月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第45話 いつかは会うと分かっていたけど

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 特別士官学校に通う日々は、ジャスティンにとって、当初思っていたよりも退屈なものだった。宿霊者となっていない身では鍛えられるのは一般的な戦闘術。それは士官学校に通わなくても習えるものだ。実際に入学する何年も前からジャスティンは、一族の騎士たちから剣術や体術を学んでいた。
 退屈に思うのはそれだけが理由ではない。すでに宿霊者となっている守護騎士見習い、その中でも優秀と評価されている人たちの実力はジャスティンも認める。いつか自分もそうなりたい、ではなく超えていかなければらないと思っている。つまり、そこまでの存在だ。士官学校に通う誰もが、ジャスティンにとっては通過点であって目標にはなり得ないのだ。
 この思いが感情的なものであることはジャスティンにも分かっている。彼にとっての目標は唯一無二。英雄王の再来と期待されていた兄だけだ。その兄が病に倒れ、力を失い、一族から追放されたと知ったあとも、その気持ちは変わらない。そうであるからこそ、変わらず目標として思い続けたいのだ。兄のようになりたい。兄が成し遂げたはずの何かを実現するのは自分でなければならない。兄に代わって後継者候補となってから、彼はずっとそう思っている。
 退屈に思ってはいても鍛錬を怠っているわけではない。全力で取り組んでいるつもりだ。それでも、心に隙間を感じてしまう。そんな毎日を過ごしてきた。
 その毎日に思いがけない変化が訪れた。ティファニー王女の入学、そのものではない。そのティファニー王女の護衛兵士としてサーベラス、もう二度と会えないかもしれないと思っていた兄が士官学校にやってきたのだ。
 会いたい。会って話をしたい。兄は自分を覚えていてくれるだろうか。そんな不安もあるが会って話せばそれで不安は解消されるはず。ジャスティンはそう思っているのだが。
 兄との接触は禁止された。すでに一族から追放され、縁は切れている。これだけが理由ではない。兄はティファニー王女に、キングの一族に仕えている。その兄と頻繁に接触していては自分の一族とキングの一族との関係を疑われてしまう。そう周囲に言われたのだ。
 現在の国の状況は当然、ジャスティンも知っている。周囲の心配も理解出来る。それでも兄と話をしたい。機会は必ず訪れるはずだ。そう思っていた。
 だが、偶然の機会を待っている状況ではなくなった。窓から外を眺めていて視界に入った兄の姿。それだけであれば動くことはなかった。一緒に士官学校に通っている従兄に止められるのは分かっているからだ。それなのに今こうして、兄のあとを追っているのは、兄と一緒にいた者たちが何者か知っているから。ビショップのシミオンの部下だ。
 ジャスティンはシミオンのことが嫌いだ。そう思うようなことを直接されたわけではない。ルークの一族を自らの行いで敵に回すような真似は、さすがにシミオンもしない。そうであっても、自分以外に向ける傲岸不遜な態度がとにかく気に入らない。ティファニー王女に対する態度はその代表的なものだが、それだけではない。少しでも気に入らないことがあると、相手を力づくで押さえつけようとするところがシミオンにはある。反抗する力がないと分かっている相手であっても容赦なくだ。
 今、兄と一緒にいるのがその役目を担う者たちであることをジャスティンは知っているのだ。兄を理不尽な暴力から救わなければならない。どうやってかなどは考えていない。とにかく兄を助ける。それだけを考えて、ジャスティンは駆けている。

「……あっ」

 その兄の背中が見えた。兄だけの背中が。シミオンの部下はどうしたのか。この疑問は、その兄の背中を追って、少し進んだところで解けた。建物と建物の間の人目につかない空間。そこに倒れている者たちがそれだ。

「あっ、あの!?」

 助けは必要なかった。だからといって、それで安心してこのまま去ることは出来なかった。地面に倒れている者たちに意識があるかは分からないが、兄との会話を邪魔出来ないのは間違いない。この機会を逃したくなかった。

「……何か?」

 振り返った兄は怪訝そうな顔を向けている。それは期待していたものではなかった。

「……僕のことを覚えていますか?」

 落ち込む心。それでも話を続けた。とにかく兄と話をしたかった。

「……それはまあ……元弟だから」

「あっ……」

 兄は自分のことを覚えていてくれた。落ち込んでいた気持ちが一気に晴れやかなものに変わる。兄が倒れたのは十年近く前のこと。もし覚えていてくれたとしても、すぐに自分だと気づくことは無理だろうとジャスティンは考えていたのだ。だが、兄はすぐに自分の弟であると分かってくれた。ジャスティンはそれがたまらなく嬉しかった。

「元兄から忠告を。僕には近づかないほうが良い。周りからもそう言われていませんか?」

「……言われています」

「でしょうね」

 今の状況で二人の接近をルークの一族が許すはずがない。何等かの意図を持って近づいてくる可能性があるとしても、今の問いに対するジャスティンの態度は、そうとは思えないものだ。

「でも僕は……兄上と話がしたくて」

「元兄……と呼ぶのも変か。サーベラス。今の名はサーベラスです」

「……サーベラスと話をしたくて」

 サーベラスという名で呼ぶのはジャスティンには不本意なのだが、兄と呼んではいけないことは、頭では分かっている。

「では手短に。どのような用件ですか?」

「どうすれば兄、いえ、サーベラスのようになれますか?」

「……それはお勧めできません。僕のようには絶対にならないほうが良い。一族から追放されたくないでしょう?」

 何故、ジャスティンは自分のようになりたいと思うのか。サーベラスにはまったく理解出来ない。言葉にした通り、羨まれるようなものは何もないと思っているのだ。ルーとしても自分自身としても。

「それはそうだけど……でも、僕は強くなりたくて」

「強くなりたいと、僕のようになりたいは違うと思いますけど……強くなりたいのであれば、そうなれるように努力するしかないですね」

「努力……努力だけで強くなれるのですか?」

 そうではないとジャスティンは思う。彼は英雄王の再来と兄が期待されたような強い守護霊を宿したいのだ。ただこれをサーベラスに聞くことに意味はない。強い守護霊を宿す方法などサーベラスが知るはずがない。

「努力だけでは無理かもしれない。でも、努力なしでは強くなれないのは間違いありません」

「努力はしているつもりですけど、でも僕はまだ宿霊していなくて……」

「宿霊しているかどうかが強くなるための努力に関係あるのですか? もしそう思っているのであれば、貴方は強くなれないと思います」

 サーベラスの視線に厳しさが加わった。守護霊の力が全て。この考え方はサーベラスにとっては受け入れられないものだ。

「……ごめんなさい。僕、ちょっと焦っていて」

 ジャスティンはサーベラスの怒りの感情にすぐに気が付いて、謝罪を口にした。焦っているは言い訳ではない。実際にジャスティンは宿霊出来ていないことを焦っている。周りから出遅れているように思ってしまうのだ。

「焦り、ですか……宿霊していないからこそ、鍛えられるものもあると思いますけど? 霊力に頼りっきりになって、すぐそこで倒れている人たちのようになりたいですか?」

 霊力頼みの強さ。その頼みの霊力を使わなければ、数人がかりでも、あっという間に倒せてしまう。サーベラスに絡んできたシミオンの部下たちはそういう者たちだった。

「……なりたくないです」

「霊力は素の力や技を補完するもの。こう考えたほうが良いと思います」

 特別なことではない。当たり前の考えなのだが、霊力が強力であればあるほど、その力に頼ってしまいがちになる。宿霊した途端に、それまでの何倍も強くなる。その経験が、この当たり前の考えを忘れさせてしまうのだ。

「……では今の僕は何をすれば良いですか?」

「それは」

「それ以上、ジャスティン様に近づくな!」

 割り込んできた声。それが何者かサーベラスには分かっている。ジャスティンの従兄のラリーだ。

「僕から近づいたわけじゃない」

「そうであったとしても、不必要な長話をする必要はない。理由を説明する必要はないな?」

 サーベラス、の守護霊となっているルーにとっては元従兄。病に倒れる前までのラリーは、今のように冷たい視線を向けるような相手ではなかった。それがルーには少し悲しかった。

「ないね。でもそれは僕ではなく、従弟殿に伝えるべき話だ。違うかな?」

 サーベラスには悲しいという感情はない。悪意を向けてくる相手には、それに相応しい態度を向けるだけだ。

「ジャスティン様にはすでに伝えてある」

「そうであれば守らせるように努力すべきだ」

「……そうする。そうするが、お前にもはっきりと伝えておくべきだと考えただけだ」

 ジャスティンがサーベラスと話をしたがっていたのはラリーも知っていた。ここで邪魔をしても、また機会があれば話そうとするだろうことも分かっている。

「……では伝えられた。用件は以上かな?」

「ああ、以上だ。ジャスティン様、行きましょう」

「でも……」

 二人のやり取りを横で聞いていても、ジャスティンはまだ話を続けたい。ずっと、ずっとこの日を待ち焦がれていたのだ。サーベラス、ルーが倒れた日からずっと。
 だがそれはラリーが許さない。やや強引に腕を引っ張って、ジャスティンは連れて行ってしまう。

(……サーベラスはよく分かったね? 僕はちょっと考えた)

(ああ……何度か部屋を覗きに来ていたからな)

(部屋を覗きに?)

 意識のなかったルーは知らなかった事実。

(心配していたのだろ? 見つかる度にリアさんに病が移ると大変だからと注意されていた。いつの間にか姿を見せなくなったのは、それを理解したからかな?)

(そう……)

(態度は気に入らないけど、元従兄の言っていることは正しい)

 弟を思う気持ちがルーの中で強まった。それを感じたサーベラスは、あえて釘を刺すような言葉を伝えた。ルークの一族のことを考えてあげたから、ではない。その逆だ。ルークの一族は敵。そう認識しているサーベラスは、弟であっても情をかけるべきではないと考えている。結果として、それがルーを傷つけない為の選択になると考えているのだ。

(……そうだね)

 サーベラスの考えはルーも頭では、実際に頭はないが、理解している。自分を思っての言葉であることも伝わっている。

(しかし……まだ宿霊の儀式を行っていないのか……元弟に関しては適齢になるのを待っているのだろうけど、元従兄はルーより年上だよな?)

(そうだね……同時に行うつもりじゃない?)

(どうして? なんて聞いても分からないか。同時に行う利があるのかもしれないな。少し調べてみるか)

 今は調べる方法には困らない。国内で最大級の蔵書がある図書室へのアクセスが可能なのだ。直接、読むことは出来なくても聞くことが出来る。この程度のことであれば機密にはならないはずだ。
 調べている時間が取れればという条件付きだが。

 

 

◆◆◆

 サーベラスの日常は、大きなところでは、守護兵士養成所の時と変わらない。自分の鍛錬と他の人への指導。それに調べものをする時間が増えた分、さらに忙しくなっている状態だ。

「霊力を得る前だからこそ、学ぶべきことがある。王女殿下に向けるべき言葉でしたね?」

「どういうことですか?」

「独り言です。さて……何から始めれば良いのでしょうか?」

 ティファニー王女の戦闘力は、素人に少し毛が生えた程度のもの。城で一緒に鍛錬をしていた時から、これは分かっていたが、いざ本格的に鍛えようとなると、どこから手を付ければ良いのかサーベラスは悩んでしまう。

「基礎がまだまだ出来ていないことは分かっています。一から鍛えなおすつもりでお願いします」

「そうですか……ちなみに、王女様を嘔吐してしまうくらいまで走らせて、罰を受けないですか?」

「それは……それが必要であれば問題ありません」

 サーベラスの鍛錬の厳しさはなんとなく分かっていたつもりのティファニー王女だが、嘔吐という言葉には、少し気持ちが引けてしまう。

「王女殿下がそう言っても……本当に許されるなら前からやらされていますよね?」

 今のティファニー王女の実力を見ると、城で行われていた鍛錬はそれほど厳しいものではなかったはずだとサーベラスは思う。教える守護騎士たちも、やはり遠慮したのだと。

「それは……違います。その時の私にはまだ覚悟が出来ていなくて……それで……」

「今は出来ていると……それはそうですか。もう戦いは始まっています。ただ、すでに始まっているのに基礎の基礎で良いのかという悩みが……」

 守護兵士養成所では三年という期間があるという前提での鍛錬を行っていた。卒業するまでに満足できる強さを身に着けられれば良いという考えだ。だが、ティファニー王女にはその余裕がない。すでに戦いは始まっている。いつ実戦の機会が来ても、おかしくないとサーベラスは考えている。

「強くなるためであれば、なんでもします」

「一国の王女が軽々しくそのような言葉は口にしないほうが良いと思います……なんて言葉は今は余計ですね。分かりました。では基礎訓練から始めましょう」

 悩んだ結果、結局は地味な基礎能力向上訓練から。ちょっと鍛錬しただけですぐに強くなる方法なんてない。最初から分かっていた答えに戻ることになった。

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