月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第28話 戦う前に結果は決まっている

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 いよいよ団体対抗戦の日がやってきた。開催場所は養成所施設の東側。山の麓の丘陵地帯だ。会場となったその場所には、普段はほとんど接点のない先輩たちも姿を見せている。観客として盛り上げる為ではない。彼らは彼らで年度末試験としての団体対抗戦があるのだ。一年目に個人としての実力は測られている彼らの場合は、チーム対抗の団体戦のみだが。
 最初に行われるのはサーベラスたちの代のチーム対抗個人戦。初戦は「成り上がり」と「月の犬」。いきなり、サーベラスたちとクラリスたちの対戦となった。三チームしかないので、確立は二分の一。別に驚くことではない。

「よし! 一勝!」

 先鋒戦は相手に付け入る隙をまったく与えずにジェイクの勝ち。負けた対戦相手のマイクも悔しそうだ。

「……勝てる相手だとしても、じっくり相手を見るという約束でしたけど?」

「あっ……」

 戻って来たジェイクに軽く文句を言うサーベラス。団体戦に備えて、個人戦では相手の実力を見極めることも必要としていた。ジェイクは余裕で勝てたとしても。彼よりも実力で劣る「成り上がり」の他のメンバーはそうでもないかもしれない。仲間の為に情報収集を行う約束だったのだ。

「クラリスさんたちの情報はある程度、僕が持っていますけど、この一か月で成長しているかもしれません」

「悪い。次は気を付ける」

「お願いします。では次はマーティンさんです。油断しないように」

 対戦相手はローランド。「油断しないように」と言うサーベラスは、マーティンが勝つと予想している。ローランドが、この一か月で驚くほど成長していなければ。それ以前の情報は、すでに「成り上がり」のメンバーたちに伝えてあるのだ。
 実際に対戦はマーティンが優勢。ただ、一気に勝ちに持って行くことはしない。サーベラスから教わった情報と差がないかを確かめながら、マーティンは戦っている。

(……クラリスさんが嘆くはずだ)

 横で見ているサーベラスには、ローランドに大きな成長があるようには見えない。この一か月、彼はどのような訓練を行ってきたのか。クラリスが泣き言を漏らすくらいの内容だったことが、サーベラスも実際に見て、良く分かった。

(クラリスさんの為に頑張ろうと思わないのかな?)

(他人の為という理由を作らなければ頑張れないようでは駄目だろ?)

(サーベラスは厳しいな。でも、言いたいことは分かる)

 自分を鍛えることは生きていくのに必要なこと。サーベラスがこのように考えていることをルーは知っている。その上で、さらに自分の為に頑張ってくれているのだということを。他人の為に強くなるという考えが間違いだとルーは思わない。だが、それだけではサーベラスには遠く及ばないだろうと考えているのだ。

(そろそろかな?)

 マーティンが勝負を決めようとしている。彼もローランドの実力を見極められたと判断したということだ。

(手堅いよね?)

(そうだな。すごく強いという感じではないけど、なんというか、計算できる戦い方をする)

 ローランド相手に、まったく隙を見せることなく、マーティンは実力通りの戦いを展開している。マーティンのほうが強いのだから当たり前、とはサーベラスは思わない。十回戦って十回勝つ。番狂わせを起こさせない戦い方をマーティンは出来るのだと考えている。

「情報通り、だったかな?」

「そうですね。見事な戦いでした」

「……サーベラスくんに褒められると嬉しいな。君も頑張って」

「はい」

 次はサーベラスの出番だ。対戦相手は。

「どうして、サーベラスがここで出てくるのよ?」

 ブリジットだ。彼女はまさかサーベラスと対戦することになるとは思っていなかった。そうならない組み合わせになるはずだったのだ。ブリジットだけの誤算ではない。クラリスたち「月の犬」としての作戦に誤算が生じているのだ。

「たまたまです」

 これは嘘。サーベラスはブリジットとの対戦になるように対戦順を決めている。何故、それが出来たのか。ルーにスパイをさせたからだ。クラリスたちが相談して決めた対戦順を知った後で、自分たちの対戦順を決めて、提出しているのだ。
 フェリックスたちはギリギリの勝負を望んでいる。それを実現した上で、さらに勝ちにも拘っている。その為に行っていることだ。当然、フェリックスたちが知らないところで。

「絶対に勝てないじゃない」

「他の人よりはマシですよ」

「私はそう思っていないの」

 ブリジットはサーベラスの本当の実力を知っている。実地訓練での驚異的な動きを見ている。勝てる可能性は、ほぼゼロであることを分かっている。実際にその通りだ。サーベラスの勝利で三勝。これでチーム成り上がりの負けはなくなった。
 残る半分の試合。まずはスティーブとサムエルの対戦だ。

「勝者! 成り上がり!」

 結果はチーム成り上がりの四連勝。これでチームとしての勝利は確定。ただ対戦は続く。年度末試験という位置づけなので、勝敗が決まっていても対戦は行わなければならないのだ。

(ここからは本当にギリギリの戦いだな)

 次戦はフェリックスとクリフォードの戦い。チーム成り上がりの中では、最強とされているフェリックスをクリフォードにぶつけたのだ。性格は抜きにして、サーベラスはクリフォードの実力を「月の犬」の中では高く評価している。クラリスも強いが、単純比較できない部分で、フェリックスを当てるのが良いと判断したのだ。

(……鍛錬は真面目にやっているのだね?)

(強くなりたいという気持ちは一番だからな。俺がいれば二番だけど)

 強くなりたいという想いでクリフォードに負けているつもりはサーベラスにはない。だが、他の月の犬のメンバーに比べれば、クリフォードの想いは突出している。クラリスも及ばないとサーベラスは考えているのだ。

(それでもフェリックスさんが上だね?)

(技量が違うかな? この一か月だけではない積み重ねがフェリックスさんにはあるだろうからな)

 ナイトの一族の跡継ぎに相応しい強さを身につける。フェリックスはそう思って生きて来た。守護霊の霊力が弱く、当主になる道が閉ざされたあとも、苦悩しながらも努力は続けて来た。
 クリフォードの熱意がフェリックスのそれに劣るということではない。特殊幼年学校の出身者ではないクリフォードは、守護戦士としての人生を意識したのは最近のことのはず。儀式を終えて、宿霊者になった後か、せいぜい、その少し前だ。幼い頃から意識してきたフェリックスとは大きな差があるのだ。

(五連勝。次はもっとギリギリだ)

 フェリックスが勝利を決めて、これでチーム成り上がりの五連勝。最終戦はメイプルとクラリスの戦いだ。これは簡単ではない。サーベラスの計算では、少しクラリスのほうが上だと思っているのだ。

(……女同士の戦いだね?)

(クラリスさんとの戦いは、動きの速さが必要だからな。力のフェリックスさんよりも、速さのメイプルさんのほうが合っていると考えての対戦だけど、どうだろう?)

 そういうことではない。という思いを伝えることはルーはしなかった。サーベラスをからかったつもりがまったく通じなかったことを残念に思い、こういうことに何故か鈍い彼に呆れてもいる。

(……剣を選んだ?)

 クラリスは得意としてるはずの弓型ではなく、剣型を選んだ。これはサーベラスの計算違いだ。

(メイプルさんに合わせたってことかな?)

(どうだろう? クラリスさんが力でメイプルさんを遥かに勝っているとは思わないけどな)

 剣型を選ぶことでクラリスが大きく有利になることはないとサーベラスは思っている。得意の武器を使わない理由が思いつかない。

(ああ、分かった)

(えっ? 分かったのか?)

 自分が考えつかない理由を、ルーが思いついた。それにサーベラスは驚いた。

(外すことを恐れているのかもしれないね)

(……メイプルさんを傷つけることをか……彼女だと確かにあるかもしれないな)

 得意だといっても、離れた敵を攻撃する弓は命中率が悪い。確実に霊力防御を狙い撃ちにする自信がクラリスにはなく、外してしまい、直接、メイプルの体を傷つけてしまうことを恐れている可能性をサーベラスは、ルーの言葉で知った。

(クラリスさんは優しいからね)

(本当の戦場だと邪魔な感情だけどな)

 敵を殺すことを躊躇っていては、戦場で生き残れない。やはり、クラリスは兵士に向かないとサーベラスは考えた。

(ここは戦場じゃないよ)

(戦場に出た時の為の訓練だ……なんで議論していても意味ないか)

 クラリスは得意な武器型を使わない判断をすでにしている。それを議論していても意味はない。それも彼女の知ることのない議論をしていても、それがもたらす結果を彼女がどう思うか。それによって先のことは変わってくる可能性だってあるのだ。

(……決まりだ)

 メイプルがクラリスの防御を突き破った。二人の能力を比べれば、本来、クリティカルヒットなど簡単には出ないはずなのだが、そうなったのだ。それはクラリスの選択ミスを示している。慣れない戦法で攻撃だけではなく、守備も集中力を欠き、疎かになったということだ。
 この選択ミスをクラリス自身がどう思い、この先、どう活かすか。変われなければ、彼女が早死にする可能性は高いままだ。

「初戦は全勝。上々の滑り出しと考えて良いか?」

 初戦が終わったところで、フェリックスが声をかけてきた。最後に疑問符をつけてるのは、サーベラス相手であるから。全勝したというだけで満足するサーベラスではないと考えているからだ。

「……そうですね。少しですが追加情報も得られました。次戦も油断しないで行きましょう」

「ああ、そうだな」

 サーベラスの「油断しないで」という言葉に安心感を覚えている自分をフェリックスは不思議に思う。言われた通り、気持ちを引き締めながらも、自分たちは勝てるのだと思える。分かりやすく味方を鼓舞しなくても、こういう気持ちにさせられるのだということを、フェリックスはサーベラスと一緒にいることで知った。
 自分も同じようになりたいとは思わない。自分には自分らしいやり方があることをフェリックスは知っている。そのやり方も、仲間を失った後悔はあっても、間違っているとは思っていない。仲間たちが発する熱意がそう言ってくれているとフェリックスは信じている。

 

 

◆◆◆

 六戦全勝という最高のスタートをきったチーム成り上がり。当然、対戦相手であり、敗者の側であるチーム月の犬にとっては最悪の結果だ。考えていた戦術、といっても対戦順くらいだが、は完全に逆を行った。計算していた勝ち星を失うどころではなく、全敗なのだ。

「どうしてあんな順番に? 考えていたのと全然違っていたじゃないか」

 敗北の最大の原因は対戦順。そう思っているマイクは、予想が外れたことに不満そうだ。

「大きな計算違いはサーベラスの順番くらいだ。よりにもよってブリジットとの対戦になるなんて」

 予想を主導していた立場のサムエルは、マイクに文句を言われることに納得がいかない。

「何よ、その言い方? 私は最初から負け予定でしょ?」

 自分がサーベラスに負けたことが敗北の原因であるかのように言われていると思って、ブリジットも不満を口にしてきた。

「もっと強い相手と戦って負けてもらう予定だったってこと。これは説明しているはずだよ?」

 勝ち目のないブリジットは対戦相手の中でも出来るだけ強い相手と当たって欲しいと思っていたのだ。それで他の対戦が楽になるという計算だ。

「サーベラスは十分に強いけどね」

「霊力と霊力のぶつかり合いでは弱い。確実に勝ち星を取れる相手だったのに」

 総合力ではサーベラスには敵わない。だがこの対抗戦のルールの中で戦うのであれば、サーベラスは怖くない。サムエルはこう考えていたのだ。

「それでも勝ち星をひとつ落としただけだ」

 サーベラスの順番を外しただけ。サムエルのその主張にローランドは納得していない。それだけでは全然、勝ち星が足りていないのだ。

「二つ。ブリジットの捨て試合で強い奴を使わせれば、他での一勝が計算出来た」

「それでも二勝だ。勝ちには届いていない」

 勝ちには四勝が必要、あと二勝足りない、なんて議論は時間の無駄だ。誰一人として勝てなかったというのが、最大の問題なのだから。

「分かっている。俺の責任だ。俺が負けたからだな」

 クリフォードが自分の責任を認めた。本人が勝手に認めただけであって、そう皆が認めるわけではないが。

「クリフォードの対戦相手はフェリックスです。負けても仕方がありません。一番は私がメイプルさんに負けたことです。確実に勝っておかなければならない相手だったのに」

 フェリックスはチーム成り上がりの中で最強の相手。勝ち星を計算していた相手ではない。クリフォードの敗北は順当と言っても良く、計算違いを引き起こしたのは自分だとクラリスは考えている。

「馬鹿じゃない? 貴方たちの対戦順になった時には、もう負けてたじゃない」

 自分の責任だという二人に「そんなことはない」なんて言葉をかける気に、ブリジットはなれない。自分の対戦を捨て試合と決めつけられていたブリジットには、二人の言葉は、自分の重要性を主張しているだけのように思えてしまうのだ。
 ただ発言そのものは間違っていない。彼ら二人の順番が来る前に敗北は決定している。二人の勝敗は、事が決した後のことなのだ。

「ブリジットの言う通りだな。最低でも一勝してくれていなければ五分にも出来ない」

 クリフォードはブリジットの意見に同意した。自分の負けも原因のひとつだが、それだけでないことは分かりきっているのだ。

「組み合わせの問題ではなく、全体として相手が上ということになると団体戦も厳しいですね?」

 クラリスも、はっきりとは口にしないが、ブリジットを除く三人の問題を指摘する発言を続ける。サーベラスの助言を活かして、少し厳しい態度を見せようとしているのだ。

「団体戦の作戦はもう考えてある」

 クラリスの意図を察して、サムエルが団体戦の作戦については話そうとしている。個人戦の責任追及を逃れようとしているようにもクラリスには思えるが、その点を指摘することはしない。直接的な否定には、まだ躊躇いを覚えてしまうのだ。

「団体戦は数の有利を作ることが大切だ」

 クラリスが、クリフォードも何も言わないと見て、サムエルは話を進めることにした。

「その為に、まずは一番弱い敵を倒す」

「……誰か一人に攻撃を集中するということですか? そう上手く行くのかしら?」

「我々のチームであれば出来るよ。クラリスの遠距離攻撃が有効だ。敵の動きをけん制し、孤立する敵を作り出す。あとは何人かで同時に攻撃して倒す。これで数の有利が生まれるので、一人に対して二人で掛かれる。上手く行けば次も」

 クラリスは直接的に敵を倒すのではなく、けん制役。自由に動けないようにするだけであるので、体に当てて怪我をさせてしまう心配もいらない。この作戦を考えたサムエルは、クラリスが弓による攻撃を躊躇っていることを知っているのだ。

「……悪い作戦ではないと思います」

 これを口にするクラリスの視線はクリフォードに向いている。彼がどう思うかを気にしているのだ。

「それで? 成り上がりが相手であれば、誰を真っ先に狙うのだ?」

 クリフォードは誰を標的にするのかを尋ねてきた。作戦そのものには文句はない。だが、想定通りに行くのかが分からないのだ。

「……サーベラス」

「なるほど……そう来たか」

 クリフォードの「そう来たか」の意味がクラリスには分からない。作戦を説明しているサムエルも分かっていない。賛成なのか反対なのか、これだけでは分からないのだ。

「サーベラスであればクラリスの弓は完璧に防ぐと思う。不安なく矢を射れるはずだ。つまり、もっともこの作戦が有効に働く相手。だから最初に狙うべきなのはサーベラスだ」

 クリフォードの反対を恐れて、サーベラスを狙う理由を説明するサムエル。その中でクラリスが弓矢での攻撃を不安に感じていることを口にしてしまっているが、本人はそれを分かっていない。

「……俺は良いと思う」

 クリフォードもその点については何も言わない。薄々感じていたことが、他のメンバーも同じように思っていたと分かっただけのこと。深く追求することでもない。

「サーベラスを倒すことが出来なければ?」

「俺は、あいつが残っている限り、勝利の確信が持てないと思う。それどころか先手を取られて、序盤で負けが決まってしまうことも考えている」

 クリフォードがサムエルの作戦に賛成しているのは、その内容よりも、とにかくサーベラスを先に倒しておくことが必要という点からだ。団体戦で、それも乱戦に持ち込まれて勝てる自信がクリフォードにはない。その事実を彼は珍しく、はっきりと口にした。

「……分かりました。私もそう思います」

 サーベラスを倒せなければ負け。これにはクラリスも同感だ。サムエルは団体対抗戦のルールはサーベラスに不利だと言うが、彼女はそう思っていない。具体的に、サーベラスがどう対応してくるかまでは分かっていないが、必ず何かを考えているはずだと思っている。そう思って警戒していないと、サーベラスがいるチーム成り上がりには勝てないと考えている。
 クラリスはもう負けたくないのだ。サーベラスを安易に譲ってしまったことを後悔している。だからこそ、意地を見せたいのだ。