月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第14話 鬼教官にしごかれています

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 指導教官は日替わり、もしくは一日の中でも何人かに代わることになるのが通常。だが、実習に限ってだが、サーベラスたちのチームを担当する指導教官は、ガスパー教官が専任となっている。公式に決められたものではない。その時間になるとやってきて、問答無用で指導を始めるのだ。
 ガスパー教官の目的がサーベラスであることは明らか。だがサーベラスをどうすることが目的なのかまでは分からない。指導教官であるのだから、鍛えることが目的であるはずなのが、そう思えないのだ。

「ぐふっ……」

 腹部に剣の直撃を受けて、苦しそうにしながら、その場にうずくまっていくサーベラス。

「……次だ。早く立て」

 そのサーベラスに立ち上がるように命じるガスパー教官。こんなことが、今日だけで、もう何度も繰り返されている。指導ではなく虐め。周囲で見ている人たちがそう思ってしまうような厳しさだ。

「もう止めてください! このような仕打ちはあんまりです!」

 とうとう我慢できなくなったクラリスが声をあげた。クラリスの性格を知る人たちにとっては、よくここまで我慢していた、と思うタイミングだ。

「……何故、止める? ここは守護兵士の養成所で、私は指導教官だ。見習いを指導するのが私の仕事だ」

「しごきと指導は違うと思います!」

「では、しごくのが私の仕事だと言い換えよう」

 ガスパー教官にはクラリスの抗議を受け入れる様子がまったくない。見習い守護兵士の抗議を指導教官が受け入れるほうが普通ではないのだが、サーベラスに対する仕打ちを見ている他の見習い守護兵士たちの多くも、クラリスの抗議は当然のものと考えている。非はガスパー教官にあると。ガスパー教官の態度には不満を覚えていた。

「開き直るのですか?」

「私は何を開き直っているのだ? 私が果たすべき役目は、君たち素人を守護兵士と呼べるくらいには育てること。その為に必要であれば、訓練でもしごきでも何でも行う。それを止める時はそれが必要なくなった時で、今ではない」

「しごきで人は育ちません」

 ガスパー教官の説明は自分の非を認めない為の屁理屈。クラリスはそう受け取っている。引き下がるつもりにはなれない。

「……君には私の行為が理不尽に思えるのかもしれないが、ここを出て、君たちが向かう戦場はこれより遥かに理不尽な世界だ。私の行為を受け入れられないというのであれば、君も守護兵士には不適格ということだな」

「そんな……」

 納得はしていない。だが、指導教官から守護兵士になる資格がないとまで言われると、クラリスもこれ以上の抗議を躊躇ってしまう。屁理屈で駄目なら脅し。ガスパー教官はこう考えたのだと受け取ったのだ。

「……それに……本人に止める気はないようだ」

「えっ……? サーベラス?」

 サーベラスはすでに立ち上がり、会話が終わるのを退屈そうにして待っている。実際に退屈しているわけではなく、周囲にそう見えるというだけだ。

(もう無理だよ。僕には出来ない)

(そんなの分かっている。これは出来るようになる為の鍛錬で、今日始めたばかりだ)

 サーベラスの意識は泣き言を繰り返すルーに向いている。サーベラスにとって今日の実習は、自分ではなくルーの為のもの。本人をやる気にさせる為に、説得している最中だ。

(そうだけど……せめて、サーベラスが指示を出してよ)

(それだと、どうしても間が出来る。ルーが自分で判断して、自分で動くほうが速い)

(だから、それが出来ない。これ以上、自分のせいでサーベラスが傷つくのは辛いよ)

 昨日まではサーベラスが剣の軌道を見て、打撃を受ける場所を予測して、ルーに指示を出していた。そのやり方を変えることにしたのだ。ルーが自分で相手の攻撃場所を予測し、防ぐ形に。
 そのほうが速い。ルーの判断が、サーベラスのそれに並ぶくらいに速く出来るようになれば。だが今のルーはサーベラスに遠く及ばない。ほぼ無防備で攻撃を受けることになっている。

(勘違いするな。ルーが守るのは自分の体だ。傷ついて困るのは俺ではなく、ルー自身だ)

(でも痛い思いをするのはサーベラスだ)

(ルーが気にするほどじゃない。事実、俺はこうして立っている。まだ戦える)

 この程度の痛みで行動不能になるサーベラスではない。比べものにならない大怪我をしても、痛みを無視して動けるようでなくてはならない。そういう身だったのだ。

(……でも)

(そんなこと気にしている暇があったら、何が悪いかを考えろ。何故、軌道を読めないのか)

(読む前にサーベラスが打たれてる)

 とにかく遅い。これが全てだとルーは考えている。

(……頭で考えているからじゃないか? ルーはない目で見ようとし、ない頭で考えようとしている。体に戻った時も見ることはあっても、頭で考える必要はない)

 この訓練を行おうと決めた理由は、ただ反応速度を上げるということではなく、ルーが体に戻ったあとのことも考えてのこと。そうなった後もルーに戦う力を残す為だ。

(ない目で……確かに)

 相手の動きを目で見ようと考えていることがそもそも間違い。霊となったルーに目はない。目で見ているわけではないのだ。

(教官も霊力を使っている。それを感じるようにするのが良いと思う。まずは教官の剣の先にある霊力だけに集中することかな?)

(そうか……僕は何を見るかも決めていなかったね?)

 ガスパー教官の動きを見る。ではガスパー教官のどのような動きを見るのか。それを意識していなかったことにルーは気が付いた。剣を防ぐであれば剣の、それも体に当たる部分の動きを見ていなくてはならない。サーベラスの言葉でそれを知った。
 サーベラスが求めているのはそれ以上なのだが、それは今出来ていないことが出来るようになってからだ。

「……始めて良いのか?」

「あ、ああ、どうぞ」

 ガスパー教官に催促されて、サーベラスとルーは話し合いを止めて、戦闘体勢に入る。

(剣の先、剣の先……)

 ガスパー教官が持つ剣の先に意識を集中させるルー。周囲に沢山ある霊力の気配が煩わしい。

(……とりあえず、邪魔な気配を遮断してみたらどうだ? 対象を特定できないと話にならない)

(……分かった)

 サーベラスの助言の通り、周囲にいる霊力の気配から意識を離していく。集中するのはガスパー教官の霊力に対して。そこからさらに対象を絞っていく。霊力の軌跡。それを追ってルーは動く。
 ガラスが割れたような音が、周囲に響いた気がした。実際に音はしていない。それが聞こえたのはルーとサーベラス、そしてガスパー教官だけだ。

「……なるほど。別の者に代われ。お嬢ちゃんが良いだろうな」

「分かりました」

 今日の訓練は、しごきは、これで終わり。サーベラスは物足りないが、指導教官を独占するわけにはいかない。独占したくてもガスパー教官が許さない。

(……平気か?)

(痛い。それに、なんか、ごっそり持って行かれた気がした。だるさも感じる。気のせいだろうけど)

(……霊力が減ったってことか。痛みは気のせいかな?)

 ルーはガスパー教官の攻撃を防いでみせた。展開した守りは吹き飛んだので守りきれたとは言えないが、サーベラスが傷つくことにはならなかった。まずは一歩前進だ。

(へへ、痛かった)

(なんだ? ルーは痛みに快感を覚える性質なのか?)

(何それ? そんな人いな……いるんだ……でも違うから。サーベラスが感じていた痛みの一部でも知ることが出来たかなと思って)

 攻撃を防げたというのが、ルーが喜んでいる一番の理由だが、サーベラスと痛みを共有出来たという喜びもある。身を挺してサーベラスを守ったような気がして、それがなんだか嬉しいのだ。

(完璧に防げると減りは少ないのかな? どれくらいで回復するのかも重要だな。それが分かったら分かったで、色々考えることはあるな)

 サーベラスは一歩前進したことが嬉しい。それにより新たな疑問が生まれ、それを知る為に頭を使う。答えを得られれば、また前に進める。こういう繰り返しが楽しくて仕方がない。自分で考え、自分の意思で鍛え、強くなる。それが出来ることが楽しいのだ。
 この日から二人は次のステージに進む。それを達成出来れば、また次へ。自分たちの成長に満足するこなどないのだから。

 

 

◆◆◆

 夕食の時間。食堂は以前よりも騒がしくなっている。座学と基礎体力作りばかりの毎日から、今は実戦的な、といってもまだまだ基礎なのだが、訓練に費やす時間が増えてきている。見習い守護兵士たちにとっては、辛いこともあるが、自分の成長が日々実感できる楽しい時期だ。チーム内でどうすれば強くなれるかを、それ以外のことについても議論することが多くなっているのだ。
 それはクラリスたちのチームも同じ。始めはぎくしゃくしていた関係も、完全ではないが、それなりにチーム意識を持つようになったのだ。今日の訓練について振り返りを行っているクラリスたち。最初の話題は、サーベラスのことだ。

「集約、ですか?」

「そう」

 今日の訓練で、サーベラスは最後にガスパー教官の攻撃を防いで見せた。それまでまったく防ぐことが出来なかったサーベラスが完璧に受け止めて見せた。本人は完璧とはまったく思っていないのだが、彼がダメージを受けた様子もなく立っていたので、クラリスたちはそう思っているのだ。

「その集約というのはどういうことですか?」

 何故それが「どうしてガスパー教官の攻撃を防げたのか?」の答えになるのか、クラリスには分からない。分からないのはクラリスだけではない。答えたサーベラス以外は誰も分かっていない。その単語から理解出来るような霊力の扱いを誰もしていないということだ。

「霊力を集中させること。それでも指導教官に木っ端みじんにされたけどね?」

「それは……霊力を広く展開するのではなく、逆に狭めたということですか?」

「そういうことかな? 多分それで合ってる」

 別にサーベラスは手の内を隠そうとしているわけではない。集約という単語だけでクラリスは、他のチームメイトたちも理解出来ていないようなので、どう説明すれば良いか考えていただけだ。実際にそれを行ったルーのイメージを確認しながら。

「それを行うと、どうなるのですか?」

「それ聞く必要ありますか?」

 どうなるかはすでに結果が示している。サーベラスの体に、ガスパー教官の剣は届いていないのだ。

「頑丈になる、のですね……どうすればそれが出来るのでしょう?」

「どうすれば? クラリスさんは霊力を弓の形に出来るのに、盾を小さくは出来ないのかな? そんなことないよね?」

 結局は霊力を武器に変換しているだけ。攻撃する武器ではなく守る為の盾にしているだけだ。頑丈さはそれに使う霊力の量。クラリスは霊力を弓矢に変換している。それで遠距離の敵を貫くことが出来ているのだとすれば、それは集約、圧縮という言葉のほうがイメージしやすいのかもしれないが、出来ているということだ。

「……イメージは出来ました。あとは実際に出来るかです」

 サーベラスの問いを受けて、クラリスは具体的にイメージをすることが出来た。彼女の場合は、矢ではなく盾に変換させれば良いだけ。矢にしている段階ですでに霊力はある程度、圧縮されているのだ。

「分からん。武器は大きいほうが良いのではないのか?」

 クリフォードはそうはいかなかった。彼は大きな武器を作ったほうが強いと思っている。小さくすることで強くなるという理屈を完全に受け入れられていない。それではイメージは固まらない。

「やり方によっては果物ナイフのほうが強いってこと」

「なんだと!?」

「クリフォード、静かにしてください。サーベラスも挑発しないで」

 喧嘩になりそうなところを、すかさずクラリスは止めに入る。もっとサーベラスの話を聞きたいのだ。喧嘩になって、そのまま解散なんてことになっては困る。

「私も全然、分からない。もう少し分かりやすく説明出来ない?」

 他の人たちもサーベラスの話を聞きたい。ブリジットは自分と同じどころか下の判定をされたサーベラスが驚くべき力を発揮したと考えて、その技に強い興味を持っていた。

「分かりやすく……ああ、じゃあ……これ食べて」

「……はっ? 何故、俺がお前の食事を食べなければならない?」

 防御の仕方を教えるのに、何故、自分がサーベラスの分のスープを飲まなければならないか、クリフォードには分からない。普通は分からない。

「君のほうが食べるの速そうだから。ブリジットさんに説明する為だから」

「……良く分からないが……食べれば良いのだな?」

 クリフォードもサーベラスの説明を聞きたい。必要だというのであれば、言われた通りに食べようと思った。

「やっぱり良いや。コップで説明しよう」

「おい? お前、俺をからかっただろ?」

「いいえ。コップのほうが説明しやすいかと思っただけ。じゃあ、始める」

 と言ってサーベラスは意味の分からない行動に出た。コップに入っていた水をスープの皿に入れてしまったのだ。当然、中のスープは冷たくなり、美味しくもなくなるはず。見ている人たちにはそれに何の意味があるのか、さっぱり分からない。

「空になったコップに水を入れていく」

 今度は空になったコップにまた水を注いでいく。ゆっくりと、こぼれないギリギリのところまで。

「器に入るだけの水を入れる。このイメージだと理解出来ません」

 この言葉でちゃんとサーベラスは説明しようとしているのだと皆にも分かった。だが、これだけでは何を言いたいのか分からない。サーベラスの説明はまだ途中なのだ。
 水が一杯に注がれたコップを手に持ち、スープ皿の上に持っていって、さらに水を注ぐ。当然、水はこぼれ、スープ皿に落ちていく。

「次は……紙のほうが分かりやすそうだけど、勿体ないからタオルで。水ではなくタオルをコップに入れる」

 またグラスの中の水を全てスープ皿に入れ、結果、スープのほうがこぼれそうになっているがそれには構わず、サーベラスは一度広げたタオルを、小さくたたんでコップに入れる。はみ出たところは無理やり押し込んで。

「紙だと分かりやすく固くなるのですけど、実際にやらなくても分かりますよね?」

 紙をコップの中に同じように押し込んでいけば、柔らかい紙も固くなる。それは実際に見なくても、皆が頭の中で分かることだ。

「……伝えたいことは分かった。でも方法がイメージ出来ない」

「そうですね……たとえば、霊力で器を作るのではなく、イメージした器に霊力を詰め込んでいくイメージとか?」

「霊力で器……武器の型ね。型ではなく、その中身が霊力。沢山つめればそれだけ固くなる……なるほど。分かりやすいわ」

 サーベラスの表現はブリジットにもイメージ出来るものだった。考え方でイメージが変わったのだ。

「霊力の少ない僕とブリジットさんは、イメージする器を小さくしないと詰め込んだことにならないということです」

「……でも、その分、防げる範囲は小さくなるか。実際にやるには勇気がいるわね?」

 サーベラスは突然、攻撃を防げるようになったのではない。何度も試みて、最後に成功しただけ。成功したところで、ガスパー教官が終わりにしただけだとブリジットは、他の人たちも思った。実際にそうだ。ただそれをたまたま上手く行っただけ、と思うのは間違い。皆の考えが間違っていても、それを正す義務はサーベラスにはないが。

「さてと……おかわり貰えるかな? 頼んでみないと分からないか」

 駄目にしてしまったスープを新しいものに変えてもらう為にサーベラスは席を立つ。

(……どうだった?)

(ごめん。はっきりとは分からない。でも……本当に毒が入っていたの?)

 サーベラスがスープを駄目にしたのはわざと。毒が入っていて、飲めないと判断したからだ。

(絶対にそうだとは言えない。でも……匂いが怪しい。俺は一度、同じ匂いを嗅いだことがある)

(そうなの?)

 それはつまり、サーベラスは以前、毒をもられたことがあるということだ。驚くべき話だが、ルーの反応はそれほどでもない。そういうことがあっても、おかしくはない。サーベラスに対して、こんな風に思うようになっているのだ。

(ただ、俺の命を狙う動機が分からない。怪しいと思ったクリフォードは白みたいだから、ただの間違いの可能性もある)

 サーベラスがクリフォードにスープを飲ませようと思ったのは、犯人か確かめる為。だが、クリフォードは文句を言いながらも飲もうとした。解毒剤を持っている可能性もあるが、まったく動揺した雰囲気がなかった。
 では他の誰かかと考え、ルーに様子を観察させていたのだが、気になる人は見つからなかったのだ。

(間違いじゃないかな? 僕はそう思うけど)

 犯人候補にはクラリスもいる。彼女がそんな真似をするはずがない、とルーは思いたい。彼女だけでなく、他の同期も疑いたくないのだ。

(間違いなら間違いで良い。でも油断はしないでおこう)

(分かった)

 サーベラスにはひとつだけ思いついた動機がある。だがそれを今、ルーに伝えることは止めておいた。証拠も何もない状況で伝えるべきではないと考えたのだ。もし、考えている通りであれば、いずれはっきりとした証拠を手に入れることも出来る。その時で良いと。サーベラスも自分の考えが間違いであって欲しいのだ。

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