授業中は何でもありですね?」

「……確かに。行いそのものを否定するつもりはないが、この場は謝罪しよう。王女殿下、無礼をお詫びいたします」

 ティファニー王女に向かって頭をさげるバクスター。「謝罪する相手が違わない?」というサーベラスの文句は無視だ。そもそも本気で謝罪しているわけではない。自分の行いを正当化すれば、サーベラスはそれを利用しようとする。そう感じたから誤りと認めたのだ。

「謝罪を受け入れる前に……サーベラス、今の話は本当なのですか?」

 ティファニー王女はバクスターの謝罪をすぐに受け入れようとしなかった。拒絶ではない。非がどちらにあるのか、真実を知りたいと思ったのだ。

「今の話? その人が私を不意打ちしようとしたことですか?」

 ティファニー王女の問いにサーベラスは惚けてみせる。わざわざ、こちらの非を明らかにする必要はないという考えからだ。

「サーベラス。私は真実を知りたいのです」

 だがティファニー王女は、サーベラスに言わせれば、馬鹿正直な行動をとろうとしている。まっすぐにサーベラスの瞳を見つめるティファニー王女。

「……仮に、仮にその人の言うことが事実だとして、何か問題がありますか? 敵戦力を少しでも削ろうとするのは戦争では当たり前のことだと思います」

「戦争って」

「違いますか? 今、五家の間で行われているのは玉座を取り合う椅子取りゲームなんて遊びではなく、殺し合いの戦争です」

「それは……分かっています」

 サーベラスの言う通りだ。特別士官学校での授業中の出来事ではあっても、これは五家の戦いの一環。分かっていたはずのことをサーベラスに指摘され、ティファニー王女は自分の考えの甘さを恥じた。恥じたが、それは自分の認識の甘さ。人を傷つけることを受け入れたわけではない。
 批判の色は薄れたとはいえ、ティファニー王女がサーベラスを見つめる瞳の強さは変わることはなかった。

「……私は思います。自らそれに臨んだ人も巻き込まれた人も、きちんと考えるべきだと。愚かな権力者が始めた愚かな戦争が、どれほど愚かな結果を招くかを」

 ティファニー王女の視線を正面から受け止めてサーベラスが口にしたのは、五家に対する批判。五家の権力者を愚か者呼ばわりするという痛烈な批判だ。
 周囲からそれを咎める声はあがらなかった。当然、支持する声もあがることはない。それぞれがそれぞれの想いを胸に、背中を向けて歩き出したサーベラスを黙って見つめていた。

「……危険な男だな」

 その背中が見えなくなったところで、シミオンが呟きを漏らした。五家への批判の声が国内にないわけではない。だがそれを五家の関係者がいる場所で、堂々と口にする人間をシミオンは知らない。五家の関係者にもそういう者はいなかった。

「はい。ただ……いえ、そうですね」

 間違ったことは言っていない。決して口に出してはいけない言葉を、かろうじてバクスターは寸前で飲み込んだ。彼らしくない迂闊さ。それだけ別のことに気を取られていたということだ。
 バクスターもまた五家を公然と批判する人物に会ったのはこれが初めて。ただ彼の胸に湧いた思いは、シミオンのそれはとは少し違っていた。

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