月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第31話 鈍感主人公ではない

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 団体対抗戦という年度末試験が終わり、守護兵士養成所は春休みに入った。といっても期間は三日。春休みというのは期の変わり目ということと、その短さを皮肉る意図も込めて、そういう呼び方になっただけだ。
 誰も帰省などすることなく、そもそも三日では一番近い街である王都であっても往復できないので、ずっと養成所にいる。養成所にいて各々、一年の疲れを癒したり、そんなことは気にすることなく自主訓練を行ったりしている。
 サーベラスは当然、後者。本人に無理をしているつもりはまったくない。養成所に来る前から、ずっとサーベラスは自分の体を気にして毎日を過ごしている。特別、休む必要がないというだけだ。

(……どうだ? 少しは感覚が広がったか?)

 それにサーベラスの鍛錬は常に体を動かしているわけではない。ルーの鍛錬中に休憩できる、正しくは休憩中もルーが鍛錬を続けているのだ。

(……濃さは分かるようになってきたかな?)

(濃さ? そういう感覚なのか……でも、それだと距離感が分からなくないか?)

 今、ルーが行っている鍛錬は霊力の気配を感じる為のもの。頭で考えるのではなく、気配を感じることで敵の攻撃を読もうという鍛錬だ。以前は対峙する相手の攻撃だけに意識を集中させていたのを、もっと広範囲に感覚を広げようとしている。団体対抗戦で背後から近づいてきたサムエルに気づけなかったことの反省からの試みだ。

(その通り。強い気配を感じると、咄嗟に反応してしまう)

(悪いことではないけどな……)

 強い気配はより危険度の高いものと考えれば、それに反応出来るのは悪くない。だが、それによって目の前の気配が見えなくなるようでは困るのだ。

(攻撃と防御が色分けされれば分かりやすいのに。あっ、これは目で見る感覚か)

(目で見る感覚そのものは悪いことではないと、俺も思うようになった。ただそれで死角が出来るのは駄目だ)

 全体を俯瞰して見るような感覚。それであれば悪くないとサーベラスは思う。人の目とは違うものが見えるはずだ。

(全体を見ようとすると目の前がぼやけるんだよね)

(……そうか。さっき、距離感がって言ったけど、それが逆に邪魔する感じなのかもしれないな。難しいな)

 自分が要求しているのは、引いて見ると近づいて見るを同時に行うようなもの。それは人の体を持つサーベラスには理解出来ない感覚だ。出来るか出来ないかも分からない。

(サーベラスはどうやっているの?)

 ルーが目指しているのは、サーベラスと同じくらい敵の動きを察知出来るようになること。目標としているサーベラスが行っている方法を身につければ良いと考えた。

(さあ? なんとなく)

(なんとなくじゃあ、分からないよ)

(……目で見るのと気配を感じるのを同時にやってる感じ? でも常に気配を探っている意識はないな)

 自分の感覚をサーベラスは上手く説明出来ない。意識して行っていることではないのだ。

(それって今の僕の感覚じゃない? 目の前の気配を見ていて、何か大きな気配があるとそれに気づける)

(それだと俺と同じということになってしまう。俺が気づけない気配に気づくのがルーの役割だから)

 サーベラスはルーに自分のようになって欲しいわけではない。それを超えて、霊であるルーだからこそ出来ることを身につけて欲しいのだ。

(そっか。それが出来てこそだよね)

 ルーもそれは分かっている。サーベラスを助ける立場になるには、彼が出来ないことを出来なければならない。サーベラスが全て自分で行うのと同じでは意味がないのだ。

(焦らず行こう。目の前の感覚は広がったのだから、成長していないわけじゃない)

 相手の攻撃型だけに意識を集中させていた時に比べれば、ルーは確実に成長している。今は出来ないことも、いずれ出来るようになる。サーベラスはそう考えている。自分自身もそうでなければならないと思っている。まずは養成所での残り二年でどこまで行けるかだ。

「あの、サーベラス。今、良い?」

「……あっ、はい。何ですか?」

 声を掛けてきたのはクラリス。サーベラスはルーとの会話を切り上げて、彼女と向かい合った。

「私に剣を教えてもらえない?」

「……僕がですか?」

「ええ。私はもっと剣を使えるようにならなければ駄目だと思って。二年目からは普通の剣を使った訓練も増えると聞いているの」

「ああ、そうですか……」

 霊力の剣の扱いであれば、型を作れない自分ではなくクリフォードか他の人に。この断る口実をクラリスは消してきた。それでも、剣を使った戦いは自分は得手ではないという理由で断ろうと思ったサーベラスだが、なんとなくそれを口にするのは躊躇われた。クラリスが放つ雰囲気にそれを許さない強い意思を感じたのだ。

「サーベラスは剣の握りとか知っている? 霊力の剣しか扱ったことがないと、初歩的なことも分からないの」

 こう言いながらクラリスは、実際に剣を握ってサーベラスにそれを見せて来た。

「僕も詳しくないですけど……少し手と手を離して握ったほうが良いと思います」

「手と手を離して……どういう感じ?」

「……こう、右手と左手を少し離して。あと力はもっと抜いたほうが良いと思います」

 クラリスの手に自分の手を重ね、正しい位置に誘導するサーベラス。クラリスがそうされることを望んでいる。そう思っての行動だ。

(クラリスさん……なんか、積極的。言葉遣いもいつもと違わない?)

 ルーも同じように受け取っている。クラリスからはサーベラスに対する甘えのようなものを感じるのだ。これまでの彼女にはなかった態度だ。

(……俺のせいかも?)

(だろうね)

(ルーが考えているようなことじゃなくて……俺、少しおかしなところがあって。たまに周りの人もそれに影響されておかしくなる)

 サーベラスにはクラリスが普段と違った態度を見せていることに心当たりがある。前世で何度か経験したことだ。その時は便利な時もあると思っていたのだが。

(普通にモテるってことじゃなくて?)

(普通とは違うかな? ただ……彼女が……特別何かあったわけじゃないのに……どうしてだろう?)

 普通にモテるということではない。だが誰でもおかしくなるというわけでもない。もし想像通り、クラリスが変になっているのだとしたら、それは意外だとサーベラスは思う。

(いや、あったと思うけど……)

 ルーにしてみれば、十分にあった。サーベラスは異常なことだと言っているが、それはいつもの通り、彼が人の感情というものを理解出来ないからであって、クラリスは普通に好きになっているだけだと思っている。

(どうする? このまま「身も心も貴方に捧げる」なんて言われるくらいまで進む?)

(身も心も捧げる……ええっと……駄目だ。ちょっと見てみたいと思ってしまった。駄目、駄目。いや、でも……彼女がそれを望んでいるとすれば……)

 卑猥な妄想を打ち消そうとしたルーだが、クラリスが本当にサーベラスを好きになったのであれば、その邪魔をして良いのかとも思った。自分には彼女の邪魔をする資格はないのではないかと。

「サーベラス。聞いている?」

「聞いています。思ったのですけど、クラリスさんはどういう戦い方をするつもりですか? 盾を持っての戦いであれば握りは、剣そのものも変わってくるかもしれません」

 クラリスは今、両手で持つ剣を、本物ではなく鍛錬用に刃を潰したものだが、持っている。その選択が正しいのかとサーベラスは思った。最初から思っていたことで、ルーと会話していたことを誤魔化す為に、今、伝えただけだ。

「……そうね。盾を持つとしたら、剣はもっと軽いものになるのね?」

「片手で操ることになるので、そのほうが良いと思います」

「でも弓と剣と盾を持ち歩くのは無理よね?」

「弓は本物も使うのですか? そういうのも決める必要があります……というか、二年目からこういう基礎的なことを始めるのですね?」

 二年目になって、さらに実戦的な訓練に移行するのだと思っていたら、普通の武器を使っての訓練がある。サーベラスにはその理由が分からない。

「最初から実物の武器を使っての訓練をしてしまうと、それに捉われてしまって、霊力の扱いが固定されてしまう。これが理由よ」

 実物の武器を使って戦闘訓練を行ってしまうと、霊力を変換した武器はその延長になってしまう。剣と盾を使っての戦法を選べば、霊力も剣と盾に変換しての戦い方になる。それを避ける為に、逆と思われるような順番になっているのだ。

「独創性というやつですか……ここだけ独創性……」

 理由としては分からなくはないが、中途半端だとサーベラスは思う。個人の戦法を自由にしても、守護兵士は集団での戦いを求められることになるはず。そうであれば個人の戦法も共通なものにしたほうが良いのではないかと思うのだ。
 ただ、サーベラスは少し認識違いをしている。兵士と呼ばれていても、守護兵士の戦い方は一般兵とまったく同じというわけではないのだ。

「……サーベラスはどういう戦い方にするの?」

「僕ですか? 許されるのであれば、短剣を使っての戦いです。霊力を使う時とそうでない時で戦い方を変えるのは、効率が悪いと思いますので」

 本当の理由は、前世で身につけた戦い方がそうだから。サーベラスはもっとも早く、強くなれる道を選ぼうとしている。前世の延長がその道だと考えたのだ。

「短剣……では別に盾が必要ね。私が盾になる」

「クラリスさんの盾はクラリスさんを守る為のものです。そうでなければいけません」

「私は……貴方を」

「クラリスさんが傷つくような状況を、僕は受け入れられません。そんなことは決してあってはならないことです」

 クラリスは間違ったことを口走ってしまう。そう感じたサーベラスは、最後まで話させることなく、自分の思いを口にした。これ以上、状況をおかしくするわけにはいかないと考えたのだ。

「サーベラス……」

 うるんだ瞳でサーベラスを見つめるクラリス。言葉を遮ることには成功したが、選んだ言葉はどうやら失敗。何が成功で何が失敗か、聞いているルーには分からなくなっているが。

「……また明日で良いですか? フェリックスさんとも約束していて」

 サーベラスは失敗を悟っている。とにかくこの場を、クラリスから離れようと考えた。

「フェリックス……分かった。ではまた明日」

 きつい目に変わったクラリス。フェリックスのところにはメイプルがいる。それが気に入らないのだが、さすがにそこまでは口にしない理性が残っている。サーベラスとの約束が出来たことで満足することにした。

「じゃあ」

 クラリスに背を向けて、歩き出すサーベラス。

(間違いなく、だよね?)

 すぐにルーが話しかけてきた。

(あれは錯覚。彼女は錯覚を起こしているだけだ。言っただろ? たまにそういう人がいる。同じように錯覚を起こした人を俺は知っているから、間違いない)

 サーベラスはクラリスの気持ちが恋愛感情であることを否定する。そうであるように錯覚しているだけだと。

(……もしかしてリアさんのこと?)

(彼女は……多分だけど、彼女は違う。錯覚というか、あれは……同調? 上手く説明出来ないけどクラリスさんとは違う)

(全然分からない。何が違うの?)

 サーベラスの説明はルーにはまったく理解できない。分かったのはサーベラスの気持ちがクラリスとリアでは違うということ。クラリスに対する拒絶に似た思いが、リアにはないということ。

(……もう分かっていると思うけど、前世の俺はリアさんと同じ仕事をしていた。彼女の気持ちは分からないけど、彼女のような気持ちを持った人は知っている。それが彼女に通じたのだと思っている。そういう意味では彼女も錯覚か。自分の気持ちを俺が分かってくれると勘違いした)

(彼女のような仕事をしている人の辛さ?)

(辛さというか……植え込まれる価値観がある。それに疑問を持ってしまうと自分自身が壊れてしまう。自分が自分でいられなくなる……自分に戻るということなのかもしれないけど、それまでの自分……生き方? とにかく全否定することになる」

 幼い頃から植え込まれる価値観。普通の人とは異なるそれに疑問を持ってしまうと、当たり前に出来ていたことが出来なくなる。それまでの自分ではいられなくなる。自分を失ってしまう。存在している意味が分からなくなる。
 サーベラスはリアの気持ちは分からないと言っているが、彼女以上にこれを知っている。知った上で、本人が望んだわけではないが、存在している。それがリアの心に通じたのだ。

(……聞くのが怖い気もするけど、その価値観って?)

(……たとえば、人を人として見ないこと。物が相手であれば感情は生まれない。撫でることも壊すことも出来る)

(それって……赤ちゃんみたいだね?)

 物を壊すことにも罪悪感は生まれる。それを感じないのは物を壊すことが悪いことだと知らない幼児。そうルーは思った。表現は別にして、正しい理解だ。サーベラスは罪悪感というものを持たないような育てられ方をしていた。感情を持たずに育ってきていた。人としての倫理観は、ほぼ生まれた時のまま。無だ。死の直前まで。

(赤ちゃん……良く分からない)

 今のサーベラスも普通ではない。彼はまだ教わっている最中なのだ。ルーから人としての価値観を。ただ問題は、ルーもまた、まだまだ子供だということ。彼は、昏睡状態の期間を除いてしまえば、十年も生きていないのだから。だからこそ、サーベラスの相手として相応しいのかもしれないが。

 

 

◆◆◆

 サーベラスと約束などしていないフェリックスは、ジェイクと一緒にいる。怪我が治るまで鍛錬が出来ないジェイクの退屈を紛らわせるやる為だ。そんな口実がなくても、一緒にいるということは変わらないだろうが。

「もう全然、平気。俺は不死身になったからな」

「不死身? なんだそれは?」

「怪我の治し方を教わった。怪我をした場所に、意識して霊力を向ける。それで血が止まり、傷口も塞がる」

 怪我をしたジェイクに、指導教官が教えたこと。いずれ皆が習うことだ。ただ、ジェイクの話にはかなりの誇張がある。

「それは応急処置としてだろ? 完全に血が止まるわけでも、傷口が塞がるわけでもない。その状態で激しく動けば、さらに怪我は酷くなる。不死身とは言えないな」

 ジェイクが教わったのは、怪我をした場合の応急処置。すぐに手当を受けられない状況で、少しでも生き延びる可能性を高める為に行うものだ。完全に治るわけではない。

「なんだ知っていたか。つまらない」

「悪かったな。実家で教わっていた」

 ナイトの一族であるフェリックスは、一般家庭の人たちに比べれば、霊力についての知識がかなり豊富だ。戦い方以外にも、戦場で必要となるような知識は、周囲が日常の中で教えてくれていたのだ。

「……つまらないついでに、もう一つ良いか?」

「何だ?」

 ジェイクの顔が真面目なものに変わっている。深刻な話なのだと思って、フェリックスも気持ちを引き締めた。

「俺、結構、深く刺されたよな?」

「はっ? 浅かっただろ?」

 深刻な話だと思って聞けば、いつもの、その中でもかなり上位につまらない冗談。フェリックスはそう受け取った。

「体を貫くほどじゃあなかった。でも、きっちり刺さった」

 だがジェイクの表情はつまらない冗談を言っている雰囲気ではない。真剣な表情のままだ。

「……まさか、相手はわざと刺したと思っているのか?」

「その可能性を考えている」

「お前ではなく、サーベラスだな……いや、お前が割り込んだから、目算が狂ったという可能性もある」

 ジェイクはサーベラスとサムエルの間に強引に割って入った。サムエルにとって予測外の出来事だったはずで、霊力を消すに消せなかった可能性はある。その可能性が高いとフェリックスは考えている。

「それはある。でもな……ヤバいと思ったんだ。何故だか分からないけど、ヤバいと思った」

「だから霊力を展開しないままに飛び込んだ?」

「それは俺の未熟」

「……冷静ではいられない感覚か」

 言葉では説明できない感覚。それをただの錯覚だとフェリックスは考えない。戦場ではそういう勘のようなものも大切。生き延びるためには必要な感覚だと教わっているのだ。

「ずっと考えていて、作戦としてはあると思った。サーベラスを一撃で退場させられるからな」

「刺し違えてでも退場させる価値がサーベラスにはある。ずっと一緒にいた彼らもそう思うか……しかし、彼女にそんな作戦を実行できるか?」

 クラリスの性格はフェリックスも知っている。別チームといっても、もう一年間、同じ養成所で過ごしているのだ。同じチームリーダーとして、数えきれないくらい話す機会もあった。

「そう。そこは俺も疑問。だから自信がない。でも自信がないからといって、何もなかったことにも出来ない」

「……彼女にそんな非情な作戦を実行できる面があるとすれば……サーベラスはどう思うかな?」

「それは本人に聞くしかないけど……どう聞いて良いかは俺には分からない」

 サーベラスをクラリスのチームに戻すわけにはいかない、と考えてみたものの、サーベラスの考えが分からない。仮にクラリスたちが非情な作戦を選んでいたとしても、それはサーベラスが対戦相手の側にいたから。味方になれば気にすることではないのかもしれない。
 この場の話はここまで。後日、さりげなくサーベラスに探りを入れてみることになった。その結果、「何を心配しているのか良く分かりませんけど、大丈夫です。僕は誰も信用していませんから」とサーベラスに返され、二人はモヤモヤした気持ちに悩むことになる。

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