引き続き行われた個人戦の第二戦、第三戦。チーム月の犬も勝利をあげたが、チーム成り上がりが連勝したことで、個人戦の勝利チームはチーム成り上がりとなった。続く団体戦も勝利して、チーム成り上がりが完全勝利となるか、チーム月の犬が意地を見せるか。見どころは、もうひとチームにとっては大変残念なことで悔しい思いもあると思うが、その点になった。
別に主催者、ではなく、指導教官たちもそれを意識したわけではないが両チームの対戦は団体戦の第三戦、最終戦で決着をつけることになる。第一戦、第二戦は、一部の人たちの期待通りに、成り上がりと月の犬がそれぞれ勝利。もうひとチームは個人戦、団体戦を通じて全敗という残念な結果に終わる。それはそれで彼らに、汚名返上を誓わせることになり、奮起を促すことになるのだが、それは大会が終わったあとの話だ。
まずは団体対抗戦においても最終戦、チーム成り上がりとチーム月の犬の団体戦決戦だ。
チーム成り上がりの配置は第一戦と同じ。前衛にジェイク、スティーブ、マーティンの三人。その後方にフェリックスとメイプルが待機。前衛の状況を見て、すぐに支援に駆けつけられる位置、背後に回られることを防ぐ役目も担っている。サーベラスはさらにその後ろ。周囲よりも少し高い丘の上に立っている。一番弱いサーベラスを後方に配置するというセオリー通りの配置に見えるが、チーム成り上がりの意図はそうではない。全体の状況を把握し、必要に応じて指示を出す役目を担っているのだ。
一方、チーム月の犬の配置は第二戦からは変わっている。中央にクリフォードとブリジット。その左にマイク、サムエル、右にローランドが配置され、クラリスが最後方。高い丘の上に立っている。
「誘いかな?」
「誘いでしょうね」
その配置を見て、フェリックスは中央は誘いだと判断した。メイプルも同感だ。もっとも弱い敵を倒して、人数の有利を作る。これは団体戦の基本戦術。チーム月の犬はターゲットとなるブリジットを前線近くに置いている。常識とは異なる配置だ。何らかの意図を疑うのは当然のこと。
「クリフォードに守らせて、左右から挟撃。これ以外にあると思うか?」
「私には思いつかない。でもサーベラスならどうかしら?」
「そうだな。任せるか」
後方にいるサーベラスに視線を向けるフェリックス。サーベラスも少し相手の意図を考えている様子だ。だがフェリックスの視線に気づいて、すぐに合図を送って来た。
「……サーベラスって、あれで意外と強気だな」
「意外と? フェリックスはまだまだ人を見る目がないわね? 彼の口調や態度に騙されないで。彼は強気な人ではなく、怖い人よ」
「……なるほど。勉強になります」
どうやらメイプルには自分には見えていないサーベラスが見えている。それが何故だか分からない。優しくされたことは聞いているが、怖いと思うような話はなかったはずなのだ。
ただ、このことに頭を巡らせている時間はない。開戦の合図はもう間もなくだ。
「……行くぞ!」
合図の旗が振られたのを見て、すぐにフェリックスたちは行動に移る。最初の陣形など関係ない。前衛の三人はチーム成り上がりの左翼にいるマイクとサムエルをターゲットとして動き出す。フェリックスとメイプルの二人は敵右翼、ローランドが目標だ。
中央にいるクリフォードとブリジットを無視することで、左右それぞれで味方が一人多い状況を作ろうという試みだ。
「逃げた?」
だが、その試みは想定通りの形にならない。ローランドは戦うことなく、その場から逃げ出してしまったのだ。
「狙いは何?」
戦うことなく逃げる。何らかの意図があるはずだが、それがどのようなものかメイプルには思いつかない。
「中央! サーベラスだ!」
チーム成り上がりが左右に移動して空いた中央をクリフォードとブリジットが駆けている。それだけではない。後方からクラリスが射る霊力の矢もサーベラスに襲い掛かっていた。
「普通に射れるのね?」
「……サーベラス相手であれば当たらないと考えているのかもしれない」
クラリスは矢で攻撃することが出来ない。倒すべき敵であれば別だが、訓練で相手に怪我をさせることを恐れている。事前情報として聞いていたものだ。だが今のクラリスは離れた位置から躊躇うことなくサーベラスを矢で攻撃している。実際にはわざと外しているのかもしれないが、射っているのは確かだ。
「なんて話をしている場合じゃないな。行こう!」
遠距離攻撃のクラリスを含めると、サーベラスは一人で三人を相手にすることになる。易々とやられるとはフェリックスは思っていないが、逆に数の優位を作られてしまったのは間違いない。その状況をなんとかしようとフェリックスは動きだした。
実際にサーベラスはかなり厳しい状況だ。
(……ある程度は予想内ではあるけど、左右の動きは意外だったな)
左右が背を向けて逃げ出したのは、さらにフェリックスたちを引き込み、サーベラスを孤立させる為。クラリスたちの意図は分かるが、偽装だとしても、逃げるという手段を使ったのは、サーベラスには意外だった。クラリスは、クリフォードも、卑怯と考えて採用しない策だとサーベラスは思うのだ。
(ち、ちょっと。考え事していないで、戦いに集中して)
クリフォードとクラリスの攻撃に対応しているのはルー。これも訓練だ。ただサーベラスも勝利に拘っている。フェリックスたちの望みを無にするわけにはいかないと考えているのだ。ルーに任せているのは、まだ大丈夫だと考えているからだ。
(もう少し、頑張れ、フェリックスさんとメイプルさんの二人がこっちに向かって来ている。三人になればブリジットさんとクリフォードの二人を討てる。一気に勝利に近づくはずだ)
フェリックスは誘いに乗ることなく引き返してきた。中央で、クラリスの遠距離攻撃を入れても、三対三の状況を作ろうと判断した結果であることは、サーベラスにも分かっている。ルーは二人が近づくまでの、あと少しの時間を頑張れば良いのだ。
(ク、クラリスさんの)
(それも二人が近づけば、止むはずだ。混戦の中に矢を打ち込めるとは思えない)
クラリスは自分相手であるから矢を放ってきているのだとサーベラスは考えている。それでも狙いは急所ではなく、動きを制限する程度のもの。フェリックスとメイプルが加わっての乱戦になれば、当ててしまうのが怖くて、矢を放つことはできなくなるはずだ。
(分かった。頑張る)
「しつこいな! サーベラス! さっさと諦めろ!」
クリフォードが焦れた様子で大声を発してきた。
(……ルー! 後ろだ!)
(えっ……?)
クリフォードが大声を発したのは、サーベラスの意識を自分に向ける為。隙を作る為だとサーベラスは判断し、実際に気配を察した。だが、それが出来たのはサーベラス。ルーは咄嗟のことに反応することが出来なかった、のだが。
「ペナルティ・クリティカルヒット! 赤、退場!」
審判役の指導教官が発した声。霊力防御のない場所に攻撃を当ててしまったという判定。一発退場の判定だ。
「……どうして?」
攻撃を受けたのはサーベラスではない。前衛にいるはずのジェイクだった。腹部を押さえて地面に跪いているジェイク。防御の展開に失敗し、攻撃を体に受けてしまったのだ。
その行動の意図がサーベラスには分からない。自分を庇おうとしたジェイクの行動が、サーベラスには理解出来ない。
「……急所は外れている……傷も深くない……死ぬことはない、と思う」
ジェイクの怪我の様子を確かめるサーベラス。致命傷にはならないという判断だ。
「そ、そうか……それは……良かった……痛いけどな……」
「どうして? ……訓練だから?」
また同じ問いをサーベラスは発する。自己犠牲という言葉は知っている。ジェイクの行動はその言葉が意味するものだとも分かる。だが、何故、彼が自分の為にそんなことを行うのかが理解出来ない。サーベラスには、知っていても、理解出来ない考えなのだ。
「ま、まあ……ここで、出来なきゃ……本番でも……む、無理だろうからな」
「……致命傷ではないけど、話さないほうが良い」
これは訓練で、怪我をするはずがなかった状況だから。サーベラスはそう思ったのだが、ジェイクは実戦でも同じことを行うと言っている。実戦でも自分の体を投げ出して、味方を庇うと。
「そ、そっか……」
腹を押さえてうずくまっているジェイクを見つめるサーベラス。ジェイクの行動の意味を考えているのだ。答えなど出ないのに。
「君、大丈夫か?」
近づいてきた指導教官がジェイクに容体を尋ねた。答えを求めてのことではない。答えを聞く前に指導教官は、別の教官が運んできた担架にジェイクを乗せようと動き始めている。
「ジェイク! 大丈夫か!?」
この問いは答えを求めてのもの。フェリックスの問いだ。
「へ、平気」
「……馬鹿だな。お前は」
フェリックスは、サーベラスとは異なり、ジェイクの行動の意味が分かっている。怪我をしたのはジェイクのミスだとしても、行動としては自分も同じことをしたはずだと、していなければならないと思っているのだ。
「お、俺たちは、ち、誓った。もう目の前で、仲間は、ぜっ、絶対に殺させないって」
「ああ、そうだな。良くやった」
もう二度と仲間は殺させない。フェリックスたちは、死んでしまった仲間たちに誓っているのだ。ジェイクはそれを実際の行動に移しただけなのだ。
「君も大丈夫か? 退場だから、離れた場所で気持ちを落ち着かせると良い」
「……はい。分かりました」
ジェイクに怪我をさせたのはサムエル。丘陵地の死角を使って、サーベラスの後ろに回り込んでの不意打ちを狙ったのだが、その行動をジェイクに気づかれ、後を追われていたのだ、
「よし、運ぼう」
ジェイクを乗せた担架を持ちあげる指導教官たち。見習い守護兵士が怪我をするのは珍しいことではない。彼らにとっては特別な事件ではないのだ。
「……サ、サーベラス!」
「何?」
「あ、後は、任せたからな」
担架に乗せられたまま、笑みを浮かべて親指を立てた手をサーベラスに突き出すジェイク。
(……こういう時はどうすれば良い?)
(思うまま、応えてあげれば良いんじゃない?)
サーベラスの心の中にはすでに答えがある。ルーにはそれが分かる。ただ、その気持ちをどう表現すれば良いのか分からないだけなのだと。
「……任された」
そのジェイクの言葉に、少し間が空いたが、サーベラスは応えた。ジェイクの行動は、まだ理解出来ていない。だがサーベラスは知ったのだ。前世で、死を目前にして知った自己犠牲というものを、サーベラスにとって唯一無二の女性以外にも示すことが出来る人が存在することを。そういう相手の望みを無視することはサーベラスにも出来ない。
ジェイクとサムエルが戦場から離れたところで、団体戦は再開。両チームがまた配置につくために動こうとし始める。
「作戦を変更します」
「そうか……新しい作戦は?」
任された。サーベラスは言葉にした通りの行動に出ようとしている。フェリックスは作戦変更をそういうことだと受け取った。
「人数差を作る方針に変わりはありませんが、最初の一人、ブリジットさんは僕が排除します。皆さんはそれまで守りに徹してください」
「……それから?」
「僕のサポートに一人。対峙する敵に必ず隙を作りますので、その隙を狙って討ってください。これを繰り返します」
一人減らして二対一の状況を作り、それによってさらに敵を減らし、数の差を広げていく。基本方針は変わらない。だが、その状況を作り出す役目を、サーベラスは自ら買って出た。
「サポートには俺が付こう。皆も良いな?」
「ええ」「了解」「分かった」
チーム成り上がりの配置を見て、それぞれ一対一の状況を作りやすい位置に立つ。最前線に立ったのはサーベラス。正面を見据えて、開始の合図を待っている。頭に被っていた兜を、それ以外の防具も全て外して。丘の上を吹く風がサーベラスの髪をなびかせている。
「……怖い、か」
その背中から感じる圧迫感。サーベラスに出会ってから初めて感じるそれによって、フェリックスはメイプルの言葉を思い出した。「彼は強気な人ではなく、怖い人よ」という言葉を。
フェリックスが感じているそれは、向かい合うクラリスたちにとっては二回目のこと。敵としてそれを感じるのは初めてのことだが。
◆◆◆
サーベラスが発する圧力を感じているのはフェリックスたち、それと対峙するクラリスたちだけではない。圧力とまでは受け取っていないが、明らかに変わったサーベラスの雰囲気に気づいた人がいる。ガスパー教官はその一人だ。
一方で何も感じることなく、怪我人が出たことで、一気に観戦への興味を失ったのはサーベラスたちよりも上の期の見習い守護兵士たち。彼らは知っているのだ。怪我人が出てしまうと、自分も同じことをしていまうことを恐れて、全体の動きが鈍くなり、対戦がつまらないものになることを。自分自身の経験によって。
「……見逃したくなければ、気を抜かないで見ているのだな」
その彼らに向かってガスパー教官は、気の抜けた観戦をしないように忠告する。自分が思っている通りの状況になれば、同じ見習い守護兵士として、しっかり見ておくべきだと考えたのだ。今、彼らにそれを言っても伝わらないと分かっていても。
「審判の配置を増やすことを提案する」
「あ、ああ……そうですね。その方が良いかもしれません」
審判役の配置を増やすことで、また怪我人が出ることを防ぐ。ガスパー教官の提案を、言われた側はこう理解した。見学しているだけだった指導教官たちが、ガスパー教官も、戦場に散っていく。対戦しているサーベラスたちにかなり近い位置だ。いざという時は指導教官が攻撃を防ぐ。その為にすぐ近くに付くことになっているのだ。ガスパー教官の目的はそれだけではないが。
審判の準備が終われば、いよいよ対戦は再開。合図の旗が振られた。
それと同時に飛び出したのはサーベラス。クラリスたちは前面に出て来たサーベラスを警戒して、オーソドックスな配置に戻している。前衛にローランドとマイク。中盤にクリフォード、その後方にクラリスとブリジットという配置だ。
そこにまっすぐに突っ込んでいくサーベラス。そのサーベラスを止めようとローランドとマイクが攻撃を仕掛けた。時間差を作って、伸びてくる霊力の剣。
「ディフェンス・ペナルティ! ワンポイント!」
審判の判定の声が響く。サーベラスが霊力の防御を展開出来なかったと判断したのだ、だが。
「お前の目は節穴か? あれは守れなかったのではない。ぎりぎりで躱したのだ」
その判定をガスパー教官が否定する。だが判定が覆されることはない。そうしている余裕がない。
マイクとローランドの攻撃をギリギリで躱し、そのまま駆け抜けていくサーベラス。それを追おうとする二人には、マーティンとスティーブが対応する。後ろを振り返ることなく前に進むサーベラス。
「行かせるか!」
その前にクリフォードが立ち塞がろうとするが。
「なっ……?」
、彼の剣の一振りはそれを軽々と飛び越えて宙を舞うサーベラスの体に触れることはなかった。空中で一回転して地面に降り立つサーベラス。そのままクリフォードに背を向けて、駆けだしていった。
「貴方の相手は私ね」
その場に残ったクリフォードの足止め役はメイプルだ。
「……すぐに終わらせる」
「そうはいかないから」
勝つためではなく負けない為の戦い。そうであれば対応できる自信がメイプルにはある。自信の有無など関係なく、全力で挑むしかないのだが。
その間に、サーベラスはブリジットに迫っていく。クラリスは足を止めようと矢を放ち続けるが、サーベラスには通用しない。矢はむなしく地面を貫き、消えていくばかりだ。
「……大人と子供だな」
サーベラスを追いかけて来たガスパー教官は、その様子を見て、呟きを漏らした。クラリスは攻撃を当てられないだけではない。サーベラスにまんまと嵌められている。それは同じようにサーベラスを追いかけてきたフェリックスが、合図らしきものを確認して、戻って行ったことでも分かる。サーベラスはフェリックスの支援は無用と判断したということだ。
クラリスの矢を避けながら、少しずつ距離を詰めていくサーベラス。
「……散っていては不利よ! 集結して!」
クリフォードはメイプルとフェリックスの二人を相手にしなければならない状況。それでクリフォードが退場となれば、次はマイクとローランドが一対二で戦わなければならなくなってしまう。今の状況は味方に不利と考えて、クラリスはチームの集結を考えた。
だがそれはサーベラスが許さない。クラリスとの距離を一気に詰めたかと思うと、一瞬で彼女の目の前から姿を消す。クラリスが気が付いた時には、彼女の後ろに隠れるようにして立っていたブリジットに詰め寄っていた。
「えっ? えっ? 何?」
その事態にブリジットはまったく反応出来ていない。自分の体に向かって伸びてくるサーベラスの手。その影を見たと思った時には、サーベラスは離れていた。
「……また同じ言葉が必要か? それとも私が判定したほうが良いのかな?」
ガスパー教官の目にはサーベラスが何をしたのかが見えていた。
「デ、ディフェンス・ペナルティ! トリプル! 赤、退場!」
もう一人の指導教官も見えなかったわけではない。見えていたが、一瞬と言えるような間で、三回の攻撃を仕掛けたサーベラスの動きに驚き、判定が遅れたのだ。三回ともにブリジットは反応できず、退場。これでチーム月の犬は一人少ない状況になった。すぐにもっと差をつけられることになる。
一度、距離を取ったサーベラスは、また間合いを測りながらクラリスに近づいていく。その足を止めようと霊力の矢を放つクラリス。味方の集結が済むまで、なんとか時間稼ぎを、というところだが、その試みが成功することはない。
「そんな……」
弓型が崩れていく。矢を放ちすぎて霊力不足を起こし、形を維持できなくなったのだ。
その瞬間、サーベラスが懐に飛び込んできた。それに気づいて防御を展開したクラリスだったが。
「あっ……」
耳に届いたガラスが割れるような音。それと同時にクラリスは自分の意識が遠のいていくのを感じた。視界がゆがみ、上下の感覚が失われていく。最後に残った感覚は、わずかな温もり。自分を包み込むサーベラスの体温だった。
小高い丘の上で二人の影が重なったその時、審判はチーム成り上がりの勝利を告げた。