月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第30話 惑わせるつもりなんてないのだけど

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 彼を怖いと思ったのはこれが二度目。一度目は離れた場所で彼の戦いを見ているだけだった。それでも、彼の戦い方は、血しぶきをまき散らして地面に倒れていく敵を哀れと思ってしまいそうになるほど凄惨で、怖ろしいと感じた。自分とは根本的に何かが違う。そう感じた。
 今回、敵として対峙した彼も怖ろしかった。予想を遥かに超える動き。なんとかしようと矢を放ち続けたが、彼を止めることは出来なかった。冷静ではいられなかった。自分の瞳は必死に彼を追い続けた。舞うように動く彼の動きを。何も考えることなく、霊力切れに気づくこともなく。
 すぐ目の前に迫った彼の瞳が自分を見つめていた。一瞬のことだったので実際はどうだったのかは分からない。でも自分はそう感じた。彼の瞳に射すくめられ、立っていられなくなった。彼に自分の体を委ねた。そうしたいと思った――

「……えっ?」

 朦朧とした意識の中で巡っていた思考。徐々に意識が定まっていく中で、その内容を理解してクラリスは驚いた。羞恥で自分の体が火照るのを感じた。

「気が付きましたか?」

「あっ……え、ええ……私は?」

 目の前に広がる青空から、わずかに視線を横にずらすと彼がいた。頭の中を巡っていたサーベラスがすぐ側でクラリスを見つめていた。思考の中の彼とは異なる穏やか、そうではあるが、感情の見えない瞳で。クラリスは心が少し冷えるのを感じた。思考の中のサーベラスの瞳は、もっと熱く、そして支配的だった。

「霊力切れ。狙ってはいたのですけど、まさか、気を失うまで頑張るとは思っていませんでした」

 一気に距離を詰めることが出来たのに、それを行わなかったのはクラリスに霊力を消耗させる為。矢を多く放つように、サーベラスはわざと時間をかけたのだ。

「……私は未熟ですね?」

「そうですね。霊力切れを起こしたことではなく、戦法を切り替えなかった点のことです」

 クラリスは弓で攻撃し続ける必要はなかった。時間稼ぎであれば尚更、攻撃するのではなく守りに徹するべきだったとサーベラスは考えている。対戦中から、そうするだろうと思っていたのだ。

「弓を剣に替えていたら、貴方に勝てましたか?」

「時間はかかりました」

「……そうね。チームが勝つ為にはそうするべきだった」

 最後のほうはチームのことなど忘れていた。ただただ対峙するサーベラスのことだけを考えていた。チームリーダーとしての責任を忘れていたことを、クラリスは知った。

「勝てるとは限りませんけど。いえ、無理だったでしょう。個の力ではフェリックスさんたちのほうが勝っています。個人戦の結果がそれを示しています」

 一対一の状況に持ち込めれば、いくつもの番狂わせが起こらない限り、チーム成り上がりの勝ち。個人戦の結果はチーム成り上がりが全勝なのだ。

「勝負は戦う前から決まっていた?」

 自分たちの努力不足をクラリスは知っている。フェリックスたちには準備段階ですでに負けていたことを。それでもなんとかしたかった。サーベラスに自分も頑張ったのだと見せたかった。

「……六対六の戦いは、個の差を戦術でひっくり返せるほどの規模ではありません」

 団体戦といっても六対六。それほど戦術を工夫しなくても一対一に持ち込める。個の力で勝るチーム成り上がりの勝利は九割がた決まっていた。サーベラスはこう思っている。

「それでも貴方は本気で戦った」

「ああ……あとは任せろと言ってしまったので」

「貴方が?」

 そんな台詞を口にするような性格ではない。サーベラスのことを理解出来なくても、それくらいは分かる。

「言わされた、ですね」

「……そうだとしても、私も聞いてみたい。貴方に……貴方に、全てを委ねてみたい」

 気を失う直前の想い。それをクラリスは口にした。心の片隅に、自分は何を言い出しているのだと焦る気持ちはある。だが、言葉にしないではいられなかった。

「もしかして、口説いています?」

「……そうだと言ったら?」

「…………」

 無言でクラリスを見つめるサーベラス。その裏ではルーとのやり取りが行われている。「これ、八割、いや九割はいけると思う。どうする?」「いや、駄目だから」なんていうやり取りが。
 だがそんなことはクラリスには分からない。自分を見つめているサーベラスの瞳に心を揺さぶられている。本来の自分をぐしゃぐしゃにかき回されて、何も考えられなくなっている。

「サーベラス!」

 そのクラリスの心を正気に戻したのはサーベラスを呼ぶ声。メイプルの声だ。

「……どうしました?」

「ジェイクが話したがっている。実際は彼だけじゃなくて、皆だけどね。一緒に勝利を喜びたいの」

「ああ」

 またクラリスに視線を向けるサーベラス。その瞳が、今度はクラリスの心を冷やす。気を使われている雰囲気が、無性に嫌なのだ。

「私はもう平気。行ってきたら?」

 そして気を使ってこんなことを言う自分に苛立ちを覚える。優等生を演じる自分に腹が立つ。

「ごめんなさいね」

 クラリスに声をかけて、メイプルはサーベラスを連れて、仲間のところに戻っていく。「ごめんなさい」という言葉が、さらにクラリスを苛立たせる。メイプルの言葉に優越感が含まれているように思ってしまう。

「謝るくらいなら邪魔しないで」

 口に出来なかった言葉を呟いてみる。こんなことをしても、気持ちが晴れることなどないということだけは分かった。

「……お前でもそんな言葉を吐くのだな」

「…………」

 クリフォードに聞かれてしまった。それを知ったクラリスの顔が羞恥で赤く染まる。心も、苛立ちではなく恥ずかしさが支配するようになった。

「……大丈夫か?」

「ええ。気が付いたからもう平気」

 霊力切れによる最悪の状況は、気絶したまま意識が戻らなくなること。そうなる原因は不明だ。だが意識が戻ってしまえば何の問題もないことは分かっている。あとは完全に回復するのを待つだけ。時間が解決してくれる。

「そうではない。なんというか……あいつは……魔性だ。心をとらわれると逃げ出せなくなるぞ」

「貴方に……貴方に何が分かるの?」

 まさかの忠告。まったく予想していなかったクリフォードの言葉に、クラリスはどう反応して良いか分からない。何とか絞り出した言葉がこれだ。

「……何も分からない。ただ、恋愛感情が行き過ぎると良くないということを知っているだけだ」

「心配はいらない。私はサーベラスにそういう感情は持っていないわ」

「それなら良い。ちょっと意外な言葉を聞いたから驚いただけだ」

 それがクラリスの素であるなら心配する必要はない。だが、クリフォードはそう思わなかった。クラリスは平常ではない。そう感じて、不安に思ったのだ。

「……負けたわ。完敗」

 離れたところで、フェリックスたちが対抗戦の勝利を喜んでいる。それを見て、ようやくクラリスは敗北の悔しさを感じた。少し気持ちが落ち着いたということだ。

「今は勝てなかったというだけだ。その理由も分かっている」

 自分たちの努力が足りなかった。そして、サーベラスがいなかった。敗北の原因は分かっている。分かっているのだから、それを改めれば良いだけだ。

「……追いつけるかしら?」

「それがチームとしてということなら、俺は答えを持たない。俺は俺が強くなる為に出来る全てをやるつもりだ」

 これまで以上に努力を惜しまない。クリフォードはこう考えているが、他のメンバーがどうかまでは分からない。分かろうとも思わない。これまでもある程度は好き勝手やってきたつもりのクリフォードだが、それでは駄目だと考えている。他人を気にすることなく、自分が強くなることだけを考えなければいけないと。本来、サーベラスがそうしたがっているように。

「それではチームは……いえ、そうね。貴方の言う通りだわ」

「また、らしくないことを」

 他のメンバーのことなどどうでも良い。クラリスがこの考えに同意するのはおかしい。クリフォードはそう思った。

「サーベラスが言っていたの。六対六のチーム戦では個人の力量差を超えるような戦術はないって」

 まずは個の力を高めること。これが必要だとクラリスは考えた。他人のことを気にしながら訓練していられるほど、自分は強くないとサーベラスに思い知らされたのだ。

「……それでも俺は作戦そのものは間違いではなかったと思っているがな」

「間違っていたわ。サーベラスが最初から本気になっていれば、貴方たちは全滅していた」

 まずサーベラスを退場させる。クリフォードはこの考えは間違いではなかったと思っていた。だが、クラリスは違う。サーベラスを退場させようという考えそのものが間違いだと思っている。クリフォードとブリジット、サムエルの三人がかりでも勝てなかったはずだと。

「俺はメイプルと戦っていて、ずっと見ていられなかった。そこまで圧倒的だったのか?」

 クリフォードはサーベラスが本気で戦う様子を見ていない。剣を躱され、逃げられたあとはメイプルと戦っていて、そんな余裕はなかったのだ。

「攻撃はまったく当たる気がしない。攻撃を防げる気もしない」

「……霊力に関係なく?」

 サーベラスの攻撃は自分たちの、ブリジットを除いてだが、防御を打ち砕けない。この前提での戦いだった。攻撃が当たる気がしないのは、クリフォードにも分かるが、攻撃を防げないというのは理解出来ない。

「防御の展開が間に合わないわ。ブリジットさんは、瞬きする間に三回攻撃を受けて退場した」

「彼女だとしても、瞬きする間にか……全身に防御を展開すれば」

「それこそ彼の思うつぼだと思わない?」

 冷静に戦いを振り返れる今であれば、サーベラスの意図もある程度は推測できる。ブリジットの倒し方を見て、防御を広げれば、集約した時よりも当然、脆くなる。霊力の弱いサーベラスでも、なんとか出来るくらいに。そう考えていたのではないかと、クラリスは思った。

「……そうだな」

「個の力量差があるのに、戦術でも遠く及ばない。勝てるはずがなかった」

「俺は言ったはずだ。今は、と」

 今は全てがフェリックスのチームに劣っている。それは認めるしかない。認めた上でどうするか。これが大切なのだとクリフォードは考えている。いつまでも負けているつもりは、クリフォードにはないのだ。

 

 

◆◆◆

 団体対抗戦の結果は、それなりに指導教官たちに衝撃を与えた。チームとしての勝敗はそれほど驚くものではない。フェリックスの実力は以前から高く評価されている。彼が率いるチームが勝利したという結果は順当とも言えるものだ。
 問題はサーベラスの活躍。彼の、霊力以外の部分での能力については、ある程度評価していた指導教官も、ここまでの活躍を見せるとは思っていなかった。サーベラスの霊力は低い。この評価に変わりはない。だが個としての実戦能力の高さは同期の中で群を抜いている。他の見習い守護兵士たちも、これからより実戦的な訓練に入る。実力差が詰まる可能性はあるが、本当にそうなるのかと疑問に思う指導教官が何人もいるのだ。

「……ふむ。何をどう報告して良いものかな」

 ガスパー教官は元々、サーベラスへの評価が高かった。その彼でも団体対抗戦でサーベラスが見せた動きは想定外。訓練の時とは比べものにならない動きだった。
 それについての報告書を作成しようと思ったのだが、考えがまとまらない。ただ「想像以上の実力だった」と報告しても、意味がないと思ってしまうのだ。

(そもそも、あれは何者なのだ?)

 この点について、まだガスパー教官は分かっていない。すでに知っている指導教官はいるのだが、それを周囲に伝えることをしていない。自家だけの情報にしているのだ。
 ただ、その情報を知っても、ガスパー教官が納得することはない。サーベラスの戦闘力の高さに繋がる情報ではないのだ。

(兵士ではない……騎士でもない……では守護騎士か……そうかもしれないが……決め手がない)

 サーベラスは何らかの戦闘訓練を受けている。一般兵士のそれでも、一般騎士でもない。サーベラスの戦いは個の戦いであり、その動きは正統なものとは言えないとガスパー教官は判断している。
 では守護騎士としての戦闘訓練か。これについては否定できない。守護騎士には独自の戦い方を身につけているものが何人もいる。サーベラスも、霊力は別にして、そういう訓練を行っていた可能性はある。

(……実力差をどう説明するか……いや、やはり、根本的に何かが違うのだ)

 養成所に入る前に戦闘訓練を行っている者は他にもいる。クラリスもその一人であることを、ガスパー教官も知っている。サーベラスはそのクラリス相手に実力差を見せつけた。戦闘訓練を以前から行っていた、というだけでは説明出来ない。訓練の質か、才能か。大きく違う何かがあるとガスパー教官は考えている。

(……あれは本気なのか?)

 サーベラスの本当の実力を見た。ガスパー教官はふと、この認識は正しいのかと疑問に思った。サーベラスは訓練で本気を出していない。対抗戦で見せた動きも全力とは限らない。そう考えた。
 実際は訓練で手を抜いているのではなく、サーベラスとルーのどちらが動きを主導しているかによって違いが生まれているのだが、そんなことはガスパー教官に分かるはずがないのだ。

(きちんと調べてもらうしかないな。あれの存在そのものが、ルークの何らかの企みであるなら、下手な関わり方は出来ない)

 サーベラスはルークの一族となんらかの関わり合いがある。常識外れの見習い守護兵士を養成所に送って来たことに意図があるのであれば、迂闊に触れるわけにはいかない。

(それまでは、実力を確かめるくらいしか出来ないか……まあ、十分だな)

 ルークの一族との関わり合い方について、ガスパー教官にどうするかを決める権限はない。キングの一族としての決定に従うしかないのだ。ガスパー教官としては、その決定を誤らせないように、出来るだけ多くの判断材料を送ることしか出来ない。それも出来るだけ主観を交えず。
 他のことはともかく、実力の評価については公正に出来る自信がガスパー教官にはある。当面はそれに徹することにした。

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