月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第12話 常に情報収集は怠りません

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 朝早く起きて、軽い運動で体をほぐす。それが終わると講義の時間。昼食の時間まで講義は行われ、午後になってようやく鍛錬の時間になる。規則正しい生活に文句はないが、自由時間が少ないことはサーベラスには不満だ。自主練に費やす時間が取れないのだ。午前中の講義も、今のところは、為になりそうな情報がない。サーベラスにとってはただ座っているだけの無駄な時間。だからといって、無駄なままにしておくサーベラスではないが。

(まだ違いが分からないな。ルーにはどう見えている?)

(う~ん……女性だと思う)

 二人が試みているのは同期たちの霊力を調べること。判定官は何かを見て、霊力の強弱を判断していた。判定官に出来るのであれば自分たちにも出来るかもしれない。そう考えたのだ。

(それはたんに生前の性別。霊力の強弱じゃない)

(ごめん。でも、ぼんやり見えるだけで、何が違うかよく分からなくて)

 同期たちの誰がどのような判定をされたかは分かっている。一番と判定された同期と、三番と判定された同期の守護霊で何が違うのか。比べて見ているのだが、同じ守護霊であるルーにも違いが良く分からない。

(判定早かったから、すぐに分かる何かだと思うけどな)

 判定官はちゃんと見ているのかと疑問に思うほど、次々と結果を口にしていた。それが出来るだけ、すぐに分かる違いがあるはずだとサーベラスは考えている。

(性別がそのまま強弱じゃないみたいだし……外見の美醜?)

(ルー、それは酷くないか? 何が酷いのか俺には良く分からないけど、外見を比べることは悪いことのはずだ)

 外見の良し悪しは、サーベラスにとって便利か便利でないかの違い。人に気を許されるには綺麗なほうが良い。目立たないでいる為には平凡であったほうが良い。そういう基準だ。単純に外見の良し悪しだけを比較するのは悪いことだというのは、ルーから学んだ知識でしかない。

(でもクラリスの守護霊は美人だよ? クリフォードもまあまあかな?)

(まさかの基準?)

(ブリジットは……良く分からない)

 一番と判定されたクラリスとクリフォードの守護霊は美形。では三番と判定されたブリジットのそれはどうなのかと思ったが、よく分からなかった。

(それじゃあ、正しいか……あれ? クラリスとクリフォードの守護霊が美人なのは間違いないのか?)

(あくまでも僕の基準だけどね?)

(そう判断出来るくらいには見えるということか……それかな?)

 一番と判定された二人の守護霊は美醜が分かるくらいに見える。一方で、ブリジットの守護霊は判断出来るほど見えない。それが違いだとサーベラスは考えた。

(そういえば、お爺さんの霊はもっとはっきりと見えていた)

 王都の屋敷で見た守護霊の姿は、透き通ってはいたが、絵画から抜け出て来たと思うくらいに、はっきりと見えていた。クラリスやクリフォードの守護霊以上にその存在がはっきりとしていたのだ。

(それを基準に他を見てみて、どうかだな。判定結果と一致するのであれば、実際は正しい基準ではないとしても、参考に出来る)

(……正解っぽいけどね?)

 良く見えるか見えないかで比較してみれば違いが良く分かる。なによりも守護騎士である指導教官の守護霊は、同期の誰よりも、はっきりと見えるのだ。

(そうか……ルーはどう見えているのだろうな?)

(全然、見えていないってこと? それはなんだか悲しいね?)

 同期の中で最低評価を下されたルー。自分はこの中でもっとも見えない存在なのだと考えた。

(そうなのかな? どうせなら、こういうことを教えてくれれば良いのに)

 サーベラスはそうであることを疑っている。ルーの霊力は低いかもしれないが、その存在は特殊だ。意思があるというだけで特殊な存在なのだ。その特殊性をなんとか活かせないか。戦いは力が強ければ、必ず勝つというものではないことをサーベラスは知っている。霊力が低くても何か方法はあるはずだ。その方法を考えるヒントが欲しいのだが、指導教官の講義はそれを与えてくれそうにない。

(……自分の存在を確立しろ)

(どうした、いきなり?)

(サーベラスが言った通りなのかもしれないね? 強い守護霊は、守護霊としての自分の存在を確立しているのかもしれない)

 「自分の存在を確立しろ」はサーベラスに言われた言葉。その通りなのかもしれないとルーは思った。強い守護霊は、自分みたいに死んでいることを受け入れていない中途半端な存在なのではなく、守護霊としての自分を理解し、正しくそうであろうとしているのかもしれないと。

(自己を確立することが霊力に影響する……そいうこともあるのかもしれないな)

(僕はどうすれば良いのかな?)

(俺が言った自己確立とは、おそらくは違うことだろうからな……それでも訓練を続けることには、きっと意味があると思う。そこから得られる何かがあるはずだ)

 ルーはそういう訓練を続けている。自分の存在を強く意識して、存在しない体を、正確には体があるような感覚を、作っていく訓練だ。それがある程度出来るようになったところで、その体の感覚を消し去る意識を持つ訓練も行った。存在を拡散させるのではなく、そのままで周囲に溶け込むイメージ。「冥王の衣をまといて、闇に溶け込む」イメージを作ることを身につけていた。

(何か……それが何かすぐに分かれば良いのに)

(そうか? 俺は地道に鍛錬をした結果で、強くなれたことを実感するのが楽しくなってきているけどな)

(そうなの?)

 これまでルーが見てきた鍛錬の様子は、とても楽しいなんて思えるようなものではない。辛い、これ以上ないほど辛いと、見ているだけで思うようなものだった。

(体ひとつひとつの動きを意識しながら、丁寧にやってきたからな。こうすればこうなるってのが分かるだけで面白いし、このまま続ければ、もしかすると前よりも……いや、なんとか生き延びる力は手に入れられる気がしてきた)

(そう。それは心強いね)

 サーベラスが何を言いかけたのか。伝わってこなくてもルーには分かった。もしかすると前よりも強くなれるかもしれない。この言葉をサーベラスは飲み込んだのだ。彼は前世のような強さを手に入れることを嫌がっているのだ。

(そういえば、どうする?)

(どうするって何のこと?)

(ふわふわ金髪の女の子のこと)

(……どうするって言われても)

 自分は守護霊の身。告白しても伝わらない。伝わっても、断られることは分かっている。

(ルーのやりたいことは出来るだけやってあげると約束したからな。彼女を抱きたいのなら、頑張って口説くけど、どうする?)

(はい?)

(好きな人は抱きたくなるものだろ? この場所で二人きりになるのはなかなか難しそうだけど、卒業したら二度と会えないかもしれないからな。抱きたいならここにいる間に何とかしないと)

 そんなことをしてもらってもルーは嬉しくない。悲しくなるだけだ。それがサーベラスには分からない。

(……ちなみにサーベラスには自信があるのかな?)

 ただサーベラスがクラリスをどうやって口説くのかは気になる。参考になれば参考にしたい。体に戻れたらの話だが、可能性があるのであればその時の為に必要なことを知っておくべきだ、とサーベラスも言っていた。全然、知る内容は違うが。

(どうだろう? もっと彼女のことを知る必要はあるな。何を好み、何を嫌がるのか。それを調べてから、それに合わせて自分を作っていく。それだけでは難しそうなら、彼女を苦しい状況に追い込んで、そこで救いの手を差し伸べる。これが良いかな? ああいう性格の人は、一度、弱みを見せてしまうと脆いだろうから)

(駄目! 絶対にダメだからっ!!)

 サーベラスが考えている手段は、好きな人に対して行うようなものではない。参考になればと期待した自分が馬鹿だったとルーは思った。

「……君」

(他の手か……)

(そういうことじゃなくって!)

「君! サーベラス!」

「……えっ? あっ、はい?」

 指導教官に名を呼ばれて、戸惑うサーベラス。これまでの講義では見習い守護兵士に発言を求めるようなことはなかったのだ。

「ざわついているようだけど?」

「ざわついている、ですか?」

「君では分からないか。守護霊がざわついているように感じる。きちんと制御……も君は出来ないのか。この先、守護霊を制御することを学ぶ機会がある。せめて、それくらいはきちんと出来るように頑張りなさい」

 指導教官がサーベラスに声をかけてきたのは、サーベラスの守護霊、ルーが大声を出したから。実際に声が聞こえるわけではないが、ざわついている気配として感じ取ったからだ。

「……はい。頑張ります」

(……ごめん)

 

 

◆◆◆

 午前中の講義が終わって、昼食の時間。食堂に見習い守護兵士たちが集まっている。集まっているといっても今、食堂にいるのはサーベラスの同期だけ。全見習い守護兵士を収容出来るような広い食堂ではないので、期によって昼休みの時間がずらされているのだ。
 いつもの自分たちのテーブルに座って、食事を始めたサーベラスたち。話題はサーベラスのことだった。

「恥をかかせるような真似は止めてくれ」

「恥?」

 席につくなり、サーベラスに文句を言ってきたのは、いつものようにクリフォードだ。

「指導教官に注意を受けた。そんな者は他にいない」

「ああ、あれ……怒られたのは僕だけど?」

 指導教官に注意されたのはサーベラス、それにクリフォードが、文句を言ってくる理由がサーベラスには分からなかった。

「俺のチームにそんな奴がいることが恥なのだ」

「君のチームではない。百歩譲って、そういう言い方をするとしてもクラリスさんのチームだね」

「誰のチームかは関係ない! 俺と同じチームにお前のような奴がいることが嫌なのだ!」

 食堂で大声をあげるお前が恥ずかしい。そう思う人もいたが、それは口にしない。怒りの向き先が自分に変わってしまうと面倒くさい。そう思っているのだ。

「僕だって好きで同じチームになったわけじゃない……けど、怒られたのは悪いことだから気をつける」

 クリフォードの文句を受け入れるサーベラス。逆に文句を言いたいこともあるが、サーベラスもこれ以上の会話は面倒なのだ。

「本当に気をつけてください」

 ただ、ここで思わぬ人物もサーベラスを注意してきた。クラリスだ。

「気をつける」

 サーベラスにとっては誰であっても同じこと。素直な答えを返して、会話を終わらせるつもりだ。だが、そうはいかなかった。

「守護霊の制御が上手く出来ないと、悪霊に変わってしまうこともあるそうです」

「悪霊?」

 しかも、サーベラスも興味を惹かれるような話になった。

「はい。悪霊になってしまうと完全に制御から離れてしまいます。自分のほうが操られてしまうことになると聞いています」

「……それは誰から?」

 悪霊の話には興味が惹かれるが、クラリスが誰からそれを聞いたかもサーベラスは気になった。サーベラスは守護霊に関する基本的な知識を得ているつもりだ。だが悪霊については知らなかったのだ。

「それは……幼年学校にいた時に、先生が」

「そう……悪霊になって操られるとどうなるのかな?」

 クラリスは嘘をついている。真面目なクラリスでも嘘をつくのかと残念に思う、のはルーで、サーベラスはそうではない、彼女は誰に教わったのかを隠そうとしている。隠さなければならない理由が、秘密があるのだ。

「人に危害を及ぼすようになるということしか、私も知りません」

「悪霊に乗っ取られると悪いことをするようになるのか……」

 だとすれば自分は守護霊ではなく、悪霊だったのかもしれないとサーベラスは思った。今も悪霊としてルーの体を操っているのかもしれないと。ルーは否定を伝えてきているが、その可能性は確かにある。自分たちと同じように、霊の側が体を操るという話を初めて聞くことが出来たのだ。

「きちんと制御出来ていれば大丈夫です。その制御法も学べるはずです」

「クラリスさんはすでにそれを知っている」

「……はい。少し習いました。きっと初歩的なものだと思いますけど」

 クラリスは制御法を学んでいる。初歩的なものだと言っているが、それは怪しいとサーベラスは思う。彼女は特殊幼年学校がなくなってからも、どこかで学んでいたのだと考えている。

「悪霊になったら元に戻れるのかな? お札とか張れば大丈夫かな?」

「お札、ですか?」

「クラリスさんは知らないの? 悪霊に通用するのかは僕も知らないけど、お化け除けのお札があるよ」

 さらにサーベラスは特殊幼年学校時代のことを、自分が誰かは分からないような形で、持ち出してみる。もしかするとお札は悪霊対策であった可能性もある。そうであれば悪霊の知識は、特殊幼年学校時代のものである可能性も生まれる。

「私は知らないわ。でも、そういうものがあるのね?」

「お化け除けだから、悪霊に通用するかは知らない」

 クラリスはお札を知らないと言った。体中に張り付けていたはずなのに。これを聞いて、またルーは酷く落ち込んでいる。自分にとっての大切な思い出が、クラリスにとってはそうでなかったことが分かってしまったのだ。

「……サーベラスさんはどうしてそれを知っているのですか?」

 今度はクラリスがサーベラスを怪しむ番だ。自分の知らない知識を、自分のほうが知識があるはずなのに、サーベラスが持っていることを疑問に感じたのだ。

「田舎のお祭り。お化け役の人が街で暴れる、といっても子供たちを脅かすだけだけど、そのお化けが最後はお札で退治されるってお祭りがある」

「ああ。似たようなお祭りが私の生まれ故郷にもあるわ。私のところのお祭りは、強い神様が退治するというものだけど」

 どこの田舎にも、土地土地で形は違っているが、あるお祭り。洪水を治めることや、豊作を邪魔する病気や災害除けを擬人化したものだ。それが分かっていて、サーベラスは祭りの知識ということにしたのだ。

「神様か……悪霊にやられたら神様にお願いすれば良いのかな?」

「そういうことではないから。まずは悪霊にならないようにすることが大切だわ。その方法をきちんと身につけないと」

 お札は知らないが、神様が助けてくれないことはクラリスにも分かる。そんな都合の良い話はないと。

「どうすれば良いのかな?」

「何故、俺に聞く?」

 サーベラスが問いを向けたのはクラリスではなく、クリフォード。今の流れで何故、自分に聞いてくるのかクリフォードには分からない。

「知っているなら教えて」

「……俺の守護霊は悪霊になんてならない」

 つまり知らないのだ。同じ一番の評価でもクラリスとクリフォードには知識に違いがある。分かっていたことだ。分かっていたが、サーベラスは、さらにそれを確かめてみたのだ。

「じゃあ……」

「私が知っているわけないでしょ?」

 視線を向けられただけでブリジットは、知識がないことを告げてきた。

「僕も知らない」

 サムエルは視線を向けられる前に、ブリジットと同じ答えを返してくる。

「俺は知っているけど、クラリスが言った通り、初歩的なものだから。ここで習うのだから、それで良いんじゃないか?」

 マイクには知識がある。そうでなければ矛盾する。クラリスとマイク、そしてローランドは特殊幼年学校に通っていた。全員が教わっていないと、クラリスは特殊幼年学校とは別のところで教わったということになる。当然、サーベラスは三人共が、別の場所で教わった可能性も考えている。

「いつになるのかな? 悪霊についても教えてもらえると良いな」

 これでこの件についての話は終わり。深く追求していくつもりは、今は、サーベラスにはない。情報は何回にも分けて、小出しにさせて聞き出すもの。相手には、重要なことは何も話していないと思わせたほうが良い。そういうやり方をサーベラスはとろうとしているのだ。

www.tsukinolibraly.com