月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第27話 どちらが悪いのか

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 自分は可愛い。こんな風に思うのは、驕っているようで恥ずかしいという気持ちはある。心の中から消したいと考えている。だが常に周囲がそれを証明してしまうのだ。幼い頃からそうだった。皆が自分を可愛いと言ってくれた。周囲がそういうのだから、そうなのだろうと思うようになってしまった。少し大人になって、そういう考えは恥ずかしいことだと知ってもも、否定する気持ちにはならなかった。やはり、周りは可愛いと、口に出して言ってくれる人は減ったが、思って、優しくしてくれるのだ。
 今もそう。幼馴染のマイクとローランドは自分に優しくしてくれる。サムエルも二人から感じるものと似た感情を向けてくれる。他のチームにも同じような人がいる。そういったものをまったく感じさせないのはクリフォード、そしてサーベラスの二人だけだ。
 その二人との関係は、他の人とは異なり、まったく上手く行かない。特にサーベラスは、他チームに移ってからは、自分の存在を忘れてしまったかのようだ。すぐ側にいる時があっても話しかけてもくれない。

(……馬鹿……こういうのが駄目なのに……)

 話しかけてくるのが当然。サーベラスの態度を不満に思うのは、こういうこと。クラリスは、また自分が恥ずかしくなる。自分の思い上がりを嫌っているはずなのに、相手が何かしてくれるのを当然だと考えている。
 そう思うのであれば、待つのではなく、自らが行動を起こせば良い。だが、これもクラリスは上手く出来ない。相手を誤解させてしまわないかと心配してしまうのだ。

(もう嫌)

 恥ずかしさで頬が赤く染まる。自意識過剰。この言葉が全てだと思う。周りが自分をどう見ているかを常に気にしてしまう。自分の行動が相手に与える影響を、影響があるかなど分からないのに、考えてしまう。
 クラリスにも言い訳する余地はある。これまで生きてきた、それほど長くない人生でも、そういう経験をしているのだ。ただ普通に接しているだけだったのに好意を持っていると誤解されて、嫌な思いをし、自分は嫌な思いをしたのに周囲、主に同性から誘っていると陰口を叩かれた経験が。

(……違うから。彼はそういう心配のいらない……でも……)

 サーベラスが誤解するようなことはない。彼は、少し悲しいが、自分に興味がない。これは分かっている。だが周囲はどう思うか。ブリジットは、急速に距離が縮まった様子のメイプルに、どう思われてしまうのか。

「……馬鹿みたい。もう止めよう」

 頭の中で思考がぐるぐる回っている。それも、冷静になるとすごく恥ずかしい思考が。今の状況は自分一人で、自分を辱めているだけ。思考を正常に戻そうとクラリスは考えた。

「何を止めるのですか?」

「えっ……ええ?」

 声をかけてきたのは、まさかのサーベラス。ただ、まさかと思い、驚くのは間違いだ。クラリスは自己錬をしているサーベラスに話しかけようか迷い、思考の迷路をさまよっていたのだがら、

「今度は驚いている。今日のクラリスさんは面白いですね?」

「面白い?私が?」

 可愛いと言われたことは数えきれないほどあるが、面白いと言われた記憶はない。何故、サーベラスがそんな風に思ったのか、クラリスは不思議だった。

「さっきは顔が真っ赤になっていました」

「あっ……見ていたのね?」

 サーベラスに馬鹿なことを考えている様子を見られていた。それを知って、またクラリスの顔が恥じらいで赤く染まる。

「……また……もしかして、熱でもあるのですか?」

「えっ、あっ……」

 顔に伸ばされた手。額に置かれると思ったその手が頬を触れてきた。予想していなかったサーベラスの行動に、クラリスの動きが止まる。じっと自分を見つめているサーベラスの瞳が動けなくしている。

(ち、ちょっと、この展開って)

 この雰囲気に焦るルー。

(変なことはしない。聞きたいことはあるけど、彼女相手にこれ以上のことをすると、ルーが怒るだろ?)

(怒らないけど……)

 怒りはしない。心の準備が出来ていなくて、焦っているだけだ。何の心の準備だと聞かれても、答えられないが。

「……熱はないようです」

「そう、でしょうか?」

 頬が火照っているのをクラリスは感じている。サーベラスはその熱を持った体に触れたのだ。

「もっと、きちんと測ったほうが良いですか?」

「……それは……どうやって?」

 これ以上のことはしないという雰囲気ではない。そうルーは思った。この先の展開を考えると胸の、実際に胸はないが、ドキドキが止まらない。

「医務室に連れて行って。ありましたよね? 医務室」

「……そうね。でも大丈夫。体調はなんともないわ」

 火照っていた頬も、一瞬で冷めた。その前の自分の感情を思い出すと、また熱くなりそうだが。

「それは良かった。それで……話があるのでは?」

「え、ええ。えっと……訓練の調子はどうかしら?」

 何度か訪れたが、その度に邪魔がいて、話が出来なかった。今日こそはと思って来たものの、いざ、機会が得られると何を話して良いのか、クラリスは分からなくなる。まさか、「私は可愛いと思いませんか?」なんてことを聞くわけにはいかない。

「まあまあです」

「それだけ?」

「対抗戦が終わるまでは敵同士ですから。詳細はお話出来ません」

「そう、ですね」

 敵という言葉を聞いて、もともと離れていた距離が、さらに遠くなった気がした。その程度の距離感であったのに、サーベラスの行動に心を揺らした自分が馬鹿みたいだった。

「そちらも、まあまあですか?」

「ええ。こちらも……まあまあ、ではないわ。少し悩んでいるの」

 まあまあで終わらせては遠ざかったまま。クラリスは自分から踏み出すことにした。普段は見せない隙を晒すことにした。メイプルがそうしている、とクラリスは勝手に思い込んでいる、ように。

「悩み……訓練のことですか?」

「それもあるわ……フェリックスたちは、いつも盛り上がっているわね?」

 悩みはチームのこと。ただ、チームの人たちについて、どうこう言うのは気が引けるクラリスは、フェリックスたちの名を出すことでサーベラスに分かってもらおうと考えた。クラリスはチーム一丸となって取り組んでいる彼らが羨ましいのだ。その中にサーベラスがいることが、残念なのだ。

「……同じ方向を向いていますから」

「どうしてそれが出来るのかしら?」

 クラリスのチームは同じ方向を向いていない。ブリジットとクリフォードがそっぽを向いているということではない。ブリジットはそうかもしれないが、実はクリフォードは自分と同じ方向を見ているとクラリスは考えている。強くなる。強くなって対抗戦で勝つ。これは同じなのだ。
 ではマイクたちは違うのかと聞かれれば、「そうだ」とはクラリスは答えない。彼らも強くなろうとしている。だが、どこか甘さを感じてしまうのだ。

「目的が同じだから。これは同じ意味ですね? なんだろう…………ああ、温度が同じだから。熱意というのが正しいのでしょうけど、温度と言ったほうが合っているように思います」

 熱過ぎず、冷め過ぎず。フェリックスたちは同じ温度で考え、行動している。サーベラスはそう感じている。

「温度……」

 温度と言われてもクラリスにはピンとこない。熱意ではなく温度と表現するサーベラスの感覚は、その中にいなければ分からないものなのだ。

「では、一歩踏み込んだ話をします。仲良しと気持ちを一つにするは違います。実際は同じなのだろうと彼らを見て、思ってきていますけど、こういう言い方のほうがクラリスさんには分かるのではないですか?」

「……ええ、分かるわ」

 サーベラスの言いたいことはクラリスにも分かる。自分が悩んでいたこと、そのものなのだ。クラリスとマイクたち三人は仲が良い。だがそれが物足りなく感じる。時には意見を戦わせる、と表現するほどクラリスは強い言い合いはしないが、クリフォードのほうが自分と同じ方向を向いていると思ってしまうのだ。
 この問題にサーベラスも気づいている。クラリスはそれを知った。

「僕に対しては遠慮がありますが、僕以外の相手だと思うところをそのままぶつけています。険悪な雰囲気になることもあります。でも、彼らはそこで終わらない。どちらが正しいのか、どちらも正しくて、どちらも間違っていることもありますが、それを考えます」

 その判定を任されるのはサーベラス。サーベラスが全てを決めるのではなく、客観的にそれぞれの意見について述べることで結論が導かれるのだ。

「私たちとは違う」

 意見を戦わせる相手はクリフォードだけ。だが、すぐにサムエルたちによって多数決に持って行かれて、クラリスの意見が勝ってしまう。ブリジットが文句を言ってきた時も同じ。まともに取り上げることなく、終わらせてしまうのだ。それでまたブリジットは拗ねてしまう。サーベラスはブリジットを説得するのが得意とされているが、特別なことはしていない。まともに話を聞いてくれるのはサーベラスだけだとブリジットが思っているだけだ。

「これは勝手な想像で、僕なんかが想像してはいけないことだと思いますけど、亡くなった仲間に恥じるような真似はしたくないと考えているのではないかと」

「……そうね。彼らは二人も仲間を亡くしたのよね」

「だからフェリックスさんたちは上手く行っていて、誰も死んでいないクラリスさんたちはバラバラだ、なんていうのは絶対に許されないと僕は思っています」

「えっ?」

 仲間の犠牲のおかげ、なんて評価をサーベラスはしたくない。そんな出来事がなくても、上手くいかなければならないと思っている。そうでなければ駄目なのだと。

「厳しいことを言わせてもらいますが、僕はクラリスさんが悪いと思っています。貴方はリーダーで、メンバーを同じ方向に向けるのは貴方の責任です。なりたくてなったリーダーではないなんて言い訳は通用しません。次に仲間を失うのは自分たちになるかもしれないのですよ?」

「…………」

 皆が同じ方向を向いてくれない。この考えがそもそも間違いなのだとサーベラスは言っている。向いてくれない、ではなく、向けるのだと。それが出来ていないのはリーダーであるクラリスの責任。甘さがあるのは彼女なのだと。
 その通りだとクラリスは思った。自分が求めていたのは、こういう厳しくても、本気の言葉なのだと。

「嫌われ役はクリフォードさんに任せるのも一つの方法です。クラリスさんはそのクリフォードさんの意見を支持すれば良いだけ。無理して全てを背負う必要はないと思います」

「……私は……私は……貴方にも一緒に背負って欲しかった」

 クリフォードと同じ副官であるサーベラスに、という思いからの言葉ではない。理由を考えることなく、口に出してしまった言葉だ。抑えが効かない。頭ではなく心が反応してしまった。それに、体まで反応してしまう。
 ゆっくりとサーベラスに近づき、その肩に両手を置くクラリス。俯いている顔からこぼれた涙が地に落ちる。

(……まだ五分五分ってところだろうけど、抱けるかもしれない。どうする?)

(ええ……この場面でそんなこと考えられるかな? サーベラスって、時々女性に対して、すごく酷い人になるよね?)

 涙を流してすがってきたクラリスに、どうしてこんな冷めた感情を向けられるのか。サーベラスのこういうところは、いつまで経ってもルーは理解出来ない。

(彼女が惹かれているのは、ルーの体だ)

(僕の体……)

 サーベラスに文句を言っておきながら、ルーの頭に妄想が膨らんでいく。良く知っている自分の体とクラリスの体が絡み合う姿を。

(あっ、ルーの外見の間違い)

(……わざとだよね?)

(元気な体を持っているから。こういう下らないことで気を紛らわせていないと、ルーが恥ずかしいことになる)

 冷静でいるようでサーベラスも完全に気持ちを抑えられているわけではない。サーベラス自身の気持ちは抑えられているのかもしれないが、体が勝手に反応しようとしているのだ。それをクラリスに見つかってはいけない。

「……ごめんなさい。私……恥ずかしいわ」

 ルーにとって幸いなことに、気づく前にクラリスは冷静になってくれた。自分の行動に驚き、顔を真っ赤に染めている状態なので、冷静とは言えないかもしれないが。

「謝ってもらう必要はありません。ちょっとビックリはしましたけど。少しドキドキもしたかも?」

 クラリスの気持ちをほぐそうと考え、サーベラスは笑みを浮かべて、軽い口調で返す。ほぐす効果があったのかは怪しい。クラリスは耳まで真っ赤になってしまっている。

(……絶対に外見じゃないから)

 見た目ではない。こういうサーベラスの態度がクラリスの心を揺らしているのだ。ルーはそう思う。もしこれが、騙そうとしてのことではなく、本当に無意識の振る舞いだとしても、やっぱり、サーベラスは酷い男だと思う。女の敵であり、男の敵でもあると。

 

 

◆◆◆

 実地訓練を前倒しにしてしまったことで、開催されることになった団体対抗戦。予定されていなかった対抗戦だが、徐々に開催の意義が高まってきている。一部の人にとってであるが。
 対抗戦は指導教官たちが思っていた以上の盛り上がりを見せている。実際はこれから本当に盛り上がることになるのだが、多くの指導教官たちにとっての対抗戦の重要度は無に等しかったので、そう思ってしまうのだ。
 この状況を作り上げているのはフェリックスたちのチーム。対抗戦の絶対勝利を誓い、かなりの熱心さで訓練を行っている。訓練だけではない。食堂で熱く議論する様子が、ほぼ毎日見られるようになったのだ。その彼らに引きずられる形で、他チームの取り組みも熱気に溢れるものになってきている。遅れていたクラリスのチームも、もうすぐ活気に溢れるようになるので、さらに盛り上がることになるのだ。

(……フェリックスが持っていたリーダーシップ。全員が持っている仲間を死なせてしまったことへの後悔。その思いに火をつけたのは……やはり、サーベラスの存在か)

 現状を作り上げたのは誰か。ガスパー教官は考えている。冷静に判断しようと、サーベラスの評価を低くして。そうしても、サーベラスの存在が必要だったのは間違いないと思う。

(問題はこれがどこまで波及するか……常識で考えれば、広がることはない)

 サーベラスの考えは、詳細まで分からなくても、異端であることは分かる。彼が行っている訓練は、個の力を高める為のもの。それも目指すところが、かなりハイレベルであるのは明らかだ。多くの中の一人としての兵士のそれではないのだ。
 それは実現出来るのか。もし霊力判定で最低評価を受けたサーベラスにそれが出来たなら、この国の軍制はどうなるのか。期待はしても難しいだろうとガスパー教官は思う。この国を支配しているのは五家であり、その当主たちだ。末端の、守護戦士の中ではだが、守護兵士が力を持つことを認めるとは思えない。彼らの権力を支えているのは霊力の強さ。それに基づくピラミッド組織なのだ。

(全員が共感しても、わずか十八名。それも卒業すればバラバラになる者たちだ)

 フェリックスたちのチームは、少なくとも訓練は、サーベラスの考えに乗っている。それが結果を出し、他のチームのメンバーもサーベラスのやり方を支持するようになっても、同期は十八人。守護戦士全体の中の、何の力もない、極々一部の者たちに過ぎない。しかも彼らがまとまっていられるのは養成所にいる間だけなのだ。

(一般兵士を鍛えさせる……なんの権限で? それに兵士には兵士の訓練が必要だ。つまり、あの男は兵士ではないのだ)

 サーベラスの訓練は守護騎士を作り上げる為のもの。兵士ではない。これは少し違う。サーベラスは、ルーが体に戻った後のことを考えている。守護騎士どころか、ルークの一族の当主、軍団長になっても困らない能力を育てようとしているのだ。

(五家はどう出るか? キングとルークはまだ良いとして、他の三家がどう出るか? 無視したままでいるか……これは分からないな)

 サーベラスの考え方を危険視して、排除に動く可能性もある。守護兵士の戯言と気にも留めない可能性もある。一守護騎士に過ぎないガスパー教官には分からない。

(……力ある者はより力を持ち、弱者との差をさらに広げていく。弱者である私は、それを変える側にいない)

 五家が、その五家の中でも一部の者たちが私欲で国を支配する仕組み。それは間違いだと思っていても、変える力はガスパー教官にはない。ガスパー教官が仕えているキングの一族は私欲で国を統治していない。だが、それは今がそうだというだけのこと。他の四家も、自領で良政を行っている家はある。それも現当主がそうであるということであって、過去は、この先の未来もそうである保証はまったくないのだ。
 この自分の考えこそ異端であることをガスパー教官は知っている。善人だけが政治に関わることが許される国の実現など、夢物語だと知っている。それでも変化を求めないではいられない。どれだけ部下が、仲間が死んでも平和は訪れない。これ以上、彼らを無駄死にさせたくない。こんな想いを、自分と同じような想いをする者を増やしたくないのだ。

www.tsukinolibraly.com