月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第21話 女王の一族

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 アストリンゲント王国の救国の五家は、それぞれ領地を、キングの一族は領地というより領土だが、持っている。アストリンゲント王国建国時に国土をほぼ五等分して領地とされたのだ。その後、侵略国である隣国ノイガストフォーフ王国の軍を押し返し、領土奪回が進むにつれて、五家の領地以外も増えていくが、当初とは位置は変わっていても、今も領土の大半が救国の五家の領地となっている。アストリンゲント王国は、連邦国家のようなものなのだ。この形が、王家であるキングの一族と他の四家の間に不公平を生んでいる。他家と大きく変わらない領地で国費と自家の運営費を賄わなければならない王家は、財政が苦しくなってしまうのだ。これは、英雄王と他の四戦士の間に、もともと上下関係がなかったことを示すものだが、過去を振り返っても意味はない。今の状況が変わるわけではない。
 五家の一つ、クイーンの一族の領地はアストリンゲント王国北部にある。ノイガストフォーフ王国との国境に近い位置にあり、常に戦場になる北部だが、土地としては豊か。その土地からの税収で、クイーンの一族は自家の軍事力を高めている。富国強兵を、あくまでも他家と比較した中では、実現している一族だ。
 現当主はエイブラム=ブラッドフォード。五十代でまだまだ元気だが、今は領政の多くを息子に任せている。次のアストリンゲント国王になってくれると期待している息子、ウィルフレッド=ブラッドフォードに。

「守護兵士養成所からの報告? それをこの大事な会議の場で聞く必要あるかしら?」

 守護兵士養成所から届いた報告について話そうとする部下に、不満そうに問いかけたのはウィルフレッドではなく、その妹のステラだ。顔にかかった紫がかった黒髪を手でかけあげ、露わになって切れ長の瞳をさらに細めて、部下を睨んでいる。優れた守護戦士である、こととは関係なく、きつい性格なのだ。

「ステラ、どこからの報告であろうと情報は情報だ。必要があるから彼は報告しようとしているのだよ」

「分かりました、お兄様。では報告して」

 そのステラをたしなめたのがウィルフレッド。唯一と言っても良い、ステラが素直に言うことを聞く相手だ。

「はっ。今期入所に一名、気になる人物がいるという報告が届いております」

「気になるって……ボーンでしょ?」

「ステラ。まずは話を聞くことだ……続けて」

 苦笑いを浮かべながら、またステラを注意するウィルフレッド。彼女に文句が多いのはいつものことだが、今日は特別だ。特別、機嫌が悪いことをウィルフレッドは知っているのだ。

「入所時に行われた霊力判定では最低評価でした。最低というのは過去にない最低という意味です」

「そんなっ……それで?」

 そんなゴミの情報なんて。こう言いかけたステラだったが、今回は自分で押しとどめることが出来た。ウィルフレッドの視線に気づいたからなので、完全に自分の意思とは言えないが。

「しかしながら、知識面ではかなり優れているようで、訓練のやり方などについて、訓練中にも他の者から相談を受けているようです。指導教官よりも、その人物が選ばれていると申し上げれば、状況がお分かりになると思います」

「……なるほど。そういう話は初めて聞くね」

 背もたれに体を預けて話を聞いていたウィルフレッドが、ここで少し前のめりになった。本当の意味で、部下の報告を聞く気になったのだ。

「さらに、先頃行われた実地訓練では無傷で戻ってきました。例年、必ず死者が出る訓練で、その人物が所属するチームの死傷者はゼロです」

「……知識だけではなかったということかな?」

「恐らくは。現時点では詳細は分かっておりません。同じチームのメンバーから聞き出そうとしたのですが、なかなか口を割らないようです。把握出来たのは訓練相手は四十人ほど。前後から挟み撃ちを受けたようです」

 この報告はサーベラスのチームにはクイーンの一族と繋がりを持つチームメイトはいないことを示しているが、この情報がサーベラスに、他のメンバーにも伝わることはない。役立つことはない。

「メンバー数は?」

「七名。うち二名が戦死してもおかしくない実力で、その人物もその一人です……実地訓練がどのようなものかご存じですか?」

「いや、知らない」

 次期当主候補であるウィルフレッドが守護戦士養成所に関わることはない。そこでどのようなことが行われているかも知らない。守護戦士養成所とはその程度の場所なのだ。

「例年、各チームから訓練中に死者が出ます。養成所を出ても守護兵士として役に立たないだろうと評価される者たちです」

「……愚かなことを。王家はそんなことを許しているのか」

 許しているのは王家だけではない。他家も同じなのだが、その事実もウィルフレッドは知らない。このような状態だから、改めるべきことが改められないで続いているのだ。

「はい。変えなければならないものと思います」

 部下も、知っていても、それを伝えない。現当主を批判するような発言は出来ないのだ。王家の責任として、ウィルフレッドが国王になった時に変えれば良いと考えた。誤魔化す為だけでなく、新国王ウィルフレッドは良い改革を数多く実現する王でなければならないと思っているのだ、

「……つまり、こういうことかな? 当然そんなことは知らされていないはずの、その人物は、養成所が用意した罠を破って生き残った」

「状況からそう考えられます。しかも訓練相手の四十人という数は、他チームの倍です」

 これもサーベラスたちが知らない事実。サーベラスのチームには、他チームの倍の敵役が用意されていたのだ。

「実力を把握していて確実に殺そうとした。実力を高く評価しているのに殺す必要が? 複雑になってきたね? 素性はどこまで分かっているのかな?」

「名はサーベラス。推薦人はアンガス様。分かっているのはこれだけです」

「アンガス様? ルークの当主が推薦人に……これは最初に報告すべきだったね?」

「申し訳ございません」

 普通に考えればルークの一族の関係者。実際にそうだ。だが、だからといってサーベラスの事情が分かるわけではない。ウィルフレッドにとっては、より複雑になった。

「……入所した時に霊力判定を行ったと言ったね? その結果は信用できるものなのかな?」

「判定官が買収された様子はありません。入所後も判定通りと思われる状況が確認されております」

 判定官が異なる評価を行った可能性については、すでに考えられていて、確認も行っている。結果は白。サーベラスの霊力は判定通り、かなり劣っていると判断されている。

「霊力に関係ない部分の戦闘力か……それはあるね。でも、どうしてアンガス殿が推薦を……」

 守護戦士同士でなければ、霊力に関係なく、剣やそれ以外の技能に優れている者が強い。サーベラスもそうなのだとウィルフレッドは考えた。正しい考えだ。だが分からないのは、守護戦士ではなく、一般兵として強い人物を何故、ルークの当主が推薦したのか。その意図がウィルフレッドは分からない。

「兄上。守護兵士であれば、十人が束になってかかってきても、私が全て倒してみせます。心配することはないのではありませんか?」

 どれだけ強くても守護兵士は守護兵士。守護騎士である、その中でもかなり強い自分には敵わないとステラは思っている。彼女が驕っているわけではない。当たり前の考えだ。

「そうだけどね……ルークの後継者は確か?」

「今は未定となっております。候補者は二名。現当主であるアンガス様のご子息。そしてアンガス様の弟の息子の二人です」

「アンガス殿に弟が? 私は面識がないね」

 ウィルフレッドはアンガスの弟と会ったことがない。存在も知らなかった。

「異母弟で、公には弟を名乗っておりません」

「ああ……アンガス殿の御父上は確か……優れた守護戦士だったけどね」

 アンガスの父、ルーの祖父は他国にも名の知れた優れた守護戦士だったが、国内では別のことでも有名だ。異母弟は一人ではないのではないかとウィルフレッドが疑うくらいに、女好きとして有名だったのだ。

「我が国としては、惜しい人物をなくしました」

 我が国「としては」という言い方は意識的なもの。国としては大事な戦力を失った。だが、今もルーの祖父が生きていれば、ルークの一族は中立など宣言していない。クイーンの一族にとって戦う相手になっていたはずなのだ。

「そうだね。例の元後継者は?」

 そしてルーが大病を患わなくても同じことになっていた。

「今も昏睡状態にあるようです。ただ事実関係は確かめられません。いると思われる部屋は警戒が厳重で近づけません」

 ルークの一族は今も、サーベラスが部屋にいるかのように装っている。偽装を見破ろうにも屋敷の警戒は厳重。強行策を取るわけにもいかない。現時点では調べる方法がないのだ。

「新しい後継者候補の二人の実力はどうなのかな?」

「二人とも儀式を行っておりませんので、現時点では未知数です」

「そう……」

 また背もたれに体を預けたウィルフレッド。興味を失ったのではない。少し考えて、頭を整理しようとしているのだ。

「中立を宣言しているくせに、ルークは何を企んでいるのかしら?」

 兄のウィルフレッドが何を考えているかくらいはステラにも分かる。ルークの一族は早々に中立を宣言したが、それはまだ信用出来る段階にない。仮に中立が事実だとしてもクイーンの一族を支持しているわけではない。動向は気にしなければならない。

「現時点ではなんとも申し上げられません。中立を宣言したからといって、安全ではいられません。それが分かっていれば、色々と考えることはあると思います」

「……それもそうね。こうして私たちを悩ませることだけでも意味があるのかもしれない」

「そういうことです」

 中立でいることで、他家から侮られてはいけない。敵に回してはいけないと思わせることで、勢力を保ったまま、もしくは条件交渉で拡大させて、中立でいられるのだ。ルークの一族はただ中立を宣言するだけでなく、そういったことも考えているはず。様々な動きを見せるはずだと部下も考えている。

「……様子見だな。ルークの意図が分からない状況で、軽率な真似をするわけにはいかない」

 下手に手を出して、ルークの一族を敵に回すわけにはいかない。争いはまだ序盤も序盤なのだ。勝利に絶対の自信を持つクイーンの一族だが、自信を持つことと思い上がることは、まったくの別物。それをウィルフレッドは知っている。

(……サーベラス、サーベラス……なんだったかな?)

 とりあえずの結論を出したところで、ウィルフレッドは別のことに思考を向けている。報告にあった人物の名を最初に聞いた時から、どこかで聞いたことがあると思っていた。それを思い出そうとしているのだ。

(……思い出した。ケルベロスの別名だ。子供の頃の記憶だったか)

 思い出したのは子供の頃に読んだ本の記憶。実在の人物ではなかった。

(……地獄の番犬ケルベロス……物騒な名前だな)

 実在する人物ではなかったが、その名前が妙に気になる。地獄の番犬の名を持つその人物は何物なのか。ウィルフレッドはさらに気になるようになった。

 

 

◆◆◆

 王都にあるルークの一族、ハイウォール家の屋敷で、ミアは今も働いている。元後継者であるルークは今も昏睡状態にある。そう装う為だ。
 そういうことにされているが、それだけではない。誰もいない部屋。お世話をする人などいない部屋に毎日通うのがミアの仕事。やることなど何もない。一人で部屋にいることだけが仕事の、無為な毎日を過ごしている。これが、組織の長に逆らった罰なのだ。たった一度、拒んだだけで、これだけの罰を受けるのだ。
 しかも罰はこれだけではない。ただ罰と受け取るのは、ミアの気持ちの問題で、実際には他の女性の諜者も同じことをされている。訓練として。

「今日、長が屋敷に来る」

 朝、これを伝えられた。わざわざ伝える意味をミアは分かっている。これが初めてではないのだ。

「……もう忘れな。忘れるしかないんだよ」

 優しい先輩はこうも言ってくれた。ミアの心に残っている気持ちをその先輩は気づいているのだ。「私も忘れたいです」とミアは返した。本心からの言葉ではある。だが、こうして部屋に来ると、忘れるどころか、楽しかった日々を思い出してしまう。
 楽しかったのだ。その感情を表に出さないようにしていたが、サーベラスと過ごす日々は楽しかったのだ。「それなのにどうして」という思いが湧いてきてしまう。どうしてもっと早く、自分の気持ちに素直にならなかったのか。もっと長い時間を素直な気持ちで過ごさなかったのか。気持ちを抑え込むべきだったという思いはミアにはない。そういう思いが浮かぶのであれば、今をもっと楽にいられる。
 最初は理解出来なかった。理解しようともしなかった。無駄なあがきだと思っていた。そうであって欲しいと思っていた。報われることのない現実を、苦労知らずの御曹司も思い知れば良い。こんな風に思っていた。
 それが間違いであることには、すぐに気づけた。サーベラスが失った五年間。それがどれほど辛いことかを逆に思い知らされた。自分の五年間など、サーベラスのそれに比べれば、遥かに楽な日々。失われた年月を取り戻そうとするサーベラスの苦痛に満ちた日々を目の当たりにしていれば、そう思わないはずがなかった。

(……貴方はここにいた)

 床に膝をついて指でなでる。この部屋の床にはサーベラスの血と汗が染みこんでいる。二人の、ルーがこの想いを知れば自分もいたのにと寂しがるだろうが、年月がここに残っている。
 忘れられるはずがない。ミアには、あるはずのないサーベラスの汗の匂いさえ、感じられるのだ。

(貴方は何者なのですか?)

 サーベラスの正体をミアは知らない。誰も知らないのだ。ルーでさえ。
 ミアが知っているのは、サーベラスには自分の気持ちが何故か分かるということ。感情を殺しているはずなのに、悲しみや苦しみに気づいてくれるということ。この人だけだとミアは思ってしまった。そこまで思うほど他人を知らないのに、そう思ってしまったのだ。
 外見など気にならなくなった。その外見も、徐々にミアの気持ちを惹きつけるものに変わっていった。別れたらもう二度と会えない。そう思った時、気持ちを押さえられなくなった。諜者である自分をミアは殺した。

(……貴方は今、何をしていますか? 私はまだ生きています)

 まだ自分は生きている。死を覚悟して気持ちに素直になったのに、生かされてしまっている。サーベラスへの想いを残したまま。思い出さずにはいられないこの部屋に毎日通わされている。

(今日の一日を始めます。貴方と共に)

 自分はもうおかしくなっているのではないかとミアは思う。思い出に浸る時と罰を受ける苦痛の時間。その繰り返しで、もう気持ちが正常ではなくなっているのではないかと思う。それでもまた今日がある。この一日を過ごさなければならない。サーベラスと過ごした日々をなぞりながら。
 この部屋の床にはミアの汗が染みこんでいる。サーベラスとの時を思い出しながら、この部屋で一人、苦しい鍛錬を続けているミアの汗が。

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