月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第38話 奥の手というわけではないのです

 行軍訓練の初日。クリフォードと話をしたあと、ルーは少し不機嫌そうなサーベラスから「覚悟を決める必要があるかもしれない」と伝えられた。ただ伝えられたのはそれだけ。何に対しての覚悟なのかと何度尋ねても、「その時になれば分かる」としかサーベラスは言ってくれなかった。それでは覚悟を決めることなど出来ない。ただ、サーベラスがわざわざそんなことを伝えてくるからには余程のことだろうと考えて、不安に感じ、そんな想いを抱く日が何日続くのだろうと気持ちを沈ませているだけだった。
 幸いにも、とは決して言えないが、そんな日々は長く続かなかった。三日目の早朝にそれは起きた。

「気づかれた! 逃がすな!」

 忍び寄る気配、といってもサーベラスにとってはまったく忍んでいることにならないが、を察知して、寝床を飛び出して駆け出すサーベラス。それに気づいた月の犬のメンバーたちが、慌てて、その後を追ってくる。

(普通、事前に話すよね!?)

(絶対の自信がなかった! 勘違いだったら、ルーを傷つけるだけだろ!?)

(その気遣いは進歩かもしれないけど……)

 チームのメンバーが襲ってくるかもしれないなんてことは、余計な気を使わずに伝えて欲しかった。これをサーベラスに伝える気力はルーにはない。他人への気遣いにも、時と場合があるということを、どうサーベラスに教えるかに悩んでしまう。長く悩んでいる余裕もない。

(来るぞ!)

 サーベラスの警告。警告されなくてもルーにも分かっている。離れた場所から霊力が飛んでくるのを感じ取っているのだ。

(どうして、こんなことに……?)

 攻撃してきたのはクラリス。手加減などない。サーベラスが大きく動いて躱さなければならない、しっかりと命中を狙った攻撃だ。何故、クラリスに、他のメンバーたちに命を狙われなくてはならないのか。ルーには今の状況が理解出来なかった。

(その答えは、多分、あいつが知っている)

(……サムエルさんのこと?)

 サーベラスが示しているのはサムエル。それは分かるが、サムエルが答えを持っていると思う理由が、ルーには思いつかない。

(そう。良く見てみろ。あいつが何者か分かるはずだ)

(良く見ろと言われても……)

 サムエルはサムエル。それ以外の何もルーには見つけられない。

(見るのは本人ではなく、守護霊)

(えっ……ええっ!? まさか!? 守護騎士ってこと!?)

 サムエルの守護霊は、これまでルーが見た時とは異なり、輪郭がはっきりしている。守護兵士のそれではないことがそれで分かる。

(やっぱり、そうか。決まりだな)

 サーベラスには守護霊の違いなど分からない。それ以外のところで、サムエルに怪しさを感じていたのだ。その不審が決定的になったのが対抗戦。少し訓練した、それも兵士としての訓練を行っただけの相手に、背後から忍び寄られるのを許すサーベラスではないのだ。

(守護騎士が相手……どうするの?)

(どうするかはルーが決めることだ。ここから逃げることは出来る。だが、ここで逃げれば、きっとこの国にルーの居場所はなくなる)

 彼らが襲ってきた動機は、まだ確定していないが、この場を逃げただけでは解決しないことがサーベラスには分かっている。

(逃げる以外の選択は?)

(戦うか大人しく殺される。殺されるはお勧めしない。もし入れ替わりが成功したとしても、彼らがルーを殺さないという保証はない)

 死ぬはサーベラスにとって、体をルーに返す為の最後の手段。だがここでそれを選択し、仮に成功したとしても体に戻ったルーが生かされるという保証はない。ルーは取り戻した自分の人生を、わずかな時間で失うことになってしまう可能性のほうが高いとサーベラスは考えている。

(戦う……それって、そういうことだよね?)

 戦って勝つ。それは襲ってきているクラリスたちを殺すということ。聞くまでもなく分かっていることを、ルーはサーベラスに尋ねた。彼らを死なせてしまうことに躊躇いを覚えているのだ。

(勝てれば。負ければ、こちらが死ぬことになる)

(そうだね……)

 サムエルが守護騎士であるとすれば、その実力は見習い守護兵士とは比べものにならないはず。サーベラスが当たり前に勝つと思っている自分の考えは甘いのだとルーは気づいた。

「マイク! ローランド! 後ろに回り込んで! 近づきすぎないように!」

 サムエルの指示でマイクとローランドが後ろに回り込もうと動き出す。サーベラスを囲もうとしているのだ、とはサーベラスは考えない。

(来る!)

 クラリスが放った霊力の矢。だがそれもサーベラスの注意を引き付ける為のもの、わずかに遅れて、飛んできた霊力の塊が本命だ。

(ルー!)

 それを見極められなかったルーの反応が遅れる。防御の展開が間に合わないとみたサーベラスは、大きく体をのけ反らして、それを避ける。だが攻撃はそれで終わりではない。間合いを詰めてきていたサムエルの霊力の剣が、体勢を崩したサーベラスに振り下ろされてくる。

「反応したか」

 耳に届いた霊力防御が粉砕した音。その時には、サーベラスは大きく後ろに二度、三度と跳んで、間合いを空けていた。

「襲われる理由くらい教えてもらっても良いのでは?」

 次の攻撃を警戒しながら、サムエルに襲撃の理由を尋ねるサーベラス。真実を答えるとは思っていない。ルーを落ち着かせ、戦いに集中出来るようになるまでの時間を稼いでいるだけだ。

「……君は悪霊に取りつかれている。悪霊に支配された宿霊者は処分しなければならない」

「僕が悪霊に? それは知らなかった。ちなみにそれは誰が言っているのかな?」

「……指導教官だ」

「指導教官の誰?」

 その人物が今回の黒幕。実際にはさらに背後に指示した者がいるのは間違いないだろうが、そこに繋がる手がかりとなる人物だとサーベラスは考えている。

「それを君が知る必要はない」

「へえ、そう」

 サムエルのほうを向いたまま、大きく横に跳んだサーベラス。わずかに遅れて、彼がいた場所で霊力の剣が交差する。マイクとローランドの攻撃が空振ったのだ。さらにサーベラスに襲い掛かってきたのはクラリスが放った矢。それもサーベラスに届く前にルーが展開した霊力防御と共に霧散した。

(対抗戦の時とは大違いだ。真面目に訓練したのかな?)

(違うから。いや、違うかは分からないけど……)

(少なくとも、作戦を練ってきているのは間違いない)

 何故、襲撃は今日だったのか。この場所が、彼らの側にとって都合が良いからだ。身を隠すものが何もない、すぐ近くに広がる湖に阻まれて逃げる方向が限られている場所。ここが夜営地と決められた経緯も、サーベラスは怪しんでいる。

(でも逃げようと思えば逃げられるって)

(殺せなくても逃げればそれで相手の目的は果たされるのかもしれない。悪霊に取りつかれているというのを事実とされてしまえば、俺たちは国に追われる身だ。ルークの一族に戻れる可能性は無になる)

(そ、それって……)

 この襲撃は自分がルークの一族に戻る可能性を消し去る為のもの。サーベラスはそう言っている。ではそれを望む者は何者なのか。ルークの一族の誰かである可能性をルーは考えた。そうだからサーベラスは自分に気を使って、現実に事が起きるまで、襲撃について何も話さなかったのだと。

(……どうする? 決断を先延ばしにすれば、それだけ状況は厳しくなる。分かるだろ?)

 守りに徹していても、ルーの霊力が削られていくだけ。いずれ防ぎきることは出来なくなる。

(相手の戦術もそれを狙っている)

 サムエルたちは決して無理をしない。同時に攻撃を仕掛けて、サーベラスがそれを防げば、距離をとって、また体勢を整える。サムエルかクラリスの攻撃で隙を作らせ、また連続攻撃。失敗すれば、またやり直し。これを繰り返してくる。霊力の消耗を狙っているのは明らかだ。

(……本気で殺すつもりなんだ)

(クラリスさんも目が覚めたみたいだな。攻撃に容赦がない。これはあれか? 愛情も過ぎれば憎しみに変わるってやつ?)

 ルーの落ち込みを感じ取って、サーベラスは冗談を伝える。案外、真実を伝えているのかもしれないが、本人にはそのつもりはない。

「動きを止めるな! 攻撃を続ける!」

 サムエルたちは、慎重でありながらも、攻撃の手を休めるつもりはない。サーベラスの、ルーの霊力を枯渇させる。とにかくそれを成功させなければならない。それが出来ても、油断は許されない。素の戦闘力でサーベラスに太刀打ち出来るのは誰もいない。サムエル以外は、そう思って戦っているのだ。

 

 

(ルー! それはダミーだ!)

(えっ……)

 飛んできた矢を避けようと防御を展開したルーだが、それはダミー。霊力ではなく、ブリジットが放った本物の矢だ。攻撃であることに違いはないので、防御を展開することは間違いではない。その展開された防御をわざと狙って攻撃されなければ。
 サムエルの攻撃で粉砕された霊力防御。ルーの霊力がまた大きく削られた。

「よし! 良いぞ! 続けて行こう!」

 サムエルは作戦に手応えを感じ始めている。もともと彼には負けるつもりなどなかったが、サーベラスが想定外のことをしてくることへの不安はあった。その不安が薄れてきたのだ。

(……ルー、ここは戦場だ。彼らは生きる為に俺たちを殺そうとしている。それだけのことだ)

 ブリジットが、囮役とはいえ、攻撃してきた。そのことにルーは酷く落ち込んでいる。仲間と思っていた、ルーが意思ある存在であることを彼らは知らないので勝手に思っていたことだが、人たちが自分を殺そうとしている。幼年学校時代と同じか、それ以上の闇がルーの心に広がっていく。

(僕は……僕は……)

(逃げるでも、殺すでもどちらでも選べば良い。血で汚れるのは俺だ。ルーが気に病む必要はない)

(サーベラス……)

 仲間は出来なかった。だがルーには、すでに心から信頼できる相手がいる。家族以外では生まれて初めて出来た、一族を追放された今となっては唯一となった存在、サーベラスが。

「もう少しだ! 油断しないで、攻撃を続けよう!」

 サムエルはサムエルで、味方のサーベラスに対する怯えを拭い去ろうと、声を上げ続けている。その効果はここにきて出始めた。サーベラスが霊力防御を展開する頻度が、明らかに減っているのもその理由だ。霊力の枯渇は近い。そう感じ始めたのだ。

「クラリス!」

 サムエルの名を呼ぶ声が響いてすぐに、クラリスから霊力の矢が放たれてきた。サムエルがわざわざ名を呼んで指示した意味。決着をつけるという意思が込められているのだ。
 一矢、二矢と続けて放たれて来た矢。それと同時に左右からマイクとローランドが攻撃を仕掛けてくる。大きく避けるスペースを消し去ろうという作戦だ。後ろに跳んで二人の攻撃を躱し、正面から飛んでくるクラリスの矢に対して、霊力防御を展開する。次々と粉砕していく防御。

「これで決める!」

 それが完全に消え去ったところで、サムエルが攻撃を仕掛けてきた。サーベラスにはもうその攻撃を防ぐ霊力はない。そのはずだったのだ。

「なっ……霊力が……」

 自分の攻撃を完璧に受け止められて、動揺するサムエル。サーベラスに、彼の守護霊にはそんな力はない、はずなのだ。

(決めたか?)

 サムエルの攻撃を防ぎきったのは、ルーの強い意思。そうサーベラスは理解した。

(決めるのはサーベラスだよ。僕の意思ではなく、サーベラスが自分の意思で決めるんだ。僕はその決定を全面的に支持する。そう決めた)

(ルー)

 人に命じられるままに人を殺し続けた前世。ルーはそれと同じことはさせないと考えたのだとサーベラスには分かった。人を殺すにしても、それは自分の意思で行うべきだと言っているのだと。

(どうする?)

(俺の意思は最初から決まっている。ルーの体を守る。人生を取り戻す。その邪魔をするというのであれば、何者であろうと排除するだけだ)

 ルーの体を守る。いつか返す日の為に。サーベラスの最優先事項はこれだ。生きる理由と言っても良いものだ。その為であれば、血で手を汚すことに躊躇いなど覚えない。

(僕は何をすれば良い?)

(少し時間を作ってくれ。呼び起こすまでの、ほんの少しの間だ)

(……分かった)

 守りに意識を集中させるルー。少しの間があれば良いとサーベラスは言ったのだ。彼が何をするつもりかはまだ分からないが、その言葉を信じて、自分がやるべきことを確実に行えば良い。

「クラリス! もう少しだよ!」

 サムエルたちは再び攻撃を行おうとしている。さきほどとほぼ同じ陣形。ただクラリスからの攻撃は、さきほどに比べれば緩い。彼女のほうも霊力の枯渇が見え始めているのだ。
 攻撃の気配に意識を集中させ、霊力防御を展開していくルー。軌道を外さず、ピンポイントに集約しての展開だ。

「攻撃の手を緩めないで! 一斉攻撃だ!」

 クラリスの攻撃の減少分は他の人で。サムエルはこう考えて、他のメンバーに一斉攻撃を指示する。サムエル自身にはまだ余裕がある。サーベラスの霊力さえ、枯渇させてしまえば勝ち。その為に他の者が犠牲になっても構わないのだ。
 だが、事は彼の思う通りには運ばない。彼はまだサーベラスが何者かを理解していないのだ。

『……冥界の亡者たちよ。現世にその身を顕現し、欲望のままに敵を食らい尽くせ。魂食い=ソウルイーター!』

 周囲に響き渡ったサーベラスの詠唱の声。それが終わると同時に彼の体から湧き出るように現れたのは、いくつもの黒い影。宙に浮かぶ多くの黒い影が、前方にいるサムエルたちに向かって、漂っていく。

「なっ!? 攻撃なのか……?」

 ゆっくりと近づいてくる黒い影。それが何なのかサムエルには判断がつかない。何らかの攻撃であることは想像出来ても、ゆっくりと動くそれに、不気味さは感じても、脅威を覚えないのだ。

「とにかく防御を……な、なんだ、これは……?」

「なんだ!? これは生きているのか!?」

「気持ち悪い! 来ないで! 来るなぁああああ!」

 サーベラスからの正体不明の攻撃。それに備えて霊力防御を展開したサムエルたちだったが、宙に漂うように浮かんでいた黒い影はその霊力防御に群がり、まるで生き物のように霊力を貪り食っていく。
  それに恐れを抱いて、霊力防御を展開すれば、ますます黒い影の勢いは増すばかり。餌を巻いているようなものだ。

「こ、こんな……」

 まったく想定外の事態に動揺しているサムエル。

「がっ……あっ……」

 その彼の腹部に太い鉄の棒が突き立った。サーベラスが放った、黒い影が貪り喰って出来た霊力防御の穴を抜けてきた鉄の棒が。サーベラスの攻撃はそれだけで終わらない。両手に持った自作の短剣を振るい、サムエルの手を、足を斬り裂いていく。不意を突かれたとはいえ、抵抗することも出来ずにサムエルは地面に倒れていく。
 それとほぼ同時にサーベラスの手から黒い物体が放たれる。謎の影ではなく、サムエルの腹に突き立っていた鉄の棒だ。それを身に受けて、ゆっくりと仰向けに倒れていくクラリス。

「う、うわぁああああっ!」

 それを見て、叫び声をあげながら、ローランドがサーベラスに襲い掛かった。心に湧き上がった死への恐怖で、ほとんどパニック状態。養成所で習ったことなど何の意味もない。ただ霊力を振り回しているだけの攻撃だ。
 そのローランドの首を、腕の一振りで斬り裂いたサーベラス。マイク、ブリジットにもサーベラスに抗える実力などない。わずかな時間で、全員が血をまき散らして、地に倒れることになった。

(……サ、サーベラス? これって?)

 状況が分かっていないのはルーも同じ。サーベラスが何をしたのか分かっていないのだ。

(俺が持って生まれた力……の一部? でも良かった。正直、使えるか不安だった。それに使えたとしても、通用するかは分からなかったからな)

(これが持って生まれた力……)

 この力がどの程度のものなのか、ルーは分かっていない。とにかくルーの知識にはまったくない、なんとも不気味な力であることは確かだ。こういう力を生まれた時から持っていたという事実。サーベラスの前世に大きな影響を与えたのだとすれば、きっと不運なことだったのではないかとルーは思う。

「さて……それで? お前は何をしたい?」

「……サーベラス。お前は……」
 
 サーベラス以外にまだ立っている人物が一人だけいる。クリフォードだ。彼が戦闘に参加していなかったことをサーベラスは知っている。だから助けた、というのではない。詳しい事情を知る為に、何故か害意のなさそうな彼を、とりあえずが生かしておいただけのこと。見てはいけないものを見た彼を生かすつもりは、サーベラスにはないのだ。

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