月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第40話 二人の時が交差する

 サーベラスが守護兵士養成所に戻ったのは、襲撃を受けてから三日後。無駄な時間を作ることなく最短での、といってもクリフォードが足手まといになってサーベラスが考えていたよりも一日多くなってしまったが、帰還だ。そうしたのは、自分への疑いを少しでも弱める為。現場を調べても何か細工をした形跡は、実際にはサムエルの死体を焼くなどを行っているが、見つからないはず。それをしている時間もなかったはずだと思わせることが目的だ。逃亡の意思もまったくなかったと示す意味もある。
 だからといって、すぐに無罪放免となるはずがない。有罪ともならない。サーベラスの報告を受けただけでは養成所は何も判断出来ない。まずは状況を確認しなければならないということで、現地に人が送られ、その報告を待つことになった。
 その間、サーベラスとクリフォードは施設内にある懲罰房に入れられることになった。養成所で問題を起こす見習い守護兵士がいないわけではない。そういう者たちを罰として、もしくは王都へ移送するまで収監しておく場所として用意されている場所だ。

「……お前、何をしている?」

 現地調査が終わるまでは、大人しく過ごしているしかない。そうクリフォードは考えていたのだが、サーベラスはそうではなかった。

「この程度の牢獄で良かった。これなら余裕でなんとかなる」

 実際になんとかなった。サーベラスは、どこに隠し持っていたのだとクリフォードが驚いてるのを無視して、道具を使って、あっさりと鍵を開けてしまった。見張りも、少なくとも、すぐ近くにはいない。逃亡の意思はないと思わせた甲斐があったというものだ。

「逃げるのか?」

「ここで逃げて、どうするの? ちょっと邪魔者を排除してくるだけ」

「邪魔者?」

 邪魔者というのが、どういう相手を指しているのかクリフォードには、すぐに分からなかった。排除は分かる。サーベラスにとって排除は、対象を殺すことだというのは、なんとなく分かるのだ。

「僕を排除したい人間がここにはいる。その人は、僕を罪に落とそうとするはずだからね? そうさせないようにしないと」

「……サムエルが言っていた指導教官か?」

 サムエルに指示を出していた指導教官。確かにその人物はサーベラスを罪に落とそうとするはずだ。殺すという手段は別にして、邪魔者であるというのはクリフォードにも理解出来る。

「ああ、あれは嘘。彼の最後の意地だね。本当の黒幕はレンブラント教官だと思うよ」

「……どうしてそう思う?」

「レンブラント教官はクラリスさんたちとは養成所に入所する前からの知り合いだ。入所したばかりの時に、すでに彼女たちの実力を把握していた。クラリスさんたちの態度にも慣れのようなものがあった」

 クラリスたちを相手に訓練するレンブラント教官は、他の見習い守護兵士たちとは明らかに異なる対応をしていた。何が得意で、何が苦手か。霊力がどれくらいか、最初から分かっていた。サーベラスはそれに気づき、その後、ずっと観察を続けて、確信するようになっていたのだ。

「指示を受けていたのはサムエルだ」

「そのサムエルさんにも、クラリスさんたちとは違う、お互いを良く知る人が発する雰囲気があった。幼年学校にいなかったはずのサムエルさんが、どこでレンブラント教官と接点を持ったのか。彼が守護騎士であると分かれば、それがそのまま答えになる」

 同じ一族に仕える守護騎士。先輩と後輩か、上官と部下かまでは分からない。分かる必要もない。

「……クラリスたちも信頼する、卒業すれば上官になるかもしれない人物か。だから命令に従った。従わざるを得なかった。だが、同じ一族と繋がりを持つ見習い守護兵士が……いや、当たり前のことか」

 卒業後、同じ一族に仕える予定の見習い守護兵士が都合良く同じチームになるものか、とクリフォードは思ったのだが、それは当たり前にあることなのだろうと思い直した。五家にとって都合の良いことは、それがどのような細工であろうと、養成所では当たり前に許されるのだと考えたのだ。

「考える頭もあったか」

「馬鹿にするな。だが、今回の件に関係している指導教官が彼一人とは限らない。他にもいるのではないか?」

 他にも同じ一族に仕える守護騎士、指導教官は確実にいるはず。レンブラント教官だけを排除しても意味はないのではないかとクリフォードは考えた。

「可能性はあるね。それを聞き出したいけど、ここでは難しいかな?」

 聞き出す手段は拷問。だが、養成所内では拷問にかけている時間がない。そこまで警備は緩くない。

「どうするつもりだ?」

「どうもしない。レンブラント教官を排除するのは、対象が分かっているのに何もしないでいるのが、なんだか嫌だから。この機会を逃すと二度と会えないかもしれないからね?」

「……クラリスたちの復讐か」

 レンブラント教官はクラリスたちを謀略に巻き込んで、死なせてしまった黒幕の一人。サーベラスは、そんなレンブラント教官を許せないのだとクリフォードは思った。

「復讐? クラリスさんたちを殺したのは僕だよ? 僕はただ、自分は安全なところにいて人を操るだけの奴が大嫌いなだけだ」

「そうか……そういえば、心配するのを忘れていた。勝てるのか?」

 サーベラスが排除しようとしているのは守護騎士。見習い守護兵士が勝てるはずのない相手なのだが、自分がまったくサーベラスの身を心配していないことにクリフォードは気が付いた。

「相手は僕の手の内を知らない。排除を急ぐのは、これも理由の一つ」

「そうだな」

 霊力の差など関係ない。サーベラスは防御を破れる。それが出来てしまえば、素の戦闘力の勝負。それについてもクリフォードは心配に思わない。思わないでいられる。

「じゃあ、行ってくる」

「あっ……サムエルが仕えている一族って」

「時間ないのだけど……」

「戻ってからで良い。教えてもらえるのであれば、だが」

 自分たちの敵。今はサーベラスだけにとってだが、彼を庇う証言を行えば、自分も敵視されるだろうことはクリフォードには分かっている。相手が誰か知りたかった。

「……ルーク」

「それは……」

 サーベラスの実家。事実であれば、サーベラスは実家に命を狙われているということになる。そんなことがあって良いのかと、クリフォードは思う。

「悪霊に取りつかれているなんて、ルークだからこその発想だ。これ以上の詳しいことは、気が向いたら教えてあげる」

 これ以上の説明を行おうとすれば、自分が何者か、少なくとも本来のルークではないことを話さなければならなくなる。今の時点でこれをクリフォードに話す気に、サーベラスはなれない。彼を生かしているのは、そう簡単には裏切りそうにないと思っているから。信頼しているわけではないのだ。
 この夜、レンブラント教官は養成所から姿を消し、行方不明となった。その原因が、間違ったものだが、人々に知られるには少し期間が必要となる。

 

 

◆◆◆

 昼間は同じ話の繰り返しとなる尋問と、指導教官に見張られている中での体が鈍らない程度の運動。それ以外の時間は懲罰房で過ごす毎日。退屈で無駄に時間が過ぎていくだけの日々をサーベラスとクリフォードは過ごしている。これは分かっていたこと。どれほど早くても、現地の調査が終わるまでは事態が進展するはずがない。終わってからも有罪無罪の判断、どちらであっても二人をどう処遇するかの結論が出るまでには時間がかかるはずなのだ。
 気を付けておくべきなのは事態が悪いほうに急変すること。逃げればこの国での居場所がなくなるのは分かっているが、命を奪われるわけにはいかない。いざとなれば、躊躇うことなく逃亡を選択しなければならないのだ。
 状況が変化していないかの確認はルーが行っている。誰がどこで何を企んでいるかを全て把握することはさすがに無理だが、逃げるべきタイミングを測るくらいは出来る。その気になれば懲罰房からはいつでも抜け出せるのだから。
 そう考えていたのだが、今のこの状況はサーベラスも想定外。逃げるタイミングを逸してしまった。それ以前に、逃げるべきなのかの判断も出来ていない。

「この方はティファニー王女だ」

 ガスパー教官と共に現れたのはティファニー王女。何故、王国の王女がこのタイミングで養成所に現れ、自分たちと会っているのか。サーベラスにも見当がつかなかった。

(……ルー、喜べ。また金髪フワフワだ)

(もう良いから。しばらくはこういう女性には会いたくない)

 何も思いつかないので、とりあえず様子見。向かい合って座っているティファニー王女の容姿についてルーと話して、状況が見えるのを待とうと思ったが、話は盛り上がりそうにない。ティファニー王女の髪は、クラリスを思い出させる。ルーは「また好みの女性と会えた」なんて喜ぶ気にはなれない。

「ティファニーです。いきなり来てしまって、驚かせてしまったでしょうか?」

「驚くというか……戸惑っています」

 ティファニー王女の問いに答えながら、サーベラスは視線をガスパー教官に向ける。どうしてこのような状況になったのかと非難の気持ちを示す視線だ。それに対して、ガスパー教官は軽く首をすくめることで応えた。それだけでは何を考えているか分からない。サーベラスもこの段階で教えてもらえるとは思っていない。

「どうしても貴方と、いえ、貴方がたと話をしたくて、急ぎやってきました。お話を聞かせてもらえますか?」

「王女殿下のご命令に逆らえる身分ではありません」

 軽い嫌味を込めて答えるサーベラス。彼なりに今の状況について考えて、良い状況ではないと判断したのだ。

「命令なんて……いえ、そう受け取られても仕方ありませんね。頼みを受け入れてもらえたことをありがたく思います」

「……いえ。御礼を言われるようなことではありません」

 少し態度を、ルーに「ちょっと可哀そう。良い人そうじゃないか」と伝えられて反省したサーベラスは、改めることにした。

「それで……その……貴方はルーク殿で間違いないですか?」

「いえ、違います。私はサーベラスと申します」

 聞かれるのは、てっきり襲撃事件のことだと思っていたのだが、想定外の身元の確認。それを疑問に思いながらも、サーベラスは答えを返した。

「そうですね。私の聞き方が悪かったです。貴方はかつてルーク=コリン=ハイウォールを名乗っていた。八歳の時に病に倒れ、そのせいでかつて持っていた力を失い、一族を追放された。これは事実ですか?」

「そうですけど、それが何か?」

「そうですか……ごめんなさい!」

 目の前のテーブルに額がつくくらいに低く頭を下げたティファニー王女。

「……はっ? ごめんなさい?」

 何故、ティファニー王女が、優雅とはほど遠い、子供のような態度で謝罪してきたのか。サーベラスにはまったく理由が思いつかなかった。

「私のせいです。私が悪霊除けのお札なんて張ってしまったから貴方は……私が貴方の人生を台無しにしてしまったのです」

「……ええっ!? 本物の金髪フワフワってこと!? えっ、でも……」

 ティファニー王女が本当のルーの初恋相手。まさかの事実に王女相手であることを忘れて、素で驚くサーベラス。だが、これが事実だとして、いくつかの疑問が生まれる。

「たまたま訪れただけの私は何も分かっていなくて……孤立している貴方を何とかしようと……ごめんなさい。これは言い訳ですね?」

「いえ……えっと……たのちい」

「……楽しい」

 ティファニー王女の頬がわずかに赤らむ。幼い頃の舌足らずをからかわれていると思ったのだ。

「ルーくん」

「ルーク……からかわないでください。幼い頃はちょっと、いえ、今もたまに、あれですけど……」

「いえ、ちょっと確かめたかっただけです。ああ……そういうことですか」

 金髪フワフワの女の子は同級生ではなかった。分かったのはそれだけのこと。サーベラスにとってはどうでも良いことだが、自分の勘違いが分かったルーは情けない思いをすることになった。同級生かそうでないかも当時のルーは分からなかったということなのだ。それでは、サーベラスが他人に興味を向けないことを注意する資格がない。

(とりあえず、本当の初恋相手)

(……いやいや。そんな簡単に気持ちは切り替えられないから)

 本当の初恋相手に巡り合えたことを、素直には喜べない。簡単に気持ちを切り替えてしまっては、クラリスに申し訳ないという想いがルーにはある。

「あとから貴方が病に倒れたと知って……本当はもっと早く謝罪しなければならなかったのですけど、その頃の私には自分の罪を告白する勇気がなくて。本当にごめんなさい」

「えっと……本当に謝罪は必要ありません。これは気を使っているのではなく、私が病気になったのは、毒を盛られたせいだからです」

「えっ……?」

 サーベラスの言葉に戸惑うティファニー王女。毒を盛られたという驚きの事実を、すぐに受け止められなかったのだ。

「……証拠はあるのか?」

 冷静に反応したのはガスパー教官だ。彼にとっても驚きの告白であることに変わりはないが、今回の襲撃事件といい、何か裏の力が働いているとすでに考えていたのだ。

「さすがにその頃の証拠は。ただ匂いの記憶があって、この養成所に来てからも同じ毒を盛られました。これも証拠になりませんか。捨ててしまったので」

「それでも毒を盛られたと考える理由があるのだな?」

「そこまで話す必要はありますか?」

 匂いの記憶は前世のもの。詳しい説明をする気には、サーベラスはなれない。

「我々に何か手助けできることがあるかもしれない。それには事実を知る必要がある」

「……申し訳ありませんが、その言葉を信じる気にはなれません。私を嵌めようとしている教官、それとも王女殿下でしょうか? 両方ですか?」

「私は貴方を罠に嵌めるなんて……ガスパー?」

 ティファニー王女にはサーベラスを罠に嵌めようとしている自覚がない。それでもサーベラスがそう思う何かがあるのだとすれば、それを知っているのはガスパー教官ということになる。

「私も罠のつもりはありません。ただ、サーベラスが望んでいる状況であるかは、彼が決めることです」

「説明してもらえますか?」

 サーベラスは何をもって、罠に嵌められていると思うのか。ティファニー王女はそれを本人に聞くことにした。それが一番早く、正確だ。

「……襲撃事件で私はまだ被害者と確定していません。加害者にされる可能性も十分にあります。私にとってかなり危険な立場に追い込まれている状況で、王女殿下がいきなり現れ、私とこうして余人を交えず話をしている。誰もが私はキングの一族と繋がりがあるのだと思うでしょう」

「そういうことですか……私のせいですね? 私が現れなければ、疑われることはなかった」

「そうだとしても、誰かが庇護しなければ、彼はまた命を狙われることになります。養成所は王女殿下が思っていたほど安全な場所ではないことは、もうお分かりになったはずです」

 今回は無事に躱せたとしても、養成所に残っていれば、またサーベラスは命を狙われることになる。ここはサーベラスにとって、かなり危険な場所だとガスパー教官は考えている。

「失礼ですが、その庇護者がキングの一族でなければならない理由がありますか?」

 サーベラスも危険は承知している。だが、その危険を避ける為にキングの一族に仕えることを選択することが正しいとは思えない。もっとも力のない一族であるはずなのだ。

「理由はある。絶対に、お前の命を狙うことはないということだ。それとお前は勘違いをしている。私はキングの一族に仕えろとは言っていない。王女殿下に仕えて欲しいと思っているのだ」

「王女殿下個人に? さらに失礼ですが、それを選択する理由がありますか?」

 五家の中でもっとも力が弱いキングの一族どころか、ティファニー王女個人に仕えろとガスパー教官は言う。その選択を行う価値が、ティファニー王女のどこにあるのか、サーベラスには分からない。庇護など、サーベラスはそもそも求めていないが、出来るはずがない。

「勘違いを十年も思い悩む誠実な御方だ。絶対にお前を裏切ることはない」

「……よろしいのですか? 今の絶対に王女殿下をいじっていると思いますけど?」

「えっ? 私はいちられ……いじられているのですか? ・・・…いじられて、ってどういう意味ですか?」

「褒めたつもりです……一応」

 実際は軽い冗談のつもり。だがティファニー王女には通じなかった。ティファニー王女が悪いのではない。テーブルの向かい側でサーベラスも、「今の誉め言葉に聞こえた? 冗談だとしてもいまいちだよね?」「俺に振るな」とクリフォードとやり取りしていることからも明らかだ。

「……私を頼りなく思うのは当然です。私には人々を守る力がありません。争いをなくしたいのに、それを実現する力がありません。だからお願いです。私に力を貸してもらえませんか? 私はこの国から争いをなくす為に私の全てを捧げるつもりです。これだけは約束出来ます」

「……全てを捧げても実現できないことはあります」

「その時は、きっと誰かが私の想いを引き継いでくれます。誰もが平和に暮らしたいと思っているのです。その想いが世界から消えることはありません」

「……その実現が、たとえ百年後であってもですか?」

 百年続く戦争を終わらせる為には、もう百年必要かもしれない。百年の戦争が生み出した犠牲より、さらに多くの犠牲が必要かもしれない。それでも、不戦を求める活動を止めるわけにはいかない。止めてしまっては、百年どころか永遠に戦争は終わらないのだから。
 かつて聞かされた言葉。戦いがなくなる日など来るはずがないというサーベラスの言葉への答えだ。

「……たとえ平和の訪れが百年後であっても、私はその日の為の十年を、もっと短い命であっても、全力で駆け抜けます」

 ティファニー王女の瞳に宿る光は、かつて見たのと同じ。この光を消してしまって良いのかという想いが、サーベラスの心に湧いた。自分一人がどう動こうと世の中は変わらない。そんなことは分かりきっているのに。

「……二つ、条件があります」

「はい。教えてください」

「ひとつは城にある書物を自由に調べられるようにしてください。どうしても許可出来ないものでも、その概要は教えてください。どのようなことについて書かれているかだけで良いです」

 どうすればルーと入れ替わることが出来るのか。求める情報を手に入れる為に、まだ途中だった調査を堂々と行える権限をサーベラスは求めた。王家でなければ、ティファニー王女に権限があるかは分からないが、許可出来ない要求だ。

「受け入れます」

「そんな簡単に約束して良いのですか?」

 許可出来るのは国王だとサーベラスは思っていた。その通りだ。サーベラスの身分で、書庫への自由な出入りが許されるはずがない。特別な許可が必要で、それが出来るのは国王だけだ。

「貴方に閲覧を許可出来ないと言われたら、私が調べます。私にも閲覧出来ないものは兄に頼みます」

「そういうことですか……分かりました」

 情報を得るという点では最重要ではあるが、閲覧権限そのものはそれほど大事ではない。堂々と城に出入り出来るようになるだけで、かなり調査は楽になる。気配を絶って、忍び込む手間がかなり省けるのだ。

「もうひとつは何ですか?」

「排除しなければならない対象がいます。それが何者であろうと邪魔はしないでください。今、この場にいる誰でも、王女殿下のお身内でもないことは確かだと思います」

「それは……殺すということですね?」

 ティファニー王女の表情が一気に曇る。人殺しを許可することに、強い躊躇いを覚えているのだ。

「はい。殺さなければ殺されます。それに……死ななくても良い命が、また失われることになるかもしれません」

「……分かりました。貴方の罪を私のものとして受け入れます」

「……そこまでは求めていません。殺すのは私。罪は私のものです」

 血で手を汚すのは自分。その罪を誰かに押し付けようなんてことは、サーベラスは考えていない。押し付けることなど出来ないと分かっている。そうであるはずなのだが。

「では一緒に背負わせてください」

「……その必要は」

「背負わせてください」

 まっすぐにサーベラスを見つめるティファニー王女の瞳。有無を言わせない強い意思が、その視線に込められている。まっすぐな、ただまっすぐな視線がサーベラスの心に突き刺さる。

「……条件は以上です」

「もうひとつだ」

「えっ?」

 割り込んできたのはクリフォード。サーベラスにとっては想定外のことだった。

「自分の同行も許可していただきたい」

 クリフォードが求めたのは自分の同行。サーベラスのことだから、平気で自分を残して行ってしまいかねない。クリフォードはこう考えたのだ。

「ええ、もちろんです。仕えてもらえるのであれば大歓迎です」

「あくまでも同行。自分は王女殿下より、サーベラスの指示を優先します。それでもよろしいですか?」

「かまいません。私よりも彼の指示のほうが信頼出来ますよね? 私も貴方の信頼を少しでも多く得られるように頑張ります」

「ああ……では……よろしくお願いします」

 かなり無礼なことを言ったつもりが、ティファニー王女はあっさりとそれは受け入れ、笑顔まで浮かべている。とりあえず、良い人ではあるようだ。これがクリフォードのティファニー王女への第一印象になった。

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