守護兵士養成所への入所初日は、施設内の案内と所内で定められている各種規則の説明などのオリエンテーション、あとはチーム分けで終わり。残りの時間はチームごとの自由行動となった。自由時間であればと屋内訓練場に向かおうとしたサーベラスだが、当然、そういうことではない。チームごとの自由行動と個人で好き勝手することは違うのだ。チームメイトの女の子に止められ、その自由時間を過ごすことになったサーベラス。
「まずはお互いのことを知る時間にしませんか?」
女の子が提案してきたのは自己紹介。特別なことではない。他のチームも行っているだろうことで、養成所もそういうつもりで自由行動にしているのだ。
「では最初は俺からだな。名はクリフォード。判定は一番だった」
最初に自己紹介をしたのは、サーベラスに嫌味を言ってきた男。
「判定が何かなんて必要ないと思うわ」
そのクリフォードの自己紹介に女の子が文句を言ってきた。
「必要だと思うけどな? この先、チームで戦う訓練があるはずだ。その時に、誰が主役で誰が脇役になるかは、決めておいたほうが良い」
「戦いに主役と脇役なんてないわ」
「では主戦力と補助役と言い方を変える。これも必要ないと君は言うのかな?」
「それは……ないわ」
小隊程度の戦力であっても役割分担は必要だ。どう呼ぶかは色々あるが、クリフォードが言っていることは間違いではない。
「戦闘力が高い者が主戦力。そうでない者は補助役。早いうちに決めておけば、それだけ戦術が早く固まる。実力を知り合うことは必要だと思うけどな?」
「……それは分かったわ。では次は私」
クリフォードの相手をしていても不快な思いをするだけ。そう考えて、彼女は自己紹介を先に進めることにした。
「私の名前はクラリスです。歳は十五歳です。生まれは北東部にあるノースワンプですけど、六歳の時に王都に越してきました。マイクとローランドとは幼馴染です」
「マイクとローランド?」
マイクとローランドと言われてもクリフォードはそれが誰だが分からない。誰もが知る有名人であればまだしも、誰か分からない人物と幼馴染だと自己紹介する理由も分からない。
「マイク、と、ローランド」
クラリスは名を呼びながら同じテーブルに座っているチームメイトを指さす。幼馴染三人が同じチームなのだ。
「幼馴染三人が守護兵士に?」
マイクとローランドが誰かは分かった。だが、貴重であるはずの守護兵士三人が幼馴染であるという事実にクリフォードは驚いている。
「他にもいるわ。入所した幼馴染は全部で十人ね」
「……君たちは五家の人間なのか?」
それだけ多くに守護霊を宿す能力があるとなれば、五家のいずれかの人間である可能性が高いとクリフォードは考えた。守護兵士、ボーンであるという点は意外だが。
「違うわ。自己紹介で話したように幼い頃に王都に集められたの。特殊幼年学校に通っていて、そこで守護戦士の資質を試験されていた。これはあとから聞いた話だけどね」
「そんな学校があったのか……」
クリフォードはその学校を知らない。自分が選抜されていないことに、少し屈辱を感じている。
「全国から集められて、それでも全校生徒は百人しかいない。それに三年でつぶれてしまったから、知らなくても仕方がないわ」
その集められた生徒は五家とは無関係な子供たち。五家以外で資質を持つ人物は少ない。百人集められたが、全員が資質があると認められたわけでもない。可能性があると思われる子供たちが集められたのだ。その可能性も、霊らしきものが見えているみたいだ、という曖昧なものだ。
「つまり、あれか? 君たちは守護兵士としての訓練をすでに行っているのだな?」
もしそうであればクリフォードとしては大きなハンデを負っていることになる。彼は学年で、出来ればこれまでの卒業生と比べても、トップになりたいのだ。
「資質を試されていただけ。少し知識はあるかもしれないけど訓練は受けいていないわ。学校に通っていたのは六歳から九歳くらいまでの間よ? 学ぶというより遊んでいただけだった」
「良く分からない。何のための学校なのだ?」
「だから資質を見極める為。詳しいことは教えてもらっていないけど、試験的だったみたい。あとで分かったのだけど、一人だけ、同じ年で守護霊を宿していた子がいたの。その子の守護霊をはっきりと感じ取れる子が資質があると判断された。これはあとで皆と話をした結果の推測よ。事実かは分からない」
この話を聞いてサーベラスは無表情でいるが、その後ろにいる、かどうかは分からないが、ルーは騒がしくなっている。どう考えてもその一人は自分。つまり、クラリスはルーと同じ学校に通っていた。他の二人もそうだが、ルーが気になるのはクラリスだけだ。ふわふわ金髪の彼女のことだ。
「その子もいるのか?」
六歳ですでに守護霊を宿していた。それがどれだけ凄いことかクリフォードには分からない。だがなんとなく特別な存在なのだろうと考えた。
「分からない。二年目に突然いなくなってしまったの。それっきり会っていなくて、今会っても、恐らくは分からないと思うわ」
「特徴くらいは分かるだろ?」
「黒髪だった。背は低かったと思う。でも子供の頃の身長だから。あとは……目は切れ長で、まつげが長くて、女の子みたいに可愛い、いえ、可愛いというより美人で……性格は暗いけど、その外見で一部の女子には人気が……ねえ、貴方、名前は?」
自分が口で説明している特徴と同じ容姿の人物がすぐ目の前にいた。
「僕の自己紹介の番? 名前はサーベラスです。評価は十番でした」
「……評価の説明はいらないわ」
サーベラスの霊力の評価は最低。評価外と言っても良いものだ。そのサーベラスが自分の知る男の子であるはずがない。クラリスはその可能性を消した。
「では次は私ね。名前はブリジット。評価は三番。落ちこぼれの私には優等生の人たちの話は退屈なので、席を外して良いかしら?」
続けてブリジットが自己紹介を続けた。彼女はこの時間をさっさと終わらせたいのだ。その点ではサーベラスも同感だ。
「そうだね。落ちこぼれの僕は頑張らないと。ということで僕もこれで」
僕も、とサーベラスは言うが、ブリジットが席を立つよりも先に動いている。この場を離れる絶好の機会ととらえて、動き出したのだ。それにブリジットも無言で続く。サーベラスだけでなくブリジットまで、それも自分たちの無駄話を理由にされてしまうとクラリスも呼び止めることに躊躇いを覚えてしまう。二人がいなくなるのを黙って見送ることになってしまった。
「……残った人には伝えておく。僕の名はサムエル。よろしく」
まだ名を伝えることも出来ていなかったチームメイトの一人が自己紹介をしてきた。
「こちらこそよろしく。サムエル」
気を取り直してクラリスはサムエルに、笑顔を向けながら挨拶を返す。
「チームリーダーを決める必要があると思うけど、どうする?」
「ああ、そうですね。でも、二人が……」
これから活動していく上で、リーダーを決めておかなければならない。小隊長のような立場なので、責任重大だ。だがそれを決めようにもサーベラスとブリジットがいなくなってしまった。リーダー決めはまた後で。クラリスはこう思ったのだが。
「多数決で決めるなら、今いるメンバーだけで決められそうだけど?」
「それはどうでしょう?」
二人が欠けているのに、勝手にリーダーを決めるわけにはいかない。クラリスはこう考えているが、サムエルの考えは違う。
「うちのチームは全部で七人。四票取った人で決まりだ。今ここには五人いるから、この中の四人が支持する人で決まり」
「そうかもしれませんけど」
「あの二人はリーダー決めにも興味がないと思う。もちろん、立候補なんてしない。では残りの五人の中で立候補するとしたら」
「俺だな。俺こそがチームリーダーに相応しい」
立候補を宣言したのはクリフォード。彼にとっては当然のことだ。
「さて、他にはいないですか?」
これを言うサムエルの視線はクラリスに向いている。クラリスに立候補を促しているのだ。それに彼女は応えると考えている。
「……私も立候補します」
他の誰かであればクラリスも譲ったに違いない。だが、判定結果で仲間を差別しようとするクリフォードをリーダーにするわけにはいかなかった。
「この二人で投票すると?」
続いてサムエルは他の二人の意思を確認した。立候補の意思ではなく、誰に投票するかの意思だ。それを聞かれた二人は。
「クラリス」「同じく」
幼馴染のクラリスを選ぶ。選ぶのは幼馴染だからという理由だけではない。従う相手として、彼女が望ましいと考えているのだ。
「ちょっと待て! 幼馴染二人の意見だけで決めるのはどうなのだ!?」
当然、クリフォードはそれに納得がいかない。
「幼馴染二人の意見だけじゃない。僕もクラリスを支持する。これで三票。クラリスの票を合わせれば四票。過半数だね?」
「……欠席者がいる中でのリーダー選定など無効だ」
「欠席者が戻ってきても同じだと思うけど? 二人は君が嫌う落ちこぼれだ」
「くっ……」
二人が戻ってきても結果は同じだとサムエルは言う。その通りだ。理由は間違っているが、結果は変わらない。リーダーが自分ではないことに納得できないクリフォードだが、結果が変わらないことは分かっている。この場は引くしかなかった。あくまでも、この場だけだ。まだ入所初日。逆転の機会はいくらでもある。そう考えているのだ。
◆◆◆
自己紹介の場から逃れたサーベラスは、まっすぐに屋内訓練場に向かった。養成所でやれることは、やる意味があることは、鍛錬と考えること。考えることは寝る前や食事の時間に出来るので、今やるべきことは鍛錬しかない。
これから夕食までの時間、何をしようかと考えながら、速足で歩くサーベラス。
「ちょっと? どこに行くつもり?」
そのサーベラスの後を、ブリジットも付いてきていた。
「屋内訓練場ですけど?」
「訓練場に行って、何をするの?」
「訓練以外に何が?」
ブリジットの問いの意味がサーベラスは理解出来ない。ただの時間の無駄に感じられてしまう。
「私たち、最低評価なのよ? 訓練しても無駄じゃない」
「……つまり、ブリジットさんは卒業したくない。僕にも一生、ここにいろと言っているのですね?」
「そうは言っていないわよ。訓練しても強くなれないと言っているの」
霊力の評価が最低評価だった。守護戦士の力は霊力の力。最低評価の自分はどれだけ頑張っても最低のまま。こうブリジットは考えているのだ。
「説明を聞いた限りですけど、ここに入ったら、ずっと留年しているか、卒業するかしかありません。恐らく留年も何十年も許されるわけではないので、卒業しかないということになります」
「私だって馬鹿じゃない。それくらい分かっているわ」
「卒業すれば嫌でも戦場に出されます。ブリジットさんは戦場で死にたいのですか?」
弱者だからといって、戦場で敵は放っておいてくれない。弱者であれば、尚更、狙われることになる。それに抗う力がなければ、死ぬだけだ。
「死にたくはないわよ。でも弱い私たちにはどうにもならない」
「戦場で敵を倒す力と生き残る力は必ずしも同じではないと思います。死にたくなければ、生き残る力をつける努力が必要ではないですか?」
戦闘力が高いからといって死なないわけではない。戦闘力が低いからといって必ず死ぬわけでもない。戦場で生き残るには運が必要。だが運だけには頼れないので、生き残れる確率を高める努力も必要だとサーベラスは考えている。
「……どうすればそんなものが身に付くのよ?」
「鍛錬すれば。ということで、僕は行きます」
「ちょっと!?」
ブリジットと話していても、せっかく作れた時間が無駄になるだけ。サーベラスは話を無理やり切り上げて、また屋内訓練場に向かって歩き出した。
(冷たくない?)
(本人にやる気がなければどうにもならない。やる気のない人と一緒に鍛錬しても、邪魔になるだけだ)
そもそも一緒に鍛錬する必要性をサーベラスは感じていない。立ち合いであっても、手を抜かれたり、そうでなくても実力差がある相手とでは効果は無に等しい。それくらいであれば一人で妥協のない鍛錬をしていたほうがマシだ。サーベラスの考えはこうなのだ。
(そうだけど、一応は仲間なのだから)
サーベラスは仲間意識というものが薄い。自分は極めて特別な存在、守護霊としてではなく、サーベラスにとって、目的を一つにする仲間なのだとルーは思っている。だからこそ、サーベラスに自分以外の仲間を作って欲しいのだ。そういう存在がサーベラスにはいたほうが良いと考えているのだ。
(百歩譲って仲間と見るにしても、それはほんの一時のこと。ここを出れば全員、敵になるかもしれない相手だ)
(……そうか)
養成所を卒業すれば、それぞれ仕える相手を選ぶことになる。その相手は、これから争いを始めるのだ。同期たちも敵味方に別れて戦うことになる。
(これを知っているのが俺たちだけだとは限らない。他にも将来のことを考えて行動する奴がいる可能性があるのだから、誰が相手でも油断するべきじゃない)
(それは……彼女も……)
クラリスも油断できない相手。そうであることがルーは少し悲しい。彼女は信頼できる仲間であって欲しいと思うのだ。
(可能性は否定できない。ただ初恋の人を信じたいというルーの気持ちも分かる。ちょっと探ってみるか?)
(……ちなみに方法は?)
(前に説明しただろ? 情報を得る方法は)
体を痛めつけて無理矢理吐かせるか、弱みを握って脅すか、それと男女の関係になって気が許したところで探るか。
(良い。彼女の本心を探る必要もない)
サーベラスが選ぶ方法がいずれであっても、ルーが喜ぶことにはならない。本心がどうであろうと最悪の結果になるだけだ。
(そうか? まあ、焦る必要はないか。思うところがあれば行動に現れる。その時に対処すれば良いだけで、その時の為にも、もっと自分を鍛える時間が必要だ)
霊力で大きく劣っているからとって、絶対に勝てないわけではない。霊力で劣る分を他でカバーすれば良いだけ。その方法と、その力を伸ばす時間がサーベラスには必要だ。彼が求めている力は守護騎士相手に戦っても生き延びられる力。守護兵士に勝てないようでは話にならないのだ。
五家の争いに自分がどのような形で関わることになるのか、今のサーベラスには分からない。だが、どのような形になろうとも生き残らなければならないのだ。正しくは、死ぬことは良いが、体は無事でルーに返さなければならないのだ。その力をサーベラスは得る努力をしているのだ。