午前中の講義内容が大きく変わった。座学から実習形式になったのだ。今、行っているのは霊力の制御。基本これがずっと続くことになる。霊力の制御にも段階がある。一日二日どころか、半年続けても、完璧と言えるようなものにはならないのだ。
まずは霊力を武器にすることから。この最初の段階で、同期の間に実力差が生まれている。きちんと武器の型に出来る者とまったく形にならない者。これは才能というより経験の差だ。多くの同期はそれを認めないが。
優等生は、サーベラスと同じチームでは、クラリスとマイク、そしてローランドの三人だ。クラリスはもっとも難しいと言われている弓の型。マイクとローランドの二人は剣だが、しっかりと形になっている。二人よりも判定では上だったクリフォードが上手く形に出来ていないというのに。
三人とも王都にあった特殊幼年学校に通っていた。だからといって、そこで身につけたとは限らないとサーベラスは考えている。
(彼らはいつ守護霊を宿したのだろうな?)
(ああ、それ聞いていないね?)
クラリスたち、だけでなく、他の同期もいつ、どのような形で守護霊を宿したのか。守護霊を宿すには、ルーの場合は例外として、儀式が必要だ。その儀式は誰が執り行ったのかが、サーベラスは気になった。その誰かと、彼らが仕えているかもしれない相手は同じではないかと考えたのだ。
(聞きにくいからな。それを知らない俺はどうやったのかと疑問に思われるのは間違いない)
(確かに……)
(養成所なんてものがあるのだから、制度があるのだろうけど……面倒だな。ここにある情報は全て誰かの頭の中だ。密かに調べることが出来ない)
王都の屋敷にいた時は、城内の書庫に忍び込むなどして、情報を手に入れていた。だが養成所には書庫など、おそらくはない。誰かに聞いて、情報を得るしかないのだ。
(お城までは行けないからね?)
(行けると便利なのにな)
本体と守護霊は大きく距離を取ることが出来る。だがさすがに徒歩で三日の距離は無理だった。実際に試してみて、無理だと分かったのだ。
「君! 次は君の番だ!」
「あっ、はい!」
考え事をしている、ように周囲には見えるが、ルーと会話している間にサーベラスの番が来た。順番に指導教官に出来を見てもらう、まったく出来ていなければ、教えてもらうことになっているのだ。
「では、やってみて」
「はい……」
指導教官に「やってみて」と言われても、実際にそれを行うのはルーだ。
「……上手く出来ないのかな?」
武器の形を作るどころか、霊力も表に出てきていない。指導教官の冷たい目がサーベラスに向けられた。
「もう少し、お待ちください」
(……何、作るの?)
(剣だろ? それが無難だ)
(分かった)
霊力を剣型に変更する。サーベラスと相談して、それを決め、試みたルーであったが。
「……それは……果物ナイフかな?」
「……そんな感じです」
「練習を続けなさい」
出来上がったのは、かろうじて指よりは少し長いかな、くらいの剣、ではなくナイフだった。周囲で見ていた同期たちから笑いが起こる。形に出来ない同期たちも「果物ナイフよりはマシ」だと思っているのだ。
(……ごめん。上手くイメージできなくて)
(えっ? ああ、謝る必要ないから。多分、俺のせいだ。俺がもっと具体的な形を伝えるべきだった)
(でも剣って……)
サーベラスは剣を作るように伝えてきた。伝えられたのに、それを形に出来なかった自分の失敗だとルーは思っている。サーベラスは自分を慰める為に、自分のせいだと言っているのだと。
(……練習しろって言われたから、もう一度試してみるか?)
(そうだね。練習しないと)
(長さはさっきの倍くらいで良い。幅と厚みはもっと欲しいな。三角形で両刃。出来れば両手に持ちたい)
さきほどとは異なり、細かくルーに指示するサーベラス。サーベラスの頭の中には、かなり具体的な武器のイメージがあるのだ。
(……以前、使っていた?)
(……そう。そのほうがイメージしやすいと思って)
サーベラスが考えている武器は前世で使っていたもの。ルーもとっくに分かっていたことだが、前世でサーベラスは戦う仕事についていた。騎士か兵士か、それ以外か、とにかく戦う術を持つ仕事だ。
(どう? やっぱり、短過ぎるかな?)
サーベラスが伝わってきたイメージそのままに、武器の形を作ろうとしたルー。自分で考える必要などないのだ。この点は、他の守護霊と同じだ。ただ、まったく同じに出来たわけではない。サーベラスの頭の中にあったものよりも、明らかに小さい。
(そうだな。もう少し長いほうが良い。ただそれよりも……当たり前だけど、重みがないのか)
サーベラスには大きさよりも、重さがないことのほうが不満だった。腕を振ってみても頭の中にある感覚と大きくずれていて、しっくりこないのだ。
(実際の武器を作って、それと重ねるか……柄だけでも同じかもしれないな)
感覚と実際を合わせるにはどうすれば良いか。それをサーベラスは考え始めている。彼にとっては大切なことだ。以前のようには体は動かない。だからといって、今のレベルに合わせるつもりはない。かつての力を否定しながらも、それを求めているのだ。
「おい。お前、本気で果物ナイフで戦うつもりか?」
そこにクリフォードがやってきて、絡んできた。
「煩い」
「煩いとは何だ!?」
「煩いから煩いって言っている。武器の大小なんてどうでも良い。なんであろうと首を斬られれば人は死ぬ。大切なのは急所に刃を当てられるかどうかだ」
考え事を邪魔された苛立ちから、少し素を表に出したサーベラス。本人はクリフォードを黙らせる為に「ほんの少し」だけ素をだして反論したつもりなのだが。
「……お前」
クリフォードはそう受け取らなかった。痩せて小柄な、見方によっては女性的な顔立ちのサーベラスは戦いに向いていない。その思いと、今、サーベラスが口に出した言葉にギャップを感じている。
「……君こそ、ちゃんと出来ているの? 果物ナイフだとしても斬れるものになっている僕のほうがマシじゃない?」
そのクリフォードの反応を見て、サーベラスは雰囲気を改める。クリフォードはこの程度でも驚くという情報を頭の中で書き換えると同時に。
「馬鹿にするな。ちゃんと形になっている。お前よりもはるかに大きいからな」
「大きいだけじゃなくて? 大きくてもフニャフニャじゃあ役に立たない。固くないと」
「ば、馬鹿かお前は!? 冗談でもそういうことを言うんじゃない!」
これを言うクリフォードの頭の中には妄想が膨らんでいる。戦闘とはまったく関係のない妄想だ。
「そういうこと? そういうことって何?」
「……もう良い」
サーベラスにからかわれているのだと受け取ったクリフォード。霊力で作る武器の話を続けることなく、この場を離れて行った。
(……良く分からないけど、とりあえず、邪魔はいなくなった。一人だけだけど)
「サーベラスは防御のほうが向いているのかもしれないわ」
クリフォードはいなくなったが、その代わり、というわけではないのだが、クラリスが話しかけてきた。サーベラスの武器型があまりにお粗末だったので、心配して声をかけてきたのだ。
「防御ですか……そうだと良いのですけど」
クラリスの言葉はサーベラスを慰めるための嘘。問題はルーの霊力なのだ。常識では、向き不向きで状況が大きく変わるわけではない。
「きっとそうです。それに今は足りないものばかりでも、努力で補えることはあります。だから、一緒に頑張りましょう」
「……そうだね。工夫は必要だ」
クラリスに言われるまでもなくサーベラスは努力を続ける。サーベラス本人は武器型の大小はまったく気にしていないが、今の自分には満足出来ていない。体をもっと鍛えなければならない。動きをもっと鋭くしなければならない。霊力の扱いを、ルーと協力し合って、もっと工夫していかなければならない。戦闘力を高めるという点だけでも、やらなければならないことは山ほどあるのだ。
◆◆◆
サーベラスは防御のほうが向いているのかもしれない。サーベラスは慰める為についた嘘のつもりだったが、それは事実だったのかもしれないとクラリスは思った。目の前で指導教官と鍛錬を行っているサーベラスは、そう思わせるような動きを見せているのだ。
サーベラスと指導教官が行っているのは立ち合い。指導教官が攻撃側で、サーベラスは霊力を使ってその攻撃を防ぐという訓練だ。当然、指導教官は本気ではない。守護騎士と守護兵士の力の差は大きい。指導教官が本気で立ち合っては、訓練にならないのだ。
「ほう。今のも防ぐか」
手を抜いているとはいえ、サーベラスは指導教官の攻撃を全て受けきっている。わずかに霊力が込められた剣の攻撃を、自身の、ルーの霊力で受けているのだ。
(もう少し速く)
(そうだね。気を付ける)
霊力の弱いサーベラスたちは全身を防御型で覆うことなど出来ない。指導教官の攻撃をサーベラスが見切り、ルーは彼の指示にしたがって防御型の霊力を攻撃場所に集中させることで、指導教官の攻撃を受け止めているのだ。
「これではどうかな?」
指導教官は攻撃のテンポをあげてきた。これまでの状況から、レベルをあげても大丈夫だと判断したのだ。
(ルー、もっと速く)
(ごめん!)
その攻撃にルーの反応は遅れ気味。サーベラスの感覚に付いていけていない。
(頭で考えては間に合わない)
(分かっているけど、つい)
ルーは考える必要がない。サーベラスの感覚に、何も考えずに任せれば良いのだ。だが、それが上手く行かない。指導教官の攻撃を見て、見た気になって、どう避けなければいけないか考えてしまうのだ。結果、ルーの思考では、生きていた時に比べれば速いとしても、大きく遅れることになる。
「ふむ」
サーベラスにとっては強く不満に思うような動きであるが、指導教官にとっては想定を遥かに超える動き。同期の中で最低の判定を受け、そうであろうと思わせる結果をこれまで残してきたサーベラスが、ここまでやれるとはまったく思っていなかったのだ。
「代われ」
「えっ? ガスパー殿?」
不意に別の指導教官がサーベラスの前に立った。これまで相手していた指導教官が驚いていることから、予定外のことだとサーベラスには分かった。でが、何故、そのガスパーと呼ばれた教官は予定外の行動をとったのか。
「……いくぞ」
サーベラスに向かって剣を振るうガスパー教官。それを受け止めようとしたサーベラスだったが。
「ぐっ……」
剣で腹を打たれて、うずくまることになった。
「立て」
ガスパー教官はまだ指導を続けるつもりだ。サーベラスに立ち上がるように命じた。それに応えて立ち上がったサーベラスに、また剣が振るわれる。それを受け止める為に、霊力を展開したルーだったが。
「あっ、つう……」
ガスパー教官の剣はルーの防御を打ち破り、そのままサーベラスの体に叩き込まれてしまった。
「この程度の霊力を防げない防御など、何の役にも立たない。次だ。立て!」
さらにサーベラスに立ち上がるように命じるガスパー教官。
(……ルー、もっと霊力を一点に集中出来るか?)
(……やってみる)
霊力を一点に凝縮することで防御力をあげる。サーベラスとルーはそれを試みようとしている。振るわれる剣。その軌道をサーベラスは一瞬で見切る。撃ち込まれる一点に霊力を絞り込んで、展開するルーだが。
「…………」
剣はルーの防御に掠ることもなく、サーベラスの体にまともに撃ち込まれることになった。うずくまって痛みを耐えているサーベラス。
(ご、ごめん。僕のせいで)
(……二センチはズレてた。速さは手を抜かれているから、もっと落ち着いて)
(で、でも……)
落ち着けと言われても落ち着けない。自分が失敗すれば、それで傷つくのはサーベラス。それを思うと、ルーは冷静にはなれなかった。
(大丈夫。出来る。今日は無理でも、いつか必ず。その日の為に今日があると思って)
(…………)
(強くなるんだ)
サーベラスの強い信念が、ルーに伝わってくる。強くなる。サーベラスが強くなる為にはルーも共に成長しなければならない。それが常識から外れたことだとしても、それを実現すると決めたのだ。
ルーから返って来た決意の意思を感じながら、立ち上がって構えを取るサーベラス。
「……いくぞ」
そのサーベラスに向かって、剣を振るうガスパー教官。剣筋を見極め、その軌道をイメージするサーベラス。
「……終わりだ」
ルーの防御はガスパー教官の剣を受けきることは出来なかった。しかも剣はサーベラスの頭に撃ち込まれている。ゆっくりと、仰向けになって地面に倒れていくサーベラス。そのまま、ぴくりとも動かなくなった。
「邪魔だから、誰かこいつを運べ」
周囲の者にサーベラスをどかすように命じると、ガスパー教官はその場から離れて行った。
◆◆◆
ルーの警告の声でサーベラスは目覚めた。目覚めたが、それは見ただけでは分からない。目をつむったまま、サーベラスは周囲の気配を探っているのだ。どのような状況かは、ルーに教えられて分かっている。
倒れたサーベラスはクリフォードによって部屋に運ばれた。当初はそれを拒んだクリフォードだったが、彼はサーベラスと同じチームであり、しかも同室なのだ。彼以上の適任者はいない。指導教官も彼が運ぶのが当然と考え、そうするように命じた。
部屋に着いたクリフォードはサーベラスをベッドに寝かすと、一度部屋を出て、水を入れた桶とタオルを持って、戻って来た。ちゃんと手当をしてくれるのだと思って、少しクリフォードを見直したルーだったが、その後の行動が良く分からない。
上着を脱がし、濡れたタオルを傷口に当てる、と思ったのだが、クリフォードはタオルを持ったまま動かなくなってしまったのだ。一分経ち、二分経ってもクリフォードは動かない。それを不審に感じて、ルーは警告を発し、サーベラスはそれに気づき、目覚めた。
「……あっ」
目を開けたサーベラスに驚いた様子のクリフォード。殺気は感じられないと判断して、目を開けたサーベラスだったが、その反応の意味は良く分からなかった。
「あれ? ここはどこ?」
「……部屋だ。俺が運んだ」
「ああ、ありがとう。それで……?」
分からないのであれば聞いてみれば良い。問いを向けられたことへの反応でも、分かることはある。
「……お前、痩せすぎだな。もっと鍛えないと戦えないだろ」
「これでもかなり鍛えた結果だけどね? それに大きな筋肉をつけることが良いとは限らないから」
いつもに比べるとクリフォードの雰囲気は柔らかだ。だがそれは悪意とは結びつかない。気絶した自分を心配しての態度だとすれば、好意とまでは言えないにしても、普通のことだとサーベラスは思う。
「どういう意味だ?」
「ちょっと鍛えたくらいでは、体の大きい人に力では勝てない。小柄な僕は素早く動くことで対抗しないと」
「……そうだな。お前の小さな体では、俺に押さえつけられたら、それでもう動けなそうだな」
こう言いながら、実際にサーベラスの肩を押さえつけようと手を動かすクリフォード。サーベラスは、その様子をじっと、クリフォードの視界の外では反撃の用意をして、見つめている。
「大丈夫か? 入るよ」
緊張の糸を切ったのは、扉の外から聞こえてきた声。チームメイトのサムエルの声だ。
「……どうした?」
クリフォードはベッドから離れて、部屋に入って来たサムエルに用件を尋ねた。
「どうしたって。サーベラスが心配で来た」
「ああ、さっき目が覚めた。元気だと思うが……そういえば怪我の具合を聞いていなかった」
「おいおい。相変わらずサーベラスに対して酷いな。サーベラス、元気か? 痛いところはないか? 動けるか?」
怪我の具合をサーベラスに直接訪ねて来たサムエル。
「痛いところはあるけど平気。頭もおかしくなっていないと思う……多分」
「そうか。それは良かった」
サーベラスの返事を聞いて、笑みを浮かべるサムエル。
(……ねえ、さっきの何?)
ルーはつい先ほどのクリフォードの不穏な態度が気になったままだ。
(さあ? 殺気は感じなかったけどな。クリフォードが殺気を感じさせずに人を殺せる奴なら、かなりヤバいけど)
(ええ……)
(まだ分からない。ただクリフォードも怪しいところがあることは分かった)
クラリスたちだけでなく、クリフォードにも秘密がある。それが自分に悪影響をもたらすものでなければ、サーベラスにはどうでも良いことだ。だが今はそれも分からない。彼らが何を隠していて、それが自分にどういう影響を与えるか分かっていないのだ。
そうであれば、サーベラスは気を緩めるわけにはいかない。何もない人にも、簡単には気を許すサーベラスではないが、彼らに対してはさらに心の壁を高く、厚くすることになる。