月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第11話 訓練が始まりました

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 入所二日目。午前中は講義の時間だ。守護兵士は、守護騎士もだが、霊力を活用して戦う。それがどういうことか、どういう戦い方を考えるべきかなど、守護兵士として必要な知識を学ぶ時間だ。それ以外にも部隊において守護兵士、ボーンとして、どう動かなければならないかなども学ぶことになるのだが、それは先の話。入所一年目の前半は、まず個人の能力を最大限に発揮できるようにする講義や訓練がほとんどだ。

「人に得意なものと苦手なものがあるのと同じように、守護霊にも得手不得手がある。まず大切なのはそれを知ることだ」

 守護戦士の戦い方は霊力を様々な形に変換させて戦うというもの。剣であったり、盾であったり、また違った武器や防具の形であったりと人によって様々だ。守護騎士クラス、それも上位になると、通常武器とはまったく異なる大規模攻撃が可能になったりするのだが、それはここにいる彼らが学ぶことではない。

「攻撃型、防御型。どちらが優れているということはない。それぞれが得意を活かして、部隊で役割を担うことになる」

 もともと守護兵士に個での強さは求められていない。集団で戦うことを想定しているので、役割分担というものがある。だから養成所生活は基本、集団行動になっているのだ。

「では、どうやってそれを見極めるのか? これは試してみるしかない。守護霊の属性など見ただけでは分からない。それを使う側の性格も影響を与えることも分かってきている。その点で、攻撃的な性格のものが防御型の守護霊を宿しているというのは面倒だ」

 守護霊は使う側の意思でその形が変わる。攻撃的な性格を持つ守護兵士が、その性格のままに霊力を攻撃特化型に変換しても、その威力は高くない。守護兵士と守護霊の相性というものも大切なのだ。
 この相性は訓練を行う中でしか分からない。訓練の結果で分かるのも守護霊の霊力と実際に守護兵士が強い弱いかを比較して、判断するくらいだが。

「攻撃型、防御型。どちらであっても大切なのは、扱う側の判断能力。これは普通に剣や盾を扱うのと同じだ」

 霊力による攻撃をいかにして敵に当てるか。敵の攻撃を霊力で防ぐか。これは剣と盾で戦うのと同じ。ただし、霊力の強弱によって差はある。霊力が強ければ広範囲を防御出来る。そうでなければ狭い範囲。狭い範囲にしか守りを展開出来ないのであれば、そうでない時よりも、正確に敵が攻撃してくる位置を見極めなければならなくなる。

「ではまずは攻撃型についての説明から。剣、槍、弓が守護兵士にとっての基本型だ。もっとも多くの守護兵士が使うのは剣。これには霊力の変換効率が影響する。簡単に説明すると剣より長い槍にするにはそれだけ多くの霊力が必要。さらに体から離し、さらに攻撃力を維持するとなると練度と槍以上の霊力が必要になるということだ」

 省エネで済む剣と燃費の悪い弓。離れた場所を攻撃できる弓は有利かもしれないが、だからといって誰でも扱えるわけではなく、扱えたとしても消耗が激しく、連続して戦闘出来る時間は短くなるということだ。
 さらに指導教官の説明はより詳しい内容に変わっていく。初めて聞く見習い守護兵士にとっては興味深い講義内容、なのかもしれないが。

(……退屈だ)

(そうだね。まさかお城で調べたことをこういう形で聞くことになるなんて)

 サーベラスとルーにとっては既知の内容。目新しさのない指導教官の話は退屈でしかない。

(退屈なのは俺たちだけじゃなさそうだけどな)

 退屈そうな表情を見せている見習い守護兵士は他にもいる。サーベラスと同じチームだとマイクとローランドがそうだ。

(彼らは幼年学校で習っているのかな? でも、それならクラリスも同じはずだけど……)

 ルーも通っていた特殊幼年学校で彼らはすでに教わっている可能性がある。守護兵士になる資質がありそうな子供を集めたのだから、そうであってもおかしくない。だが同じ学校に通っていたクラリスは熱心にメモを取っている。退屈そうには見えない。

(……あれは彼女の性格だろ? 真面目なんだ)

(そうかもね。真面目で正義感も強い。リーダーに相応しい資質だ)

(真面目で正義感が強い奴は戦場で早死にする。相応しいとは言えないな)

(……どうしてそういうことを言うかな?)

 クラリスはルーが望んでいた通りに成長している。人への優しさはそのままで、可愛らしさもそのまま。その彼女を否定的に言われるのは、納得がいかない。

(事実を言っているだけ。戦場に向く人と向かない人はいる。彼女みたいな良い人が人殺しに向いているなんて、ルーも思わないだろ?)

(確かに……)

(あの性格は……性格は直らないか。戦場で生き残る術をきちんと身につけるべきだな。そうじゃないと本当に早死にすることになる)

 守護兵士になんてならないほうが良い。本当はこう言いたいのだが、それが無理であることをサーベラスは分かっている。養成所始まって以来の落ちこぼれ、とまでは判定官は言っていないが、と判定されたサーベラスもこうして見習いとして学んでいる。遥かに高い評価をされた彼女が守護兵士にならないなんてことが許されるはずはないのだ。

(結局、幼年学校って何だったのだろうね?)

(ルーを見世物にする学校だろ? あっ、見世物は俺のほうか)

 ルーについている守護霊、当時、守護霊だったサーベラスを見ることが出来る子供は資質を持った子。それを見極める為に集められたとクラリスは言っていた。

(そういうことじゃないから。誰が作ったのかと思って)

(ああ。父親が絡んでいると思っているのか? どうだろうな? 学校があったのは王都だ。城の一族の為だけの学校なんて作らせてもらえるか?)

 領地内であれば可能だろうが、王都で、そのような学校を作る許可が出るとはサーベラスは思わない。城の一族も絡んでいる可能性はある。だが、単独ではないと考えているのだ。

(じゃあ、国が作ったのか……でも、簡単に潰すかな?)

(珍しく色々と考えている。確かにそうだな。ルーが倒れたから学校を廃止にするなんてことはしなさそうだ。守護霊が見えるということなら、代わりになれる人はいるだろうからな)

 では何故、学校は廃止になってしまったのか。すぐに思いつける理由がなかった。

(何があったのだろう?)

(……ひとつ思いついた。もしかすると、ルーが通っていた学校がなくなっただけかもしれない)

(どういうこと?)

(彼女たちは廃校になってから今まで、どこで何をしていたのか? 違う場所で学校に通っていたのかもしれない。学校は管理者と場所を変えて、続いていたのかもしれない)

 八年の間、クラリスたちはどこで何をしていたのか。実家に帰っていたという可能性は少ないのではないかとサーベラスは思った。彼女たちは守護兵士候補。子供の頃は守護騎士になれる可能性も期待されていたかもしれない。そんな素質を五家は放っておくか。それはないだろうとサーベラスは思う。

(それぞれが別の場所である可能性もあるね?)

(もしかすると、すでに皆、色付きかもな)

 見習い守護兵士たちはすでに五家のいずれかと繋がりがあるのかもしれない。その可能性をサーベラスは考える。そうだとすれば、さらに複雑な三年間になりそうだとも。

(僕たちは除いてね?)

(それとクリフォードな)

(えっ? どうしてそう思うの?)

(クリフォードは彼女たちが学校に通っていたと知って、恨めしそうな顔をしていた。卑怯だと思ったのだろうな。それはつまり、自分はまだ何も教わっていないということだ。まあ、演技かもしれないけど)

 演技ではないとサーベラスは思っている。それが出来るほど、何者かに鍛えられているようには見えないのだ。だからといって可能性をまったく消し去るわけではない。警戒は続くのだ。

(そうだとすると……彼女も?)

(そうなるな。彼女の場合は一番、色がついている可能性が高い一人だろ? 学校に通っていたのは確実だ)

(そうか……)

 クラリスはすでにどこかの一族に仕えている。そう考えて、ルーは落ち込んだ。本来はルーが落ち込むようなことではないのだが、なんとなく嫌だったのだ。

(別に悪いことじゃない。卒業すればどうせ、どこかに仕えることになる。それが先に決まっているだけの話だ)

(……そうだね)

(内輪の戦いはもう始まっているってことだ。色々と考え始めると面倒だけど、俺たちがやるべきことに変わりはない。それに集中するべきだ)

 五家の争いに巻き込まれるのは面倒であり、時間の無駄。最後にはどこかに決めなければならないとしても、結論は少しでも先のほうが良い。出来るだけ最新の情勢を知った上で、どこに仕えるか判断するべきだとサーベラスは思っている。どこにも仕えないという選択肢も残して。
 まだ二日目。卒業までは三年ある。三年しかない。

 

 

◆◆◆

 午前中の講義が終わり、午後からは基礎訓練の時間。体づくりの時間だ。基礎といってもその内容は厳しい。走り込みは麓から山頂に向けて駆けあがることになった。山道があるとはいえ、ずっと上りが続く。それなりの体力がないと付いて行くのは難しい。

(霊力って走ることにも使えるのか?)

(えっ? どうかな? どうすれば良いのか、僕には分からない)

(そういうことじゃない。完璧には程遠いといっても俺もそれなりに鍛えてきたつもりだった。でも周りを見ると努力不足だったと思ってしまう)

 上り坂を走り続けている見習い守護兵士たち。楽々と、とまではいかないが、弱音を吐く人はいない。前の方の人たちは。

「ば、馬鹿、じゃない? こ、この訓練。い、いつまで、走る、のよ」

「ブリジットさん。話すと余計に辛くなりますよ?」

 同じチームのブリジットはかなり辛そうだ。明らかに他の人から遅れ始めている。

「あ、貴方は……へ、平気、そうね?」

 サーベラスは自分と同じどころか、それ以下の判定を受けている。苦しそうにしていないのがブリジットは不思議だった。

「だから話すと辛くなると言っているのに。僕は重い病気にかかっていたので」

「はっ? だ、だったら、なおさら、でしょ?」

「歩くことも辛いくらいだったので、そこから体を鍛えました。まだまだですけど、人並には戻ったと思います」

 自分が大病を患っていたという事実をブリジットに話すサーベラス。これだけなら隠すような内容ではない。それよりも、これを聞いたブリジットの反応を確かめたかったのだ。

「だ、だったら、私は、ひ、人以下、ね?」

「人並以下が正しいと思います」

 ブリジットの反応は、サーベラスの目には、特別変わったもののようには見えない。これだけで城の一族との関りはない、や、他家と繋がっている証拠にはならないが、こういう積み重ねで確かめていくしかないと、サーベラスは考えている。

「どっち、でも……ち、ちょっと……無理、かな……」

 いよいよブリジットは限界が来た様子。チームだけでなく、全体でも最初の脱落者になる。

「呼吸を整えたほうが良いです」

「そ、それが、で、出来ない……から……」

「走りながらはもう無理ですね。一度止まって」

 こう言いながらサーベラスも走る足を止めた。これで、最初の脱落者はブリジットとサーベラスということになった。

「あ、貴方、も、やっぱ……げ、限界?」

「まずは深呼吸。大きく息を吸って……吐きます。もう一度」

「スー、ハー、スー、ハー、スー、って、何やらせるのよ!?」

 サーベラスに言われた通りに深呼吸をしていたブリジットだが、途中で「自分は何をやらされているのか」と思ってしまった。それをやらせたサーベラスに文句を言うブリジット。

「意外と回復早いですね? 走る時は吸うよりも吐くほうを意識してください。拍子を取るのもありかな? 吸う、吐く、吐く、吸う、吐く、吐く」

「スー、ハッ、ハッ。スー、ハッ、ハッ……だから私に何をやらせるのよ?」

「吐くと吸うのタイミングは人それぞれだと思いますから、自分に合ったのを見つけてください。ただしっかりと吐くことは忘れずに」

 ブリジットに文句を言われても、説明を続けるサーベラス。その結果、ブリジットが言う通りにするか、どうかなどはサーベラスにとってはどうでも良いことだ。彼はたんに立ち止まる口実が欲しかっただけなのだ。

「まずはこんな感じです。じゃあ、僕は先に行きます」

「えっ? ちょっと!?」

 文句を言いながらもブリジットは、サーベラスがずっと一緒にいてくれるものだと思っていた。一人で落ちこぼれるのが嫌だったのだ。だが、サーベラスはその場から駆け去ってしまう。追いかけようにも、とても追いつけそうにない速さで。

(……結局、なんだったの?)

(他の人と同じ訓練じゃあ、いつまで経っても追いつけないと思って)

(ああ、ここから全力で走るつもりだね?)

 先に行った人たちに追いつくには、彼らよりも速いペースで走らなければならない。サーベラスはそうやって、訓練の負荷をあげようと考えたのだ。

(それにブリジットのクラリスへの態度が気になって)

(ああ、敵意丸出しだよね? 気持ちは分からなくないけど、逆効果だよね?)

(ルーはブリジットの考えが分かるのか?)

 サーベラスにはブリジットがどうしてクラリスに敵意を向けるのか分からない。あまりにあからさまなので、演技であることも疑っているのだ。

(……嫉妬だよね?)

(嫉妬……ああ、判定結果を気にしているのか)

 ブリジットは三番でクラリスは一番。ブリジットは自分を卑下する言葉も多い。一番の評価をもらったクラリスに嫉妬しているのだとサーベラスは理解した。間違いだ。ルーが言う嫉妬はこのことではない。

(それもあるだろうけど、それだけじゃないから。クラリスさんばっかり、周りにちやほやされるのが気に入らないからでしょ?)

 ルーが考えるブリジットがクラリスに悪意を向ける理由は、同性としての嫉妬。優等生で美人な、それによって周りの男たちに好かれているクラリスに嫉妬しているのだと考えている。

(なるほど……だからクリフォードもクラリスに絡むのか)

(違うから……どうして分からないかな?)

 サーベラスは人の感情に対して鈍感。ルーはこう思っている。正しくはない。サーベラスは他人の感情に敏感だ。ただそれの受け取り方が人と違うだけなのだ。
 
(馬鹿にするな。俺だって嫉妬されたことくらいはある)

(……だろうね)

 前世でのサーベラスがどういう外見だったかルーには分からない。だがサーベラスが人の気持ちを引き付けるのは、外見とは違う要素だとルーは考えている。実例はミアしか知らないが、きっとそうだろうと思っているのだ。

(あっ、もう追い付いた)

 先に進んでいた見習い守護兵士たちの背中が見えてきた。サーベラスにとっては早すぎるタイミングだ。

(仕方がない)

 かなりの速さでここまで駆けて来たサーベラス。その足がいきなりもつれだした。そのまま山道の脇に倒れこむサーベラス。

(上手い)

 演技であることはルーにも分かる。自分だから分かるのであって、他の人には見抜けないだろうとルーが思うような演技だ。

(……前が離れても、周りの気配を気にしていてくれ)

(何をするの?)

(鍛錬。ただ止まっているだけだと楽だろ? 負荷をあげたことにならない)

 前方と、ブリジットが来るだろう方向を気にしながら、サーベラスは筋力トレーニングを始めた。走り込みの負荷は十分ではない。ここでただ休んでいては楽をしただけで終わってしまうと考えて、見つかるリスクはあるが、この場で鍛錬しようと考えたのだ。

(前に適度な休憩も必要だって言っていなかった?)

 体づくりにはただ体を虐めるだけでなく、適度な休憩も必要だと以前、サーベラスは言っていた。今の行動はそれとは異なるとルーは思ったのだが。

(それは十分に追い込めた時。以前は追い込むのが簡単だった。でも今はそうじゃない。体力がついた分、追い込むのも大変だ)

(それでも満足しないの?)

(当然。ルーは勘違いしているようだけど、体力で俺よりも上の奴は大勢いる。俺はまずそいつらに追いつかなければならない。その為に、その彼らよりも、きつい鍛錬が必要だ)

 サーベラスは周囲の力量を正しく評価しようとしている。まだまだ情報は足りないが、それでもすでに分かったことはある。基礎体力はそのひとつ。今の自分よりも高い身体能力を持った人がいることを知っているのだ。

(それって……僕のせいだね?)

(基礎体力にルーは関係ない。それに、ルーだって成長出来るはずだ。この先、そういう時がやってくる。この場所はルーを鍛える場所でもあるからな)

(そうだね。それを忘れてはいけないね)

 守護霊の霊力は死んだときに、正確には死んで霊になった瞬間に決まる。生前の能力や資質によって決まるものというのが常識だ。幼くして死んだルーは、ほとんど人生経験のないルーの霊力は低い。低い判定を出されるのは当然のことだ。
 だがサーベラスはそれを当然のこととしていない。ルーも成長出来ると考えている。他の守護霊は無理でもルーには出来ると信じている。その想いをルーは知っている。
 常識を打ち破らなければならない。それがルーのやるべきことなのだ。

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