月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第39話 生まれてきてしまったこと

 圧倒的な力。これを見せつけられたのは三度目のことだ。だが、今回の衝撃は過去二回のそれとは比べものにならない。クリフォードが想像できる範囲を超えていた。
 霊力の強弱が全てであるはずの守護戦士。ではその霊力が、少なくとも防御という点では通用しない相手とは、どう戦えば良いのか。そんな相手が存在することを、どう受け止めれば良いのか。クリフォードには気持ちの整理がつかない。呆然と立っていることしか出来なかった。

「さて……それで? お前は何をしたい?」

 普段は見せない、相手の心を圧する気をまとっているサーベラス。

「……サーベラス。お前は……」

 その気に圧されたクリフォードは「何者なのだ」という、心から知りたい問いを発することさえ出来なかった。

「……とりあえず、事情を教えてくれるかな? どうして君たちは僕を襲ったの?」

 いつもの口調に戻ったサーベラス。だがすでにクリフォードは、それが偽りの姿であることを知っている。

「……お、お前が悪霊に取りつかれていると聞いた。討伐しなければならないと」

「それは誰が?」

「クラリスだ。彼女がそんなことを言いだしたことに驚いたのだが……彼女は本気だった」

 サーベラスに心を奪われていたクラリスが、何故そんなことを言いだしたのか、クリフォードには理解出来なかった。仮に悪霊の話が事実だとしても、自ら積極的に討伐を推進するのはおかしいと思った。

「彼女が……君はそれを信じたの?」

「……いや、信じられなかった」

「でも君たちは僕を襲う計画を立て、実際に実行した。どうしてかな? そう決める何かがあったはずだよね?」

 見習い守護兵士だけで決められるはずがない。サムエルは身分を偽っているのだとしても、残りの人たちに命じる権限などないはずだ。実際には権限を持っていて、そうであることを明らかにしたのでなければ。

「指導教官からの命令があった」

「それは誰?」

「分からない。直接、命令を受けたのはクラリスだけだ。俺たちは命令書を見せられただけ。間違いなく本物だということで、命令に背けば軍令違反で罰せられることになると聞いた」

 上官からの命令に背くことは出来ない。軍とはそういうところだ。クリフォードは、他のメンバーもそう思い込んだのだ。

「まだ見習いなのに? まあ、良いや。その程度の情報か……やっぱり、一番詳しい人に聞くしかないね?」

「でもクラリスは」

「一番詳しい人は彼女じゃない。サムエルさんだよ」

「サムエル? どうして奴が?」

 これが演技でなければ、サムエルは自分の素性を明かしていないということになる。クリフォードは詳しいことを何も聞かされていないということに。ただ、もうサーベラスにとっては、重要なことではない。真実を聞く相手は他にいる。

「話は聞こえていたよね?」

「……ぼ、僕は……な、何も知らない」

 サムエルは手足の腱を斬られ、動けなくなっているだけで、意識もはっきりとしている。そういう状態にサーベラスがしたのだ。

「そういうのいらないから。僕が求めている言葉は真実だけ。それ以外を話す必要はないよ」

「知らないものは話せない」

「その通り。知っていることだけを、全て話してもらえればそれで良い。さてと……まずは緩く足の爪から行こうか。もう怪我しているから、それほど痛くないかもね?」

 情報を聞き出す方法はいくつかある。その中から今回、サーベラスが選ぶのは拷問だ。情報を得たことを隠す必要はない。生かすつもりもないのだ。

「無駄だ! 僕は知らない! 知らないことは話せない!」

「だからそういうのいらないって言っている。君がただの見習い守護兵士でないことはもう分かっている。どこの一族かも想像がついている。僕はその裏付けを取りたいだけだから」

「……何も話さない。殺されても話す――!」

 サムエルは最後まで言葉を発することが出来なかった。口に突っ込まれた鉄の棒がそれを許さなかった。サムエルを黙らせたサーベラスは、口に入れた鉄の棒をそのまま、持っていた紐でサムエルの顔に固定してしまう。

「さて準備は終わり。君は勘違いしている。君が真実を語るのは死にたくないからじゃない。死んで楽になりたいと心から願って話すのだよ?」

「…………」

「信じてない? そのうち分かるよ」

「――!!」

 声にならないサムエルの叫び。それは、彼にとっては永遠とも思えてしまう時間、続くことになる。耐え難い苦痛から解放されたいと彼が心の底から望み、それが叶えられるまで。

 

 

◆◆◆

 サーベラスが悪霊に取りつかれているというのは真実。サムエルはそう思っていた。彼はそう聞かされ、悪霊の害が周囲に及ぶような事態になった場合、必要な対処を行うように命じられていたのだ。悪霊に取りつかれているという証拠など必要ない。命じられれば、その通りに動くだけ。それがサムエルの義務だ。彼はその義務を守ろうとしただけ。それにより、耐え難い苦痛を与えられ、自ら求めて死ぬことになった。他のメンバーもサムエルに巻き込まれて、短い人生を終えることなった。
 それを知ったクリフォードの胸には怒りと、それより遥かに大きな虚しさが広がっている。こんなことで何故、死ななければならなかったのかという怒りと、それが守護騎士であったサムエルの任務であったという事実への虚しさだ。

「……俺は……殺されるのだな?」

 その虚しい死が自分の身にも訪れることをクリフォードは知っている。

「君は知ってはいけないことを知ってしまったからね?」

「それは……あの得体のしれない攻撃のことか?」

「そう。君にとっては得体のしれない力だろうけど、知っている人は知っている。その知っている人たちに僕の存在を知られるわけにはいかない」

 サーベラスの力が何であるか知っている人たちはいる。一人二人ではない。大勢いるのだ。そういった人たちに、サーベラスは自分の存在を知られたくない。敵視であろうと、それ以外の反応であろうと、とにかく大きな問題になることが分かっている。

「どうしてかは聞けるのか?」

「興味ある? 詳しい説明しなくても分かることはあるよね? さっき見せた攻撃は霊力防御を、完璧ではないけど、無効化する。守護兵士であれば、ほぼ完璧かな? とにかく、この力を脅威に思って排除しようとする人と利用しようとする人が出てくるってこと」

「そうか……」

 サーベラスは完璧ではないと言っていて、彼が言うからには実際にそうなのだろうとクリフォードは思うが、それでも自分にとっては圧倒的な脅威。霊力防御が役に立たないとなれば、一般兵士とどれほど違いが出せるのか、と思ってしまう。

「もう良い? 心残りが一切ないようになんて、無理だと思うよ」

「……ああ……あっ、いや、あと一つ……あと一つだけ頼みがある」

「何?」

 全てを叶えてやることなど不可能。それでも可能なことを許そうという気持ちがサーベラスにはある。クリフォードは、他のメンバーもそうだが、ただ巻き込まれただけ。自分と同じチームになったのが不幸だったのだと同情する思いが、サーベラスにはあるのだ。

「…………」

 無言のまま、サーベラスに近づくクリフォード。その彼を、サーベラスは油断なく見つめている。ゆっくりと、少し躊躇いを見せながら、サーベラスのやや低い身長に合わせて体をかがめ、顔を近づけていくクリフォード。

「……毒でも口に含んでいるの?」

「そんなことはしない。俺にはお前は殺せない。俺は……俺は……お前のことが好きだから」

 これを告げられただけで、クリフォードは心残りがなくなった。好きな相手に自分の想いを正面から告げられる日など、永遠に来ないと思っていた。決して受け入れられることのない想いを告白する勇気は、クリフォードにはなかった。
 今それが出来たのは、これが最後の時だという想いがあるから。せめて想いを、という気持ちが強く湧き上がったからだ。

「……嫌じゃないのか?」

 サーベラスの瞳はじっとクリフォードを見つめている。唇が重なっても、動くことなく見つめていた。

「どうしてそんなことを聞くの? 自分が求めたことだよね?」

「そうだが……俺は男だ。男の俺が同じ男のお前を好きだと言って、キスした。嫌じゃないのか?」

 どうして自分は同性を好きになってしまうのか。どうして叶うことのない想いを抱いてしまうのか。クリフォードはずっと、そんな自分自身を恨んできた。勇気を振り絞ったことが過去に一度もないわけではない。だが、少し気持ちを匂わしただけで相手は自分を避けるようになった。こんな想いは二度としたくないと思った。それでも、また同性への想いが湧いてしまった。

「それが何? 男か女かの違いは外見、たんに器の形が違うだけだ。器の中身に性別なんてない」

「……そうか。お前はそう言うのか」

 サーベラスがどういう思いで、この言葉を口にしたのかはクリフォードには分からない。サーベラスのことだから、自分の想像出来る範囲を外れたところからの言葉だろうと思う。それでも、クリフォードは嬉しかった。ずっと自分自身が否定してきた自分を、少し認めてもらえた気がした。
 涙がこぼれるのを堪えられなかった。湧き上がった感情のまま、サーベラスを抱きしめた。

「ぐっ……」

 だがその抱擁には蹴りが返ってくることになった。

「魂に性別がないことと、お前という魂を受け入れるのはまったく別。僕はお前が嫌いだ」

「……あ、ああ。それはそうだな」

 キスを受け入れて、抱擁を受け入れないというのは、どういう判断基準なのか。クリフォードにはまったく理解出来ない。そういう訳の分からないところが、サーベラス。どうしてこんな変わった相手を好きなってしまったのかと思ってしまう。

「さてと……終わらせたほうが良いかな?」

「……分かった。もう思い残すことはない」

「お前じゃない」

「えっ?」

 戸惑うクリフォードをその場に置き去りにして、サーベラスは歩き出す。向かう先はクラリスが倒れている場所だ。

「……やっぱり、君も不幸になった。僕になんて関わらなければ良かったのに……これを告げる意味はないね?」

 自分に好意を向けたのも、敵意を向けたことも、彼女が決めたことだ。自分がどうこう言うことではないとサーベラスは思った。向けるべき言葉など分からないと。

「まだ生きて、いや、殺すつもりなのか?」

 サーベラスを追ってきたクリフォードも、クラリスがまだ生きていることを知った。生きているというだけで、意識があるのかも分からない状態だ。

「証人は一人いれば良いから。どちらが相応しいかと考えれば、残念だけど、お前になる」

「俺が証人? 俺を助けるつもりなのか?」

 殺されるはずだった。実際に、サーベラスは殺そうとしていた。それが何故、気が変わったのか。その理由がクリフォードには分からない。

「お前を助けるのではなく、彼女を助けられない。治療しても回復は難しい。仮に回復したとしても、彼女が協力するとは限らないからね」

「協力するのではないか?」

「どうしてそう思う? 彼女は僕を殺そうとした。しかも積極的にそれを進めた。彼女を助けて、協力を約束したとしても僕はそれを信じられない。養成所に戻れば、態度を変える可能性のほうが高いよね?」

 襲われたから反撃した。嘘偽りのない、この主張だが、すぐに信じてもらえるとサーベラスは考えていない。かなり怪しまれるはずで、その状況でクラリスが嘘の主張を行えば、自分の報告と同等に扱われると思っている。

「……俺のことは信じてくれるのか?」

「まさか。ただ、僕はお前の秘密を掴んだ。僕のことを好きだってこと、お前は隠したいみたいだからね」

「それは……そうだが」

 サーベラスの秘密と比べるようなことではない。クリフォードはそう思った。ずっと自分の心に圧し掛かってきて、苦しい想いをさせてきた事の重さが、なんだか少しだけ軽くなった気がした。

「……話している時間が彼女を苦しめる」

「それなら俺が」

 サーベラスはクラリスを、それがたとえ苦しみから解放させる為であっても、殺すべきではない。周囲が不安に思うほど強い想いを向けてきた相手を、自らの手で殺すことなどさせてはならないとクリフォードは考えた。

「僕がやらなければならない。僕にはそうする責任がある」

 だがサーベラスの考えは違う。彼女の人生を狂わせた自分が、やらなければならないと考えている。恨まれるのは自分でなければならないと。
 地面に倒れているクラリスの横に跪くサーベラス。クラリスと視線が交差しているようではあるが、彼女の瞳は虚ろで、実際にどうかは分からない。彼女の胸に手をあてる。骨の位置を確かめ、斜め下から心臓に向かって、剣を突き刺した。
 クラリスの体は何の反応も示すことはなく、わずかに動いていた胸も、それで動かなくなった。

「……大丈夫か?」

 じっと動かないままのサーベラス。クラリスを自らの手で殺してしまった罪悪感に苦しんでいるのだろうとクリフォードは考えた。これは間違いだ。やるべきことをやっただけ。そう考えるサーベラスに思い悩むほどの罪悪感はない。

「……結局、彼女は僕のことをどう思っていたのかな? これは最後に聞きたかった」

 純粋な好意ではないとサーベラスは思っていた。だが、サーベラスの奥底に潜む何かに心を惑わされていたのだとしたら、どうしてこのような行動を起こせたのかと疑問に思う。クラリスは盲目的な想いに囚われていたわけではない。殺意を向けられたことで、それは明らかなのだ。
 では彼女は何を考えていたのか。これを気にするサーベラスは、前世とは異なり、他人への興味を持つようになったということだ。

「好きだったのではないか? ただ、クラリスは報われない想いを知らなかったのだと思う。自分の想いに応えないお前が許せなかったのかもしれない」

(貴方に何が分かるの?)

「えっ?」

「どうした?」

 クリフォードの意味不明な反応。それを受けて、サーベラスは周囲への警戒を強める。何か異変が起きたのではないかと思ったのだ。

「……いや。彼女に何度か言われた言葉が頭に浮かんだ。他人の気持ちを推察しても真実など分かるはずがない。俺の話もそれ。彼女の気持ちを語ることなど、俺に出来るはずがなかった」

「そう……そうだね」

 また気持ちが分からないままに死なせてしまった。そもそも自分に他人の本当の気持ちなど理解出来るのか、という思いもある。気持ちを読むことに、それに合わせて相手を惑わせる術に長けていると思っていた前世の自分が恥ずかしいと、サーベラスは思う。そう思う自分は、少しだけ前世の自分とは変わっているのかもしれないと。
 それでも関わる人を殺してしまうことは変わっていない。サーベラスが、もっとも忌まわしく思っていることは変わっていないのだ。

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