月の文庫ブログ

月野文人です。異世界物のファンタジー小説を書いています。このブログは自分がこれまで書き散らかしたまま眠らせていた作品、まったく一から始める作品など、とにかくあまり考えずに気の向くままに投稿するブログです。気に入った作品を見つけてもらえると嬉しいです。 掲載小説の一覧(第一話)はリンクの「掲載小説一覧」をクリックして下さい。よろしくお願いします。 

霊魔血戦 第8話 入所初日から落第生

異世界ファンタジー 霊魔血戦

 アストリンゲント王国の王都ファーストヒル。国を滅亡から救った英雄王とその仲間たちが反抗を決意し、勝利を誓った丘、と伝わっている場所に街が造られ、アストリンゲント王国建国後、しばらくして王都と定められた。何もなかったその場所も、長い年月をかけて王国の最大都市となっている。王都の基となった最初の丘の上にそびえたつ王城の堅牢さは、列強諸国のそれと比べても決して引けを取らない。そもそも王都までの侵攻を許さないという強国の自信もその理由のひとつであり、あくまでも現時点ではという条件もついているが。
 今、その王城の主はアレクシス三世王。英雄王から数えて十代目の王だ。十という数が節目、というわけではないのだが、アストリンゲント王国は大きな変革の時を向けようとしている。アレクシス三世王とその一族にとっては革命と言えるものになるかもしれないが。

「……ノイガストフォーフ王国との条約は問題なく締結されそうだ」

 アストリンゲント王国は長年に渡って隣国のノイガストフォーフ王国と戦争を続けている。アストリンゲント王国となる前のヘルプタル王国を滅亡寸前まで追い込んだ因縁の相手だ。そのノイガストフォーフ王国との百年戦争とも呼ばれている長い戦いが終わろうとしている。
 だが、国王の顔に喜びは浮かんでいない。ノイガストフォーフ王国との終戦は、次の戦いが始まる条件なのだ。自分を国王の座から引きずり下ろし、成り代わろうという者たちとの戦いの。

「ご破算にするわけにはいきません。それを行えば、それをもって現王家はアストリンゲント王国を治めるに相応しくないと決められるでしょう」

 平和の訪れを邪魔する王家を支持する臣民がどれだけいるか。いたとしても極めて少数であるはずで、その多くが戦争によって利を得ている人たち。そのような人たちの支持で、他家と戦えるはずがない。味方してくれたかもしれない家も敵に回るはずだ。

「お前は冷静だな」

 自分の息子、ウイリアム王子の客観的な意見にアレクシス三世王は苦い顔だ。自分一人がうろたえているようで、恥ずかしいのだ。

「冷静でなくては勝てないと思っているからです。それと焦りがないのは違います」

「争いはいつから始まるかな?」

 そんな自分の息子をアレクシス三世王は信頼している。自分よりもずっと優れた王になる素質があると思っている。守護霊を宿せないという点を除いては。

「正直分かりません。条約を結んだからといって信用なりません。それは相手も同じで、しばらくは探り合いが続くと思います。ただ、ノイガストフォーフ王国は分かりませんが、我が国の戦いは激しいものになるでしょうか?」

「……そうならなければ勝ち目はあるか」

 これはすでに何度か話し合っている。玉座欲しさに国を弱体化させるほどの激しい争いを行うほど、他家も愚かではない。軍同士の正面からの争いにはならないのではないかという予想だ。

「それでも楽な戦いではありません。支持を集めるには、我が一族が王家に相応しいという力を見せつけなければなりません。今はその力がないと思われているから、このような事態になったのです」

「力か……国を治める力というのは軍事だけではないのだがな」

「それを皆に説明してみますか? 王家となることがどれだけ損であるか分かれば、皆、争うのを止めてくれるかもしれません」

 王家であることは、一族の力を高めるという点では不利だ。一族の力は当主の力だけを指すものではない。優秀な人材を集め、教育と訓練を行い、組織全体を強化していく。それが必要だ。だが、現王家にはそれを行う資金が乏しい。税収は国の物で、内政や軍事への予算を割り当て、その一部が王家の資金となる。残りが、と言っても良い。国を良くしようと内政に力を入れれば、それだけ一族に入る資金は少なくなる。そういう構造なのだ。

「他家もそんなことは分かっている。ただ成り代わるだけでなく、一族の権利の拡大も狙っているのだ。敗者から奪うという方法で」

 他の四家は領地からあがる税収を、すべて自家の為に使えている。ただそのまま王権を手に入れるだけでは支出が増えるだけ。増える支出の分、収入も増やさなければ意味はない。その増やす収入は、今、他家が得ているものを狙っているのだ。

「今回負けたら二度と浮き上がれません」

「それがこの争いの目的だ。他国との戦いに勝つためには、絶対王権を確立し、強大な権限で富国強兵を行わなければならない。こういう大義名分なのだ」

 今のように五家がそれぞれ自家の繁栄だけを考えて、競っていては国全体の為にならない。確かにその通りだ。だが、そうであれば現王家に他の四家が忠誠を向けて尽くせば良い、とはならないのだ。
 野心を持つ他家にとっては、今は王権を得る好機。それを無にしないためには、強引な理屈であっても、国王再選定の機会を作らなければならない。そしてそれを抑え込む力が、現王家にはない。

「ナイトとルークの一族の意向について、何か分かりましたか?」

 王家に比べれば軍事的な力、王国軍を除く一族としての力だけで比べての話だが、は強い他家も、単独で他の四家を従わせるほどではない。玉座を得ようと思えば、他家の支持が必要なのだ。現在、クイーンとビショップの一族はすでに野心を露わにしている。残る二家がどうでるかは、今後の争いに大きな影響を与える。

「ルークは中立だ。中立といってもどこかが優勢になれば、それに付くことになるだろう」

「……日和見ですか」

「中立という決断をしたということだ。早々に宣言しておけば、他家は敵に回さないように、出来れば早い時期に味方になるように交渉を行うことになるだろう。自家の力を温存することを優先するのであれば、悪い決断ではないと思う」

 負ければ多くを失う。得るよりも失わないことを優先するのであれば、戦わないという選択は正しいとアレクシス三世王は思う。自家もそれを選択出来るのであれば、そうしたいくらいだ。

「そうなるとナイトを味方につけた家で決まりですか?」

「そんな簡単には決まらないだろう。自家の価値が上がっていると分かっているナイトは易々と決断しない。自家とルークを除く残りの三家が争い、大きく損耗するようになれば、自らで立つ可能性もある」

「……そうはさせまいと他家が協力して、まずナイトの一族に戦いを仕掛ける可能性もありますか。ルーク相手でも同じですね?」

 最後に勝った一族が玉座を得る。そこに至るまでには、様々な駆け引きが行われるはずだ。敵味方が明らかではない難しい争いが、最後まで続くはずだ。

「一手読み違えただけで局面が変わるかもしれない」

「そうであれば、我が家にも勝ち目はあります」

「盤面に残り続けていられればだ。今の我が一族にはその力がない」

 今のままでは開始早々に脱落する可能性が高い。野心を持つ家が、真っ先に狙うのはキングの一族であるはずなのだ。勝者への贈り物である玉座を保有し、五家でもっとも弱い、という理由で。

「……妹に全てを背負わせるのは心苦しいのですが……急ぎ、彼女に儀式を」

「私が死ぬ前に?」

「この争いで陛下は、陛下だけでなく、各家の当主も相手にされません。優勢な家ほど、計算外のことが起こるのを避けようとするはずです」

 通常、当主はその一族でもっとも力があるとされている。当主を殺してしまうことで強い霊力を持つ守護霊を生み出し、それを宿した戦士が現れると形勢は一気に逆転、とまでは一人の力ではいかないだろうが、想定外の事態を引き起こす可能性がある。それを他家は嫌がるだろうとウイリアム王子は考えている。

「では自死、とはいかないか。負けを認めたことになる」

 それが一族の力を強める為であっても、当主の自殺は敗北を認めた証とされる。そうでなければ、争いは無駄に長引くことになりかねない。不利になれば、一族の誰かが自死し、強い霊力を持った守護霊になることに賭ける。そんなやり方は許されないのだ。
 強引に作られた王権争奪戦の機会だが、守るべき暗黙のルールというものがある。他国の侵略を防げなくなるほどの戦力の損耗をさせてはならないというルールが。

「英雄王とは言いませんが……いえ、これを口にしてはいけませんね?」

 この先の戦いは妹にかかっている。ウイリアム王子とは違い、守護霊を宿す力を持つ妹に、だが、一族の命運を妹に背負わせるのは申し訳ないという気持ちがウイリアム王子にはある。さらに強い守護霊を宿すことを求めるのは、身勝手過ぎると。

「……負けて当然の戦いなのだ。そんな戦いでも、わずかな意地を見せたい。それだけだと考えるのだ」

「分かりました」

 

 

◆◆◆

 守護兵士養成所は王都の東にあるテンダー山の麓にある。この表現は正確ではない。麓にあるのは事務所と養成所の職員、そして訓練を行う見習い守護兵士のための宿泊施設のみ。見習い守護兵士が訓練する場所は、理由があって屋内訓練所を使う時以外は、山中。養成所というのはテンダー山全体がそうなのだ。
 ここに各地から守護兵士、ボーンになる素質を持った若者たちが、守護騎士になる資質のない若者たちともいえるが、送られてきて一緒に訓練を行うことになる。指導する教官は各家から、交替で送られてくる守護騎士。戦時にはボーンたちを直接指揮することになる小隊長か、中隊長クラスの守護騎士たちだ。どの指導教官がどの家の所属かは分からない。説明することも禁じられている。指導期間中に勧誘を行うことも。どこに仕えるかは本人の意思。建前ではあるが、そういうことになっているのだ。
 養成所での訓練期間は三年。原則であって、あまりに成績が悪ければ留年もある。戦う力のないボーンを戦場に出すわけにはいかないのだ。というのも建前。
 養成所を卒業すれば、必ずどこかの家に仕えることになる。役立たずを引き取る羽目になり、無駄金を使いたくないので、合格点が出るまで卒業させないことにしているのだ。

「さて、細かいところは追々説明していくこととして、霊力測定を終わらせておこう」

 新入所者を集めてのオリエンテーション。それを終えたところで、説明していた指導教官が霊力測定の開始を告げた。それを言われた見習い守護兵士たちには、何のことか分からないが。

「前の列、左側から順番に左にいる判定官の前に進み出ろ。番号を告げられるので、後ろにある自分の番号の旗に集まるように。すぐに始めるぞ」

 指導教官の説明通りに前列左側から左に移動していく。判定官と呼ばれている人物は、他の指導教官とは異なり、かなりの年寄り。髪も、伸ばしているあごひげも真っ白だ。

「……お主は二番。三番。おお、お主は一番」

 本当にきちんと見ているのかと思ってしまうほど、次から次へと見習い守護兵士たちに番号を伝えていく判定官。その判定官の反応で、予想は出来ていたが、一番がもっとも評価が高いことが分かる。

「お主は二番、お主は二番。……おお、これは!?」

 判定官がこれまでにない反応を見せた。判定官を驚かせるほどの逸材が現れたと思って、皆の視線がその見習い守護兵士に集まる。

「お主……卒業は無理ではないか?」

「ああ、そんな感じですか」

 判定官の反応は皆が思っていたのと真逆。逸材どころか、これ以上ないほどの落ちこぼれが入所してきたのだと分かって、周囲の視線は憐れみと蔑みに変わった。そう判定された当人、サーベラスに落ち込んでいる様子はない。一族の役に立たないと判断された身。そういうこともあるかと考えていたのだ。

「この者は入所させるのか? いくら、あれだと言っても、どうかと思うが?」

 守護霊を宿せる資質を持つ者は貴重。そうであってもまったく戦力にならない人物では、守護兵士として訓練することも無駄。本人にとっても不幸だと判定官は思っている。

「それが……推薦人が、あれでして」

 サーベラスの推薦人はルークの一族の当主。そうでなくても指導教官には入所を拒否する権限はない。入所不適格であれば書類の時点ではじかれている。この場所にいるからには入所させる以外にはないのだ。

「……十番」

「その番号の旗ありますか?」

 人が集まっているのは三か所。一番から三番までしか、本来、判定結果はないのは、それを見るだけで分かる。

「ないな」

「じゃあ、僕はどこに行けば良いですか?」

「三番」

「ですよね?」

 三番と判定された人たちがいる場所に向かうサーベラス。迎える人たちの視線は、そのほとんどが感じの悪いものだ。同情も、受け取る人にとっては感じが悪いと思うこともあるので「ほとんどが」ではなく「全てが」かもしれない。ただ、サーベラスの基準では「感じが悪い」とはならないが。

「こんな奴と一緒に訓練するのか……」

 視線だけではなく、蔑みを言葉にする守護戦士見習いもいた。ただこの守護戦士見習いはすぐに同じ想いを向けられることになる。

「ではくじ引きだ! それぞれに箱を渡すから中のくじを順番に引いていけ! 指示があるまで中を見るなよ! 誰と仲間になるかは最後のお楽しみだ!」

 レベルごとに分けたあとは、さらにチーム分け。守護戦士養成所は基本、チーム毎に訓練を行う。チーム同士で競い合う訓練も多いので、実力が均等に近くなるように、こういった形が取られているのだ。あくまでも判定官が見た資質であって、今の実力ではないが、クラス分けに時間をかけることはないのだ。

「おいおい。世紀の落ちこぼれが同じチームかよ」

 チーム分けのあとも、サーベラスに向けられる態度は同じ。ただこれを言った相手は一番判定を受けた見習い守護兵士。だからといって、これを言う資格があるわけではないが。

「これから一緒に戦う仲間に向かって、そういうことは言わないで。彼が落第しないように皆で助けてあげれば良いじゃない」

 異なる態度を向ける見習い守護兵士もいた。

(……ルー、お前の大好きな金髪ふわふわだ)

 柔らかい金髪の髪を持つ女性だ。ただサーベラスはそれに感謝の気持ちを抱くことはなく、ルーをからかうことに意識を向けている。

(金髪ふわふわだったら誰でも良いわけじゃないから)

(そうか? まあまあじゃないか?)

(まあまあって。かなり可愛いから)

(やっぱり、好みじゃないか。もしかして俺、くじ運良いのかも?)

 サーベラスにとってはどのチームになるかは重要ではない。可愛い女の子と一緒のチームになれたこともどうでも良いことだ。養成所という名の隔離場所での、二人にとっては無駄な時間を少しでも早く終わらせ、少しでも多くの行動の自由を得られる身となって、元に戻る方法を見つけることに専念出来るようにしなければならない。その為にやるべきことは何かを考えることが、今は重要なのだ。

「貴方も頑張ってね?」

「えっ? 何が?」

 女の子が何を話しているかなども、どうでも良かった。

「何がって……落第しないように頑張るのよ、何かあっても皆で支えるわ。だから安心して」

「……それは……ありがとう?」

 やっぱり、くじ運は悪いのかもしれない。チームなんてどうでも良いと思っていたが、邪魔をされるのは困る。この女の子がそういう存在にならなければ良いと、サーベラスは思った。

(僕は別のほうが心配だけどね?)

(何が?)

(さあね)

 この可愛い女の子が、サーベラスの毒牙にかからなければ良いけど。自分の心配をルーは伝えることをしなかった。伝えてもサーベラスには通じない。ルーには分かっているのだ。

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