月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第20話 寝る間も惜しんで頑張っています

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 実地訓練は終了した。討伐任務そのものは成功したとはいうものの戦死者三名という結果。帰還した見習い守護兵士たちは、仲間の死を目の当たりにしたことで、酷く落ち込んでいる。クラリスのチームを除いて。
 クラリスたちも同期の死には心を痛めている。だが自分たちは戦死者ゼロ。一人も仲間を失うことなく戻って来られた。それを喜ぶ気持ちもあるのだ。実際の感情はもっと複雑だが、落ち込みという点では、他のチームに比べると軽い状態だ。

「だからといって、すぐに訓練を始められるものなのか?」

 実地訓練から戻って来た翌日には、普通に鍛錬を始めているサーベラス。養成所としては、実地訓練後は三日間を休みにしている。そんな中、一人で鍛錬を行っているサーベラスにガスパー教官は、驚くよりも呆れている。

「それは人殺しの罪悪感からは立ち直ったのかという意味ですか?」

「ああ、そうだ」

「僕は平気みたいです。こういうことを言うと、僕だけ人でなしみたいに思われるかもしれませんけど、他にもいますから。他の人は、休ませてくれるのなら休もうって思っているだけです」

 罪悪感から立ち直った、そもそもそんなに酷くなかった見習い守護兵士はサーベラス以外にもいる。理由は様々だ。人よりも精神が強い人もいれば、罪悪感を覚えなかった人もいる。人殺しを喜ぶような人物でなくても、正義のためであればと割り切れる人はいるのだ。

「休めるならか……」

「どうして殺さなければならなかったのですか?」

「……気づいていたか。そうだろうな……他言は無用。約束出来るか?」

 自分が話さなくてもサーベラスはおおよその事情は分かっている。そうであれば、自分が話すことで、他の見習い守護兵士には秘密にさせるほうが良いとガスパー教官は考えた。

「最初から話すつもりはありません」

「そうか……守護兵士として、まったく役に立たなくても、どこかの家が引き取らなくてはならない。戦場に出したその日に戦死してしまうような実力だとしても」

「初戦で戦死してくれる人はまだマシ、ですか?」

 役立たずの面倒は見たくない。そういう人物に金も時間も使いたくない。簡単に言うと、こういうことだ。

「そういうことだ。どうせなら初戦を待つまでもなく、養成所で戦死してもらえれば負担はさらに少なくなる。だが、ただ殺すのは忍びない。少しは役に立ってもらおうと考えられた」

「何の役に立つのでしょう?」

「生き残った者たちは、仲間の死を乗り越えて成長する」

「それを考えた人は馬鹿ですか? 頭がお花畑なのですか?」

 もともと人の死に対して無感情なサーベラスでも、この考えはあり得ないと思った。無感情だから尚更なのかもしれない。仲間の死で人は成長しない。そんなことがあろうとなかろうと、やるべきことは同じだとサーベラスは考えているのだ。

「頭が花畑は面白い表現だな?」

「それが事実なら、戦争に負け続けている国は、もの凄い強国になります。もの凄い強国になって他国を侵略し、今度は侵略された国が強国になります。だから百年戦争が続いているとでも思っているのですか?」

「なるほど。次にこういうことを言う者がいたら、その理屈を使わせてもらおう」

 ガスパー教官も馬鹿な考えだと思っている。兵士の死を良しとする軍など間違っていると思っている。

「もうひとつ聞きたいことがありました。山賊役の人たちはどこから連れて来たのですか?」

 戦死者は三人ではない。サーベラスが知るだけで、他に四十人が死んでいる。他のチームも同じ数が投入されたのであれば、百二十人がこの下らない訓練で殺されたことになる。

「犯罪者や捕虜だ」

「代償はなんですか?」

「自由」

 訓練での役割を全うし、生き残ることが出来れば自由。これが山賊役となった人たちに約束されていたこと。

「……今まで気づいた人はいなかったのですか?」

 この事実は知られてはいけないだろうとサーベラスは思った。これを知れば、人殺しの罪悪感が何倍にも膨れ上がることになるだろうと。だが、自分だけが気づけたなどとサーベラスは自惚れていない。他にも気が付いた人はいるはずだと思っている。

「いただろうな。だがこれを告発してどうなる? 将来が閉ざされるだけだ。気づける者はそこまで頭が回るのだろう」

「確かにそうですね」

 この養成所を運営しているのは王家を含めた、この国の有力家五家。その五家に不利益をもたらすような人物に将来はない。命を絶たれる可能性もある。そんな危険を犯してまで、告発する人などいないだろうとサーベラスも思った。

「間違いが間違いとされて正されない。一番の問題はこれだ」

 おかしな考えだと思うのは、この二人だけではない。他にも大勢いる。大勢いるのにそれが正されない。正そうとしても意見がまとまらない。正しいことを為すことよりも、優先されるものがある。これがこの国の最大の問題だとガスパー教官は考えている。

「……正されるようになる時は来るのですか?」

 サーベラスは少し踏み込んだ質問を行った。ガスパー教官の考えを聞いてみたいと思ったのだ。

「……その日が来ることを望んでいる」

「そうですか……」

 予想していたよりも曖昧な答え。それも仕方がないとサーベラスは思った。こうして二人で話をしていても、お互いに隠していることがある。踏み込ませない領域がある。

「……お前はどうする?」

 今度はガスパー教官が少し踏み込んできた。サーベラスはどこまで分かっているのか、分かっていたとして、どうするつもりなのかを知りたいのだ。

「……僕にはやらなければならないことがあります。それは極めて個人的なことです」

「そうか……」

 嘘ではない。サーベラスが最優先にしているのは体をルーに返すこと。その方法を見つけること。その日が来るまで、ルーの体を守ることだ。これは個人的なことで、王国の情勢など関係ない。王国の情勢がそうであることを許している間は。

 

 

◆◆◆

 サーベラスを除くチームのメンバーは鍛錬を休んでいる。まったく何もしていないわけではないが、いつもに比べれば、体をほぐす程度のもの。鍛えるというより、衰えないようにする為の軽い運動だ。
 人を殺した罪悪感が休んでいる理由の全てではない。そうであるメンバーもいるが、クラリスとクリフォードは確実に違う。二人には他にとらわれていることがあるのだ。

「……強かった。霊力なんて関係なく、強かった」

 たまたま食堂でばったりと会った二人は、それについて話をしている。サーベラスのことだ。

「ああ、そうだな。評価以上に実力があるのは分かっていたが、あれほどとは」

「そうだったのですか?」

 クラリスはクリフォードほど、サーベラスの実力を高く見ていなかった。知識や見識は認めているが、それと個人の強弱は別だと考えていたのだ。

「そうだったのですか、って。近くにいて分からなかったのか?」

 リーダーと副官という関係であるクラリスとサーベラスは、他のメンバーよりも、一緒にいることが多い。クリフォードも副官なのだが、クラリスはサーベラスに相談することが多いので、そうなってしまうのだ。

「話を聞くばかりで、実力を試そうとしたことがなくて」

「訓練の様子を見ていれば分かりそうなものだがな。あいつはいつも考えながら訓練を行っている。目指すものがあって、それに達するにはどうするのが最善かを考えているのだと俺は思っている」

 サーベラスは常に考え事をしている。ルーと会話をしているのだが、考えていることは間違いではない。今この時点で、この訓練で、どういう成果を得るか。常にルーと相談しながら訓練を行っているのだ。

「クリフォードは良く見ていますね?」

「……あんな奴に負けたくないからな」

「そこまで……いえ、そうですね。いつまでも入所の時の判定にとらわれているのは間違いです」

 クラリスはずっとそれにとらわれていた。自分が宿霊者であるということ、霊力の強弱へのこだわりが判定結果が全てだと思わせてしまっていたのだ。

「総合力ということなのだろうと思う」

「霊力は弱くても、他でそれを補っているのですね?」

「補う……その表現は正しいのだろうか? 俺自身、上手く考えがまとまっていないので、上手く説明出来ないのだが……」

 補うという表現は、霊力を主とした考え。クリフォードが疑問に感じているのは、簡単にすると、そういうことだ。守護戦士の評価は霊力の強弱が全て。それで騎士と兵士に分けられ、分けられたあとも上下が決められる。その評価に対して、サーベラスの戦いを見て、違和感を覚えているのだ。

「……私には分かりません。分かっているのは、サーベラスは思っていたよりも、遥かに強いということだけです」

 幼い頃から守護戦士の価値観を教え込まれてきたクラリスには、クリフォードのような感覚がない。霊力が強い守護霊を宿した者が優れた戦士。サーベラスの強さを思い知っても、この考えを否定する気持ちにはなれない。

「そして、この先、さらに強くなる」

「なるのですか?」

 霊力が定める限界。クラリスはこれがあると考えている。他で補っても、それにも限界があると。

「分からない。ただ、少なくともサーベラスは、もっと強くなろうとしている」

 サーベラスはもっと上を見ている。だからこそ、訓練の受け方でも他の人が行わない工夫を行っている。周りもそれに気づき、見習うようになっているが、さらにその上をサーベラスは行っているとクリフォードは考えている。

「では私たちも同じ努力を続けなくてはなりません」

「……ああ、そうだな」

 サーベラスに負けない努力。クラリスはそう言うが、はたしてそれが可能なのかとクリフォードは思ってしまう。やらなければならないのは分かっている。やる気もある。だが、何をどうすれば良いのか。自分たちは今まで、それをサーベラスに頼り切りだったのだ。教えられるだけの側が、教える側を越えられるのかとクリフォードは疑問に思う。

 

 

◆◆◆

 教えられるだけの側が教える側を越えられるのか。このクリフォードの疑問の答えが出るのは、まだ先の話だ。努力の結果は一朝一夕で出るものではない。しかも努力にこれで終わりというゴールはない。成果が出る出ないに関係なく、続けることは出来る。ずっと成果が出なくても、突然、壁を越えられることもある。答えは出ないのかもしれない。
 ただ一つだけ明らかにクリフォードたちが、サーベラスに比べて、不利な点がある。ルーの存在だ。

(……う~ん。どうすればあんなに速く判断できるのかな?)

 実地訓練でのサーベラスの戦いは、ルーにも衝撃を与えていた。その時の戦闘は、霊力で武器型を作ること以外は全て、サーベラスが単独で行っている。ルーの出る幕はなかったのだ。
 自分ではまったく追いつけないサーベラスの動き。それをルーは目の当たりにし、自分との差を思い知って、落ち込んでいるのだ。

(目で見て、頭で考えていては遅い。目はともかく、頭で判断しては遅いは相変わらずの課題だな)

 以前、サーベラスに教わったことを思い出し、どこに問題点があるのかを考えてみる。それはすぐに見つかった。サーベラスの動きは考えて出来る動きではない。反射的と表現するようなものなのだ。

(体のない僕でも反射的に動けるのかな? 動けるのかではなくて、動かすのか……だから、どうやって?)

 考えてもすぐには答えは出ない。それでもルーは考え続ける。鍛錬の間、常にサーベラスは様々なことを考えている。それを誰よりも知っているのはルーなのだ。

(……もう一回、なぞってみよう)

 考えて分からなければ実践。といっても実際に敵がいるわけではなく、サーベラスも戦うわけではない。ルーが自分の意識の中で、実地訓練の時のサーベラスの動きをなぞるのだ。
 これを行うのは初めてではない。頭で考えるのも経験。こうサーベラスに教えられてから毎日、ルーはその日の訓練の復習を行うようにしている。

(………………遅れた)

 意識の中でなぞっても遅れてしまう。これは悪いことではない。現実と限りなく近い形で、ルーはシミュレーションが出来ているということだ。

(もう一回)

 何度も何度もシミュレーションを繰り返す。上手く出来ていないところは特に。そうして、どこに問題があるのかを考えてみる。修正点が分かれば、それを直して、同じところを繰り返す。何度も何度も、出来るまで。

(…………駄目か)

 だが実地訓練に対するそれは、これまでとは比較にならないほど難しい。訓練のシミュレーションを行うのとはまったく違っている。訓練の時に見ているのは指導教官の、それも手加減された動きだ。サーベラスの全力にはまったく及ばないのだ。

(……動きをなぞれないのではなく、見えていないのでは?)

(あっ、起こした? ごめん)

 当日の復習はサーベラスが寝ている間に行われている。死んで霊になっているルーに睡眠は必要ないのだ。

(大丈夫。もともと睡眠は少なくて平気な体質だ。体が出来てきて、疲れも残らないようになった。鍛錬の時間増やしても良いかも)

 サーベラスは数日寝なくても動けるように訓練している。前世での話だ。だがルーの、それもこれ以上ないほど衰弱した体になり、そうはいかなくなった。しっかり寝なくては翌日、動くことも出来なかったのだ。だが何年もかけて体を鍛え、すでに人並以上になっている。そこまで回復、というより、一から鍛え直したのだ。

(それは良いことだけど、無理はしないで)

 骨と皮だけになった自分の体を知っているルーは、大丈夫だと分かっていても、これを言わずにはいられない。常に無理をしているサーベラスをずっと見てきたのだ。

(分かっている。徐々に慣らしていく。今はまだ訓練だからな)

(……そうだね)

 養成所を出るまでは訓練期間。卒業する時に目指す状態にすることが目標で、途中で意味なく無理をするつもりはない。あくまでもサーベラスの基準での無理なので、ルーはちょっと違うと思っているが。

(さっきの話。なぞれないのは相手の動きを全て見てなかったからじゃないか?)

(サーベラスの動きじゃなくて、相手の動き…………ああ、そうかも)

 サーベラスの動きばかりに意識が向いていて、相手の動きを考えていなかった。それに気づいて、またシミュレーションしてみれば、相手が消えている場面がいくつもある。相手の動きにサーベラスは反応している。基となる相手の動きが分からなければ、サーベラスの動きも分からない。

(どう表現すれば良いのかな? 視野だと目の意識になるし)

(言いたいことは分かる。もっと広い範囲を、漏れなく把握することだね? 色々、試してみないと)

 ルーはまた新しい課題を見つけ、それに取り組むことになった。他の見習い守護兵士が寝ている間も、サーベラスとルーは成長していく。歩みは速くなくても確実に。これが他の人たちには真似できないサーベラスたちの強み。彼らの成長はわずかな時間も止まることがないのだ。

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