武術競技会が始まった。大会はトーナメント方式。アルカナ傭兵団幹部であるアーテルハイドとルイーサは自動的に第一シードと第二シードという位置づけになり、決勝戦まで当たらない振り分けになっている。残る上級騎士の三人、シュバルツとジギワルド、ベルントは第三から第五シードの位置を抽選で決定。第三シードがジギワルド。第四シードにシュバルツ、第五シードがベルントという結果になった。
極々一部の人には細工を疑われるくらいに、全体として多くの人にとって望ましい配置となっている。シュバルツは順当に勝ち進めば準決勝でルイーサと対戦。お互いに、といってもルイーサのほうがかなり熱が入っている状態だが、望むところだ。競技会開催のきっかけとなった二人の因縁の対決ということになれば、周囲も盛り上がる。
ジギワルドとシュバルツが決勝まで当たらない位置になったことも、密かに二人の直接対決での敗北を恐れていたジギワルド支持者にとってはありがたいこと。アーテルハイドに負けてもジギワルドの評価には何の影響もない。ベルントには出来れば勝って欲しいところだが、負けても経験の差を言い訳に出来る。ほっとしているのは、あくまでも敗北を予感する支持者であって、ジギワルド本人は、かなり残念に思っているが。
「ここまでは順当といったところか?」
大会は二日目。従士たちがシード権を持つ上級騎士への挑戦権を争う戦いもいよいよ大詰めだ。これまでの結果はディアークの言う通り、順当なもの。あくまでも傭兵団幹部たちが認識している実力者に限っての話だが。
「これを順当と言って良いのですかな? 愚者のところが全員残っているではないですか」
テレルはディアークの表現に否定的だ。愚者から参加しているのはブランド、クローヴィス、セーレン、そしてボリスの四人だ。その全員が残っている状況は、実力者の偏りを明らかにしてしまっていると受け取っているのだ。
「順当ではないか。愚者の従士になるには、頭ひとつ抜き出た力が必要。それを証明している」
この大会で自分の実力を示すことで、シュバルツに愚者の従士になることを認めてもらおうと考えていた人たちは少なくない。だがここまで現従士たちに土をつけた実力者は現れていない。四人に勝ってこそ実力が認められるという分かりやすい形になっているのだ。
「しかし……分かっていたが、あのブランドという従士は強いですな。俺とは相性が悪そうで、特殊能力抜きでは負けてしまうかもしれませんな」
ブランドの持ち味はその動きの速さにある。特殊能力抜きで、さらに怪我させないように手加減した自分では、あのスピードに付いていけないかもしれないとテレルは思っている。
「割りと本気で戦っているようだな。それだけ相手も強いということかもしれない。対戦相手を調べておいたほうが良いか」
従士たちの対戦は数が多いので、いくつもの試合を同時に進めている。ディアークたちの立場ではブランドの試合だけに集中するというわけにはいかないので、見れていない試合がいくつもあるのだ。
「……大丈夫でしょうか?」
ディアークとテレルが楽しそうに話をしている中に、アーテルハイドの暗い声が割り込んできた。
「今度は何の心配だ?」
「このまま行くとジギワルドとの対戦になります」
このまま順当に進めば、ブランドとジギワルドの対戦が実現することになる。これをアーテルハイドは心配しているのだ。心配するということは、ジギワルドが負ける可能性を考えているということだ。
「……本気で戦うと、どういう結果になるのだろうな?」
ディアークはアーテルハイドのように心配はしない。対戦を楽しみに思っている。
「特殊能力が使えますからな。彼の速さをもってしても攻撃を防ぐことは難しいでしょう」
ジギワルドの特殊能力は衝撃波。離れていても攻撃が出来る。それを防ぐのは難しいとテレルは考えている。
傭兵は強い者が上。テレルは傭兵団はそれで良いと考えているので、ディアークと同じようにジギワルドが負ける可能性など、まったく気にしていないのだ。
「だがブランドには模擬戦を行うのに最高の相手がいる」
「なるほど。対策を考えている可能性がありますな」
シュバルツが保有していると思われる操炎とは別の能力。ディアークが自分と同じだと考えている能力は、ジギワルドとも同じもの。ジギワルド対策が練られている可能性は充分にある。
「対策といっても斬るか、避けるかのどちらか。高く跳ぶのは無防備な状態になるだけなので選択肢は斬るしかありません」
二人にまったく心配する様子がないので、アーテルハイドも気にするのを止めた。実際に対戦となれば、なるようにしかならない。強いほうが勝つ。それだけだ。
「斬るか……斬るだけなら出来そうな気がするな。そうなるとジギワルドの次の手が重要になってくる。従士相手などと考えて、油断していると危ないな」
「さすがにそれはないでしょう? もし、それで負けるようなら良い薬です」
油断から負けるようなことになれば、それは弁明のしようもない。周囲が庇うことも出来ない。たとえ言い訳をし、周囲が無理に庇っても、それは逆にディアークの怒りを買うだけだとアーテルハイドは思う。実際にその通りだ。
「ジギワルドにとっても、他の者たちにとってもな」
「他の者たちですか?」
「従士の立場に甘んじている者がいるのであれば、そういう者たちには良い刺激になるだろう」
従士でも上級騎士に勝てる。もしブランドがそれを示すことになれば、どうなるか。野心を露わにする従士が増えることになるかもしれない。
「神意のタロッカの意義が薄れますが?」
上級騎士となっている人たちは、皆、神意のタロッカに認められた人たち。強いからというわけではない。強い者が上級騎士になるという考えが傭兵団に広がれば、神意のタロッカに認められた、という事実が軽視されることになるとアーテルハイドは考えた。
「かまわない。神意のタロッカは神意のタロッカ。各人の実力は実力。それぞれ別のものとして見れば良いだけだ」
「……そういうことですか」
今のディアークの言葉は、アルカナ傭兵団の在り方を変えるもの。そういう決断をしたのだとアーテルハイドは受け取った。
「守るべきは守る。変えるべきものは変える。そういうことだ」
「はい。では、私も出番が近くなったので準備に入ることにします」
「アーテルハイド。お前は負けられないからな」
「当然です。誰が上がってきても負けません」
アルカナ傭兵団は変化の時を迎えた。それに対応するのは現幹部。自分たちが自ら新しいアルカナ傭兵団の形を作らなければならないとディアークは、アーテルハイドも考えている。自分たちの時代はまだ終わっていないと示す為にも。
◆◆◆
いよいよ上級騎士たちの出番。最初に登場したのは第一シードのアーテルハイド。彼への挑戦権を手にしたのはボリスだった。注目の一戦、ということには残念ながらなっていない。容赦なく初手から神速を使ってきたアーテルハイドに、ボリスは剣を合わせることも出来ずに、瞬殺された。実際に殺されたわけではないが、「手も足も出ない」という言葉通りの負け方だ。注目されている愚者のメンバーがあっさりと負けてしまったということで、上級騎士の強さを見せつける形となった。アーテルハイドの思惑通りだ。
次の対戦は従士同士の戦い。ジギワルドの従士であるファルクが勝利し、準々決勝でアーテルハイドに挑むことが決まった。そしていよいよジギワルドとブランドの対戦。一部の人たちを除いて、多くの人がアーテルハイドに続く圧勝を予想していた中。
「……勝者! 赤! ジギワルド!」
審判の勝者を告げる声。それに続いて、会場にうなり声のような低い声が広がっていった。
「ち、ちょっと待て! 本当に私の勝ちなのか!?」
判定に異議を唱えたのは勝者であるジギワルドの側。負けたブランドは、一度、軽く肩をすくめただけで競技台の上から降りようとしている。
「白の衣服が破れています。その状況から、白の攻撃が当たったのは赤の攻撃を受けた後です」
ジギワルドの放った衝撃波をブランドは剣で斬り裂き、そこからさらに踏み込んで攻撃を仕掛けた。それに対してジギワルドは攻撃を剣で受けながら、衝撃波を続けて放つ。間合いが詰まった状態にも関わらず、それを避け、剣で断ち割り、ジギワルドの懐に飛び込んだブランド。ジギワルドの体に剣が当てられたところで勝負は止まり、勝者が宣言されないままに、審判は協議に入った。
その協議の結果として、ジギワルドの勝利が決まったのだ。
「攻撃は当たっていたかもしれない。でも、はたしてそれは致命傷だったのか?」
ブランドはまったく動きを止めることなく攻撃に転じ、ジギワルドの体に剣を当ててきた。当たったからといって、その攻撃が有効であったとは言えないのではないかとジギワルドは思っている。自分の勝ちを捨てることになっても真実を求める。こういうところはジギワルドの美点だ。
「その点は勝敗の判断には含まれていません。全力で攻撃した場合はどうだったのかを追求しても、客観的な判断は出来ませんから」
競技会の勝敗判定に攻撃の威力は影響を与えない。手加減するルールなので、判定に加える要素には出来ないからだ。
「しかし……」
「勝敗は決しました。次の試合がありますので、下がってください」
まだ納得していない様子のジギワルドに、審判は早く下がるように告げた。ここで粘られても何の意味もない。勝者はジギワルドで決まりなのだ。アーテルハイドの試合に比べると、かなり微妙な結果となってしまったが、それも仕方がない。二人の実力差は判定と同じで微妙であるということだ。
ジギワルドが競技台を降りて、次の対戦が始まった。ベルムントへの挑戦権を得たのは、前の試合でセーレンを退けたテレル率いる力の従士。ずっと最前線で働いている歴戦の従士だ。ただセーレンに対しては経験の差を見せつけたが、同じく歴戦の勇士であるベルント相手では分が悪かった。同じ最前線にいるので手の内を知られていることも不利に働いて、番狂わせが起きる気配などまったく感じさせないまま、試合は終わり、順当にベルントの勝ちとなった。
そして次が注目のシュバルツの出番。
「勝者! 赤! ヴォルフリック!」
審判の声に続いて、うなり声が、のような低い声ではなく、実際にうなり声が会場に広がる。アーテルハイドに次ぐ圧勝。特殊能力を使った気配はなく、実力が確かなものであることを示す勝ち方となった。
「……ギルベアトの教えか」
自分と戦った時とは異なる、奇抜なところのない堅実な戦い方。目の前で見せられたそれをディアークは、ギルベアトが教えた戦い方だと考えた。
「確かにあれは、傭兵ではなく、騎士の戦い方ですな。しかもベルントのところの従士を圧倒しますか」
テレルも同じ感想だ。しかも相手はベルントの従士。豪剣の能力を持つベルントは、素の剣の腕も一流。その従士たちも皆、彼に鍛えられてかなりの腕前だ。その対戦相手にシュバルツは正面からの剣と剣の戦いで圧倒してしまった。それにテレルはひどく驚いている。
「あれにとって競技会は鍛錬の場。意識してのことかもしれないな」
「わざと対戦相手の戦い方に合わせたと? 強気ですな。あの男らしいとも思いますが」
「物心ついた時には剣を握っていたと聞いている。若くても経験年数は負けていないのだろうが……かなり鍛えられたということか」
ギルベアトは特殊能力に頼る戦いを教えていない。自分自身が持たない能力を使っての戦い方など教えることは出来なかった。剣の基本を徹底的に叩き込み、内気功で基礎能力を飛躍的に高める。そういう鍛え方をシュバルツはされてきたのだ。
「娘が言うには、地味な鍛錬を繰り返す毎日だということですからな。改めてブランドの戦いを振り返ってみても、動きの素早さを活かしている以外は、奇抜なところはありませんでしたな」
同じくギルベアトの教えを受けているブランドも同じだ。小柄であることを逆に活かし、素早い動きで相手を翻弄する戦い方を身につけているが、基礎はしっかりしているのだ。
「あれは……騎士団の団長のほうが向いているのか?」
「騎士団ですか? あれに騎士団を任せたら、手段を択ばない無法な騎士団が出来上がりそうですな。それはそれで敵にしたくありませんか」
勝つ、というより生き残る為には手段を択ばない戦い方が出来るのは傭兵の強み。一方で個性が強く規律に欠けるところが、アルカナ傭兵団はかなりマシなほうだが、ある。騎士団は逆。規律ある戦い方は得意だが、卑怯な戦い方を避ける傾向にある。
では規律ある戦いが出来、さらに勝つ為に手段を択ばない集団はどうなのか。敵にしたくない相手であることは間違いないとテレルは思った。
「……我々はやはり、知らず知らずのうちに縛られていたのだな」
傭兵団を名乗っていてもノートメアシュトラーセ王国を背負っている意識が、アルカナ傭兵団に制約を課していた。全てが悪い方向に影響したとはディアークも思わないが、中途半端であった面はある。手段を選ばないという傭兵の強みを捨て、それでいて騎士団のような規律ある戦い方を身につけることを徹底しなかった。悪い評価をすれば、こういうことになる。
「それが分かったのであれば、改めれば良いのです」
今のアルカナ傭兵団に問題があるのであれば、改めれば良いのだ。決して無理な話ではない。気づかずにいた制約をきちんと把握し、強みを消さない方法を考えるだけ。それでアルカナ傭兵団は今よりももっと強い集団になれる。